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47,専任軍師タケル


 タタール軍はベルナール公国を補給基地として、トルーナン王国の国境を越えてきた。

 王の居城であるトルーナン城。その会議室では、王国の武官と文官が集まってタタール軍に対する防衛会議が開かれていた。

 長いテーブルの上座に座っているクリストファー王。その隣には第一王女のクリステルがいて、王を補佐している。クリストファーは長年の重責と勃発した大陸戦争のために精神と体力を衰弱させていた。

 26歳のクリステルには白いロングドレスがよく似合う。正室であった母親譲りの整った顔。体はふくよかで大人の雰囲気を漂わせている。


 会議室には窓が少なく、そしてそれは高い天井近くに配置されてあったので、秋晴れの日差しが入っても部屋は薄暗い。

 上座に向かって左側には古参の将軍であるピエールを筆頭にアリサとタケル、それにメリッサなどの武官関係者が並ぶ。右はシュバーセンなどの文官が席に着いていた。


 背もたれが高い、豪華なイスに着座している王が口を開く。

「タタール軍は騎兵を含む1万2000でトルーナン城に迫っておる。対応策を協議したい。皆の者、忌憚のない意見を聞かせてくれ」

 そう言うと王は、息を吐いてうつむいたので、クリステルが意見を求めるように視線を皆の顔に滑らせる。

 武官で最初に発言したのはピエール将軍だった。

「兵法の基本から言えば、長く進軍してきた敵を疲れのピークで迎え撃つことだ。つまり、タタール軍をこの城まで引きつけて、防衛を主体とした戦闘により敵を疲弊させるのが上策であろう……」

 言ってからアリサの横に座っているタケルをチラリと見た。

 歴戦の将軍といえど、開戦から前線で戦ってきたタケルとアリサを評価せざるを得ない。


「専任軍師タケル殿の意見はどうかしら?」

 クリステルが問うとタケルは席から立つ。

 タケルは度重なる戦いの功績によりアリサの専任軍師に任命されていた。

「ピエール将軍の意見は基本に忠実ではありますが、今回の場合には適用できないと思います」

 軍師とは、将軍と対等の権限を持ち、全軍を指揮することができる階級だ。それゆえ、古参の将軍の意見に真っ向から反対しても態度を非難されることはない。ただ、その指揮権はアリサの部隊に限っている。

「まず、補給線ですが、それはベルナール公国を補給基地としているので兵站は短い。

それに対ガルガント戦のときとは違い、ベルナール公国から我が国への通路は整備されていて進軍は比較的に楽でしょう。籠城戦は難しいと思います」

 述べてから席に着く。ピエールは口を結んだ。


「また、アリサお姉様に迎撃してもらえばよろしいでしょう」

 そう言って、そばかす顔のメリッサが口をつり上げて笑う。

「ピエール将軍には最終防衛地であるトルーナン城を守ってもらわないと……。アリサお姉様には外に出て戦ってもらいたいわ」

 メリッサがアリサに対して敵意を持っているのは誰の目にも明白。姉をこき使ってやろうという魂胆が見え見えだった。

「しかし……」

 それを聞いて、クリステルは眉をひそめる。

「アリサは戦いの連続で疲れているでしょう。あまり連戦させるのは……」

 勢いよくタケルが立ち上がった。

「いえ! 我がアリサ部隊に任せていただきたい。必ずやタタールの蛮族どもを撃退して見せましょう」

 当のアリサは口を開けて隣のタケルを見上げた。

「私に秘策があります。ピエール将軍閣下には王城を守っていただき、私どもは城を出てユンテの丘辺りで迎え撃つことにします」

「秘策とは何かね……」

 ピエール将軍が訊ねる。

「それは今のところ秘密です。ただ、作戦にはトルーナン王国の職人の協力が必要です」

「民間人を徴発するのかね」

「戦闘に参加させるわけではないので安心してください。ちょっとした作業をしてもらうだけですよ」

 にやりと笑うタケル。

 その表情を見てクリステルは安心した。市民に対して彼女は必要以上に負担を掛けたくない。

 アリサはタケルの靴をギュッと踏んで、大丈夫なのというように上目遣いで見た。それに対して親指を立ててグッジョブサインを示す。


「じゃあ、タタール軍の迎撃の責任者はアリサお姉様にお願いするとして、ベルナール公国をどうするかが問題よね」

 メリッサが不満げに言う。迎撃についてはアリサが困り果てることを期待していたのだ。

「ベルナールをどうするか?」

 クリステルが首をかしげる。

「だって、トルーナン王国を裏切ってアリサお姉様を捕らえようとしたのでしょ。制裁を加えるべきよ」

 メリッサの鼻息が荒い。

「それは違うわ!」

 アリサがテーブルを叩いた。彼女の軍服に包まれた胸が揺れる。

「裏切ったのは商業ギルドであってベルナール公国の王宮ではない。ビアンカは私たちを助けようとしたのよ」

 大きな目を細めてアリサが熱弁を振るう。

「でも客観的に見ればベルナールが裏切ったことに間違いないでしょ」

 突き放すように言うメリッサ。

「それは……」

 反論が思いつかない。アリサは助けを求めるようにタケルを見た。

「では、ベルナール公国をどうしようというのでしょうか。メリッサ第二王女様」

 タケルは少し嫌みをこめてメリッサに視線を送る。

「……攻撃して占領すればよろしいのよ。公国には職業軍人が少ないから攻略するのは簡単でしょ。後は属国としてバンバン税金を取ればよろしいのではなくて?」

 えげつないことを平然と言うメリッサだった。

 タケルは高い天井を見上げてため息をつく。

「……メリッサ姫。問題がトルーナン王国とベルナール公国の二国間だけだったら、それでもよろしいでしょう。しかし、今は大陸動乱の時代。仮にベルナール公国を攻略したとしたら少なからぬ兵を駐留させなければならない。いつガルガント軍から攻められるか分からないのに兵力を分散させるのは得策とは思えません」

 自分の意見に反対されてメリッサは不快の表情を表す。

「だったら、どうするというのよ。軍師タケルさん」

 メリッサの言葉には敬意のかけらもない。

「アリサ姫が無事だったのだから、今回のことは水に流しましょう。そして、これからもベルナールとは友好関係を続けるべきです」

「その通りだわ!」

 アリサが深くうなずいた。それに答えるようにタケルもうなずく。

「当方に入ってきた情報によると、タタール軍はギルドに対して過大な費用を出させたそうです。それに対してギルドが愉快なはずがない。もう姑息な手段を執るのは懲りたでしょう。トルーナンを裏切ることは、もうないと思います」

 アリサがウンウンと首を縦に振った。

「タケル……軍師の言うとおりだわ。ビアンカとは友好条約を結ぶべきよ」

「その方が良いと思います。敵が攻めてきたら共同で防衛するという守りに特化した同盟を結べば両国にとってメリットになるでしょう」

 タケルの意見を聞き、メリッサはムスッとして横を向く。

 しばらく会議室に沈黙が続いたので、意見は出尽くしたとクリステルは了解した。

「では、タタール軍に対しての迎撃の責任者はアリサ将軍に決定し、ベルナール公国に対しては友好的に対応するという事でよろしいでしょうか」

 クリステルの議事進行に対して「異議なし」の返事が会議室に連続した。


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