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6.《悪銭狩り》

 あるところに一人の兵隊がいました。彼は大きな戦争を終えて、故郷に帰る途中でした。

「すみません、そこの兵隊さん」

 帰郷の途中、兵隊は腰の曲がった老婆に声をかけられました。

「そこの木の中に、私の持ち物があるのですが、それを私の代わりに持ってきてはくれませんか」

 老婆は魔法使いでした。

「ふむ。それで、持ち物とは何なんだ?」

「火打ち箱です。昔々にこちらに隠しておいたものなのですが、私はこの通り、すっかり体も悪くなり、目もあまり見えません。持ってきてくれたのなら、もちろんお礼はいたしますよ」

「俺は確かに金がなくて困っている。だから、いいだろう。しっかりとお礼はいただくが」

「ありがとうございます。それではこちらを」

 老婆は一枚の前掛けを兵隊に渡しました。何の変哲もない普通の前掛けです。

「中には番犬がいますが、それを使えば大人しくなります」

「わかった。ここでまっていろ」

 兵隊は木のウロに潜り込みました。中は異常に広い空間になっていました。暗いはずなのに、妙に明るく、遠くまでは見渡せないけれど、近くはよく見える、そんな不思議な空間でした。

「あれか」

 黒くくすんだ火打ち箱が、粗末な台座に乗せられていました。その前には老婆の言った番犬が三匹いました。

 一匹目は目玉が茶碗ほどの大きさがあり、たくさんの銅貨が詰まった箱に乗っています。

 二匹目は目玉が水車ほど大きく、いっぱいの銀貨が詰まった箱に乗っています。

 三匹目は目玉が円塔並みに大きく、ぎっしりと金貨が詰まった箱に乗っていました。

 恐ろしげな番犬たちは兵隊をにらみつけ、牙を剝きだして唸っていましたが、兵隊が前掛けをかざすと途端に大人しくなりました。

 兵隊は大人しくなった番犬の横を通り過ぎ、目的の火打ち箱を手に取りました。その瞬間、

 番犬は消えて、貨幣が詰まった箱だけが取り残されました。兵隊は箱と火打ち箱を持って木のウロから出ました。

「ああ、ありがとうございます、兵隊さん。お礼にそちらの三つの箱を中身ごと差し上げましょう」

 兵隊は抱えた箱を見下ろしました。素晴らしい大金です。

「……この火打ち箱は一体なんだ?」

「願いを叶える火打ち箱ですよ。さあ、それをこちらに」

「……貴様はこれを何に使うつもりだ?」

「それを兵隊さんに告げる必要はないでしょう。さあ、それをこちらに」

「……これは俺が使ってやろう」

 兵隊はそう告げると、一瞬で腰から下げた剣を抜き、そのまま老婆の首をはねました。

 こうして兵隊は老婆の持ち物を自分の物にしてしまいました。

 突如として大金持ちになった兵隊は豪遊を続けました。彼は湯水のようにお金を使いましたが、何も心配は要りませんでした。火打ち箱を打てば、あの番犬が現れて、願いを叶えてくれるからです。

「これさえあれば、俺は幸せになれるな」

 兵隊は自由気ままに暮らしました。流れ着いたとある王国で豪遊したり、時には人を助けてりしました。

 その国には大変美しいと噂されるお姫様がいました。しかし、姿を見たものはいません。兵隊も噂の美貌がとても気になります。

 ある夜、兵隊は火打ち箱を打って、番犬を呼び出し、お姫様を自分のもとへ連れてくるように願いました。連れて来られたお姫様は噂以上に美しい女性でした。兵隊は我慢できずにお姫様にキスをします。

 それから兵隊は毎夜のごとくお姫様を呼び出しました。

 しばらくして、兵隊の所業が王様とお妃様にばれました。兵隊はあっという間に捕まって、死刑として王様とお妃様の前に引っ立てられました。周りには多くの兵や裁判官がいて、兵隊をにらんでいます。

 兵隊は死ぬ前に一服だけしたいと、最後の願いを申し出ました。兵隊は煙草に火をつけるふりをして火打ち箱を打ちました。

 三匹の番犬は兵隊以外のすべての者に嚙みついて、空高く放り投げ、ばらばらにしてしまいました。

 生き残った兵隊は、国民から望まれて、その国の王位を継ぎました。そしてあの美しいお姫様を妃として、幸せに暮らしました。






「なめているんですか?」

「は?」

「こちらが子供の二人組だからなめているのか、と聞いています」

「な、なんだと?」

「不当に料金を吊り上げるのはやめていただきましょう」

 アリアさんは冷たい視線で、カウンターの奥にいる受付をにらんでいる。

 僕は彼女の後ろで、どうしたものかと思案する。僕とアリアさんは仕事の都合上、この街で宿を取ろうとしている最中だ。しかし、受付のおじさんとアリアさんが代金の話でもめ始めてしまったのである。

