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9.《妖精狩り》

 あるところに姉妹がいました。雪のように白く長い髪と燃えるような赤毛の美しい姉妹でした。白髪の姉は白薔薇(しろばら)、赤毛の妹は紅薔薇(べにばら)と呼ばれ、彼女たちは貧しいながらも母親と三人で、森の奥深くで穏やかに暮らしていました。

 あるとても寒い冬の夜のことです。三人が暮らす家の扉を誰かがノックしました。

「はい。どなたでしょう?」

 白薔薇が扉を開けるとそこには大きな熊がいました。驚きのあまり声も出ない紅薔薇でしたが、熊は口を開くと優しく言いました。

「驚かせてしまって申し訳ありません。私があなた方を襲うことは決してありません。外は大雪でとても寒い。少しだけ暖をとらせてもらえないでしょうか」

「ええ、どうぞ」

 姉妹は驚きましたが、母親は熊の様子を見て、家の中へ招き入れました。

「ありがとうございます」

 熊は礼儀正しくそう言って、暖炉の前に横になりました。

 それから冬の間、熊は度々三人の家を訪れました。熊は宣言した通り、姉妹に襲い掛かったりしませんでした。姉妹はそうして過ごすうちに熊と仲良くなり、熊にまき割りなども手伝ってもらうようになりました。

 やがて冬が去り、暖かな春が訪れました。

「今までありがとうございました。冬があけたので、私にはやらねばならないことがあります。実は森の中に私の宝物が隠されてしまっているのです。私はそれを探し出さねばいけません」

「そう。少し寂しいけれど、頑張ってね」

 白薔薇はそう言って熊を送り出しました。

 それからしばらくして、姉妹が森へ薬草を取りに出かけたとき、倒木に挟まれている小さな妖精を見つけました。とんがり帽子をかぶり長いひげを蓄えた小人の姿をした妖精は姉妹と目が合うと、急に怒鳴りつけました。

「おい! 黙って見てないで助けろ! 困っているのがわからないのか⁉」

 心優しい二人は妖精を不憫に思って、何とか倒木に隙間を作って妖精を助け出しました。しかし、妖精の立派な長いひげが倒木の枝に絡まり、どうしても外せませんでした。

「仕方ないわ。切るしかないわね」

 助けられたのに暴れまわる妖精を宥めながら、二人はハサミでひげを切って妖精を助けました。しかし、妖精はお礼を言うこともありませんでした。

「ぐずぐずしやがって! どれだけ時間をかけるんだ⁉ しかもおれのひげを切りやがるとは、なんて無礼で不器用な馬鹿娘どもだ‼」

 妖精は悪態をつきながら倒木の洞から黄金の入った袋を取り出してどこかへ行ってしまいました。

 またある日、姉妹が魚釣りに出かけると、また妖精が湖のそばでもがいていました。釣り糸が全身に絡まって、頭がぱっくりと魚に食べられています。

「おい! 誰かいるな! 何をしている! 早く助けろ!」

 姉妹は顔を見合わせましたが、やはりもがいている妖精が不憫になり、助けてあげることにしました。魚を外し、絡まった釣り糸をほどきましたが、ひげに絡まった釣り糸だけはどうしてもほどくことができませんでした。

「またね……どうしましょう、姉さん」

「また切るしかないわね」

 釣り糸だけを切ろうとしましたがあまりに複雑に絡みついているので、ひげも一緒に切るしかありませんでした。

「まったく! どうしてこうも下手くそな方法しか取れないんだ⁉ 役立たずの阿呆どもめ! しかもまたひげを切ったな‼」

「ごめんなさい」

 姉妹は謝りましたが、妖精はさらに口汚く罵り、湖の中から真珠が詰まった袋を取り出してどこかへ去っていきました。

 そんなある日、姉妹は家の前で倒れている熊を見つけました。それは冬の間一緒に過ごしていた熊でした。体にはひどい傷を負い、首から血が流れています。

「まあ!」

「どうしたの? ひどい傷!」

 熊は答える元気がありませんでした。

「一体何が起こったの?」

 熊は手厚い治療を受けながら、これまでのことを話し始めました。





「ぐう……」

「ローラさん?」

「大丈夫。ちゃんと起きてるよぉ……ふぁああ~」

「本当に大丈夫ですか?」

「本当にだいじょう、ぐう」

「ちょっと! 起きて下さい!」

「むにゃ……起きてる……起きてるよ……ぐぅ」

「眼が! 全然開いてませんよ!」

「開いてるよ……私はパッチリおめめって有名なんだよ~……」

「全然パッチリじゃないです! 半目ですよ!」

「眠いんだ……すごく眠いんだよ……四日完徹で……」

「いや、今朝も寝てましたよ!」

「こんなにも走ってるじゃない。さぁ、私に続け! 遅いぞ~レコぉ~……ぐう」

「夢の中でしか走ってませんよ!」

「す~す~」

 道端にうずくまって寝息をたて始めるローラさん。どれだけ声をかけても返事がない。

 ど、どうすればいいんだろう……

 僕はため息をついて今朝の出来事を思い出した。




 朝食を取ろうとして、カウンターに座る前に、誰かが突っ伏していることに気が付いた。

「あの、大丈夫ですか?」

「ぐう…ぐう…」

 気持ちよさそうな寝息が聞こえる。何かあったのかと思ったけれど、どうやら倒れているわけではないみたいだ。でも、本当に大丈夫だろうか。

 薄いピンク色のドレスは皺になってしまいそうだったし、豊かな金髪は放射線状に広がり、一部は水の入ったコップに入ってしまっている。よく見たら顔はパンケーキの上に乗っかっていた。片手にはフォークが握られている。

