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35,タタール帝国

 アリサ達はベルナール公国に一泊した後、ビアンカに見送られてタタール帝国に向かう。

 タタール帝国の王都は中央から少し東側にあるので、馬車を使っても1ヶ月かかる。だが、今回の目的地は西の端にあるサインドシャーの城だ。ベルナールの国境を越えれば、3日くらいで到着する。そこにライナー王子が滞在していた。


 ベルナール公国からサインドシャーの城までの道は舗装されており、馬車の乗り心地は良い。ベルナールの行商人が通行しやすいようにギルドが整備しているのだ。


 タケルは馬車の窓枠に肘をついて、流れゆく景色をボンヤリと眺めていた。

「しかし、どうしてタタールはサインドシャーに支城を作ったんだろう?」

 タケルのつぶやきを聞いて、水筒の水を飲んでいたアリサは首をかしげる。

「何で? 何か問題でもあるの?」

「あそこに城を作っても戦略的に意味がないんだよね。あくまでも仮想敵はガルガントなんだから、そっちの国境付近に建てればいいのに」

「ふーん……まあ、いろいろあるんじゃないの」

 アリサは興味なさそうに、また水筒の水を一口飲んだ。


  *


 アリサ達の一行はサインドシャーの城に到着した。

 支城とは思えないくらいレンガ造りのしっかりとした建物で、その横には大きな厩舎があり、馬のいななきが聞こえてきた。


 門番に用件を伝え、塀の中に入る。

 城の中庭で剣の練習をしていた兵士達が動きを止めてアリサの方に注目する。

「なんか、嫌な雰囲気ね」

 アリサが眉をひそめた。

 城の入り口に馬車を停めると、帯剣している数人の兵が取り囲む。

「ようこそ、いらっしゃいませ。客間にご案内いたします、アリサ姫」

 武装している兵が頭を下げた。


 アリサとタケル、それに、ローレンツと副官のアルベールは、客間で着替え始める。まずはライナー王子に挨拶しなければならない。そして、明日から同盟締結の説得をしなければならないのだ。