 アリアさんの言うこともわかるが、事を荒立てるのもよくはないだろう。なんとか穏便に済めばいいのだが。

「わたしたちの前には複数のお客さんがいましたね? その数、三組です。大人の男女三人、母子、初老の男性一人、の三組でした」

 アリアさんの指がせわしなくカウンターを叩く。

「三人組の代金が金貨一枚。そしてお釣りが銀貨一枚。母子が銀貨五枚。最後の一人が銀貨三枚。どう考えてもこの宿の一泊の相場は一人当たり、銀貨三枚。母子は子供が小さかったから代金が割引されたのでしょう。それを踏まえたうえでもう一度確認しますが、あなたがわたしたちに要求した代金は金貨一枚」

「お、お前たちは外から来た人間だろ。その分割り増しになってる!」

「ありえません。あの三人組の格好は明らかに旅人のもの。外から来た人間です。わたしたちと同じく。そもそも宿屋を利用する人間は大半が外から来るに決まっているでしょう」

「…………」

 苦し紛れの言い訳を放ったおじさんが何も言えずに黙り込む。それを見たアリアさんがため息をつきながら言った。

「はあ……いいですか、こちらはなにも代金を『まけろ』と言っているわけではありません。正当な料金であれば喜んでお支払いします。わたしが気に入らないのは、あなたの一存でわたしたちだけが損をしている状況です」

「…………」

「強情な人ですね。こちらとしては時間がかかっても、正当な訴えとして必要な場所へ出向いてもいいのですよ? しかし、あなたにとっては面倒なことでしょう? 正当な代金で手を打つと言っているんです」

「……申し訳ありません。代金は銀貨六枚です」

 受付のおじさんはこちらに頭を下げて言った。

「ではこちらを」

 アリアさんがきっちりと代金を支払う。彼女は正当な金額で済んだことで溜飲を下げたのか、それ以上、おじさんを追求する気はないようだった。

 僕はほっと一息をついた。やれやれどうなるかと思った。

「では行きましょうか、レコさん」

 部屋の鍵を受け取ったアリアさんが言う。彼女はそのままおじさんに一瞥もくれることなく、宿の二階、僕らの部屋へ向かった。

 部屋に入るなり、アリアさんは言った。

「最低の宿屋です」

「…………」

 あんまり溜飲は下がっていないらしい。

「まったく不愉快でしたね。明らかにこちらを弱者とみて、吹っ掛けてきていました。子供だからという理由だけで。なんとも意地の悪い性格です。すぐに認めないところもなお悪い。明らかな非を認めずに、無駄な抵抗を見せて、まだ粘れると思っていた。実に不愉快です」

 彼女は文句を垂れながらベッドに腰かける。

「まったく……危うく依頼でもないのに、仕事をし始めるところでした」

 アリアさん――《狩人屋(オリオン)》の《悪銭狩り》はそう言って腕を組んだ。



「私の持ち物を取り返してほしいんです」

 腰の曲がったおばあさんが《狩人屋(オリオン)》を訪ねてきたことが、今回の依頼の発端だった。魔法使いだと言ったそのおばあさんは自らの首を小脇に抱えていた。

「まったく、ひどい世の中になったもんです。代金まで払ったのに、持ち物は盗まれるし、代金も持っていかれるし、おまけに首まで斬られたんです」

「大変でしたね」

「…………」

 メリアさんは平然と話を聞いているが、隣で一緒に聞いていた僕は、おばあさんの首のことが気になって仕方なかった。

 首って、斬られても大丈夫なものなんだろうか……いや、抱えた首が元気にしゃべっているんだから、この人にとっては大丈夫なんだろうけれど……。それとも魔法使いは首切り程度では死なないのだろうか。

 大抵のことでは驚かなくなったと思っていたが、まだまだ経験したことがないことがたくさんあるらしい。

「強奪されたのは火打ち箱です。それに、可愛い番犬まで連れていかれました。あの火打ち箱に憑いているから仕方がないとは言え、可愛い番犬が三匹も……ああ、つくづくあの兵隊に声をかけるんじゃなかったって、後悔していますよ」

 おばあさんの体は首を捧げ持つようにしている。その首はさめざめと涙を流している。

 確かに話を聞く限り、その兵隊にはとんでもない仕打ちを受けたのは確かなようだ。

「忌々しいあの兵隊から私の火打ち箱を取り返してください。あれが戻らないと怒りと悲しみで首がくっつくのが遅れてしまいます」

 首ってくっつくんだ……。流石は魔法使いといったところなのだろうか。

「なるほど。わかりました。それでしたらぴったりの《狩り》をご紹介しましょう」

 親愛の笑みを浮かべるメリアさんがそう言った。




 そんな経緯でメリアさんに紹介されたのが、件のアリアさん――すなわち《悪銭狩り》だった。

 緩いおさげの明るい金髪、意志の強そうな薄いブルーの瞳。質素ながら清潔な暗赤色の服を着て、鮮やかな赤いストールを羽織っている。宿屋の受付が甘く見たように、どう見ても年端もいかない少女に見える。しかし、そこは流石というべきか《狩人屋(オリオン)》の《狩り》である。さっきのおじさんとのやり取りを見てもわかるように、中々、苛烈な性格をしている女の子だった。