「やあ、おはよう、レコ」

「ラプンツェルさん。おはようございます」

 眠り続ける女性を前にどうしたものかと悩んでいると、後ろからラプンツェルに挨拶された。

「元気かい?」

 長い髪を揺らしながらにっこりと笑うラプンツェルさん。

「ええ。元気ですよ」

 彼女に聞いてみよう。もしかすると知り合いかもしれない。

「ラプンツェルさん、この人がすごい体勢で寝ているようなんですが……」

「ん? ああ、そいつは大抵の場合寝てるから心配いらないよ。どこでも寝ちゃうタイプだからね」

「どこでも過ぎる気がしますが……」

「んー……まあ、パンケーキの上なら大丈夫だと思うよ。スープとかだと流石にまずいけどね。顔が汚れはするだろうけど、窒息はしてないし」

 大丈夫の判断基準がずいぶんと高度な気もするけど、ラプンツェルさんが言うのだから大丈夫なのだろう。

「この人は起こさなくてもいいんですか?」

「起こすの難しいよ? 何やっても寝るからね……少なくともあたしはチャレンジしないな」

 ラプンツェルさんは苦笑いしながらカウンター席に座って、奥へ声をかけた。

「オキナ! 朝ごはんちょうだい!」

「ラプンツェル、おはようございます。ご注文は?」

 奥の方から顔を覗かせたオキナさんが訊ねる。

「んー、パンケーキにしよう。ハチミツとバターをたっぷりのせてほしいな。あとオレンジジュース」

 隣でひしゃげているパンケーキを横目に見ながらラプンツェルさんは言った。

「オキナさん、僕も同じものをください」

 とりあえず、隣で寝ている人のことは置いておいて、僕も目的であった朝食を食べよう。

 しばらくすると焼きたてのパンケーキが運ばれてきた。注文通り、黄金色のハチミツと溶けはじめているバターがたっぷりとかかっている。

「美味しそうだ。いただきまーす」

 ラプンツェルさんの皿には僕の倍ぐらいパンケーキが重なっていたが、彼女は気にする様子もなく大きめに切り分けると豪快に口へ運んだ。

 気持ちのいい食べっぷりだ。つられたわけじゃないけど、僕も食べてしまおう。


 ラプンツェルさんと僕の皿からパンケーキが消えかける頃、いつものように《狩人屋》の扉が開いた。依頼人かもしれないので、僕はそちらに目をやった。

 小柄な女性だった。中年ぐらいだと思うが、どこか年齢が読みにくい姿をしていた。

「……なんか力はありそうだけど、魔女ってほどでもないか」

 ラプンツェルさんが最後の一切れを口に詰め込みながら呟いている。

「話を聞いてきますね」

「いってらっしゃい。もしも依頼が『魔女』だったらあたしが行くよ」

「はい」

 ラプンツェルさんに返事をして、僕はその女性の元へ駆け寄った。

「おはようございます。《狩人屋(オリオン)》へようこそ。お困りごとですか」

「はい。少し困っております。どなたかにお力添えいただきたいのです」

 依頼人と話すスペースへ案内しながら問いかける。もうこの案内もずいぶんとスムーズになってきた気がする。

「わたしはロズネビュラと申します。困りごとと言いますのが、妖精のことでして」

 ロズネビュラさんはわずかに目を伏せた。

「この冬に知り合った熊がいるのですが、その熊が妖精にひどい目にあわされているようでして。今、ひどい怪我を負い、わたしの家で寝ております。熊と仲良くなった娘たちが看病をしているところなのです。わたしたちには怪我を癒すことはできても、妖精をどうこうする力はありません。《狩人屋》にはこういった依頼を受けてもらえるはずだと思い、こうして参りました」

「妖精ですか」

 そういった《狩り》はいるだろうか。今まであったことはないけど、誰かに聞いてみた方が早い。

「レコくん。依頼はなんだったの?」

 いつの間にかメリアさんが隣にいて、そう訊ねてきた。

「妖精です」

「妖精ね……ちょうどさっきいたはず」

 メリアさんがきょろきょろ辺りを見回して、カウンターの方へ顔を向けた。

「いたいた。ローラ! 依頼よ!」

 メリアさんのよく通る声でカウンターに突っ伏していた女性がビクリと震えた。

「ふあっ! メリア、大丈夫起きてるよ……」

「寝てたでしょ。依頼よ!」

 メリアさんが再度声をかけるとローラと呼ばれた女性はこちらに向き直った。

「大丈夫大丈夫。ちゃんと起きてたよぉ……よろしくぅ!《妖精狩り》のローラだよ~…ふぁあ~」

 ハチミツまみれの顔で大あくびをしながら、《妖精狩り》はこちらに手を振った。




 そんなやり取りがあって、僕とローラさんはロズネビュラさんの家に向かっている途中なのである。ただ、道中でもローラさんの眠気はずっと残っており、数メートル進むごとに睡魔に襲われているようなありさまだった。

