【22】天気を知る
ゾンビとして人に混じって生活する上で実に大切なことが一つある。それは天気予報をしっかりチェックすること。なにせ暑いも寒いも分からないのだ。真冬にタンクトップ1枚でも本人は問題ない。だからこそ今日どんな装いをすればいいのかは天気予報に頼らねばならない。12月のわりに暖かいとか、気温は低くても湿度が高くて過ごしにくいとか、情報を知っておかないと服装が浮いてしまう。「今日蒸し暑いね〜」という言葉にサラリと「ほんとにね」と返すには心の準備も必要なのだ。
というわけで生前より遙かに熱心に朝のウェザーニュースをチェックするようになった。今日は西高東低の気圧配置で北風が冷たく、昨日よりも寒さが厳しい。例年と比べても気温が低い。よし友達への第一声は「めっちゃ寒いね」で決まりだな。そしてこの冬初めてのマフラーもしようかな。気温が低い日にはマフラーで口元を覆うのがゾンビの大切なエチケットだ。なぜならヒトは寒い日には息が白いから。しかし寒いと感じていないのに首元にぐるぐる巻くというのはなかなか面倒なものである。
「あかりクリスマスどうする〜?」
「あ〜…どうかなあ」
友人たちに尋ねられて気付いたがもうすぐクリスマスか…。以前ゾンビ映画を見漁ったので知っているのだが、ゾンビとクリスマスは案外縁が深い。皆が楽しくパーティをしている最中にゾンビが乱入してきて一転…というシーンはけっこう多いのだ。幸せの象徴からの落差が描かれているのだろう。本物として言わせてもらうなら冬場は筋肉が固まって動きにくいのでクリスマス時期はわりと安全だと思う。
それはともかくとりあえず。
「早めに実家に帰ることになるかな」
「そっか〜残念」
パーティ会場を襲うつもりは毛頭ないが、食事が楽しめるわけでもないしゾンビが紛れ込むクリスマスパーティはちょっと験が悪い。遠慮しておこう。言い訳として帰省を持ち出してしまったけれどそうだよ、クリスマスということはそれはすなわち冬季休暇の始まりだ。夏休みはなんやかやと理由をつけて実家に戻らなかったが、さすがに年末年始に帰らないのはどうだろう。しかしまだ何週間も実家で過ごしてゾンビバレしない自信はない。なにか…なにか帰らなくても大丈夫な理由を作らなければ…。
「ということで何かないでしょうか、香澄さん」
「だからそろそろ親御さんには話しなさいって…」
「も、もうしばらく!まだ色々自信がない…」
「しょうがないなぁ…。うちの別荘でも行く?スキー用なんだけど」
「ふおおお…香澄お嬢さま…!」
香澄曰く、ゾンビになる前はよく家族で利用していた別荘が長野にあるらしい。ゾンビ以降はスキーどころではなくて当然出かけていないが、久しぶりに行ってもいいかなと。
「うちの両親があかりに会いたがってるからちょうどいいわ」
「私に?」
「そりゃ、娘に初めて出来た同じ境遇の友達だからね。私と違って一人暮らしだし心配してるみたい。と言うか一人で自活できるようになってるのが驚異的なんだろうね。私のことはめっちゃサポートしたわけだし」
「体が動かせるようになればなんとかなるかなぁって…」
「前向きと言うか、野生味溢れると言うか」
「褒めてほしい」
「褒めてるわよ」
と、そこへ。
「二人でどこかへ行く相談をしてる気配!」と言いながら井田くんが神野くんを伴ってやって来た。距離からして聞こえてなかったと思うのでこれこそ野生の勘と言うのではないか。
「どこか行くの?」と私に尋ねてくる神野くんはつまり井田くんの勘を全面的に信用しているということだろう、信頼度高いな。
スキー場にある香澄のお家の別荘にお邪魔しようかと答えていると案の定、
「スキー!別荘!すげえ香澄センパイお嬢さま!オレめっちゃ得意です!ボードはもっと得意です!」
と、キラッキラの目で訴えかけていた。いやもう目どころか体全体から「ついていきたいです」オーラが溢れている。振ってるしっぽが見えるようだ。
「センパイがもし苦手だったら教えます!助けます!」とドーンと胸を叩いて威張っている。これは相当に自信があるようだ。
香澄はとりあえずいつも通り名前呼びを咎めてから、「私は…!」と言って黙ってしまった。
おそらく子供の頃から別荘に出かけてスキーをしているだろう香澄が、スキーができないわけがない。なんなら生前は井田くんより上手いのではないか。
でも、そう、「生前」なら。階段を降りるのもわりかし難儀なこの体で、すいすいスキーができるわけはない。かくいう私も父が好きでよく岐阜県のスキー場に連れて行かれたので、そこそこ得意だ。でも今は多分ボーゲンも難しいだろう。
「………あまり得意ではないわ」
屈辱に耐えかねる、といった顔で答える香澄を、私は同情を持って見つめた。よりによって井田くんにこんなことを言わねばならないのが腹立たしいのだろう。
親切丁寧に教えますとか転んだらすぐに助けますとか井田くんが全力アピールをしている中、香澄はキッと神野くんを見ると「君はどうなの」と聞いた。
「あ、ふ、普通くらいです」と神野くんが答えると、私のほうを指さして。
「この子、私よりもずっと下手だからちゃんと見てあげなさいよ!」と言い放ってぷりぷりしながら去っていった。いやそりゃ、生前スキー腕前レベルでもゾンビレベルでも負けてるから間違いなく香澄より下手だろうけども。
「…はい」と香澄が席を立った後で神野くんが答えていたので、どうやらスキー旅行は決定したらしい。
(続)




