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【11】バレる

「花宮サンてさ、息してないよね」


それは日差しもすっかり柔らかくなってきたとある秋の午後、英国史のレポートを仕上げようと来ていた大学の図書館で、隣のブースから突然かけられた声だった。

横を向くといかにもアウトドア派といった短髪の元気そうな男子学生。この人はたしか…仏語の講義が一緒の…井田くん、だったっけ。


「もしかして宇宙人?」


私がもし本当に宇宙人だったらすぐさまこの人を宇宙船に攫って記憶を消すのに…。


「それとも背中にエラがあってエラ呼吸できるとか?」


ゾンビって答えるのと背中にエラついてるエラ魚人とどっちがマシだろう。そもそもエラって水中で呼吸するためのものでは?


「あ、えっとオレ、別に危害を加えようとか言いふらそうとか思ってないから。だから目からビーム出したりするのは勘弁」


私が目からビーム出せる悪いマモノだったらどうする気だったのこの人…。


「あー…怒った?ごめんえっとじゃあ大丈夫。あんまり呼吸しないで平気系の普通の人間てことで」


ぷっ。


「ふふっ。なにそれ」

「あ…怒ってない?ごめん前から授業一緒の時なんか様子変だなって思ってたんだけどさ。今隣で見ててやっぱ息してないよなーって」


分かってしまうものなのか。とは言え呼吸の擬態はちょっと無理っぽい。普通のゾンビさんたちもうめき声は出してるし、自分も発声の時に呼吸に似た運動はしてるはずだけど、常に呼吸してるふりってのは難し過ぎる。


「私、変かな」

「いやー…他の人はなんとも思ってないみたいだし、そんなに変でもないと思うけど」


と言いながら、それで結局宇宙人なの?エラ人間なの?吸血鬼なの?魔族なの?みたいな顔で見つめてくる。さてどう答えるのがいいんだろう。危害を加える気はないと言ってたけど、ゾンビだと知ったら危険だと思われるんじゃないだろうか。

でも宇宙人なら地球征服を企んでるかもしれないし、エラ魚人は海底から地上への支配拡大を目論んでるかもしれないし、吸血鬼や魔族はやはり人を襲うのがデフォだろうから危険度は大して変わらないか?と言うかこの世で存在が確認されてるのは一応ゾンビだけなのに、ゾンビかもしれないとは思われないんだなー、私。普通にしてるゾンビってやはり想像の埒外なんだな。

いっそのこと「大エウタリカ星の王女であるこの我を傷付けたら地球など一瞬で消し飛ぶと思え」くらいのハッタリをかますべきだろうか。でも宇宙語喋ってみてとか宇宙船のこと教えてとか言われたら困る。私はSFに詳しくない。

結局。


「…ゾンビなの」


正直に答えてみたものの、返事は間があった。井田くんは眉根を寄せてしばらく吟味の後、


「いや、全然違うじゃんゾンビとは。見た目も中身も。ゾンビになっちゃった人ってあれもう自我とか無さそうじゃん」


といかにも納得してない風で言った。

いざそう言われてみると、自分が(宇宙人でも魚人でも吸血鬼でも魔族でもなく)ゾンビであるという証明は意外と難しい。ゾンビに噛まれたので多分ゾンビですとしか言いようがない。頭部を殴ってもらえば証明できるかもしれないがそんな捨て身は嫌だ。


「夏休みにゾンビに噛まれて失神して、目覚めたらこうなってたんだ。なんで意識が残ってるのかは分からない。脈はないし、体温も低い。体はすごく動かしにくいし声も出しにくい。目からビームは出せない。人は襲ってない…信じてもらうしかないけど」

「え……ほんとに…ゾンビ?…体動かしにくいってどのくらい?」

「階段降りるのは割と辛いくらい」

「………」


井田くんは急にしょんぼりした顔になって「なんかゴメン…興味本位で聞いちゃって」と言った。

飼い主に怒られたワンコのようにしょげてしまった。どうしよう。答え方間違ったかなぁ。


「嘘。ほんとは宇宙人なの。はるかかなたエウタリカ星大帝国の皇女であるこの私を傷付けようものなら地球は消し炭と化す。心せよ!」


とビシッと人差し指を彼の眼前に突きつけて、レポートの仕上げは諦めて図書館を出た。どこだよエウタリカ星。


その後、井田くんは学内で私を見かけるとちょいちょい寄ってくるようになった。人に扮するゾンビとして日常生活を無事に送れているか心配されているようだ。

別に気を使わなくていいと言ったのだけど、「いやーだって皇女様だし?」とニヤニヤされる。


やはり答え方を間違ったかもしれない。


  (続)

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