「あのおじさんのせいで余計なお金を使う羽目になるところでしたよ」

 ベッドに腰かけたアリアさんの愚痴は止まらない。

「無駄な出費は大嫌いです。お金は本当に大切なものなのですよ」

「もちろん、それはわかりますけど……でも、アリアさん。本当によかったんですか?」

「何がです? まさか、あのまま不当な料金を払えと?」

「いえ。そうではなくて。一部屋だけでよかったんですか? 僕と同室になるわけですが」

「何か問題でも? ここは二人部屋ですが」

「そうなんですけど……」

「ん? よくわからないことをいいますね。この宿屋では一人部屋二つよりも二人部屋一つの方が値段が安かったからこちらを選んだのですが……もしやわたしと同室は気まずいですか?」

「いえ。そうではなくて」

 言いたいことはあまり伝わらなかったが、彼女が気にしないのなら、僕も気にしないでおこう。どうやら彼女の金銭感覚はかなりシビアなようだし、アリアさんが納得しているならそれでいい。

 アリアさんは首をひねっていたが、最終的にどうでもいいと思ったようで、パン、と手を打って空気を変えた。

「さて、と。あまり宿屋の文句ばかり言っても意味がありませんね。時間の浪費は避けるべきですし」

「これからどうしますか?」

「聞き込みと同時に、何とか例の兵隊に会う方法がないかを探らなければいけませんね」

 アリアさんは言った。

「依頼を受けたわたしたちから見れば、居直り強盗も甚だしい兵隊ですが、仮にもこの国の王なわけですからね」

 僕とアリアさんは、魔法使いのおばあさんから火打ち箱を奪った兵隊が国王として治める国に来ている。

 相手は一国の王である。シンデレラさんと共にこなした依頼と状況は似ているが、今回はより大変になる気がしている。というのも、おそらく兵隊は、魔法使いのおばあさんに対する所業を秘密にしているはずだからだ。公になっているなら、流石に、国王として認められるはずがない。

 宿屋までの道でも、この国の雰囲気は悪くなかった。この国の人々にとって、国王は悪い人ではないのだろう。

「相手は王様です。おいそれと会える存在ではないと考えるべきでしょう。なので、情報収集からですね」

「わかりました」

「今日はもう遅いですし、明日から動き始めましょう」

 アリアさんは靴を脱いでベッドに寝転がった。

「おやすみなさい、レコさん」

「はい。おやすみなさい、アリアさん」

 彼女はすぐに寝息を立て始める。

 僕は多少緊張しながらも、疲れが勝って、すぐに夢の世界へ引きずり込まれた。


 次の日。準備を終えたアリアさんは元気よく宿屋を出た。

「では、行きましょう。あまり日数をかけてもいけません。依頼人の首もかかっていますし、この宿屋に支払うお金が増え続けるのも困ります」

 ふん、と鼻を鳴らしながら彼女は言った。

 一日経ったのに、まったく溜飲が下がる気配がない……。

 そんな彼女をなだめながら、僕とアリアさんは市場へとやってきた。

「はやり情報が集まるといえば、市場がいいですよね」

 そう問いかけてみるが、アリアさんの表情は渋い。

「まあ、確かにそうなのですが……いいでしょう。ここでの散財は必要経費と考えます。しかし、それでも費用対効果を最大にする必要が……」

 アリアさんはあたりを見回し、果物のジュースを売っている屋台に足を向けた。

「いらっしゃい、お嬢ちゃん」

「ほら、何がいいの?」

 アリアさんは突然、僕の方に向き直って言った。

「はやく選びなよ。それともお姉ちゃんが選んであげようか?」

「え?」

「え、じゃないでしょ。あんたが喉乾いたって言ったんじゃない」

「あ、そうでし、いや、そうだった」

 いつの間にか、姉弟になっている。いきなりすぎて戸惑ってしまう。

「えっと、僕はリンゴにする……お、お姉ちゃんは?」

「あたしはちょっと考える。いい? おじさん?」

「ああ。好きなだけ悩んでくれ。どれもおいしいぞ。弟君の分は今すぐ作ってあげるからね」

「ありがとう」

 屋台のおじさんは僕とアリアさんが姉弟だということに何の疑問も抱かなかったようで、にこやかな笑顔でリンゴを砕き始めた。

「ねえ、おじさん。母さんがここは素敵な国だって言ってたの。どんなところがいいの?」

 さっきまで金勘定で渋い表情を見せていたとは思えないほど、屈託ない笑顔でアリアさんは問いかける。

「ああ。ここはいい国だぞ。食事はうまいし、気候は穏やかだ。お嬢ちゃんのお母さんは見る目があるね」

「やっぱりそうなのね! あ、おじさん。あたしはパイナップルにする」

「はいよ」

「そっかぁ、素敵な国なのね……。母さんは素敵な王様のおかげだって言ってたよ。王様は素敵な人?」

「ああ!」

 思わずこちらが飛び上がりそうなほど、大きくて速い返事だった。

「王様は素敵な人だ。あんなに優れた王様は見たことがないし、聞いたことがない。王様がこの国を治めてくれることは、俺たち国民にとっては涙がでるほど嬉しいことさ。優秀で、賢くて、優しい、えっと……とにかく素晴らしい王様だよ」

