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44,異変


 ベルナール公国の軍務省は石造りの2階建てで、王宮の近くに建っていた。

 それはギルドの建物よりも小さく、こぢんまりしている……というよりもギルド本部よりも豪華な建築物はベルナール公国に存在しない。


 軍務省の一角にある、近衛隊隊長の執務室ではミッシェル隊長が生真面目そうな顔をゆがめ、両手で広げている薄いピンク色のパンティをじっと見ていた。

「どうしようか?」

 机に座って下着を注視しているミッシェルに対して、隣に立っている副隊長のユベールが声を掛けた。ユベールは長い金髪にハンサムという男なので軍人に似つかわしくない。

「どうするもなにも、なんとかアリサ姫にギルドの企みを知らせて逃げてもらわなければ……」

 そう言ってミッシェルはパンティに顔を近づけて、小さく書いてある文字を再確認する。

「しかし、アリサ姫の宿泊所にはギルドの兵達が見張りとして立っているし、建物の中には本部長の部下であるダニエルが入っていて監視している。どうやって伝えるか……」

 ユベールは金髪をかき上げて腕を組む。ミッシェルは小さくうなずいて隣の友人を見た。

 ミッシェルとユベールは昔からの親友で、他人がいないところでは対等に会話していた。

「下手に伝えてダニエルに感づかれてしまうと最悪の結果になるだろう。タタール軍を待つことなく、ギルドの部隊が宿泊所を襲ってアリサ姫を拉致するかもしれん」

「隊長、そうなったらトルーナン王国とは決裂してしまう。国交の修正は不可能になるよな」

「そうなってはいかん!」

 ミッシェルがパンティを右手に強く握りしめる。

「そうだね、なんとか方法を考えないと……」

 金髪を揺らせてユベールが腕組みをしたまま考え込んだ。



  *



 トルーナン軍の宿泊所はギルドの倉庫を改装した物。そこで個室を使っているのは、アリサやタケルなどの主要人物だけで、他の兵隊は多段ベッドの部屋に詰め込まれていた。

 だが、それは良い方で、傭兵部隊のほとんどはテントでの野営を余儀なくされている。

 ベルナール公国は軍備に重きを置いていない。そのため、兵達の生活設備も適当な物だった。


「これからどうするの?」

 宿泊所の休憩室。アリサが隣のタケルに訊ねる。

「まともに戦っても勝つことは難しい。今までと同じように策を考えないとダメだろうなあ」

 そう言ってタケルは、イスの背もたれに体重を掛けて高い天井を見上げた。

 休憩室といっても元は倉庫なので、かなり広い。そこに長いテーブルをたくさん置いてある、休憩室と作戦会議室を兼ねている広間だった。


「今度は補給基地を攻めようか」

 腕を組みながらタケルが言う。

「補給基地? ウガルの丘を攻めるというの?」

 黒い髪をポニーテールにまとめているアリサ。戦いのためにショートカットが定番なのだが、戦いが長引いたために髪も伸びていた。

「うん、トルーナン軍とビアンカの部隊とで丘の攻略軍とする。タタール軍が進軍してきたら、頃合いを見計らってウガルの丘を占拠する。補給基地を失えばライナー君も帰国しなければならないだろう」

 そう言ってタケルは腕を組む。

「ベルナール公国の防衛はどうするの」

「傭兵部隊と、それに市民にも戦ってもらうしかない……かな」

「一般市民に戦わせるということ?」

 アリサは眉をひそめた。

「防衛戦だから柵の内側で守っていればいい。占領した補給基地を俺たちが死守すれば、近いうちにタタール軍は撤退するしかないよ。それまで持ってくれれば……」

 さすがにタケルも気がとがめるので、返事の語尾が濁る。

「それで上手くいくかしら」

「上手くいかなかったら逃げるしかない」

「逃げる?」

「ああ、ビアンカ姫達を連れてトルーナン王国に逃げるしか方法はないだろう」

 アリサは言葉を失ってタケルを見た。

「ビアンカを残していったらライナー君に何をされるか分からない。連れて行った方が得策だ」

「でも、彼女は断るんじゃないかしら。だって、国民を見捨てて逃げるわけでしょ。そんなこと、ビアンカは了承しないと思う」

 アリサの詰問にタケルはうなずく。

「そうだよな……だから、本人の了解なしに強引に連れて行くしかない」

 タケルがアリサを見ると、うつむいていた。

「アリサは反対だろうな……いいよ、実行犯は俺が担当するから」

「いいえ!」

 彼女は顔を上げた。

「賛成するわ。たとえ、ビアンカに恨まれようとも私は彼女をトルーナン王国に連れて行く」

 真っ直ぐにタケルを見て言う。視線に決心が感じられた。

「まあ、今は急いで考える必要もないだろうな。絶対に連れて行かなければならないということでもないし」

「どうしてなの」

「ベルナール公国を侵略しても、トルーナン王国が残っている。トルーナンから攻められるかもしれないのに、女遊びをしていたら兵達の信頼を失うだろう。ライナー君としては、速急にトルーナン王国を攻略しなければならない。お戯れは、その後でゆっくり……だろうな」

「じゃあ、トルーナン王国としては絶対に負けられないわね。ビアンカのためにも」

 アリサが鼻息が荒い。

「トルーナン王国が負けたらビアンカだけじゃない。君とクリステル姫もまとめて側室にされるか、愛人か、それとも、後宮に入れられるかな。まあ、メリッサ姫は癖が強いから、さすがのライナー君も敬遠するだろうけど」

 そう言ってタケルは鼻で笑う。

「とにかく、ライナーをぶち殺せばいいのよね」

 アリサの言葉にタケルはハイハイと言って苦笑した。


 そこに副官のアルベールがやってきてアリサの隣に座った。

「しかし、どうしてタタール軍は攻めてこないのでしょう」

 アルベールは常にアリサと行動を共にしてる。

「前の戦いでコテンパンにされたから臆しているんじゃないの?」

 つまらなそうにアリサが答えた。

「あのライナー君がウガルの丘に引きこもっているのは、何かを企んでいるのかもしれない」

「何かって、何よ」

「戦わずに放置していても状況が良くなるという企みだ」

「だから、何よ」

「それが分かれば苦労はないさ」

 そう言ってタケルは、苦笑いで首を横に振った。

「タタール軍もそうですが、ベルナール公国の動きも気になりますね」

 アルベールが言うと、アリサが彼の方を向く。

「公国がどうしたの?」

「どうも、周りの様子がおかしいのです。兵の数が増えたような……特に、この宿舎の」

「そうなの?」

 アリサは首をかしげる。タケルは向こうの席に座っている軍人に目を向けた。

「そういえば、あいつの様子もおかしいな」

 トルーナン軍の世話役としてギルド直属の兵士であるダニエルが常にアリサの近くにいた。彼は短めの黒い髪でイスにふんぞり返って机の上の資料を見ている。そして、ときおりアリサの方をチラッと見ては、また机に目を戻す。


「もしかしたら私に気があるのかしらん」

 離れた席のローレンツが身をくねらせた。

「それはない」

 タケルとアリサが同時に突っ込む。


 外はくもり空で休憩所の空気も暗い。突然、ドアが開いた。

「アリサ姫はいらっしゃいますか」

 入ってきたのは、ミッシェル隊長と部下のユベールだった。


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