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43,恥知らず


「私どもは何も聞いておりません!」

 ビアンカの黄色い声がギルド会議室に響く。

「ギルドの方で決めさせてもらった」

 大きなテーブルの上座に座っているギルド本部長が冷たく言った。

「前線で戦ってきたのは私たちです。王族に一言の相談もなく決定したのですか?」

 ビアンカの隣のアニエスが声を荒げた。彼女は、病気がちの父に代わって国政を担当している。子供っぽいビアンカに比べて大人びた表情をしていた。

「このベルナール公国では王宮よりもギルドの決定が優先される。姫様姉妹にとっては、ずっと前から熟知していることでしょうが」

 大柄なクロード本部長は口の端を曲げて笑う。

 アニエスが目を細めてクロードを睨んだ。

「しかし、現在は我が国が優勢です。この戦いに勝利しようという状況で、なぜタタール軍と講和を結ぶ必要があるのですか」

 彼女が腕組みするとグラマーな体が強調される。

「そう言うが、敵に確実に勝てるという保証があるのかね? 前の戦いで傭兵達の士気が著しく低下しているようだが」

 アニエスが黙り込む。背水の陣という劣悪な状況で戦わせたことにより、傭兵達に不満の声が高まっているのは事実。

「もう、講和は成立している。10億ペセタも払ったのだから、タタールとの条約を阻害することは遠慮してもらおう」

 クロードは60歳だが、ギルドを統括している。それなりの威圧感があった。

「そんなに払ったのですか! 向こうから和睦を持ちかけてきたのに、こちらがお金を出す必要があるのかしら」

 アニエスが口をとがらす。

「ベルナール公国の1600万の国民を守るためだ。10億で多くの命が保全できるのなら安いものさ」

 クロードのニヤついた顔を見てビアンカがムッとする。

「戦争も商売のように考えるんですね」

 彼女の言葉が震えている。

「お金は便利で大事な物だよ」

「そんなに上手くいくでしょうか。お金では買えない物もあります。きっと後悔すると思うのですけれど」

「ビアンカ姫と議論する気はない。もう、決まったことなのだよ」

 それを聞いてビアンカは深呼吸した。気分を落ち着けて訊ねる。

「では、アリサ姫達はトルーナンに帰しても構わないですね」

「いや、彼女には残ってもらう」

「え?」

「タタールは、アリサ姫とエクスカリバーをご所望なのだ」

 ビアンカとアニエスは絶句した。

「まず、タタール軍がベルナール公国に侵入する。それを我が国は邪魔をせずに放置して、タタールが宿泊所に滞在しているアリサ姫を捕らえるというシナリオだ」

 クロードが淡々と説明する。

 イスから立ち上がるビアンカ。

「今まで一緒に戦ってきた仲間を裏切るというの? この恥知らず!」

「お言葉が過ぎますぞ、ビアンカ姫」

 クロードは苦笑して受け流す。

 アニエスはビアンカの肩をつかんで落ち着かせた。そして、ドッカリと座っているクロードの方を向く。

「そんなことをすればベルナール公国の歴史に汚点を残すでしょう。他の国に笑われてバカにされることになります」

「事実を知られなければ済むことだ。形としてはタタール軍から攻め込まれたので仕方なく講和を結んだということにすれば良い」

「それでトルーナン王国に対しても体裁を整えた、ということにするのですね」

「アリサ姫を捕らえたのは、あくまでもタタール軍。戦争には犠牲がつきものだよ」

 しばらく無言でいたビアンカが席を立つ。

「どこに行くつもりだ」

 クロードが誰何する。

「決まったこと、アリサ姫のところに参ります」

「警備兵!」

 クロードが怒鳴ると、数人の兵隊がドアを開けて入ってきた。

「姫達を捕らえろ!」

 兵達はビアンカ達の腕を捕まえて動きを封じる。

「無礼ですよ! 放しなさい」

 ビアンカは振りほどこうとするが、しっかりと腕を固定されてしまう。

 警備兵はギルド直属の部隊で、王宮よりもギルドの命令を優先する。

「二人を例の部屋に案内して差し上げろ」

 クロードは薄笑いを浮かべて嫌みっぽく言った。

「私たちをどうするのですか」

 アニエスが詰問する。

「なーに、手荒なことはしません。事が済むまで軟禁させてもらいます」