「しっかりしてください」

 ふらふらのローラさんを半ば引きずるような形で歩みを進める。

「うう……ごめんよぉ。迷惑かけてるよね……でも眠くて眠くてしょうがないんだ……ぐう」

「わかりましたから、とりあえず足を動かしましょう!」

 依頼人であるロズネビュラさんが先に帰っていてくれてよかった。この体たらくを見られると不審がられたかもしれない。もちろんローラさんは優秀な《妖精狩り》なのだろうけれど、この状態じゃ中々そうは見えないから。

「そうだねぇ……足を動かし続ければ眠気も覚めるかもしれない……」

「はいっ! いっち、に! いっち、に!」

「うん、いっち、ぐう……にぃ、ぐう……」

 少しテンポは悪いが、彼女の足はなんとか前に踏み出せている。頼りないふらふら歩行ではあるけれど。

 とんでもない時間をかけて僕たちはロズネビュラさんの自宅がある森の中へたどり着いた。

「もう少しですよ!」

 依頼の本筋に入る前にすでに声がガラガラだ。ローラさんに声をかけ続けたからだが、その甲斐あってローラさんは前に進めている。

「起きてるよぉ……」

 半分寝ている。

 まあ、半分は起きているので間違いじゃないかもしれない。

 うっそうとした木々のトンネルを抜けると、開けた場所に出た。暖かな風とともに豊かな花の香りが鼻腔をくすぐった。

 色とりどりの花に囲まれた小さな家が見える。

「あそこですね」

「そうかも……ふぁあ」

 最後のひと踏ん張りだ。僕は声をかけながらローラさんを引っ張って、押して、何とか歩を進めた。

「すみません。《狩人屋(オリオン)》です」

 扉を叩くと、中から燃えるような赤毛の女性が顔を覗かせた。

「ようこそ。母から聞いています」

 赤毛の女性に室内へ案内される。

「あたしは紅薔薇です」

「レコです」

「《妖精狩り》……ローラだよぉ」

「母は今、薬草を採りに行っています」

「怪我をしている熊さんはいますか。詳しいお話をお聞きしたいのですが」

 ローラさんは船をこぎ始めているので、ここは僕が進めておくべきだろう。

「こっちです」

 奥の部屋に案内されると、そこには紅薔薇さんによく似た顔立ちの女性と大きな熊がいた。女性は紅薔薇さんと異なり、雪のように白い髪の持ち主だった。白い髪の女性は優しい手つきで熊の首元の包帯を取り換えていた。熊さんは包帯が巻きやすいようにしゃがみ込み、大人しくされるがままになっている。

「姉さん、《狩人屋(オリオン)》の人が来てくれたわ。あっちが姉の白薔薇です」

 包帯を巻き終えたところで、僕たちに気付いた白薔薇さんは丁寧に頭を下げてくれる。僕たちももう一度自己紹介をして、熊さんに向き直った。

 座っていても見上げるほどに大きい。豊かな茶色の毛と鋭い爪の生えた手。しかし、表情は穏やかで、澄んだ瞳からは高い知性が感じ取れた。

 首元と腰、手首に包帯が巻かれている。

「はるばるありがとうございます。私はカストルと申します」

 熊さんならぬカストルさんは頭を下げた。

「この度は申し訳ありません。私の力不足が原因で」

「そんなことはありません。《狩人屋(オリオン)》は困っている人を見過ごしません。ロズネビュラさんからある程度のお話は伺っていますが、もう一度確認してもよろしいですか」

「はい。もちろん」

「ローラさんもそれで大丈夫ですか?」

「う、うん……いや、うん……頑張って起きてる。よしっ!」

 パァン、と両手で自分の頬を叩くローラさん。頬は真っ赤になってしまったが、眠たげな眼が少し開き気味になった。

 ローラさんの様子に少し驚いたようだったが、カストルさんはこれまでのことを話し始めた。

「あの性悪の妖精ともめ事が起きてしまいまして。というのもあの性悪が私の家から宝物を盗んで逃げたのです。そして、宝を森に隠して、私から逃げながらそれを回収して回っているのです。冬の間は雪のせいであいつは思うように行動できず、春になればまた回収作業に入ることはわかっていました。盗まれた時からずっと追いかけているのですが、なかなかどうして手ごわい相手です。逃げ足は速く、森に詳しい。そして、どんな方法を使っているのかわかりませんが、あいつを攻撃すると自分に跳ね返ってくるのです」

「跳ね返る?」

「はい。一度、あいつを殴りつけるチャンスがあったのですが、完璧にとらえたと思った瞬間、自分の頬にものすごい衝撃がありました。衝撃に目を回していると、あいつは平気な様子で高笑いしながら去っていきました」

 パァン!

