38,騎馬軍団
ライナー王子を司令官とするタタール帝国軍はサインドシャーの城を出て、騎馬を秋雨に濡らしながらベルナール公国に向かって進攻した。
それは騎兵が五千、その他の兵が1万で合計1万5000の大軍である。
タタール帝国軍は騎馬軍団が優秀で、その数は1万を超える。馬は良く訓練されていて、その突撃力は勇猛果敢なガルガント軍さえも恐れるほどだ。
タタール帝国はガルガント大帝国の北にあり、国境を接している。
大軍をベルナールに向ければ本国が手薄になるのだが、今回はガルガントと不可侵条約を結んでいるため後顧の憂いなくベルナール攻略に専念できた。
ガルガント軍は、先日のトルーナン王国の侵攻作戦失敗により兵を消耗しているし、ときおり発生するシルバニア中央国家のゲリラ的反乱に悩まされていたので、タタール帝国に侵攻する進撃する余裕はない。条約はガルガントにとっても有益だったのだ。
*
ベルナール公国、その会議室ではギルド長やビアンカ姫達、それにトルーナン王国のアリサ姫とタケル達が広いテーブルに着席していた。
窓から見える空は曇天模様で、会議室の空気も曇っている。
「たった二百名ですか!」
怒鳴って机を叩いたのはギルド本部長のクロード・タングレーム。
「トルーナン王国は我らベルナール公国を見捨てるおつもりですね」
クロードは大柄で太っているため他人に対して圧迫感を与える。髪は黒いが頭のてっぺんは薄くなっていて、60歳相応の外見をしていた。
「申し訳ありません……。私としては大軍をもって援助しようとしたのですが」
アリサ姫は申し訳なさそうにコクリと頭を下げた。
彼女は1万くらいの兵を引き連れてきたかったのだが、メリッサ姫が反対したのだ。
勝てれば良いが、負けたらどうするのか。タタール軍はベルナールを攻略した後にトルーナンに進撃するのは分かりきったこと。防衛のための兵力を温存する必要がある。そう言われると、反論できないアリサだった。
いくら何でも二百名は少なすぎる。そうタケルも感じていた。もしかしたら、メリッサは戦場においてアリサが死ねば良いと思っているのではないか。そうなると身内にも目を光らせなければならない。
「まあ、仕方がないではありませんか」
フォローしたのはビアンカ姫。
銀髪で小柄だが、胸は大きい方だった。
「先日のモランタン高原の戦いにおいて、ベルナールは一兵も出しておりません。二百名でも援軍してくれたことをありがたく思うべきでしょう。それに勇名をはせるアリサ姫と有能な参謀のタケル殿も来てくれたのですから」
だが、クロードは鼻で笑う。
「我がベルナール公国が敗れれば、次はトルーナンの番ですよ。唇滅びて歯寒し……寒さで風邪を引かないように願っていますからね」
クロードは唇をゆがませて嫌みを言う。
「ところで……」
タケルが口を開く。
「ベルナール公国は毎度の買収工作をしなかったんですか」
ピシリと会議室の空気に見えないヒビが走る。
アリサは隣に座っているタケルの足を踏んだ。余計なことを言うな、という顔でタケルを睨む。
言葉を失っているクロードの代わりにビアンカが苦笑いを浮かべて答えた。
「それは公然の秘密というものなのですが……。ええ、タタール帝国に対しては大きな金額を提示して和平を申し込みました。しかし、無視されたようです。今になっても返答がないので……そういうことかと」
ビアンカの隣のアニエスが小さくうなずく。
「なるほど、なるほど」
タケルは二度、顔を縦に振った。
「タタール帝国は、チマチマと和平交渉をするよりも無敵の騎馬軍団を使い、力尽くで攻略した方が手っ取り早いと思ったんだろうな。つまり、財布からお金を出させるよりも、財布を奪った方が早いということだよね。ア、イテテ」
アリサが足を蹴っていた。
「はあ……そうですね」
ビアンカが力なく答える。
「とにかく、敵が来ることは確定しているのだから、作戦を立てましょう」
アリサが議論を先に進める。どうしようもないことや、過去のことを議題にしても意味がない。
「そうですね」
答えて深呼吸するビアンカ。そうやって気分を変えた。
「敵はミュルーズ平原で戦うつもりでしょう」
そう言って、ギルド本部長のクロードが身を乗り出す。
「騎馬軍団を展開させやすいですからね。だから、こちらは平原の東側にあるウガルの丘で待ち構えたらどうでしょう。敵が平原に出る前に有利な場所に陣取って戦うのです」
どうだ、というようにアリサを見るクロード。
「それはどうかなあ」
タケルが否定的につぶやく。
「タタール軍が素直にウガルの丘を攻めてくれれば良いけれど、丘を大きく迂回してベルナール公国の王都に攻め込むということもある。道は広くて整備してあるので、軍の移動に問題はない」
クロードは目をそらして黙りこむ。
ベルナール公国は商業を主体とした国家だ。行商人のために道路を作り、その整備は怠らない。ローカルなトルーナン王国とは違う。
「敵がミュルーズ平原に来たがっているのなら来させればいいよ。こちらは平原の西側に陣取り、全兵力をもって待ち構えるのが良いと思う」
「それが良いですかね……」
ビアンカが控えめな言葉で同意する。
「戦場を限定できるのなら、作戦も立てやすい。その方が補給線も短いしね」
「分かりました」
そう言ってビアンカがアリサを見る。
「では、アリサ姫は私と一緒に戦ってくれますね」
「ええ、いいわよ。私があのライナーの野郎をぶち殺してやるわ」
鼻息の荒いアリサ。サインドシャーでのことを根に持っている。
「ちょっと待った」
タケルが片手を上げて制した。
「トルーナン隊は別行動にしたいんだけどな」
「何か作戦があるの?」
アリサが聞くとタケルはにやりと笑ってうなずく。
「そう……、じゃあ、ビアンカ、ごめん。サポートできないわ」
「そうですか……」
テーブルの下で握った両手は小さく震えていた。ビアンカは初陣で、大軍を指揮するのは初めてなのだ。副官がサポートしてくれるが、歴戦のアリサがいないとなると不安は隠せない。それにベルナール公国軍のほとんどは傭兵で、その忠誠心は期待できないのだ。
「ビアンカ姫。まあ、大丈夫だって」
タケルが不敵な笑みでビアンカを励ます。
「あの狐顔のライナー君を翻弄して、コーンコーンと鳴かせてやるからさ」
ビアンカは頼もしいと感じて、思わず笑みがこぼれた。




