【27】夜長を楽しむ
ゾンビの夜は長い。眠らないからだ。
おかげで今日も今日とて私は好きな本をひたすら読んでいる。生きていた頃は、例えばテスト勉強が間に合わなかったり、翌日学校があるのに夜更かしをしてヘロヘロだったりした時に、夜中眠らずにいても平気だったらどんなに便利だろうと思ったものだった。
しかし実際に眠らなくても平気な体になってみると、テスト勉強も課題の仕上げも夜中にやればいいや、と睡眠(してたはずの)時間を計算に入れて考えてしまい、間際になって慌てる傾向に変わりはなかった。ダメ人間…いやダメゾンビである。
草木も眠る丑三つ時という。生きていれば植物だって眠るのに、死んでいる私はもう二度と眠ることはない。真夜中にふと、世界中の生きとし生けるもの全てから仲間外れにされているような気持ちになることがある。
そんな時は仲間外れ仲間の香澄にちょっとメッセージを送って構ってもらったりする。普通に眠っているだろう他の友達には迷惑だから送れない…とそっとテーブルの上を見ると、ちょうどそのタイミングでスマホが光った。
おやぁ、香澄の方からは珍しい。寂しくなっちゃったのかな〜?なんて思いながらろくに見もせずに電話に出ると、「助けてくれえ〜〜〜」と情けない声が聞こえてきた。
「ドイツ語の課題が終わらねぇ〜〜。課題の締め切り今日なのを3時間前に知ったからそもそも終わるどころかほぼ始まってねぇ!助けてくれ!」
「井田くん…何時だと思ってるの…」
「いや、だって花宮は寝ないって前言ってたから」
「言ったけどさ…。と言うかそもそも私は独文学史は取ってるけどドイツ語は受けてないよ」
「あれ、そうだっけ?」
「香澄が去年受けてたって聞いたけど、頼んでみる?」
…しばしの沈黙。
「こんっ。こんな時間にっ。そんなっ。香澄センパイにっっ。ムリだっっ!」
私ならいいんかい…。
「それに連絡先知らない…」
知らんのかい…。香澄ガード固いなあ。
「とにかく香澄にお伺いだけ立ててみるから、一旦切るね」
まっ!とかちょっ!!とか聞こえていた電話を切り、香澄に事の次第をメッセージで送る。
すぐに通話で返ってきた。
「いつも通り寂しくなっちゃったあかりからの連絡かと思ったら、なんなのよあれは」
なにやら微妙に怒っているようだ。
「うんいや、実はちょうど寂しくなって連絡しようとしてたところだったんだけどね」
「……!…大丈夫?」
「うん、なんかやかましい電話が来たから吹っ飛んじゃった。…香澄は、夜に寂しくなること、ないの?」
「んーとね、うちは母がね、その、時々起きて様子見に来てくれるの。私のお気に入りのカップに紅茶淹れて、気持ちだけねって置いていってくれたりとか…。普通に寝ててくれて構わないって何度も言ってるんだけどね」
や、優しい…聞いてるだけでほっこりだよ。
「あかりも、いつかご両親に話しなよ。きっとずっと心配してるよ」
「うん…そうだね。それはさておき井田くんのことなんだけどさ」
「知らないわよあんなののこと!」
「ドイツ語の課題の締め切りが今日だったんだって」
「…………田中先生のだったらそんなに難しくはないと思うけど」
「さすが香澄!ちょっとだけ、教えてあげてくれない?」
「…………」
「いや、えっと、本人はね、こんな真夜中に香澄に連絡取るなんてそんな迷惑だから、考えられないって、もうすっごい遠慮してたんだけどね?」
「…………………」
「一応、聞いてみるだけ聞いてみるよー、って。…ダメ、…かな?」
はああああ〜〜〜とどデカい溜息の後で、香澄は連絡先と住所を教える許可と勉強を教える許可をくれた。早速井田くんに電話する。
「ヒャいっ!」と0.1秒で繋がった。
「私だからそんな緊張しなくても。香澄からOK出たよ。家まで来なさいって。ただご両親は寝てるからピンポンせずに、着いたらメッセージ入れろって」
「ひえっ。う、うち??香澄センパイのっ??!」
「そう、住所と連絡先すぐ送るね。電車…はもう無いだろうからタクシーとか、車の免許はあるんだっけ?とにかくがんばってねー。あ、勉強に必要なものは忘れちゃダメだよ」
と、まだギャンギャンと騒いでいる電話をさっくり切って必要事項だけメールして放置。あとは野となれ。
寂しかった夜の気持ちは完全に吹っ飛んだので、ご機嫌で読書の続きをした。
後日、微妙に窶れた様子の井田くんに顛末を聞いてみた。
なんと「意外と近かったので」という理由でマウンテンバイクで駆けつけたとのこと。確かに東京はわりと自転車便利かも。
到着して恐る恐るメッセージを送ると、香澄と、何かを察知して起き出していたご両親とがいらっしゃり、「こんな夜中にようこそ」というお父様のひきつった笑顔に迎えられ、ご両親の監視の元で香澄の罵声を浴びつつ、なんとか無事に課題は仕上がったらしい。
一応、念のため、もしかして、と持っていったまだ渡せていないクリスマスプレゼントは、やはりバッグの中に仕舞われたままだったらしい。
「いつか、今回のお礼にって渡すんだ…」
ん、がんばれ。
(続)




