46,強者の交渉
タケル達がトルーナン王国に撤退した後、タタール軍の1万3000人はウガルの丘を出てミュルーズ平原を進み、ベルナール王都の手前に布陣した。
雨上がりの薄日が差し込むギルドの会議室では、ベルナール公国側の3人とタタール側の3人が向かい合って座っていた。
「話が違う!」
怒鳴ってテーブルを叩いたのは商業ギルド本部長のクロード。
「前の約束では10億ペセタを払って終わりということだったはず。なぜ、追加で10億も払わなければならないのか!」
興奮してクロードのたるんだ頬が震える。
対面のディミトリー副官が小さなため息をついてから説明を始めた。
「約束ではアリサ姫と聖剣エクスカリバーを我がタタール軍に引き渡すということだったはず。そちらの不注意で逃がしてしまったのだからペナルティは払うべきでしょう」
隣のライナーがウンウンとうなずく。
「我々も努力はしたのだ……」
クロードは下を向き、背広のネクタイをいじる。
「努力しただけでは意味がない。子供じゃないんだから結果を出してもらわないと」
そう言ってディミトリーはニヤリと笑う。ライナーがウンウンと大きくうなずいた。
「くっ……」
悔しそうに隣のビアンカに視線で助けを求めるが、彼女は目をつむって首を横に振った。
ビアンカとアニエスは、タケル達が逃げ出したすぐ後に解放された。彼女達はギルドに含むところはあるが、王族としての義務は放棄できないとして会議に参加している。
ライナーが身を乗り出す。スーツ姿のクロードと違って、軍服を着た彼らには威圧感がある。
「クロード殿。それだけではない。我々がトルーナン王国に攻め込むための補給物資も頼む」
「はっ?」
上から目線の言葉にクロードは口を開けたまま固まった。
「補給物資とは食料や馬の飼料、武器などだ。それを用意してくれ。いいな」
クロードが席を立つ。
「はあ? 何を言っているんだ。アリサ姫を引き渡すという約束はしたが、タタールの属国になると言った覚えはない!」
怒号が広い会議室に響き、ディミトリーはやれやれというように笑顔を浮かべた。
「よろしいですか、クロード本部長殿。アリサ姫が逃げたということは、あなたの企みに気がついたということ。つまり、トルーナン王国を敵にしてしまったのですよ。この状況でタタール軍が本国に帰還すれば、トルーナン軍が怒濤のごとくベルナールに押し寄せてきて占領し、それこそベルナールは属国に成り下がってしまうでしょうが」
状況を説明した後、ディミトリーはフンと鼻で笑う。
クロードは泣きそうな顔でイスに腰を落とした。
それを見てライナーが口を開く。
「大丈夫だ、クロードさん。俺たちがトルーナン王国を攻略してやる。そうすればベルナールも安泰だ。今まで通り商売ごっこをやっていける。だから、補給は頼んだぞ」
ライナーの命令口調にクロードの肩がピクリと震えた。
「ベルナールが負けたわけではない」
そう言ってクロードが顔を上げてライナーを睨む。
「まだ、戦争に負けたわけではない。傭兵部隊の8000人が残っているし、正規兵も千以上が残っている。王都防衛戦なら勝機はあるはず……」
沈黙が場を支配する。張り詰めた空気の中、ディミトリーの横に座っていたアルミン王子が発言した。
「それは無理ですね」
淡々とした口調がカンに障り、クロードの目に怒気が宿る。
「なんだ、小僧。お前に何が分かる」
それに対してディミトリーが机を叩いた。
「クロード殿! このお方はタタール帝国第三王子のアルミン様です。失礼ではありませんか」
アルミンも軍服を着ていたが、10歳という年齢なので兵隊人形のようであり、とても威圧感などは感じさせていない。
アルミンは手を振ってディミトリーを制してから言葉を続けた。
「傭兵さん達には給料を払って、家族の元に帰っても良いと伝えてあります。すでに今は帰還の準備を終えている頃でしょう」
「何!」