 クロード本部長は美人姉妹に睨まれても動じない。彼が指を振ると、兵達はビアンカとアニエスを部屋の外に連れ出した。


 ビアンカ達はギルド本部の片隅の部屋に連行された。

 そこは広い部屋で、生活に必要な物はすべてそろっている。しかし、窓には鉄格子がはまっていた。


「これからベルナールはどうなってしまうのでしょう、お姉様」

 小さな白いテーブルで姉妹は向き合う。その上のトレイには湯気を立てている紅茶のカップが二つ。アニエスが用意した物だ。

「そうねえ……上手くいくという未来が私には見えないわ」

 答えてカップの紅茶を一口。

「この事態を本部長は軽く考えているんじゃないでしょうか」

 そう言ってビアンカはカップを持ち上げる。

「軍隊という物は凶器と同じ。その怖さをクロードは考えていないようね」

 それにビアンカがうなずき、口を開く。

「商売と戦争を一緒くたに考えているのでしょう。大きく見れば経済と戦争は密接な関係があるけれど、区々とした戦闘では目先の損得勘定が通用しないと思うんだけど」

「そうね……」

 カップを置いてアニエスは不自由な窓に視線を移す。雨は降っていないが、雲が厚くて部屋の中を薄暗くしている。

「とりあえずは……アリサ姫と連絡を取ることね」

「そうですわね、お姉様。でも、どうすれば……」

 アニエスはイスから立ち上がった。

「私に考えがあるわ」

 そう言うと、白いロングドレスの裾をまくり上げ、身をかがめてシルクのパンティを脱いだ。そして、アニエスは机の引き出しからペンを取り出すと、薄いピンクの下着に文字を書き始める。

「お姉様……?」

 それには答えず、文字を書き続ける。

 しばらくして文を書き終わり、アニエスは妹と打ち合わせをした。


  *


「じゃあビアンカ、ドアの外の警備兵にメイドをよこすように言って」

「はい、お姉様」

 ノブを回すと鍵が閉まっていたので、ビアンカはドアをノックした。

「何かご用でしょうか」

 ドアを開けて顔を見せたのは、ギルド直属部隊の若い男だった。

「シャワーを浴びたので、着替えを持ってくるように言ってくださるかしら」

「はっ、了解しました」

 ドアが閉まり、鍵を掛ける音がした。


 しばらくしてノックの音。

「ローラです。よろしいでしょうか、ビアンカ様」

「入ってちょうだい」

 ビアンカが許可すると、ドアを開けてメイド服を着た赤い髪の女が入ってきた。

 ローラはビアンカ姫の専属メイドで、姫が幼い頃から身の回りの世話をしている。

「お召し物をお持ちしました」

 そう言って壁際のテーブルに衣類を置く。

「こっちは洗濯しておいてちょうだい」

 ビアンカは下着などが入ったカゴを渡した。

「かしこまりました」

 ローラが出て行こうとすると、若い警備兵が止めた。

「ちょっと中を拝見します」

 そう言ってカゴの中の下着に手を伸ばす。

「何をやっているの!」

 アニエスが金切り声をあげた。

「私達の下着をあさろうなどと、どんなしつけを受けたのかしら」

「そう言われましても……上からの命令なので……」

 姫に怒鳴られて、しどろもどろになる。

 アニエスが注意を引いているうちに、ビアンカはローラを自分の近くに寄せた。

「姉様のシルクの下着をミシェル隊長に渡して」

 小さな声で耳打ちする。

 状況を知っているローラは小さくうなずいた。

 そして、ビアンカはアニエスの隣に行って加勢する。

「全く嫌らしいわ。ベルナール公国の兵隊の質も地に落ちたわね」

 虫を見るような視線でビアンカは若者を見下す。

「いや、でも……ギルド長から、その……部屋から出る物はすべてチェックしろとの命令が……」

 警備兵は顔を赤くしたり青くしたりして困惑を隠せない。

 二人の姫は、ここぞとばかり睨みつける。

(いくら任務だからと言って、そんな変態行為をやって恥ずかしくないのかよ。使用済みの下着を握りしめて、あー嫌らし。そんなことをやっていると、お前の子供も変態になってしまうぞ。分かってんのか、こら!)というような視線をグリグリと受けて警備兵は下着をカゴの中に落とした。

「も、もう、いい……。持って行け」

 警備兵に言われてローラはカゴを持ち、小走りで廊下の奥に去って行った。


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