42、からめ手
ウガルの丘の補給基地。司令官専用テントの中で、ライナーはイスに座って塞ぎ込んでいた。
簡単に勝てると思っていた戦いだった。しかし、タケルの作戦によって2度も敗退したのだ。それは、決定的な敗北ではなかったが、ライナーの自信を打ち砕くには十分だった。
彼は腕を組み、口を曲げて何も置いていないテーブルをジッと見つめる。
「どうすれば勝てるのか……」
つい、独り言をつぶやいてしまう。彼はタケルに勝てる気がしなくなっていた。
「ライナー様、よろしいですか」
「入れ」
素っ気ない声でディミトリーに入室を許可すると、小柄な副官がテントの中に入ってきた。
「司令官閣下。アルミン王子がいらっしゃいました」
「何!」
勢いよく立ち上がるライナー。
「こちらにお通しして、よろしいですね」
ライナーは答えずに視線と精神を右往左往させる。なぜ、義弟が戦場にやってくるのか。まさか、司令官の交代ではあるまいな……。不安要素がライナーの脳裏を駆け回った。
「失礼いたします」
待っても許可が出ないので、アルミンが入ってきた。
10歳という年齢にふさわしい、あどけない顔。ローレンツを夢中にさせるほどのキュートな少年。軍服を着た小さい彼が直立して敬礼すると兵隊人形のよう。
「兄上。任務、ご苦労様です。父上の命により補給物資を持って参りました」
「父上? 皇帝陛下の直々のご命令か?」
そう言ってライナーは、ゆっくりとイスに腰を落とす。
「はい、私は連隊長待遇の階級をいただき、物資の運送と負傷者の引き取りを仰せつかりました」
「そうか……ご苦労だった」
ライナーは安堵した。父上は自分のことを見限ったのではないと安心して呼吸が軽くなる。
「それで、戦況を聞いてくるように命ぜられたのですが……」
軽くなったライナーの心が地面に落下した。なんと答えれば良いのか。
「とりあえず……順調だ」
「順調ですか……」
アルミンの語調は懐疑に満ちている。補給基地には負傷者が山ほどいて、彼らが痛みに苦しんでいるのを見ていたからだ。
「ライナー様!」
副官が前に進む。
「今の状況はお世辞にも順調とは言えません。陛下への報告に偽りがあれば、処罰の対象になります。苦しいかもしれませんが、ここは正確にありのままを伝えてもらうべきでしょう」
ディミトリーはライナーを見据えている。ライナーは口をゆがめてうなずいた。
「では、ディミトリー。戦況をアルミンに言ってくれ」
「はっ」
副官は今までの戦いをつぶさにアルミンに説明した。
「……そうですか。分かりました」
そう言ってアルミンがため息をつく。
「それで兄上。これからどうするつもりですか」
言葉に詰まるライナー。何も良い考えが浮かんでいない。
「お前はどう思うのだ、アルミン」
しばらく天井を見てから彼は答えた。
「トルーナンと和睦したらいかがでしょう」
「和睦だと!」
ライナーの顔が引きつる。
「はい。わがタタール帝国の目的は大陸の制覇であり、すべての他国を蹂躙して滅亡させることではありません。同盟を結ぶことができるのなら、連携して敵と戦った方が効率的です」
隣のディミトリーがコクンとうなずく。
「大陸を制覇して、そのときに同盟国の盟主でいればタタール帝国が大陸を支配したということでしょう。いかかですか、兄上」
つぶらな瞳でライナーを見つめた。
「トルーナンとは、すでに戦って両者に多大な犠牲が出ている。今さら和睦などできるものか」
ライナーが首を振る。
「私が人質としてトルーナン王国に参ります」
「人質だと?」
「はい、私はタタール帝国の第二王子。それなりの価値はあるかと存じます」
「前は、逃げ帰ってきたではないか」
「確かに、あのときはローレンツ殿の戯れが腹に据えかねましたので……。ただ、すでに兄上がサインドシャーの城に兵を集めているという情報を得ていました。それで、もしも戦いになれば私の存在が足かせになるかと思って急遽、城を出たのです」
「結局、何の役にも立たなかったではないか。今さら何を……」
ライナーは口をゆがめ、いびつな笑いを浮かべて横を向く。
やはり、自分は人質であり、スパイであり捨て駒であったと義兄の表情から理解したアルミンは小さくため息をついた。
「ライナー様! 弟君に対して言葉が過ぎますぞ」
ディミトリーが叫びに近い声を出した。
「今の状況下でトルーナン王国に人質として赴くということは、殺されることも十分にあり得ます。それでも行くという、何という立派なご覚悟。さすが栄えあるタタール帝国の王子であります」
そう言ってディミトリーはライナーの前に直立する。
「ライナー様、いくらなんでも無礼ではないかと……。ここはアルミン王子に謝罪が必要と考えます」
「そうか……」
「はい」
ごまかすことを許さないというディミトリーの視線。
「すまなかった、アルミン。……今度から気をつける」
視線を下げたまま謝った。
「いえ、たいしたことではありません」
「だが、和睦などはできん。あのタケルに負けて……負けっぱなしでいられるものか。我がタタール帝国が、あのような半端者に遊ばれたまま泣き寝入りすることなど考えも及ばない。あのタケルの野郎だけは許すことができないのだ」
テーブルを叩く音がテント内に響く。
ああ、この人は司令官であるのに感情的になっている。これでは勝利することは無理かもしれない……。そう思ってアルミンは大きなため息をついた。
「タケル殿は優秀です。まともに戦って勝てる相手ではありません」
ライナーはむすっとして黙り込む。アルミンが続けた。
「直接的な方法がダメなら、からめ手から攻めるという方法もあります」
「からめ手だと……」
アルミンの言葉に視線を上げて義弟を見る。
「戦いではなく謀略を使うのです。ベルナール公国に対して調略を仕掛けましょう」
それを聞いてライナーが身を乗り出した。




