40,これって戦争なんだよね
戦闘が始まる前、タケル達はミュルーズ平原の北方を流れるアドゥール川の堤防に集結した。
ベルナール公国の土木工事業者をかり出し、堤防に溝を掘る作業を依頼したのだ。
連日の雨模様により、川の水位は上昇して水流は早さを増している。
ある程度の溝を掘ったら、その両側に木の板を設置して水を防ぐ。その状態でタケルは開戦を待っていた。
やがてタタール軍が進軍してきた。
タケルは望遠鏡で状況を観測する。
タタール軍は体勢を整えるとベルナール公国軍に向けて弓矢の攻撃を始める。しばらくして、矢が尽きた頃に騎馬隊が突撃した。
「あーあ、やっぱり傭兵部隊が弱いなあ」
タケルが嘆息混じりに言う。
「お金で雇った兵隊さんは、国よりも自分の命が大切だから危なくなったら逃げちゃうわよねん」
隣のローレンツが眉をひそめた。彼はトルーナン王国の軍服がよく似合っている青年将校という外見だが、中身はドロドロに腐っている。
「お金で雇われたとしても、命令に忠実で命がけで戦う傭兵が多いんだけど、ベルナール公国のギルドはお金に厳しいからね。商売根性で値切って値切って値切りまくるから、そんなに良い兵隊が集まらないんだよ」
そう言ってタケルはもう一度ため息をつく。
「ギルドは商品の選別には長けていても、兵の善し悪しまでは分からないのよねん」
そうしているうちに包囲が狭まり、戦局はベルナールにとって劣悪になる。
「タケル、早くビアンカを助けに行きましょうよ」
「そうだな……彼女が丸裸にさせられる前に行動するか」
タケルが指示すると、作業員は溝の板を外して川の水を平原に流す。
勢いよく流れる水は、瞬く間に溝を削り取り水流を増して堤防を決壊させた。
濁流はタタール軍の後方部隊に襲いかかる。急激に増した水かさに混乱した部隊は、統制を整えようと必死。
タケルは大きな木の箱を流れの近くに持って行かせた。箱の中には木材の切れ端や葉っぱで作った小さな船が詰まっていた。
手袋をした兵に、その箱の中身を流れに放り込むように命じた。
望遠鏡で敵の後方部隊を観察するタケル。
敵は一時の混乱を収束して陣形を再編していた。
そこに騎馬軍団に葉っぱの船や木材の切れ端が流れ着く。兵を乗せた馬たちは錯乱して暴れ出した。
先ほどの漂流物にはマラブンタという軍隊アリが乗っていたのだ。水流を漂う木片から、アリは安全地帯の馬へと登っていく。狂乱状態になった馬は乗り手を振り飛ばし、あらぬ方向へかけだしていった。
「よし、敵は混乱している。突撃だ!」
タケルが命じると、トルーナン軍の二百名は小さな船に乗って、タタール軍を目指す。
その船はタライのように底が平たくて、前面に盾が取り付けてあった。船は、決壊した水流に乗って敵軍に肉薄する。後ろの兵が竿で方向をコントロールして、敵に近づいたとき、一斉に弓矢で攻撃した。
いなないて倒れる馬たち。乗っていた兵は、もんどりうって泥水の中に落下し、泥に足を取られて動きがとれなくなった。
タケルは弓矢で正確無比に、あがいている敵を射る。叫び声をあげて苦しむ馬を見るとタケルの顔が曇った。
「ごめんね、馬さん達。あんたらには恨みはないんだよ。でも、悲しいけれど……これって戦争なんだよね」
心中に葛藤があってもタケルの射撃に容赦はない。次々と敵兵を殺していった。
気を取り直した敵の歩兵が槍で応戦し始める。
矢が尽きたので、タケル達も槍や剣で戦った。泥水の中、動きが鈍くなった敵の方が不利だった。後方部隊は二百名のトルーナン軍に翻弄されていく。
アリサは近くの敵をエクスカリバーで叩き切ると、ジャンプして三メートルほど先の船に飛び移った。そして、同時に襲ってきた敵兵二人を大剣の一振りでなぎ倒す。
さらに敵を求めてアリサは飛んだ。
しばらく優勢だったが、状況の変化にタケルが気づく。
「アリサ! 撤退だ。敵の主力軍が戻ってきた」
彼女の革の鎧は返り血で赤く染まっている。
「分かったわ。撤退よ! すぐに引き返して」
アリサ隊は盾に隠れながら、竿を使って後退していった。
前線から引き返してきたライナーは、部隊の惨状を見て絶句する。
「何をやっているんだ!」
怒鳴りつけるが、後方部隊の隊長達はフラフラだ。
「ライナー司令官閣下。ここは引き返した方がよろしいかと」
副官のディミトリーが事態の深刻さを実感して提言する。
「うーん、仕方がないか……」
しばし悩んだ後に、ライナーは全軍をウガルの丘に引き返すことにした。
後方部隊の損失は騎兵だけで千を超えた。
司令官用テントの中、ライナーの気分はどん底だった。
タタール帝国において、ライナーの王位継承は公文書で決められている。しかし、戦争で大敗を喫してしまえば、それもどうなるか分からない。腹違いの弟であるアルミン王子に継承権が移るかもしれないのだ。
この戦いは負けるわけにはいかない。ライナーにとってもベルナール公国攻略戦は重要なことだった。




