37、斬空波
アリサ達は厩舎を抜け出して、サインドシャーの城の中に忍び込む。
「タケル、私の親衛隊達はどこにいるの?」
「向こうの端の部屋に、まとめて閉じ込められている。門番が一人いるな」
しばらく廊下を進んで、角で立ち止まる。
「そのソロモンの指輪って便利だわよね」
アリサがタケルの中指にはめられている真鍮の指輪を見た。
「ああ、これがあれば見えないところでも立体的に把握できる。ライナーに取り上げられなかったのは、この価値を知らないからだろうな」
城の中で敵兵と出会わなかったのは、指輪の力で兵の位置を察知できたから。タケル達は発見されないように隠れながら進んできたのだ。
「まず、アルベール達を助けよう」
タケルは廊下の角に立ち、指輪の力で向こうの部屋の様子をうかがう。
「見張りは一人だけだ。その部屋に全員が閉じ込められているな」
「じゃあ、私が行くわ」
アリサは飛び出し、破れたロングドレスをはためかせて見張りの男に襲いかかる。男が剣を抜く前に腹を蹴り、ひるんだ隙に剣を抜き取った。
「命が惜しかったらドアを開けなさい」
首元に剣を当てて恫喝する。
その男は30代くらいの真面目そうな顔をしていた。
「お前らは何者だ」
ぶっきらぼうに言い捨てる男。
「私たちはトルーナン王国の使節団よん」
そう言ってローレンツが男の体を触りまくる。
「この人、鍵を持っていないわよん」
アリサが剣の平をピタリと男の喉に当てた。
「鍵を出しなさい。さもないと首を切るわよ」
「俺は知らんな」
平然と答える。
「殺すわよ。ほんとに首を切り落とすけどいいの?」
「勝手にしろ。俺は栄光あるタタール帝国の兵士だ。命よりも名誉を重んじる。殺したければ、さっさと殺せばいい」
横目でアリサを見る視線は、本気だという光を放っていた。
困惑して、アリサが持っている剣先が震える。丸腰の相手を殺すことは騎士道精神の強い彼女には無理なこと。
「そう、じゃあ、仕方がないよね」
タケルが男の前に立つ。
「ねえ、勇気ある兵隊さん。この人を知っているかな」
タケルがローレンツを指さす。男の表情に大きな変化が起きた。
「お前はド変態のローレンツか……」
「そう、その通り。これから兵隊さんのことを可愛がってもらうけどいいかなあ」
男の顔面に冷や汗が流れ、小刻みに震え出す。
「まず、兵隊さんを全裸にする。それから、赤いスケスケのブラジャーを装着させ、その後に紫色の紐パンティをはかせる。仕上げは頭の上に白いパンツかぶせて終了だ。準備ができたらローレンツがあんたのことを思いきり陵辱する。ああ、なんていやらしいんだ。村に住んでいるあんたの家族が知ったら、さぞ嘆くだろうなあ……。少しばかりの名誉なんて、吹っ飛んじゃうよね」
タケルは天井を見上げて、わざとらしく首を振った。
「じゃあ、ねっとりとサービスしちゃおうかしら。私も有名になっちゃったわよねん」
ローレンツが腰を振りながら、両手をいやらしく男の方に延ばす。
「分かった! 分かったから、この変態をどこかにやってくれー!」
男の心の壁が壊れた。
鍵は柱の隙間に隠してあったので、それを取り出してドアを開けた。
「ああ、アリサ姫。ご無事で」
監禁されていた副官のアルベールが進み出て頭を下げる。
「ええ、とにかく今は逃げること考えましょう」
アリサは十数名の親衛隊を連れて、武器庫に向かった。
門番は二人いたが、アルベールと部下が襲って床に沈める。
武器庫の中には多くの剣などが収納されていた。
「あの、奥にあるのがエクスカリバーだ」
タケルが指さす方向に走り寄り、アリサは木箱から聖剣を取り出す。
「ああ、取り戻すことができて良かった」
大剣を胸に抱いて安堵のため息。
親衛隊達も武器を装着した。
「こんなものだったかな……」
タケルが本くらいの大きさの木箱を手に取った。
「さあ、タケル。さっさと逃げましょう。案内して」
「ああ、そうだな」
タケルは木箱を持って部屋の外に出る。
敵兵の位置を把握できるタケルが先導して、皆は外に停めてあった馬車に向かう。
「逃げたぞー! トルーナンのアリサ姫が脱走したあ!」
馬車に飛び乗って、準備ができた時に敵兵の大声が響く。
「よし、出発だ」
アルベールが手綱を取り、馬車を門に向かって走らせる。
止めようと門番が立ちはだかる。しかし、タケルの正確無比な弓矢によって倒された。
城から飛び出して山道を突進していると、後ろから追っ手が来た。それは20騎ほどの騎馬隊。
馬車と騎馬隊ではスピードが違う。みるみる距離を縮めてきた。
「タケル、弓で攻撃してよ」
アリサが言うが、彼は首を振る。
「でこぼこの山道じゃあ、いくら何でも正確な射撃は無理だ。それよりもアリサの奥の手を使おう」
「奥の手?」
「裸身活殺剣……じゃなかった。エクスカリバーの斬空波で攻撃するんだ」
アリサの顔が曇る。
「あれを使うの?……」
「今は考えている暇はない。やってくれ」