 ローラさんが再び自分の頬をはたく。彼女は眠気と戦っている。

「ごめん。気にしないで、続けて」

 カストルさんは目をぱちくりさせながらも続けた。

「あいつを追い詰めても攻撃が跳ね返ってくるせいで捕まえられません。それどころか、勝手に傷を負うこともあります」

「どういうことですか?」

「これも方法はわからないのですが、遠隔から攻撃を受けるのです。あいつの姿が見えなくて、私が何もしていなくても勝手に傷を負うことがあります。あまり回数があるわけではないのですが、この首の傷は勝手にできたもので、結構深く、ロズネビュラさんや紅薔薇さん、白薔薇さんの助けがなければ、私はもっと苦しんでいたでしょう」

「カストルが倒れていた時はもっと深い傷でした。何度も薬を塗ってかなりよくなってきているので、一安心です」

「首だけじゃなくて、あちこち傷だらけだったんですから!」

 白薔薇さんと紅薔薇さんが憤慨している。聞けば、春になってから二人もその妖精と遭遇したことがあるらしかった。

 二度ほど困っているところを助けたのだが、お礼を言うこともなく、あろうことか悪態をついて立ち去って行ったらしい。

「まったく! あれがカストルの追っていた相手だって知ってたら助けたりしなかったのに!」

 紅薔薇さんが地団太を踏んで悔しがっている。

「困っていたのは確かだったから。もちろん、わたしも悔しいですが。もっといい方法があったかもしれない、と後悔しています」

 怒れる妹を宥めてはいるが、やはり白薔薇さんも納得はできていないのだろう。助けた相手が友人を傷つけていたと知ったなら、そう思うのも無理はない。

「しかし、あいつが二人に余計な手出しをしなかったのには、ほっとしました。万が一、二人に危害が及んでいたと考えるとゾッとします。私はあいつを許せなくなったでしょう」

「あたしはもうすでに許せないけどね! 友達がこんな目にあわされて!」

 紅薔薇さんが腕を組んで頬を膨らませる。

「今度会ったら、あのひげを全部引っこ抜いてやる!」

 なかなか過激な発言だ。燃えるような赤毛と同じく烈火のような性格なのかもしれない。

「姉さんにも半分置いといてあげるから、半分は姉さんが引っこ抜いていいよ!」

 白薔薇さんは困ったように苦笑しているが、あえて否定はしないところを見ると内心は穏やかではないのかもしれない。

 二人ともそれだけカストルさんを大切に思っているということだろう。

「なるほど、大体のお話は分かりました。ではその妖精を捕まえる方針でいいですか?」

「そうですね。あいつが盗んだ宝のありかも聞きださなくてはいけませんし」

「ということだそうですが、どうですか、ローラさん」

「うん、大丈夫、聞いてたよ……」

 うっつらうっつらしながらではあるが、ローラさんは頷いた。

「ちょっと待って、ちょっと見せてもらいたい……」

 ローラさんはふらふらと立ち上がり、カストルさんに歩み寄った。

「…………あ、ダメだ……眠すぎてしゅうちゅうできな……ぐう」

「ローラさん、頑張ってください!」

 彼女が何を見たいのかはわからないが、ここで寝られるわけにはいかない。

「ハッ! このままじゃだめだ……ごめん、レコ、一つお願いを聞いてもらえる?」

「はい、もちろんです! 僕にできることなら何でも言ってください!」

「はは……そう言ってもらえて助かるよぉ、ありがと……う。ダメダメ、寝るな~」

 激しく首を振るローラさん。彼女はしばらく首を振った後、おもむろに僕の方へ左手を差し出してきた。

「キスして」

「え?」

「手の甲でいいからキスしてくれない?」

「はい?」

「もう……できることなら何でもって言ったでしょ……早くキスして……ああ、ダメだ……瞼が重い……ぐう」

 意味が全く分からない。しかし、勢いとは言え、言ってしまったことに変わりはない。意味のなくこんなお願いをされるわけもないし、ローラさんが望むなら僕はそれを手伝うほかない。

 あまりにも急で、思わぬお願いに、僕は傍目にわかるほどに赤くなっていただろうけれど、何とかローラさんの手を取って、そこに軽く口づけした。

 何か目に見えない力の波動が部屋の中を走った気がした。

「ありがとう。おかげで目が覚めたよ」

 今にも閉じてしまいそうだった目がぱっちりと開き、顔には眠気の欠片も感じられなくなっている。

「……ど、どういたしまして」

 急にしゃっきりしたローラさんは未だ赤みが取れない僕の頭をポンポンと叩いてカストルさんに向き直った。

「みっともない姿をさらし続けて申し訳ない。しばらく大丈夫だよ」

「あなたはもしかして……いえ、問題ありません。こちらも同じようなものですから」

 ローラさんは顎に手を当てながらカストルさんに近づいて、周りをぐるぐる回り始めた。

「ふーむ……少し触ってもいい?」

「どうぞ」

 毛先をつまんで指でこね回す。

「なるほど……」

「何かわかったんでしょうか?」

 ローラさんとカストルさんを不安そうに見つめていた白薔薇さんが言う。

「たぶん、呪いだね」

「呪い⁉」

「カストル殿は問題の妖精に呪われている状態だと思う」

「見ただけでわかるものなんですか?」

「私は呪いや祝福については一家言持ってるんだよ。結構詳しいんだ」

「どのような呪いなのですか?」

「系統的には呪詛返しかな。ずいぶんと悪辣なものだけど。あの妖精に加えられた危害があなたに移動するような感じだね。あなたが妖精を殴ったときに自分に衝撃が返ってきた理由はこれだね。自分で自分を殴ったようなものだよ」