 おじさんはひどく強張った表情で、冷や汗を流しながらまくし立てた。にこやかにほほ笑んでいたさっきまでとはまるで別人のようだ。

「そうとも。王様は素晴らしい。あの人の即位をみんなが喜んで、歓喜の声が沸いたものさ」

 ちらちらと辺りを伺いながらおじさんは続けた。まるで何かに見られたり、聞かれたりすることを恐れているかのように。

 言葉だけ聞けば、王様を褒めているとしか思えないのに、態度にはひどく恐怖が滲んでいる。

「ほら、リンゴとパイナップルだ」

「ありがとう、おじさん」

 僕とアリアさんはジュースの入ったコップを受け取った。

「あーあ。そんな素敵な王様なら、一度会ってみたいなぁ」

「お嬢ちゃんっ‼」

「うわ!」

「あ、大声だしてごめんな。でも、王様は偉い人だし、お忙しい方だ。簡単には会えないよ」

「うーん。そうだよね。ごめんなさい」

「ああ、お嬢ちゃんが謝ることじゃない」

「じゃあ、あたしたちもう行くね。ありがとう、おじさん!」

「ああ。気を付けて」

「ばいばーい。ほら、行くよ」

 アリアさんは手を振って別れを告げた後、僕の手を引いて屋台を離れた。そして屋台から十分に距離を取った後、すぐに僕の手を放し、こちらに向き直った。

「奇妙でしたね?」

「はい」

「王様に関する答えだけ……あまりにも異質です」

 年相応の笑顔が消え、《悪銭狩り》としての表情でアリアさんは言う。

「こちらを遮るような大声にあの早口。褒め讃えているのは言葉だけ。態度はひどく怯えていました」

「何かを気にしている様子でしたね」

「そうですね。まるで何かの監視を恐れているような……特に何かがいる気配もありませんでしたが……まあ、わたしはそこまで鋭い感覚を持っているわけではないので、気づかなかった可能性もありますが」

 パイナップルジュースを一口飲んで、アリアさんは続けた。

「他にも聞きこんでみましょう。その結果次第で今後の方針を決めます」


「これぐらいで十分でしょう」

 その後、十人近くの人に話を聞いた。露天商や大道芸、兵士、旅人、道行く人など職種も性別もバラバラな人選だった。

「この街の住人は王様に対して、圧倒的な恐怖を抱いているようですね」

「そうですね。あの反応なら間違いないと思います」

 話を聞いたほとんどの人が、ジュース屋のおじさんと同じような反応を見せていた。すなわち、王様や国政以外の話はにこやかにしてくれるが、王様に関連する話になると、堰を切ったように饒舌になり、恐怖に怯えながら王様を賛美するという反応だ。

「数はあまりありませんが、旅人たちは王様に対して何も思っていないようですし、これは住人だけの問題のようです」

 よそから来たらしい人たちは王様の話を振っても、普通に「よく知らない」と言っていた。中には「いつの間にか金が盗まれた。この国は最悪だ」と文句を言っている人もいた。旅人たちは王様の賛美もしないし、恐怖に駆られることもなかった。

「……何らかの方法、おそらく依頼人の火打ち箱を使用した方法でしょうが、街中に、呪いにも似た脅迫的な魔法をかけている可能性がありますね」

「魔法使いの持ち物を乱用している、というわけですね」

「どのような効果があるのかは、今のところ不明ですが、王様の悪口や批判的な態度に反応してよくないことが起きるのでしょう」

「状況次第では本腰を入れて、じっくりと王様に会う方法を探すつもりでしたが、このような状況になっている以上、あまり悠長なことはしていられません」

 アリアさんの表情が物憂げなものに変わる。。

「住人を思うとあまりにも不自然な状況が続いていますからね。依頼人のためにも、この国の住人のためにも早期解決が望ましいでしょう。相手は正攻法で王位に就いた様子ではありませんし、こちらも正攻法である必要はないと判断します」

「それなら、どうしますか?」

 僕は記録を書きつけつつ、アリアさんにたずねた。彼女は悪そうな笑みを浮かべながら言った。

「あまり褒められた方法ではありませんが、直接乗り込んで、王様を叩きましょう。王様を叩きのめしても、誰からも文句はでないと思いますから」



「アリアさん、どうやって城の中に乗り込むつもりですか?」

 僕たちは城門の手前まで来ているが、門の前には当然のように武装した兵士が立っている。おそらくあの人たちも内心では王様に恐怖を抱いているだろうが、それはそれとして、僕らのような不審者に力を貸してくれるわけではないだろう。勝手に城内に入る不審な者を止めるのが彼らの仕事だ

「事情を説明してみますか……?」

 期待薄ではあるが、一意見として述べてみる。

「無理でしょう。わたしたちに協力したかったとしても、実際に協力すれば、それは王様への反抗とみなされてもおかしくありません。それに事情を説明するなんてことはあまりにも正攻法ですよ、レコさん」

