【12】避難する
ジリリリリリリリリリリリ…とその音はけたたましく鳴り続けた。あれはどうやら火災報知器。小学校なら大抵はイタズラっ子の仕業だ。でもここは最高学府で、そしてその音は鳴り止む気配を見せなかった。
音に負けじとしばらく熱弁を振るっていた教授はパタリと本を閉じ、「今日はここまで。火災かもしれないのでみんな速やかに避難しなさい」と言った。
どやどやと学生たちが教室を出る。隣もその隣も同じ判断が下されたらしく、廊下は学生たちでごった返していた。誰も本気で火災を心配してはいないらしくパニックになってるわけではないが、そこそこ足早に階段へと吸い込まれていく。ここは5階。人混み。階段。うーん、無理。
「あかりー、早く行こ。この分じゃみんな学食行くから混むよ」
「遅いぞー」
友人たちから急かされるもののちょっとこのペースでみんなと一緒に階段降りるのは出来そうにない。
「と、トイレに寄りたいから先に行ってて」と言ってしばらくトイレに避難。人の波が減ったのを見計らって廊下へ出る。よし、ゆっくり進むとしよう。多分ほんとに火事ではないだろう。
いやーしかし、本当の緊急事態に陥った時はどうしたらいいんだろう、どうあがいてもそんなに速くは動けないしなあ、などと思っていたら「花宮さん!」と遠くから声がした。見ると神野くんが駆け寄ってきている。
「神野くん、どうしたの?」
「いやえっと、もしかして体調悪くて大変じゃないかと思って、探してた」
ものすごい虚弱体質だと思われてる…いやある意味でその通りだけども。いやでも、万が一本当に火事の可能性だってある。私はともかく神野くんはさっさと避難しないと!
「あ、ありがとう。でも私はゆっくり行くから大丈夫。神野くんは早く避難して」
「おいていけないよ」
私はいいんだよ、ゾンビなんだから。炎に焼かれたらさすがにどうなるか分からないけど、煙に巻かれるだけならどうもない。息してないんだから。でも神野くんはそうじゃない。早く避難を…
「あ〜〜いたいた!花宮!」
この忙しい時に誰だあ!と思ったらすっかり気安く私を呼び捨てるようになった井田くんだった。
「井田くん何の用」
「冷たいな!探してたんだよだってお前ゾ───じゃなくて、えぇと体がつまり、その、調子悪いんじゃないかと思って!」
ゾ──のところで思いっきり睨みつけてやったらギリギリ踏みとどまった。危ないなコイツ!!
「ありがとう。今日はそこそこ元気だから大丈夫。たぶん火事じゃないだろうし。井田くんは念のため早く避難して」
「いやーでもさー、あ、オレおんぶしてやろうか。お前軽そうだし余裕」
はー??何を言い出すんだこの人は。
「いいから!そんな恥ずかしいことしないから!早く行って!」
と、自分のできるだけのハイペースで歩きながら二人を説得しようと揉めていたら、「…俺が背負う」と突然神野くんが私の前にしゃがみこんだ。
気をつけろ。ゾンビは急に止まれない。私はつんのめるようにそのまま神野くんの背中に向かってよろけた。そしてあれよという間におんぶされた。なにこの状態ー。
「え?え?神野くん?」
状況が飲み込めずに狼狽える私をよそに神野くんはズンズン歩いていく。
そしてちょっとキョトンとしていた井田くんは私と神野くんを交互に見て。
「もしかしてオレお邪魔だった?そうか分かった!えぇと神野サン?皇女様のことは君に任せた。よろしく頼む!」
「へ?」
(余計なことを言わないでさっさと行けーーーー!!)
私の心の叫びを無視して敬礼のポーズを取り、すたこら駆けていった。
…………。どうするのこの沈黙。
「…皇女様って何?」
「なななななんでもないから気にしないで…」
ううう。どうするのこれ。神野くんは私を背負ったままひょいひょいと階段を降りていく。重くないかなぁ。と言うか、こんなにくっついててバレないだろうか。匂いチェックは今朝もしてるけど。体温とか息遣い(してない)とか。でも呼吸してる真似は難しいんだよ、うーん。ひたすら喋ってる方がいいかなあ。
「ごめんね、重くない?」
「ぜんぜん」
普段より高い視線で速いスピードで降りる階段はちょっと怖い。遠くを見てると怖いので近くをふと見ると美味しそうなうなじ。噛みたい。じゃない!!!なに考えてる私。この体勢では自分で頭を殴るのも難しい。いざとなったら後ろにのけぞって落ちて階段に頭をぶつけて…いやそれじゃ神野くんに一生モノのトラウマを植えつけてしまう。絶対噛まない。目線は遠くに。怖いけど。
「さっきの人…井田さん?友達?」
ともだち…なのだろうか。とある秘密を握られておちょくられてる相手なんて答えたらなんだか極悪非道な感じだ。
「友達というほどのものではないと思う…」
「ふーん」
井田くんが聞いてたら怒るかもしれない。
無事1階に到着。人もけっこういて恥ずかしい。頼んで降ろしてもらった。
「どうもありがとう」
「どういたしまして。あの、余計なお世話でごめんだけど、もうちょっと太った方がいいと思う。体力つくかもしれないし」
それは…今はもうどうにもできない…でも。
「うん…ありがとう」
「皇女様なの?」
「それはもう忘れて!」
いつの間にかベルの音は止んでいる。火災ではなかったようだ。
二人でゆっくり、学食に向かった。
(続)