アリサは大きいため息をついてから、小さくうなずく。
鞘から剣を抜き、アリサは馬車の屋根に登る。後からタケルも続いて、アリサの後ろにしゃがんだ。
剣を高くかざし、アリサが目をつむって集中する。
「斬空波!」
かけ声とともに剣を鋭く振り下ろすと、つむじ風が回り彼女の白いロングドレスを腰の上まで舞いあげて大きな花を開かせた。
剣から飛び出した衝撃波はゆがんだ空気の刃となって騎馬軍団に襲いかかる。彼らの前に大きな打撃音がして数頭の騎馬が吹き飛んだ。
「ああ……」
アリサがよろけて座り込む。それを落ちないようにタケルが抱きしめてローレンツと一緒に馬車の中に入れた。
「一回使うと気力と体力を消耗するなんて、神様はどういう設定をしたのよ」
浅い呼吸を繰り返しながら、座席に横になっているアリサが文句を言う。
「まだ追いかけてきます!」
後ろを振り返ったアルベールが告げた。
タケルが見ると、まだ10騎くらいが追跡してきている。
「さすが、北の一万騎と呼ばれるタタール帝国だ。馬に乗ったら怖い物知らずだな」
「このままでは追いつかれてしまいますよ」
アルベールに忠告され、少し考えてからタケルが言った。
「馬車を止めてください。決着を付けましょう」
「そうですね……分かりました」
アルベールは馬車を停止させて、親衛隊達を集めて壁を作った。
「ここは私たちに任せて、タケル殿はアリサ姫を連れて逃げてください」
「いや、その必要はないかな……」
タケルが城から拝借してきた木箱を持ってアルベール達の前に出る。
すぐに騎馬隊がやって来た。
「トルーナンのやつらだな。悪いがライナー司令官閣下の指示なので殺させてもらう」
隊長らしき男が馬上で槍を構えた。
「まあ、ちょっと待ってよ。これが何か分かるかなあ」
タケルが木箱を頭上に掲げる。
「何だ、それは」
「まあ、騎馬隊の隊長さんでも見るのは初めてだよねえ。これはライナー司令官閣下様の大切な大切な曲刀ハルパー様であるぞ」
隊長の顔がこわばった。
「これを返して欲しかったら馬から下りろ」
騎馬隊の面々は迷って互いに視線を交わす。
「そんなわけがない。それは常にライナー様の寝室にあるのだ。簡単に盗めるはずがないぞ」
ああ、そうか、ライナーは寝室でハルパーと寝起きをともにしているのか。タケルは了解してハッタリを続ける。
「この指輪を知っているか」
左手を上げて指輪を光らせた。
「知っていると思うが、これはソロモンの指輪といって見えないところでも把握できる能力を持っている。護衛の目をかいくぐって寝室に入るのは簡単だったぜ。やろうと思えば眠っているライナー君のチンコに落書きもできる。まさか、忍び込んでくる人間がいると思っていなかったんだろうな。ハルパーの保管は適当だったぜ」
勝ち誇った表情を作って隊長を見るタケル。
「だ、だったら、中を見せてみろ」
困惑している隊長は聖剣を確認しようとする。
「いやだね」
タケルは木箱を力一杯、森の奥に放り投げた。
「あっ」
動揺した隊長は目線で木箱を追いかける。
「さあ、ハルパー様を拾ってきなよ。茂みの奥だから馬から下りていくしかないよね」
隊長は馬上から動かず、タケルをにらみつけていた。
「う、嘘だ……ハッタリだ。嘘に決まっている」
「じゃあ、本物だったらどうすんの? 俺たちを逃がしても叱責されるだけだよね。でも、ハルパーをなくしたとなったら処刑されるでしょ。どちらが得か良く考えてみよう」
そう言うとタケルは馬車の方に歩いて行った。
「待て!」
怒鳴ったが、隊長は迷って動けない。追跡すれば箱の位置が分からなくなってしまうからだ。タケル達はさっさと馬車で逃げていった。
仕方なく、隊長は全員で茂みを探し始める。
日が暮れて暗くなった頃に、ようやく木箱を発見。開けてみると先に輪っかが作られた長い紐が入っているだけだった。
*
「ああ、イテテ……」
目が覚めた牢屋の門番は腹を押さえた。
「あの姫のやつ、思い切り腹を蹴りやがって……」
痛む腹を押さえて立ち上がる。戸を開けようとしたが、鍵が閉められていた。
「おーい! 誰かあ、いないかあ!」
大声で叫ぶが、広い馬小屋なので外には届かない。
「やれやれ……」
戸をガタガタと揺するが、頑丈でびくともしない。
しばらくすると背後から気配がした。それはビッグ・ボブだった。
「おお、ボブ。生きていたか。お前の力でこの戸をなんとかできないか」
ボブが壊すことができないような戸だから牢屋としての意味がある。それを知っているが、念のために聞いてみたのだ。
「ああ、もう我慢できねえ」
ボブはギラつかせた目で門番に近寄る。
「な、何だよ、ボブ。あっち行けよ」
恐怖を感じた門番はゆっくり横に移動する。
「溜まっちまって我慢できねえんだよお。もう、この際は男でもいいや……」
ニタリと笑って門番につかみかかった。
「ギャー!」
門番の叫び声が馬小屋に響き渡り、興奮した馬たちが大きな鳴き声を上げた。