 アリアさんは城門を眺めながら言った。

「この距離なら保てるはず……レコさん。今からわたしの言うことをよく聞いてください」

「はい、わかりました」

「まずは後ろから、わたしの肩に両手を置いてください」

 何が始まるのかよくわからないが、言われた通り、アリアさんの華奢な肩に両手を置いた。

「わたしがあなたの左手を二回叩くまで、肩から手を離してはいけません」

「わかりました」

「では、今から透明になりますので、静かにわたしの後をついてきてください」

「え、透明?」

 アリアさんはおもむろにスカートのポケットからマッチ箱を取り出す。そして、箱を開けて奇妙に長く、先端が大きめに膨らんだマッチを取り出した。

「はい、透明です。しゃべるとバレるので静かにお願いしますね」

 アリアさんは、奇妙なマッチを箱の側面にこすり付けると同時に、一言呟いた。

「〈透明になれる布〉」

 しゅ、と軽い音がして、マッチの先端に火が灯る。その瞬間、どこからともなく、大きな布が現れて、僕とアリアさんを包んだ。

 城門の上で一体何を、と思ったが、驚くべきことに僕たちは布をかぶった瞬間、透明になってしまったらしい。さっきまで隣にいた人が不思議そうな顔で首をひねっている。

 二人の子供がいたような気がする……とその人の声が聞こえてきそうだった。

 アリアさんが黙って歩き出したので、僕は遅れないように、彼女の両肩を掴んだまま追いかける。そのまま、ずんずんと進み、武装した兵士横を通り過ぎて、城門をくぐったが、兵士はおろか周りの誰も、僕たちには気づいていないようだった。

 アリアさんに続いて、お城の中の草陰に身を隠したとき、彼女が持っていたマッチの火が消えた。それと同時に僕たちを覆う奇妙な布もかき消えた。と、彼女の手が僕の左手を二回叩く。

「ふう。時間的にギリギリでした」

「今のは一体……」

「なんてことはありませんよ。わたしの《狩り》としての能力です」

「透明になれる布を出すことがですか?」

「いえ。マッチに火を灯している間、想像した物を具現化する力です」

 アリアさんはマッチ箱を取り出しながら言った。

「もともと、マッチ売りを生業にしていたので。そのせいですね……紆余曲折あったのですが、亡くなった祖母が神の奇跡を分け与えてくれたのだと思っています……さすがに普通のマッチでは時間が短すぎるので、できる限り長く灯るように自作していますが」

「そうですか……」

 正直な感想を言えば、マッチ売りだったからと言って、そんな能力が身に着くなんて思えないが、僕には及びもつかない理由があるのだ。アリアさんの《狩り》としての理由が。

「こういう風な進み方で、王様の場所を目指します。どこにいるのかわからないので、探りながらですが……透明になってトライアンドエラーです」


 王様はとても広い玉座の間でため息をついた。意見を求めてきた商会の人間をたった今見送ったところだ。

 青ざめた顔で、へこへこと頭を下げる様子は見ていて気持ちがいいものではなかった。

「……はあ」

 悩みの種は尽きない、とばかりにもう一度ため息をついた。となりの玉座に座る美しい妻も表情は暗く、王様を見ようとしない。壁際に並ぶ大臣たちも下を向くばかりだ。

 豪華な着物に身を包み、素晴らしい広間に座っているというのに、王様の表情は全く晴れていなかった。

「……どうしてこんなことに」

「本当に心当たりがないのですか?」

「誰だ⁉」

 透明になれる布を払い捨て、玉座を見上げる位置に陣取ったアリアさんが問う。

 突然、現れた二人の子供に広間の中は騒然となった。王様はぽかんと口を開け、大臣たちは慌てふためいている。

「《狩人屋(オリオン)》のアリアと言います。突然の訪問ですが、ご容赦ください」

「オリオン……?」

「はい。王様がとある魔法使いから奪った物を代理で取り返しに来ました」

「なっ‼」

 ざわつく大臣たちを手で押しとどめ、王様は言った。

「いきなりの無礼だが……子供のすることだ。別に怒ることじゃない」

「しらばっくれるのですね。念のための確認ですが……穏便に渡していただくことは出来ないのですか?」

「君がなにを言っているのか、よくわからないな」

「なるほど。面の厚さは一級品なようですね。人としての倫理は紙ぺら程度のようですが」

「本当に無礼なガキだな。君の方こそ、ここで素直に出ていくのなら、お咎めなしで構わんが?」

「結構です。交渉決裂ということで、よろしいですね?」

「好きにしろ」

「それでは《狩人屋(オリオン)》が《悪銭狩り》……依頼を遂行します」

 王様はただ、ため息をついただけだった。その様子を見ながら《悪銭狩り》は続けた。

「あなたは不当に金を得た。しかも正当な持ち主の首を斬り、奪った物で。それは償うべきことです。悪銭は露と消える。泡と浪費した悪銭は、あなたの物で返していただきます」

