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49、ユンテの丘の戦い


 タタール軍は補給基地であるミールの丘を出て、タケル達がユンテの丘に構築した砦を目指した。

 ライナー司令官は、ミールの丘に千名ほどの守備兵を残し、残りはすべてトルーナン王国の攻略に使うことにした。


 曇り空の下、1万1000人の大軍が列をなして進む。

 その攻略軍の中にアルミンの姿はない。戦いの中で負傷しては困るというライナーの決定だった。副官のディミトリーの思惑としては、アルミンに戦いの空気を経験させて司令官としての素養を育てようと思っていたのだが、その進言はライナーに一蹴された。

 王位継承問題のことがあり、ライナーはアルミン王子に活躍されては困るのだ。


 ライナー軍団は、ユンテの丘の1キロ手前に迫った。

 目前には幅が百メートルほどの岩場があり、牛ほどの大岩がゴロゴロしていた。その左は小高い森になっていた。岩場は右側に延びており、迂回して草原を通るためには、かなりの遠回りになる。

 ライナーは歩兵の7000人を前進させて、岩場を渡らせた。

 渡りきったところで歩兵部隊は横に展開し、騎馬隊が岩場を横断するための防護壁となった。

 副官のディミトリーは注意深く騎馬隊の4000騎を前進させる。

 タタール帝国の騎馬軍団は良く訓練されていて、一騎も転倒することなく岩場を渡りきった。


「なんだ、何もなかったではないか」

 ライナーは、アルミンの忠告が外れてタケルの攻撃がなかったことに安堵した。


 ライナーは騎馬隊を前に出して、陣形を整える。

 先を見るとユンテの丘の頂上付近に円形の砦が作られていた。木の柵がぐるりと設置されていて、柵には板が張ってある。そのため、砦の中を伺うことはできない。


 馬上のライナーは、同じく手綱を握っている隣のディミトリーの方を向く。

「準備は良いか」

「はっ、いつでも攻撃できます。ライナー司令官」

「では、突撃させろ」

「はっ」

 ディミトリーは伝令兵に指示すると、その兵はラッパを吹いて進軍の合図を送った。

 4000の騎兵は弓を放ちながら砦の柵に突撃する。

 タタール軍の砦攻略の定石は、まず弓で相手を威嚇してから柵に近づき、投げ縄を柵の上部に引っかけて引き倒すというものだ。

 柵の一部でも壊れれば、そこから騎馬隊がなだれ込んで砦を中から蹂躙する。それがタタール軍の常套手段で、その作戦が今まで上手くいかなかったことがない。


 騎馬隊は砦の柵の近くに取り付き、ロープを投げた。それは柵の丸太に引っかかり、騎兵は砦攻略の成功を確信する。

 そのとき、砦の中から怒声がわき起こった。同時に馬車ほどの大きさの物体が柵の近くに浮かび上がった。

 それは巨大な馬の首だった。紙や布で作られた張り子の風船で、薪を燃やした炎で上昇していく。熱せられた空気は、その張り子の馬の中に充満して鼻の部分からは煙が出ていた。

 騎馬達は混乱した。

 いなないて暴れ回る。騎兵を振り落とし、逃げようとする馬が続出した。

 柵からは馬に続いて、虎や熊などの形をした巨大風船がせり出す。さらにトルーナン兵の怒声に加えて銅鑼やラッパの音が乱雑に鳴り響く。

 騎馬隊の4000は狂乱状態。副官のディミトリーが統制を立て直そうとするが、狂騒状態は収まらない。

 人間にとっては子供だましでも、馬にとっては理解できない状況だ。

「仕方がない、撤退だ。ディミトリー」

 見かねてライナーが後退を指示した。

 受けてディミトリーは騎馬隊に下がるように命令する。

「よし、騎馬隊は岩場の後ろまで後退しろ。そこで態勢を整える」

 歩兵を前に出して防護壁を築き、騎馬隊を岩場に向かわせた。


 そこで思いがけないことが起こった。

 熟練した騎兵が次々と転倒し始めたのだ。

 見ると岩が水で濡れている。小高い森の方から水が流れ込んでいた。


 タケルは森の中に貯水池を作り、タイミングを計って岩場に流し込んだのだ。

 馬の足には蹄鉄が釘で打ち付けてあり、鉄は水に濡れると滑りやすい。

 馬を操るのが得意なタタール兵でも、足下が滑るのでは立っていることもおぼつかない。多くの馬が負傷して動けなくなった。

「なんなんだ、これは……」

 ライナーは口を開けて思考停止。

「司令官、岩場は通ることができません。草原に迂回させましょう」

 思考が混乱しているライナーは、とにかく、ディミトリーの意見に従う。

 騎馬隊は岩場を右手に、馬を走らせた。それを追いかけるように歩兵部隊はユンテの砦を正面に見据えたまま、右にスライドしていく。

 負傷した馬は捨てていくしかない。

 やがて騎兵部隊は岩場の端にたどり着き、右折して草原を走り抜けようとした。しかし、疾走していた先頭の馬が前のめりになって激しく転んだ。続く騎馬達も次々と転倒していく。


「全軍、止まれ!」

 ディミトリーの指令が草原に響く。騎馬軍団を停止させて、彼は馬から下りて地面を探ってみた。

 草むらを見ると、アーチ状に草を結んでトラップにしてあった。所々に不規則な間隔で罠が作ってあり、馬が知らずに足を引っかけてしまったのだ。

「何事だ、ディミトリー!」

 追いついてきたライナーが副官に詰問する。

「馬用のトラップが仕掛けてあります。これでは、地面を探りながらゆっくり行くしかありません」

「くっ……」

 ライナーは思い切り顔をゆがませた。

 そして、ライナーの顔をさらに変化させるがごとく、砦から進軍ラッパが響いてトルーナン軍が出てきた。

「反転だ! ディミトリー、騎馬隊の態勢を整えろ」

「ダメです、ライナー様。馬が動揺して使い物になりません。ここは、歩兵部隊に任せて騎馬隊は引き返すべきかと……」

「そうか……」

 無念そうにトルーナン軍を見てからライナーは、歩兵部隊に敵をくい止めるようにと、伝令兵に命令を伝えた。


 命令を受けてタタールの歩兵部隊は、後退している騎馬隊とトルーナン軍の間に割り込んだ。

 トルーナン軍は騎馬隊1000を含む1万2000。受け止めるタタールの歩兵部隊は8000人。数としてはトルーナンが有利だったが、タタールの方が強かった。

 タタール軍はトルーナンをしっかりと止めただけでなく、少しずつ押し返し始める。


 それを見て馬上のタケルはため息をつく。

「あーあ、やっぱりトルーナンは弱いなあ」

 隣で手綱を握っていたアリサはタケルを見た。

「ちょっと、味方の士気を低下させるような言い方はしないでよね」

「ああ、そうだね。分かったよ」

 タケルの隣で双眼鏡をのぞいていたローレンツが激しい戦闘の中に見覚えのあるものを発見した。

「タケル、ボブちゃんがいるわ。あれはボブちゃんよ」

 タケルが双眼鏡で戦場を見ると、2メートルを越す大男が暴れている。

 小さい目と大きな口、毛むくじゃらの体を鉄の鎧で包んでいた。ゴブリンのような男は2メートルほどの鉄棒を振り回し、敵味方の区別なく手当たり次第に殴り倒していた。

「やれやれ、相変わらず元気だなあ、ボブ君は」

 タケルは双眼鏡を下ろして苦笑いを浮かべた。


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