【28】 朝日に綻ぶ
世界中の生き物たちから仲間外れ気分を味わう長い夜の終わり。
朝日が昇り、人が蠢き、電車が動き始め、ワンコがご機嫌で飼い主さんと散歩を楽しみ、朝露に濡れた草花に虫が集まリ、カラスが上空で仲間を呼ぶ。
生きとし生けるものたちこんにちは。ゾンビですが末席に加えてほしい。いちばん端っこでいいから。
というような気持ちで毎朝そっと仲間に加わっている(つもり)。でも日々少しずつ蔓を伸ばす植物を見ても、子犬の頃はおっかなびっくりだったのに今は堂々散歩しているご近所さんのワンコを見ても、自分とは決定的に違うのだと感じずにはいられない。
「命がある」とは変化していくことなのだろう。大きくなるにしろ、衰えるにしろ、生き物たちはその体内を脈打たせながら変化していく。私のそれは、ゾンビに襲われたあの日に止まってしまった。見た目こそなんとなく生き物のように動いているけれど、私の中に脈打つものはなにもない。だからこそ、命を持つ存在は私にはとても輝いて見える。眩しいとか、羨ましいとか、凄いとか、そんな気持ちをまとめてたぶん「尊い」と呼ぶのだろう。
大学へ向かうそんな朝の小道で、横断している芋虫さんと交錯してしまった。
こちらが末席なので当然道を譲る。しかしちょっと暖かくなってきたとはいえまだ3月。芋虫の目覚めには少々早いと見えて、その動きはいかにもゆっくりだ。このペースでは踏まれてしまったりしないだろうか。向かっているらしい反対側の生垣まで運んであげたほうが良いだろうか。そんな手出しは無用だろうか…。
しゃがみ込んで悩んでいると、後ろから「花宮さん?」と声をかけられた。
振り返るとちょっと心配そうな神野くん。
「どうしたの?体調でも悪い?」
「おはよう神野くん。違うの、芋虫が横断してるから待ってるんだけど、いっそ運んであげたほうがいいかなって悩んでて」
神野くんは私が特に体調不良ではない安堵と、芋虫の横断を待つ行為への懐疑と、芋虫の安否への思慮などを全て一瞬で抱え込んで、
「運んじゃったほうが良さそう」
と芋虫の安否を優先で返答した。さすがである。
それではちょっと失礼しますね、と両手で掬い上げて生垣の根元にそっと降ろす。
「素手で触れる女の子は珍しい…。でも、種類によっては毒を持ってたり刺したりするから、気をつけて」
…………っ!
そう…だった。多くの女の子は芋虫を素手で触ったりしない。と言うか自分だって生前は人並みに苦手だったんだ。
「そ、そっか。うん気をつける」
毒を持ってたり刺したりかぁ…。まさにそういった諸々が自分にとって全くの無害になったから、平気で触れるようになってるんだよね。私がこの世で怖いのはもう頭部への大打撃のみで、芋虫から頭部に大打撃を受けることはなさそうなので安心なのだ。とは言え次からはティッシュに包むくらいの配慮をしよう。
さておき、大学はとっくに春休みに入っていて、本来は私たちも来るべき理由はない。この休み期間を利用して老朽化している大学内図書館の改装が行われており、その手伝いに我々ミステリー研究会の部員たちが駆り出されているのだ。顧問の先生が図書館の一画を私物化してしまっているので片付け要員でもあるらしい。無事に済んだらみんなを焼肉に連れていってくれるとのこと。
「それにしても、芋虫ってもう少し暖かくなってから見かけるかなって。まだ眠そうで歩みが遅かったよ」
「あぁ…まあ今日はかなり暖かいけど、確かにちょっと早いかな。動物や昆虫が異常行動を取る時は天変地異の前触れとか言うけど…」
「ナマズが地震を予知する的な?」
「うん。まあ科学的にはよく分かってないみたいだけど」
天変地異を察する能力かあ…。それはきっと野生動物だけじゃなくて、本当は人間にも備わっているんだろうな。野生の勘とか、第六感とか、色々呼び名はあれどつまり識閾化の生存本能と言うか。
…それでいくと、ゾンビはどうなんだろう。なんとなくだけど、もう失ってしまっている気がする。頭部への打撃は確かに怖いけど、それは「生きて」いたいという想いとは違う。自分がもう「生きて」はいないことは自分が一番分かっているのだ。脈打つものはない。痛みも感じない。
「花宮さん?どうかした?」
だからこそ、生きている人は大切だ。
「…ううん、なんでもない」
もし、私にまだ生きていた頃の第六感が残っていたら。もし、少し早めの芋虫が天変地異の前触れかもと本気で考えていたら。
この後起こる未来を、変えることができただろうか。
(続)




