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53、閉塞感


 タタール軍では、ベルナールからの補給が途絶えたことで、緊急会議が開かれた。


 司令官用のテントの中、ライナーとディミトリー、大隊長の面々、それにアルミンがテーブルに着いていた。

 上座のライナーが口を開く。

「まず、使者をベルナールに送って補給物資の催促をしてみよう」

 大隊長たちがうなずく。

「お待ちください、兄上」

 テーブルの端に座っていたアルミンが小さく手を挙げた。

 アルミンは厩舎の管理をライナーから命じられていて、会議に参加する権利はなかったのだが、副官のディミトリーが強く主張して参列させたのだ。

「何だ、アルミン」

 細い目をさらに細めるライナー。

「はい……。ベルナールは意図して補給を停止させたのだと思います。使者を送れば殺されるか人質になってしまうでしょう」

 アルミンは11歳になったばかりで幼い顔をしており、まだあどけない表情の少年。

「どうしてそう思うのか?」

 上から目線の言い方だった。

「補給が停止されたのとトルーナンが攻めてきたタイミングが同じです。たぶん、タケルさんはベルナール公国と同盟を結んで、僕たちを挟み撃ちにするつもりでしょう」

「確かに……」

 ディミトリーが大きくうなずいた。

「弱腰のベルナールが言い訳もせずに一方的に約束を反故にするとは考えられない。トルーナンと結託して、我らに反旗を翻したと考えるのが妥当です」

 ディミトリーの意見を聞いて、ライナーの胸中に寒気が起こる。

 現在地は母国から遠く離れている。補給がなくなれば飢え死にするだろう。帰り道であるベルナールが封鎖され、まるで地下室に閉じこめられて鍵をかけられたような閉塞感と孤立感が皆を襲った。

「ええい、それなら、反転してベルナールを攻撃してやる」

 ライナーが言い放つ。

「お待ちください、兄上。その場合は後ろのトルーナンから攻撃されてしまいます。それに、駐留している1000人の兵は人質となっているでしょうから、彼らは殺されてしまうかもしれません」

「くっ……」

 ライナーの顔がゆがむ。

「だったら、全力でトルーナンを攻める。逃げる隙を与えずに包囲して殲滅してやる。アリサとタケルの首を持って行けば、ベルナールも怖じ気付いて降伏するさ」

 安直な作戦にアルミンはため息をついた。

「兄上……、こちらが攻めれば敵は逃走していきます。最初からタケルさんは逃げることを前提にして進行しているのですよ。撤退する準備は万端で、こちらが速攻で行ったとしても逃してしまうでしょう。それに、こちらの騎馬は弱っていて通常の速度を出すのでさえ無理です」

 アルミンの言葉は正しい。そう理解したのでライナーは上を向いて黙り込む。

 テントの中が無音になったので、会議を進めなければとディミトリーが思う。

「我らの帰り道を閉ざして補給を止め、本国から遠く離れた戦場に孤立させて、じっくりと我らが飢えるのを待つということか……。まったく、あの軍師タケルというやつは……」

 ディミトリーは、飄々としたタケルの風貌を思い浮かべ、それに恐怖を感じた。

「孤立したわけではありませんよ」

 軽い口調でアルミンが言う。11歳の少年に皆が注目した。

「どういうことだ、アルミン」

 問いつめるようにライナーが聞く。

「ベルナール公国を通ることができないのならば、シルバニア中央国家を通って本国に帰れば良いのです」

 ああそうか、と皆が了解した。

 シルバニアはガルガント帝国が占領しているので、通ることができないという先入観があったのだ。シルバニアは大陸の中央に位置しており、西のトルーナン王国とベルナール公国、それに北のタタール帝国と国境を接している。少し遠回りになるが、シルバニアを経由して本国に帰還することができるのだ。

「シルバニアを通って本国に帰る。ガルガントには事後承諾を取るのです。タタールとガルガントは友好関係にはありませんが、敵対しているわけでもない。きっと承諾してくれるはず」

「なるほど! アルミン王子の言うとおりですね」

 そう言ってディミトリーが拳を強く握りしめた。

 閉塞感が消えて会議の場が明るくなる。

「だが、トルーナンからシルバニアへの通路は険しいな……」

 ライナーが、つぶやくように言った。

 ベルナールからトルーナンやシルバニアへは、商業道路が整備されているので通行はたやすい。しかし、トルーナンからシルバニアに行くには、狭い道や岩場、深い森を抜けていかなければならない。

「シルバニアに行く途中で後ろから攻撃されたら、損害が大きくなるだろうな」

 そう言ってライナーは腕を組む。

「たぶん、タケルさんは半数が隘路に入った時点で攻撃してくるでしょう。我が軍の半分は助かりません」

 平静な口調で説明するアルミンをライナーが顔をゆがませて睨んだ。

「軽く言うな、アルミン! 半数というと五千人だぞ。壊滅状態と言っても良いくらいだ。本国に帰って、どのような顔で父上に報告すれば良いと言うのだ」

「ライナー司令官!」

 ディミトリーがライナーの鋭い視線を遮るよう机上に手を挙げた。

「アルミン様は客観的な意見を述べただけです。ライナー様には、もっと良い作戦案がございますか?」

 ディミトリーから、このような質問をされたのは初めてのこと。ライナーは深呼吸をして気分を落ち着かせた。

「……他には特に思いつかないな」

 そして、ライナーは考え込む。隊長たちも口をつぐんだ。


「もっと良い方法もあります」

 また、皆がアルミンに視線を集めた。

「どういった方法だ?」

 うつむいていたライナーが顔を上げる。

「トルーナンと講和するのです」

「講和だと? あのタケルと停戦協定を結ぶというのか」

「はい、そうです。兄上」

 アルミンは、つぶらで黒い瞳をライナーに向けた。

「しかし、今さら向こうが講和などに応じるだろうか。今はタケルが優勢で我らを撃滅させるチャンスなのだぞ」

 そう言ってアルミンをいぶかしげに見る。

 アルミンは説明し始めた。

「トルーナンもベルナールもタタール軍を殲滅する事が国の目的ではありません。未来は分かりませんが、今現在は自国を守ることを最重要課題にしているのです」

「自分の国が安泰ならば、我らを逃がしても構わないということか……」

 アルミンは小さな顔をコクンとさせてうなずく。

「そうです。戦いを有利に進めることができたとしても、トルーナンの損害をゼロにすることはできません。戦えば必ず死人はでます。タケルさんとしては、なるべく戦わない方向に進みたいはず……」

「そう、上手くいくかな……」

 ライナーはテーブルに片肘をつき、手に顎を乗せた。


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