「なるほど」

「で、ではあの妖精に手出しができないということですか? カストルに攻撃が移ってしまうなら何もできないのでは?」

「そこは私の出番だね。呪いってのは一方通行じゃないんだ。人を呪わば穴二つってね。相応のリスクや制約が存在するものだ。任せておいてよ」

 ローラさんはウィンクして見せる。

「じゃあ、カストル殿。私はこれから問題を解決しに行くけれど、その前に、呪いを緩和しておこう。君にはぐっすりと眠っていてもらう」

 ローラさんは懐から小さな小箱を取り出した。中には中央辺りが膨らんだ細長い棒状のものが入っていた。あれは、糸車の部品だろうか。紡錘車のように見える。

「これでカストル殿をチクリと刺すよ」

「刺す? そんなことをして大丈夫なのですか?」

 白薔薇さんが不安げな様子で問う。ローラさんは安心させるように微笑んだ。

「不安になる気持ちはわかるよ。確かにこれは呪物の類だ。悪く言えば、これを刺すことでカストル殿には新たな呪いをかけることになる。それでも心配はいらないよ」

 姉妹が慌てた表情になるのを宥めながら説明を続けた。

「この呪物は元々悪意で作られたものだけど、そのあと、私の知る限りもっとも賢い妖精によって、人を守る(まじな)いで上書きされている。これで眠っている間は外界からの影響を一切遮断することができる。だから、妖精の呪いも弾くことができるだろう。カストル殿は眠ってしまうけれど、目覚めれば何の影響もないことは保証する」

「それは……もしや」

「案ずることはないよ。私が問題を解決すれば、君はすぐに目覚めることができるはずさ」

 ローラさんはそう言いながら、ちらっとこちらを伺った。

「……わかりました。やってください。後はお任せします。それと妖精を探すなら大きな樫の辺りがいいと思います。最後に見たのはそこでした」

「カストル……」

「大丈夫です、白薔薇さん。後でお会いしましょう」

 カストルさんは不安が残っている姉妹を順番に励ましてからゆっくり横になった。

「そうだね。横になってくれると助かるよ。目が覚めたらすべて終わっているから。目覚めの方法は想像がつくだろう?」

「……はい」

 ローラさんはカストルさんの腕に紡錘車の先端を当てた。次の瞬間、カストルさんの体から力が抜けて穏やかな寝息が聞こえてきた。

「よし。ついでにもう一段防御策を構えておこう。念には念を入れておくよ」

 ローラさんはカストルさんに向かって手を掲げると、彼の周囲から太い荊の蔓が伸び、彼をすっぽりと覆ってしまった。

「これで何があっても大丈夫。さて、私たちは性悪の妖精を懲らしめるとしようか」




 薬草採りから戻ってきたロズネビュラさんに事情を説明して、カストルさんの様子を見てもらうことにした。ロズネビュラさんは肝が据わっているようで、突拍子もない説明にも平然と頷いていた。

 僕たちは白薔薇さんと紅薔薇さんの案内で森の中を歩いているところだ。カストルさんの情報をもとに妖精の居場所を探す算段である。目的の樫については姉妹が場所を知っていた。

「こっちです」

 二人は軽やかに小川を飛び越えた。僕も後に続く。ローラさんも当たり前のように飛び越えたが、着地した途端うずくまってしまった。

「ローラさん!」

「むにゃ……まずい、効果が切れてきた……眠気が……ぐう」

「ちょ、今は困りますよ!」

「そ、そうは言っても……」

「えっと、ま、また手の甲にキスすればいいですか」

「いや、連続で同じ場所はよくないんだ……耐性がついちゃう……申し訳ないけど、妖精が見つかるまでこのまま進む、だいじょぶ、あるけるよぉ……ぐう」

 酔っぱらいのごとくフラフラと立ち上がってゆらゆら揺れているローラさん。僕は彼女を支えながら歩き出した。

 体に力が入らないローラさんを三人がかりで支えながら目的の樫の木を目指した。

「もうすぐです」

「うん……寝てないよ」

 しばらく起きていた反動なのか、ローラさんはさっきよりも眠たげだった。会話も少し怪しい。

「あそこだよ」

 紅薔薇さんが少し先を指さした。少しだけ開けた場所に大きな樫があった。根元にはくぼみがあって、ここからではよく見えないが、何かを隠すにはちょうどよさそうに思えた。

 僕たちは近くの茂みに潜んで、樫の方をうかがった。

「あっ!」

 寝ぼけ眼のローラさん以外の三人で口をそろえてしまった。くぼみの中から小さなとんがりがのぞいたのだ。

「あれは妖精の帽子ですか?」

「そう! そうだよ!」

「ローラさん、妖精がいましたよ」

「うん、よし、起きよう。ちゃんと起きる……」

「はい!」

 僕は恥ずかしさを押し隠して、ローラさんの手を取った。

「ちがう。そこじゃだめだ……」

「え?」

「本当は唇がいいんだ……ちゃんとしたキスが一番効く……」

「流石にそれは!」

「そうだね……だからほっぺにしよう……頼んだよ、レコ」

 ローラさんはぺたんと座り込んで、小首をかしげた。彼女の頬がこちらに差し出される形になる。

 ううっ……!