「あーそれは……君が取り立てるのか?」

「はい。それが〈悪銭狩り〉であるわたしの仕事です」

「やれるものならやってみろ」

 カチン、と火打ち箱が鳴った。

 巨大な犬が兵隊の足元に現れた。目玉が茶碗ぐらいある。

「あのガキを追い払え」

 王様は気だるげに足元に控える化け物みたいな犬に言った。

 あれが魔法使いのおばあさんが言っていた可愛い番犬なんだろうか。とてもそうは見えないけれど。

 大きな口から覗く鋭い牙をよだれでテカらせて、その番犬はアリアさんを睨みつけた。

「召喚獣ですか。毛色が違うとはいえ、同系統の能力ですね。奇遇にも方法も似ている」

 アリスさんは怯みもせずにポケットの中からマッチ箱を取り出した。奇妙に細長いマッチをつまみ、箱の側面で点火する。

「〈マスケット――十連〉」

 アリアさんの周囲に細長い銃が十丁現れる。火の着いたマッチを口に咥えて、宙に浮かぶマスケットを手に取って構える。

 番犬がアリアさんに向かって一直線に突っ込んできた。アリアさんが構えたマスケットが火を噴く。

 バン、バン!

 撃ち終えたマスケットを捨て、新たな銃を手に取って連射する。向かってくる番犬から血が噴き出したが勢いは止まらなかった。

「〈壁〉」

 新たなマッチを擦るアリアさん。飛び掛かる番犬とアリアさんの間に頑丈なレンガの壁が出現した。

「ぎゃん!」

 レンガの壁にひびが入る勢いでぶつかった番犬が悲鳴をあげる。アリアさんはマッチを吹き消して、壁を消失させると、次のマッチを擦った。

「〈ギロチン〉」

 巨大な刃が番犬の首に落ちて、茶碗ぐらいある目玉がついた首が飛ぶ。再起不能の攻撃を受けた番犬は光の粒子になって消えてしまった。

「……成程。大口叩くだけはある」

 王様はやや表情が引きつっていたが、まだ余裕を崩さない。そして火打ち箱を二度鳴らした。

 カチン、カチン。

 さらに巨大な番犬が現れた。目玉が水車ぐらいある。もはや番犬ではない純粋に怪物だ。

「あの女を消せ!」

 王様の叫びに呼応するように、怪物が咆哮を上げながら、巨大な口でアリアさんを飲み込もうとする。ゆうにアリアさんが十人ぐらい収まりそうな口だ。

「〈鉄柱の杭〉」

 ズガン‼ と音がして、何本もの巨大な鉄の杭が怪物を広間の床に磔にした。口すらも縫い留められた怪物は悲鳴も上げられない。

「〈大砲〉」

 ドォン、という音とともに、動けない怪物に巨大な砲丸が炸裂し、また光の粒子となって消えた。アリアさんがマッチを消すと砲丸は他に被害を出す前にかき消える。

「なっ……!」

 王様は今度こそ絶句した。

「バカな……今までこんなことは……! お前も願いを叶えるのか⁉」

「ある意味では、ですが」

「くそっ‼」

 焦ったように玉座から立ち上がり、火打ち箱を三度打ち鳴らした。

 カチン、カチン、カチン!

 広間を埋め尽くすような犬の姿をした怪獣が姿を現した。目玉が円塔ぐらいある。もはや全体像が分からないぐらいに巨大だ。

「あの女を殺せ‼」

 王様の絶叫をかき消すような咆哮がお城全体を震わせているようだ。

「グオォオオオオ!」

 あまりの圧にひっくり返りそうになりながら、記録係の意地としてアリアさんを目に焼き付ける。

 彼女の後姿はまだ平然としているように見えた。

「〈目玉が円塔ぐらいある番犬〉」

 とんでもない言葉が聞こえたと思ったら、鏡写しのような怪獣がもう一体現れた。広間が怪獣で埋め尽くされそうだ。

 怪獣の咆哮が止んだ。様子はわかりにくいが、きょとんとしているように見える。

「相手をどうにかして」

 アリアさんの言葉を聞き入れたのか、こちら側の怪獣が王様側の怪獣に噛みついた。一瞬遅れて、王様側も噛みつき返す。

 大きさだけでなく、その実力も拮抗していたのか、噛みつきあった怪獣二体はともに消えてしまった。王様側は粒子となり、アリアさん側は音もなくかき消えた。

「そ、そんな……」

 王様は放心したように火打ち箱を打ち鳴らすが、どれだけ鳴らしても、何かが現れることはなかった。

 玉座の前にへたり込む王様に近づいて、アリアさんが言う。

「もう終わりにしましょう。これ以上の抵抗は意味がありませんよ」

 彼女は茫然と座り込んだ王様の手から、黒くくすんだ火打ち箱を取り上げた。

「……なせ、こんな」

 王様は呟く。

「なぜ? 当たり前です」

 アリアさんは手に取った火打ち箱を眺めながら言った。

「あなたが、あなた自身が余計なことをするからですよ。他人の物を奪い、あまつさえ好き勝手に使っていればそうなります」

「……金がなかった。生きていくために金がどうしても必要だった。それさえあれば……俺は幸せになれるはずだった」

「どうしても自分勝手な人ですね。あなたにお金が必要だからと言って、それを他人から奪っていい理由にはならないんですが」

「お前も好き勝手に願いを叶えているくせに! 俺の犬を殺しておいて……俺から火打ち箱を奪っておいて!」

「……わたしのことについては否定しませんが、これはあなたのものではありません。わたしの依頼人のものです」

「黙れ! お前にはわかるまい! 好きに何でも出せるようなお前にはわかるはずがない! いくらでも願いを叶えられるお前に何がわかる‼ 金がないことがどれだけ辛いことなのか……!」

