34,ベルナール公国
やっと連載が始まりました。
皆さん、お待たせしました。(もう、誰も待っていないか)
小説は私のライフワーク。私の人生。
これからも執筆を続けていくつもりです。
もうすぐ8月が過ぎる。
荷馬車を含む3台の馬車とアリサの近衛隊の十数騎は、昼過ぎの熱気がこもる森の中をタタール帝国に向けて進んでいた。
まだ暑い気候だが、秋を感じさせる微風が時折流れてきて、一行の体を冷やした。
4人乗りの馬車の中、アリサがため息をつく。
「あー、タタールに行ったら何を言われるやら……」
軽装のアリサは、対面に座っているタケルをチラリと見た。
「謝罪する相手は第一王子のライナー・フォン・クールバッハだ。シルバニアの士官養成学校では同級生だったから、知らない人間じゃない。なんとかなるだろ」
そう言ってニコリと笑うタケル。
「あんたはいつも脳天気ね。でも、あまり彼とは話したことはないのよねえ……」
アリサは細い目のライナーを思い出す。
その王子は気位が高く、いつも威張りくさっているという印象だった。そのため、アリサ達とは親交がない。
「まあ、こじれるようだったら私がアルミンちゃんとライナーちゃんを慰めてあげるわん」
そう言ってローレンツは両手を胸の上で組んで目に星を輝かせる。
彼はアリサの相談役という立場で、やけに軍服がよく似合っているガチホモだった。
「あんたが一番の悪者なんだから、責任を取らされるかもよ」
婚姻破談の依頼者はアリサなのだが、それは棚の上に放り投げてローレンツを上目遣いで睨む。
「ああーん、私ったらどうなっちゃうのかしらん」
両手で頬を押さえて引き締まった体を揺するローレンツ。
「もしかしたら、チンコをちょん切られたりして……」
嫌らしく微笑むアリサ。
「ああーん、それは困っちゃうわん。そうなったら受け専門になっちゃうじゃないのん」
泣きそうな顔になるホモ。
タケルとアリサは大きなため息をついた。
アリサ達一行はアルミン王子に対する無礼の件を謝罪するため、大陸の北にあるタタール帝国に向かう途中だった。
婚約するためにやってきたアルミン王子が自国に逃げ帰ったので婚姻は破断した。しかし、タタール帝国との同盟を結びたいトルーナン王国は、なんとか向こうの機嫌を取って同盟関係を確立したいと考えていたのだ。
御前会議において、メリッサ姫が激怒してアリサの責任を追及したので、アリサとタケルは使者としてタタール帝国に行き、トルーナン王国との同盟締結の任を負わされることになった。
「ライナー王子は顔見知りだ。いくら何でも俺たちを殺すということはないだろう……」
タケルは楽観論を言ったのであり、彼の心中では不安が消えない。
タタール帝国は、大陸の北に位置する大国。
昔は、遊牧民が集落を作っていて、常に集落同士で争っていた。あるとき、英雄が現れてすべての集落を統合し、自らを皇帝とするタタール帝国を建国したのだ。王族のクールバッハは、その末裔である。
馬を操る遊牧民であるため騎馬隊が優秀であり、その潜在能力は北の一万騎と呼ばれて恐れられていた。
*
アリサ達はベルナール公国に入った。
シルバニア中央国家はガルガント帝国の支配下にあるので通行することはできない。そのため、遠回りして南西の公国を通るしかないのだ。
ベルナール公国に関所などは存在しない。公国は自由貿易を旨としているので、通行は自由。アリサ達は王宮に向かう。
トルーナン王国の様に城塞都市ではなく、木の柵で囲まれているだけの王宮だった。そこはレンガ造りの二階建てだが、防御の設備はない。
王宮の玄関に馬車を着けると王女のビアンカと、その姉のアニエスが迎えに出ていた。
「ビアンカ! 久しぶり」
アリサが馬車から飛び出して彼女の手を握る。
「アリサ、お久しぶりです」
ビアンカが笑顔で手を握り返すと彼女の銀髪が揺れた。
「長旅でお疲れでしょう。部屋を用意しておりますので、まずはゆっくりとして下さい」
隣のアニエスも笑顔で言う。
アニエスは小柄なビアンカよりも少し背が高い。優しい顔に似合わず有能で、病気がちな父親に変わって彼女が国の執政を担当していた。
客間に通されると、長いテーブルの端に60歳くらいの太った男が座っていた。
その男は、立ち上がって頭を下げた。髪は黒く、頭頂部は薄くなっている。
「初めまして。わたくしはギルド本部長のクロード・ダングレームと申します。アリサ姫におかれましては、ご機嫌麗しゅう……」
アリサは苦笑いで手を振った。
「ああ、いいですよ。かしこまった挨拶は。今回はタタール帝国に行く途中でビアンカに挨拶するために寄っただけですから」
「そうですか……」
クロードは上半身を上げ、無表情な顔で一礼すると部屋を出て行った。
「すみませんね、無愛想な人間で……」
曇った顔のビアンカがアリサにあやまる。
アニエスが説明を始めた。
「知っての通り、この公国は王族よりもギルドの力が強いのです。もともと、商業ギルドを中心とした商業国家で、他国に対応するため便宜的に作られた法人的な国家と王族なのです」
テーブルの片方にビアンカとアニエス。対面にアリサとタケル、それにローレンツと副官のアルベールが座った。
メイドが各自の前にティーカップを置く。
「先日は申し訳ありませんでした」
ビアンカがすまなそうな顔で言うので、アリサは持ち上げたカップを停止させた。
「え? 何かしら……」
「モランタン高原の会戦に参加できなくて心苦しく思っていたのですよ」
「ああ、仕方がないわよ。この国ではビアンカ姫に決定権はないのでしょ」
そう言ってアリサはカップを皿に乗せる。
「ギルドに対して参戦を要求したのですが、許可してくれなかったのです」
「まあ、仕方がないさ」
タケルが明るく言う。
「ベルナール公国の軍隊は傭兵が主体だ。もし、参戦していたとしても指揮を執るビアンカ姫は苦労するだろう」
「はい……」
ビアンカが小さくうなずいた。
隣のアニエスは、チラリと横目でビアンカを見てから言う。
「この国は商売人が幅を効かせていて、ギルドの発言力が大きいのです。商売人は争いごとが嫌いで、戦争などはお金で解決すれば良いと思っているのですよ」
「そうですか……」
タケルは小さく息を吐いて続ける。
「でも、すべてがお金で解決できるとは限らない。国家でも人生でも戦うべきに戦わないと未来はなくなってしまう。常に戦争をお金で回避しようとしていると、都合の良い財布扱いにされてしまいますよ。……あ、イテテ」
アリサがタケルの足を踏んで睨む。目線が「言い過ぎよ」と注意していた。
「財布扱いですか……その通りかもしれませんね」
そう言ってビアンカが苦い笑いを浮かべた。