 天を仰ぎそうになったが、もたもたしてはいられない。妖精をここで見つけられたのは相当にラッキーだ。いつ妖精が逃げ出すかわからないし、迷っている暇はない。

 ないんだけど!

 …………。

 ええい! ままよ!

 すべてを押し隠して僕は覚悟を決めて、差し出されたローラさんの頬にキスをした。

「まあ」

「わあ」

 薔薇の姉妹の二人の声が余計に恥ずかしさを加速させる。

 さきほど手の甲にした時とは比べ物にならない力の奔流を感じた。

「ありがとう、助かるよ」

 またもしゃきっと目覚めたローラさんが僕の頭をポンポンと触れた。

「言っとくけど、誰でもいいってわけじゃないんだよ。私がキスされてもいいって思える相手じゃないといけないんだから」

「…………」

 そういうことは言わないでください……すごく恥ずかしいです。

 真っ赤っかになっている僕をからかうようにウィンクして《妖精狩り》は言った。

「よし、行ってくる! 記録よろしくね!」



「ちょっとそこの妖精さん」

「あ?」

 ローラさんが樫の前で穴を覗き込んだ。穴の名から顔を出した妖精は鬱陶しそうに顔をしかめた。

「こんなとこで何してるの?」

「誰だ、お前は。いちいち話しかけてくるな、阿呆め。俺は忙しいんだ」

 妖精は体格に比べると大きな袋を担いで、穴から這い出してきた。

「しっし! どっかへ行け! 邪魔だ邪魔!」

「それは何を背負ってるの?」

「お前に関係ないだろう! やかましいな! なんなんだ、お前は」

「私は《狩人屋(オリオン)》のローラ」

「オリオン? なんだそれは。どうでもいいから俺の邪魔をするな」

「とある熊に頼まれてやってきた《妖精狩り》さ」

 歩き去ろうとしていた妖精の足が止まった。

「……ああん? お前、あの毛むくじゃらの手下か?」

「手下というか、協力者だね。悪さをする妖精がいるから、懲らしめに来たんだよ」

「アッハッハッハ! それで《妖精狩り》? 笑わせてくれる! この俺を懲らしめるとはよくも言ったもんだ!」

「ははは。ま、一応聞いておこうか。あの熊から盗んだ物を返して、誠心誠意謝ったうえで呪いを解く気はあるかい?」

「ないね。ここにある宝はすべて俺のものだし、あの毛むくじゃらは一生涯呪いに苦しむといい」

「よし、じゃあ、泣いて謝る準備万端ってことだね」

「でかい口を叩くな、くそ女。お前は俺に手出しはできないんだ。俺への攻撃はあの毛むくじゃらに向かうんだからな!」

「でかい口を叩いているのはお前だよ。私が何の対策もせずにノコノコ来ると思ってるのか?」

 ローラさんの左手が妖精に向けて突き出される。妖精の足元から荊が伸びた。しかし、妖精はニヤニヤ笑っているだけで何の抵抗も見せなかった。

 荊が凄まじい速さで妖精を締め上げる。だが、妖精は冷静さを失わない。

「おいおい、なんかやってんのか? この雑草に何の意味があるんだ?」

「大した自信だ。もう詰んでいるってのに、哀れだね」

「哀れなのはどっちだろうな? 今頃、あの毛むくじゃらは苦しんでいるだろうよ」

「本当にそうかな?」

 巻きついていた荊がビシッという音を立て始めた。

 せせら笑っていた妖精の顔に初めて焦りのようなものが浮かび始める。

「あ? 何の音だ?」

「お前の呪いが壊れ始めている音かな。呪いの先で攻撃が行き場を失っているんだよ」

「なんだと?」

「お前がかけた呪いよりも、私が使っている呪いの方が強いってことさ。もうすぐすべてがお前に帰ってくる」

「お前、毛むくじゃらを呪ったってのか?」

「正確には呪いを上書きした祝福だけどね。百年の眠りの祝福だよ」

「は? お前まさか……!」

 ビシッという音が連続して聞こえ始めた。

「《眠り姫》か⁉ 十三傑(じゅうさんけつ)の呪いと祝福を受けたあの⁉」

「そうだよ。お前とは別格の妖精たちに祝福を受けたただの人間さ」

「じょ、冗談じゃない! そんな馬鹿な! お、おい! 早くこれをほどけ! あいつらの息のかかった奴だったなんて聞いてないぞ‼ そ、そんな奴を相手にできるか! おい、聞いてるのか⁉ 早くほどけ‼」