 王様はアリアさんを睨みつける。しかし、アリアさんは平然と睨み返した。

「わかりますが」

「あ?」

「わかると言ったんです。わたしにもお金がないことの辛さはわかります。極貧の生活がどれだけ辛いか、骨身に染みて知っていますよ。かつては、なけなしの稼ぎを奪われる日々を過ごしていましたからね……ろくに食えず、ろくな暖も取れず、マッチを売ろうにも邪険にされ、かろうじて得た売り上げは、ろくでもない父親に奪われていましたし」

 アリアさんは氷のような視線で王様を見つめる。

「それでも、わたしは他人から奪ったりはしなかった。お腹を空かせて、寒さに震えながら、マッチの火に映る妄想に逃げ込むことしかできなかった。あの時、マッチの火の中に祖母がいなければ私は間違いなく死んでいた。それでも、わたしは誰かを傷つけたりはしなかった」

 アリアさんは王様に顔を近づける。

「あなたの事情は知りません。もしかすると想像を絶するような苦渋をなめてきたのかもしれません。しかし、それでも他人を傷つけて、他人から幸福を奪う真似が許されるわけじゃありません」

「…………」

 王様――今となってはただの兵隊――は何も言えずにただ、俯いた。


「えっと、後ろからで悪いのですが」

 おずおずと後ろから話しかけてきたのは、妃様だった。

「あなた方は目的を果たしたのですね? その持ち物を取り返したことで」

「ええ。そうなりますね」

「その男の処遇については、何も言われていないのですね?」

「……はい。わたしが受けた依頼はこれを取り戻すことだけです」

 アリアさんはわずかにためらって答えた。その言葉に妃様はほっと息をついた。

「では、その男の身柄はこちらで、この国で預かります。身勝手な理由でわたくしをさらい、不埒なことをしたうえ、両親と臣下を虐殺し、挙句の果てに、あの怪物たちで国民を脅して、自らの地位を認めさせたこの下郎を裁くのはわたくしたちです」

 妃様が兵隊を見る目は暗い炎をたたえていた。

「大臣。衛兵を呼んで、この男を連れて行きなさい」

「仰せのままに。衛兵!」

 言葉を受けた大臣の目にも妃様と同じ、暗い炎が宿っているように見えた。

 力なく衛兵に引きずられていく兵隊をしり目に、妃様は言った。

「ありがとうございます。《狩人屋(オリオン)》の《悪銭狩り》さん。この御恩は生涯忘れることはありません」

「……いえ。忘れてください。わたしはわたしの仕事をしただけです。あなた方の感謝も不要です。わたしがもらうべき感謝は依頼人からだけで十分ですから」

 アリアさんはどこか悲しそうに笑って言った。


 それから送られる感謝の言葉や、お礼などを固辞して、僕とアリアさんは城を出た。

 この件はすでに知れ渡っているのだろう。街中がお祭り騒ぎのような有様だった。誰もが涙を流しながら、笑いあい、抱き合っている。

 それほどまでにあの兵隊の治世は、不安が大きかったのだろう。

 街の楽しげな喧騒を眺ながら歩くアリアさんの表情は晴れない。

「……大丈夫ですか?」

「もちろん、大丈夫です。まあ、後味が悪くないと言えば嘘になりますが」

 アリアさんは苦い笑みを浮かべる。

「……おそらくあの兵隊さんは極刑に処されることになるのでしょう。しかし、結局は因果応報に過ぎません。助けることは出来ないし、擁護もできない。あの兵隊さんはやりすぎたんですよ。魔法使いからの最初のお礼で留めておけば、きっと、もっと簡単に幸せになれたでしょうに。欲をかいたのです。目の前にあった願いを叶える火打ち箱に」

 火打ち箱を取り出して、はあ、とため息を一つつく。

「突然、降ってわいた『富』と『力』は簡単に人を変えます。分不相応なモノに狂わされてしまう……わたしは《悪銭狩り》としてそんな人々を多く見てきました。今回は、普通では考えられないような、密接に結びついた『富』と『力』でしたしね」

 僕たちは街の外に出た。アリアさんは立ち止まり、振り返って街の門を仰ぎ見る。

 何を思ったのか、アリアさんがカチン、と火打ち箱を鳴らすと、彼女の足元にあの目玉が茶碗ぐらい大きい番犬が現れた。

「……こんなモノに頼ってしまったのが、あの兵隊さんの運の尽きでしょう。もう回復している……所有者が変わったせいか、それともそういうアイテムなのかは不明ですが……こんな得体の知れないものに頼ってはいけなかった。首を斬られても死なないような魔法使いの持ち物です。扱いきれるわけがない」