 アリサの近衛兵達は別室で待機している。


 白いロングドレスに着替えると、アリサ達は謁見の間に向かう。

 アルベール副官は軍服で、タケルとローレンツは黒の儀礼服だ。

 城の警備兵に案内されて、重そうな両開きのドアの前に立つ。二人の兵がドアをゆっくりと開けた。

 広い部屋には赤い絨毯が敷かれ、正面の上座には、長い銀髪で切れ長の細い目のライナー・フォン・クールバッハが足を組んで鎮座していた。

 アリサ達は絨毯を踏んで部屋の中央に進む。

「お久しぶりでございます、ライナー王子」

 片膝をついたアリサが口上を述べ始めると、ライナーは片手を振って制した。

「よいよい、士官養成学校の同級生なのだから、堅苦しい挨拶はしなくてよい」

 ライナーの笑顔を見てホッとしたアリサは立ち上った。そして、辺りを見回す。

 部屋の両側には剣を帯びた兵が並んでいた。

「あの、アルミン王子はどうしたのでしょうか?」

 謝罪する相手がいないというのも変な話だと感じ、いぶかしげに質問した。

「ああ、アルミンか……あいつは王都に帰っている」

「そうでしたか……先日の無礼を謝りたかったのですが」

「別にいいよ。アルミンは父上がメイドに手を出して生まれた子供。王の継承権もない」

 ライナーは口を結び不愉快そうに言う。

「そう……ですか」

 アリサは、自分の弟を悪く言うライナーに不快感を覚え、さらに彼の回りの空気が灰色によどんできたことを感じて身を堅くした。

「始めからアルミンは捨て駒だったのさ。スパイくらいには役に立つかと思ったが、そこのド変態に襲われたくらいで逃げ帰ってくるとはな」

 鼻で笑うライナー。

「ご冗談……ですよね。では、私たちはこれで下がらせてもらいます。明日からは同盟締結のことで話し合いたい存じます」

 不穏な空気を察知して、アリサはこの部屋から脱出しようとした。

「いや、その必要はない。もともと同盟などはする気がなかったのさ。婚姻が成立したらアルミンを捨て石にして、油断しているトルーナン王国に攻め込む手はずだったんだよ」

 アリサは言葉を継ぐことができない。

「この城もトルーナン王国攻略の足がかりとして作ったのさ」

 周りの兵が剣を抜き、アリサ達を囲う。謁見の間には武器の携帯を許されていない。4人は丸腰だった。

「この卑怯者!」

 アリサが非難すると、ライナーは笑って返した。

「兵科の授業の時、どんな卑怯な手を使っても戦争に勝てればそれで良い、勝った方が正義なんだと、そこにいるタケルが言っていたよなあ」

「ああ、確かに言った……」

 タケルが低い声で答えた。

「お前のことは学校でも憎たらしく思っていたのだが、その言葉だけは共感したよ」

 そう言ってライナーはフフフと笑う。

「ああ、そうかい……それで俺たちをどうするつもりだ」

「男は殺す。アリサは、そうだなあ……俺の側室になるというのなら命を助けてやっても良いぞ」

 ライナーは嫌らしくアリサの体を視線でなめ回す。

「殺しなさいよ! 私を生かしておいたら、どんなことをしても狐顔のあんたをぶっ殺してやるわ」

 ライナーは仕方ないな、というように顔を振る。

「まあ、お前はそういった人間だよな。殺すしかないか……」

「待て待て、そんなに急ぐなよ」

「ん? なんだタケル。命乞いか?」

「俺たちを殺すよりも、生かしておいて人質として利用したほうが良いだろう」

 タケルを見て、首を横に振るライナー。

「んー、まあそれも考えたが、私には無敵の騎馬軍団がある。面倒な交渉よりも力でねじ伏せたほうが手っ取り早い。特に、お前は必ず殺すことに決めている」

 そう言うと、兵に合図をした。4人を捕縛しようと兵達が囲みを狭める。

「ちょっと待ってーん」

 ローレンツがライナーの前に進み出る。近衛兵が剣で制止した。

「ライナーちゃーん。あんたは溜まりすぎてギスギスしているのよん。あたしが慰めてあげるから、私達を許してよん」

 両手を胸の前で組み、体をフルフルさせているローレンツを見てライナーが発火した。

「うるさい! このド変態野郎。お前こそは絶対に殺そうと思っていたんだ」

 ライナーは横に置いてあった箱から、草刈り鎌のような物を取り出した。

「これは私に送られた、聖なるギフトの曲刀ハルパーだ」

 三日月型の鞘から抜くと、三日月型のハルパーが光る。それはガラスのように透明な刃をしていた。

「このハルパーで切れない物はギフトくらいだ。これでお前のイチモツをちょん切ってやろうか」

「いやーん。やっぱりー!」

 ローレンツは股間を両手で押さえて身もだえる。

 ライナーは深呼吸して気を落ち着かせた。

「お前の汚い物を切ったら、このハルパーが汚れる。お前達は特別な趣向で殺すことにしたよ」

 彼は細い目をさらに細くしてタケル達を見た。

「私の親衛隊達はどうしたのよ」

 アリサが聞くと、ライナーはハルパーを鞘にしまう。

「あいつらは部屋に閉じ込めてある。聖剣エクスカリバーは頂いた」

 エクスカリバーはいつも近くに置いてある。戦争でなくてもアリサは聖剣と一緒にいた。

「曲刀ハルパーとエクスカリバー。この両方を持つということは大陸の覇王になることだ。ああ、私にふさわしいギフトが二つも手に入ったのだあ」

「この、こそ泥野郎」

 満足げな表情のライナーに毒舌を浴びせるアリサ。

 冷や水を浴びせられてライナーの顔がゆがんだ。

「さあ、ショータイムだ。アリサとタケル、それにローレンツは特別な貴賓室に連れて行け」

 副官のアルベールは後ろ手に縛られ、アリサ達3人は剣で脅されながら部屋を出た。


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