 妖精は完全に余裕を失い、ジタバタをもがき始めた。

今際(いまわ)(きわ)まで傲岸不遜だね」

「待て待て! わかったわかった! 宝は返そう! 呪いも解いてやってもいいぞ! な⁉ 悪くないだろう⁉」

「もう遅いよ。因果応報、呪わば穴二つだ」

「ちょっとま――」

 ひと際高いビシッという音がした瞬間、妖精が絞った雑巾のようにねじれ、よりあった糸のように細くなっていく。

「あ、ぎゃ――」

 か細い悲鳴だけを残して妖精はチリと化した。春の穏やかな風に、灰色のチリが舞っていく。

「はい、お終い!」

 《妖精狩り》はこちらを振り返ってそう言った。




「あの妖精がカストル殿にかけた呪いはすべて解けたはずだよ。呪いの大本がいなくなったからね」

 僕たちはカストルさんとロズネビュラさんが待つ家に戻ってきていた。

 ずっと不安そうな様子だった白薔薇さんが一目散にカストルさんのもとに駆け寄った。しかし、カストルさんはまだ荊の繭に包まれている。

「ロ、ローラさん!」

「大丈夫だよ、白薔薇さん。今どける。でも、驚かないように」

「え?」

 ローサさんが両手で開くような動きをすると、カーテンが開くように荊が割れた。

「えっ?」

 荊の真ん中で眠っていたのは大きな熊ではなく、端正な顔をした男性だった。

「え? え?」

「カストルは?」

 白薔薇さんと紅薔薇さんは目を白黒させている。

 僕も驚きを隠せない。

「彼がカストル殿だよ。妖精の呪いで姿が変えられていたんだ」

「…………」

 ということは、カストルさんは人間だったってことになるのか。状況を呑み込むのに時間がかかる。しかし、白薔薇さんと紅薔薇さんは僕の比じゃないだろう。

「こ、この人がカストル……さん」

 白薔薇さんは思わずと言った風に「さん」付けした。気持ちはわからなくもない。

「えっと、ローラさん。カストルはいつ目覚めるの?」

 紅薔薇さんが問う。

「それは、そうだね……その役目は……白薔薇さんの役目かな?」

「姉さん?」

「え、私ですか?」

「そうだよ。少しだけ思い返してほしいんだ。私がとってきた行動をね」

 二人は首をかしげる。

()()()()()()()()()()。わかるだろう? 白薔薇さんの役目ってことが」

 姉妹はしばらく無言だったが、急に白薔薇さんの顔が真っ赤に染まった。同時に紅薔薇さんがハッとした表情で、白薔薇さんを小突いた。

 僕にも何となく想像がついた。頬が微かに朱に染まっていたかもしれない。

「大丈夫。カストル殿はこうなるって確認取ったしね。明言はしてないけど、理解はしているよ。保証する」

「いや、私は、そんな、そんなことどうしろって……いや、嫌とかじゃないんですけど」

「覚悟決めてよ、姉さん。早くしないとあたしがするからね」

「それはダメ!」

 妹に背中を押されて、白薔薇さんはカストルさんのそばにひざまずいた。

 白薔薇さんはカストルさんだけを見つめて真っ赤になっている。彼女の喉が動いて、一瞬ののちに覚悟を決めたようだった。

 白薔薇さんの顔がそっと近づいていく。

 ローラさんが微かに手を振ると、二人を隠すように荊が、二人を包み込んだ。

 紅薔薇さんはニヤニヤ笑っているし、ローラさんは慈愛の笑みを浮かべている。僕はそっぽ向くことも直視することもはばかれるので、荊の方を見ながらぎこちなく笑顔を浮かべていた。