 アリアさんがしゃがみこんで、番犬の頭を撫でた。

「推測でしかありませんが……あの兵隊はこの火打ち箱の使い方自体を間違っていたのでしょう」

「……というと?」

「願いを叶える火打ち箱……この番犬たちが願いを叶える方法は、超常的な方法ではないのですよ。聞く限り、物理的な方法しか選択していません。もちろん、この番犬たちは超常の存在ではありますが……その願いを叶える方法は制限されています。わたしを追い払えと言われて、力づくで排除しようとしました。魔法でどこかへ飛ばしたりしなかった。おそらく羊を追い立てるような方法や、噛みついて、どこかへ引きずっていくような方法しか取れないのです」

 アリアさんに頭を撫でられている番犬は先ほどまでの凶暴さが嘘のようにされるがままだ。

「お金を願えばどこからから盗んでくるしかなく、お姫様に会いたいと願えば、無理やりさらってくる他なく、自らの即位を認めさせるには、暴力と恐怖による強制しかなかった。お金を生み出したり、姫を惚れさせたり、民衆の心を操る魔法は使えない」

 番犬は巨大な目を気持ちよさそうに細めている。

「この番犬たちはお手伝いさんのように使役するのが丁度いいんだと思います。代わりに掃除してくれ、お金を与えるからお使いに行ってくれ、何かを守っておいてくれ、という程度の『願いを叶える』番犬なのでしょう」

 アリアさんは番犬の頭から手を放して立ち上がった。

「……あなたは気にしないのかもしれないけれど、傷つけてごめんなさい。すぐに持ち主に返すから、それまで休みなさい」

 ふっと番犬が消えた。

 ……休みなさい、というアリアさんの願いを叶えたのだろう。

「あの兵隊さんは『願いを叶える』なんて言葉を妄信しすぎたんです。私利私欲のために、無茶な『願いを叶え』続けた。……『幸せに暮らしたい』という、本当の願いを叶えるために、余計な願いを叶え続けた結果が、あれです」

 アリアさんは歩き出した。僕はそれを追いかける。

「だから因果応報。自業自得です。……まあ、似たような能力を使っているわたしには言われたくないでしょうが。わたしも実のところあの兵隊さんと大きな違いはないのかもしれません。元の生活に戻りたくない一心で、与えられた能力を使い続けていますからね」

「それは違います」

 僕は彼女の横に並んだ。

「あなたとあの兵隊は違います。あなたは、一度も、能力を私利私欲のために使っていません。少なくとも、僕が知っている間は。正直に言えば、使うチャンスがいくらでもあった。宿屋ともめた時も、ジュースを買う時だって、いや、いつだってあなたが、その気になれば能力は使えたはずです。一時的とは言え、何でも出せるあなたが、本気で私利私欲に使うなら、もっととんでもないことができたはずです」

 アリアさんはぽかんとした表情でこちらを見ていた。

「あなたは、いつでも自分の力で解決していた。無駄遣いが嫌いでも、必要なら絶対に払ったし、失礼な値段を吹っ掛けられても力に訴えたりしなかった。能力を使って、惑わしたり、脅したりしなかった。あなたは今回の依頼のためだけに能力を使っていた」

「いや……それは、当たり前でしょう」

「そうです。だから、あなたはあの兵隊とは違うんです。それを当たり前だと言えるなら、あの兵隊と同じわけがない」

「…………」

「ちょっとひどいことを言えばですよ、アリアさん。あなたは今、感傷に溺れています。後味の悪い依頼だったせいで、そんな変な思い込みをするぐらいには感傷的です」

 僕は力説した。間違ってもそんな風に考えてほしくなかった。アリアさんとあの兵隊は絶対に違う。僕なんかが言うのはおこがましいけれど、アリアさんがあの兵隊と同じだなんて、誰にも――アリアさんにも言わせない。

 アリアさんの表情がじわじわと緩み始めた。

「……はは。なるほど。こういうところですか」

「え?」

「いえ。こちらの話です。なるほど……赤ずきんやカレンさんが言っていた、フォロー上手というのはこういうところなんですね」

 アリアさんはぶつぶつとつぶやいている。声が小さすぎてうまく聞き取れない。

「あの、なんて言いました?」

「いいえ、気にしないでください。確かにレコさんの言う通りです。感傷的過ぎました。わたしが、あんな男と同じはずがない」

 アリアさんはふっと笑った。今までで一番柔らかな笑みだった。

「わたしが私利私欲で不当な財産を得ることなどありえません。依頼以外で好き勝手な願いを叶えることもない。そんなことをすれば、あの時、この能力をくれた祖母にも顔向けできません……それにわたしは《悪銭狩り》ですから」

「その通りです」

 アリアさんが元気を取り戻したようなので、僕は力強く頷いた。

「さて、では帰りましょう。早いところ、この火打ち箱を魔法使いのおばあさんに渡してしまいましょう」

「はい」

 僕たちはまだ依頼を果たしていない。あの火打ち箱を持ち主に返して、初めて依頼は完遂するのだ。

 最後まで気は抜けない。感傷的になりすぎても、もちろんいけない。キビキビと行動してこそ、《狩人屋(オリオン)》の一員と言えるだろう。

 アリアさんと僕は依頼を完遂するために、あの街に背を向けて、前へと歩みを進めた。




 火打ち箱――マッチ売りの少女


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