クロードは怒鳴って、その後に言葉を続けることができない。
「規定の給料として20億ペセタをこちらで肩代わりしておきましたので後で返済していただけますか」
目を見開いて絶句するクロード。
「話をまとめるとだなあ」
ライナーが腕を組んでふんぞり返る。
「まず、ペナルティの10億ペセタと肩代わりの20億、それに駐留費の10億の合計40億ペセタだ。それは一括ですぐに払うように。ああ、それに補給も頼んだぞ」
「駐留費?」
つぶやくように質問するクロードの視線は定まらなくて眼球がウロウロしていた。
「そう、ベルナールには1000人ほどの兵が留まるので、その費用だ」
当然だろ、というような口調のライナー。
「ビアンカ姫……」
クロードは隣のビアンカに助けを求める。
彼女は普段着のワンピースにベージュのタイトスカートをはいていた。今回の席は儀礼的な物は必要ないと判断した結果だ。
「……仕方がないでしょう」
首を振ると、少し乱れている銀髪がフラリと揺れる。
「この状況では仕方がない。弱者は強者に従うしかないでしょう。武力は政治の強制執行、弱い者が言うことを聞くようになっているのです」
あどけなさが残っている茶色の瞳が悲しそうに潤んでいる。
「なんてことだ……」
クロードが頭を抱え込んだ。それを見てビアンカがため息をつく。
「本部長。これが戦うべき時に戦わなかった者の末路です。戦争と商売は違う。これが軍隊の恐ろしさというものなのですよ」
ハアーっとクロードが息を吐いた。
「さすがはビアンカ姫、物分かりが良くていらっしゃる」
そう言ってライナーが小さく拍手した。
「では、速やかに手配をお願いしますよ」
ニヤつくライナー。
「分かりました。ただ、要求は以上に願います。この先に過大な要求をするようなら、私としても覚悟があります」
隣のアニエスが妹を見る。それはいつもの控えめでおとなしいビアンカではなく、凜とした表情だった。
「ほおー、覚悟と言ったか。どのようなものか聞かせてもらいたいものだ」
意地悪そうな顔でライナーが睨む。
「まあ、良いではありませんか、兄上。こちらの要求は飲むと言っているのですから」
アルミン王子が取りなした。
「これから私たちはトルーナン王国に進軍することになっている。これ以上、ベルナール公国といさかいを起こすのは得策ではありません。そうでしょう、兄上」
アルミンに言われてライナーは口を結んでうなずいた。
*
ベルナール公国、王宮内のビアンカの部屋。アニエスとビアンカはテーブルに向かい合って紅茶を飲んでいた。
「それで、ビアンカ。あのときに言っていた、覚悟って何なのかしら」
アニエスが紅茶を一口飲んでから聞いた。彼女はビアンカと同じ銀髪で気丈な性格をしており、病気がちな国王に代わって国政を取り仕切っている。
「アイギスシールドを使うのです」
ビアンカはカップを包み込むようにして細い指を温めている。
「聖なるギフトのシールド効果を?」
「はい、ライナーが一緒の時に半径5メートルくらいのシールドを作って彼を閉じ込めます。そして、隠し持った短剣で彼を殺すつもりです」
ビアンカは言い切ってからカップの紅茶をちびちび飲む。その整った可愛い顔は平静だった。
言葉を失うアニエス。しばらく部屋の音が消えた。
「でも、そのときはあなたも……」
「はい、ですから、覚悟の上ということです」
また、部屋の音が消失する。
「ビアンカ」
「何でしょう、お姉様」
アニエスはビアンカの手を握った。
「もし、お父様に何かあったら、あなたが女王になりなさい。国政をあなたに任せるわ」
驚くビアンカ。
「そんな、それは第一王女のアニエスお姉様に決まっているはず……」
アニエスは首を振った。
「いいえ、あなたの方が適任よ。まったく、子供だと思っていたけど、いつの間にか大人になっていたのね……」
そう言ってアニエスは寂しそうに笑った。