 荊が光り輝く粒子になって消えていく。

 頭から湯気が出そうな白薔薇さんと起きたばかりのカストルさんが見つめ合っていた。

「お、おはようございます……」

 消え入りそうな声で白薔薇さんが言った。

「おはようございます、白薔薇さん」

 カストルさんの表情はとてもやさしい。

「ご、ごめんなさい……」

「いいえ。私は今、とてもいい気分です。目覚めてすぐにあなたの顔が見られて、とても幸せですよ」

「そ、そうですか……」

 白薔薇さんは真っ赤な顔でうつむく。

「妖精の呪いは解けたようですね。やっと本当の姿であなたに会うことができた。唐突ではありますが一つ、聞いていただけますか?」

 カストルさんが優しく白薔薇さんの手を取った。

「結婚を前提にお付き合いしていただきたい」

「へ?」

「いや、すぐにでも結婚していただきたいのですが、本来の私を知ってもらうためにも時間は必要かと思ったので」

 白薔薇さんは口を半開きにして呆けている。

「姉さん!」

「え、あ、はいっ! こ、こちらこそよろしくお願いします!」

 白薔薇さんはそう叫んでから、さらに顔を赤くしてしる。

「はは。これじゃ姉さんが紅薔薇みたいだね」

「紅薔薇さんもありがとうございました。もしあなたが良ければ弟を紹介させていただきたい」

「いい奴なの?」

「私が言うのもなんですが、いい男ですよ。あなたとは気が合いそうな性格です」

「ふーん。じゃあ、会うだけ合ってあげるよ」

 紅薔薇さんはにっこり笑ってそういった。

 カストルさんはこちらに向きなおり、僕とローラさんに頭を下げた。

「お二人の助力に感謝します。ありがとうございます」

「気にしなくていいよ、カストル殿」

「やはりあなたは《眠り姫》だったのですね、ローラ姫様」

「いや、今は姫って柄でもないよ。ただの《妖精狩り》だからね」

「え、お姫様だったんですか?」

「昔々の話だよ。今となっては亡き王国さ」

「その国周辺の王国では有名な伝説だったんですよ」

「森の中の荊に囲まれた城で眠る姫の伝説だけが一人歩きしてるだけだよ。私が起きたからもう眠る姫もいなくなったしね」

「私の国でもとても有名でしたよ。その伝説の姫が活動を再開したことを知る程度には」

「はあ、そんな大層な話にしなくてもいいよ。伝説の姫なんてくすぐったい称号はいらないしね。こっちは百年のブランクで大変だったんだから。周辺国家の様子は様変わりしているし、あっちもこっちも知らないことだらけで、困ったもんだよ」

 ローラさんは肩をすくめて笑った。

「さて、あなたも呪いが解けたことだし、家に帰った方がいい。みんな心配しているだろうしね、カストル王子」

「そうですね。みなに紹介しなければならない人もいることですしね」

「お、王子?」

 薔薇の姉妹と僕は驚いてカストルさんの方を見る。

「……そうですね。はい、ジェミニ王国の第一王子のカストルと申します。隠していたわけではありません。熊の姿で言っても説得力がないだろうと思っていただけでして……」

「お、王子さま……」

「え、ってことは姉さんはそのうち、王女になるってこと⁉ え、すごっ!」

「べ、紅薔薇……!」

「あれ、ちょっと待って……あたしが合う約束したのってカストルの弟だったよね……ってことは……うぇ⁉ 王子と会う約束したってことじゃない? か、軽い気持ちで答えちゃった!」

 薔薇姉妹は驚きで浮足立っている。

 僕はこっそりローラさんに尋ねた。

「カストルさんが王子だって知ってたんですか?」

「目覚めたときに周辺国家のことを調べたからね。王族の名前ぐらいは憶えてたよ」

「白薔薇。紅薔薇」

 ロズネビュラさん現れて姉妹に声をかけた。

「落ち着きなさい」

「母さん、落ち着けないわ、情報量が多すぎる」

「そんなやわな女に育てた覚えはないわ。どっしり構えなさい。そんな調子じゃ先が思いやられるわ」

「私たち、母さんほど肝が据わってないんだけど!」

 不満げな姉妹に笑みを返してからロズネビュラさんはカストルさんに向き直った。

「ありがとうございます。ロズネビュラさん。あなたの助力に感謝申し上げます」

「いいえ。やれることをやったまでですよ。カストル王子。むしろこちらこそ、娘たちをよろしくお願いします」

「もちろん。わが命に代えても、大切にすることを誓います」

「素敵な心掛けです。しかし、あなたの命に代えることはありませんよ。自慢の娘たちです。ちょっとやそっとの困難には負けません。娘とともに末永く幸せになることを誓ってください」

「承りました。義母様」

 丁寧に腰を折ったカストルさん。その横で薔薇の姉妹が照れたような笑顔で母親を見つめていた。



 四人に見送られて僕たちは家を後にした。

「依頼は完了だね」

「そうですね。無事に終って何よりです」

「いやー一仕事終えた後は気分が清々しくて好きだよ。レコには迷惑をかけたね」

「いえ、そんなことはありませんよ」

 ローラさんがいたずらっぽい笑みを浮かべて言った。

「めちゃくちゃ照れてたのに?」

「いや! それは言わなくてもいいじゃないですか!」

 思い出すだけで顔が火照りそうだ。

「ごめんごめん。でも、また機会があったらよろしくね。体質的に組みたい記録係は限られるからね」

「も、もちろんです。記録係の務めは果たしますよ。いつでも言ってください」

 僕は努めて冷静に言った。ローラさんはにっこりと笑った。

「ありがとう。じゃあ、あとは帰るだ……け……」

 バタン!

 ローラさんが前触れなく地面に倒れこんだ。

「ロ、ローラさん!」

「ぐう……ぐう……」

 ね、寝てる!

 そ、そうか。キ……あれの効果が切れたのか。

「……お疲れ様でした、ローラさん」

 一仕事終えた《妖精狩り》ねぎらう。

「どうしたらいいのか……」

 今この場で、キ……じゃないあれをするわけにもいかない。かといって《狩人屋》まで背負って帰れるわけじゃない。

 仕方ない。こうするしかないだろう。

「ローラさん! 起きてください!」

「むにゃ」

「帰ってから休みましょう! ベッドで寝た方が気持ちいいですから! ほら! 起きてください!」

「大丈夫だよ~……ちゃんと……起きてる……おきてるから……ぐう」

「全然起きてません!」

 なかなか起きない元《眠り姫》に声をかけながら、僕たちは一緒になって《狩人屋(オリオン)》を目指した。





 白薔薇と紅薔薇――眠れる森の美女








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