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32,政略結婚

 盗泉の争奪戦から二週間が過ぎた。

 大陸の端にあるトルーナン王国は、高い山に囲まれた盆地にあるので、夏の熱気が蓄積して国民に汗を流される。


 ガルガント軍を撤退させた功績でアリサは勲章を授与された。

 王女は何も功績を挙げなくても勲章を与えられる慣習になっていたが、アリサの場合は実績を伴っての受賞である。

 それについては古参のピエール将軍も彼女の実力を認めざるを得ない。


 参謀のタケルは主席参謀に昇格した。

 と言っても、アリサに参謀は一人しかないので特に変化はない。しかし、昇格したことにより副官と同等の発言力を持つこととなった。


 シルバニア国に送ってある間諜スパイからは目立った報告はない。

 撤退したバウンティ軍はシルバニアに駐留し、将軍のバウンティは戦況報告のために自国に帰還している。

 今のところ、トルーナン王国に進攻する気配はなかった。


 アリサはのんびりと夏を過ごしていた。

 戦いによる死傷者の家族に対する保証手続きは、副官のアルベールや文官が処理している。

 毎日、彼女は剣の鍛錬をやり、空いた時間は王宮内のプールで水遊びなどをやっていた。

 暑さのせいで空気さえも伸びきって、だらけた雰囲気。アリサは怠惰を満喫していた。


 だが、それもつかの間だった……。

 大陸の北に覇権を広げているタタール帝国から同盟の要求と、それに伴う婚姻の申し出が来たのだ。


  *


 緊急の御前会議。

 出席者には、暑さのせいだけでない重苦しい雰囲気が漂う。

 窓のない会議室は熱気がこもるので、王宮の使用人が大きなウチワであおいでいた。


「考えるまでもありません。タタールとの同盟を結ぶべきですわ」

 第二王女のメリッサが強い口調で発言した。

「タタール帝国はシルバニアとガルガント国の北にまたがっている大国です。同盟すればガルガント国もタタールに牽制されて、トルーナン王国に攻め込むことができなくなるでしょう」

 そばかす顔で正論を言う。

「しかしなあ……」

 クリストファー王が困った顔で横に座っているシュバーセンを見るが、彼は口を結んで黙り込む。

 第一王女のクリステルが口を開いた。

「同盟に関しては受けても構わないと思いますが、婚姻に関してはどうしたものでしょう……」

 そう言って彼女はアリサを横目で見る。

 アリサはうつむいて何も言えずにいた。タタール帝国からの申し出は、帝国の第三王子であるアルミン・フォン・クールバッハとアリサとの結婚だったのだ。


 タケルはアリサの後ろに立ち、彼女が小さなため息を何度も吐き出しているのを見ていた。

「何を言っているのですか、クリステルお姉様」

 メリッサが口を尖らす。

「国のために身を捧げるのが王族としての使命。アリサは喜んで王子と結婚するべきでしょう。同盟はするけれど婚姻は断るというのであれば、本気で同盟を結ぶ気がないとタタールから思われてしまいます」

 腕組みをして沈黙を守っていたピエール将軍が大きくうなずいた。

 勝ち誇った顔のメリッサ。

 それを見てタケルは、ああ、このそばかす王女はアリサをいじめたくてしょうがないんだな、と思う。


 アリサの周りには暗いオーラが漂っていた。

 それを見かねてクリステルが言った。

「アリサが嫌ならば、わたくしが結婚するということでも……」

「それはダメですわ!」

 メリッサが言葉に割り込む。

「クリステルお姉様は第一継承者です。その夫となるということは、次の国王になるということ。それでは、タタール帝国にトルーナン王国が乗っ取られたと同じではありませんか」

 メリッサの鼻息が荒い。

 彼女のいうことは正しいので、誰も反論できないでいる。

 アリサが振り向いてタケルをチラリと見るが、タケルは目をそらす。

 戦争については得意だが、政略結婚などの宮廷内政治に関しては畑違いだった。


「結婚といっても、相手は10歳の子供でしょう? 特に夫婦生活をすることもなく別々の部屋で過ごして、時々はオママゴトをやって真似事の結婚生活を取り繕えばよろしいのよ」

 そう言って、そばかす顔をにやつかせる。

 アリサは大きくため息をつく。

「お父様。ご指示を」

 メリッサの催促に、クリストファー王もため息をついてからアリサに言った。

「では……国のために結婚してくれるか?」

「……はい、かしこまりました。お父様」

 気力を奮い起こしてアリサが返事をした。王女として、そのように答えるしかない彼女だった。


  *


「あー、もう、イヤー!」

 イスに座ったままで手足をばたつかせるアリサ。

 アリサ姫専用の応接室。

 タケルやマリア、それにローレンツは気の毒そうに彼女を見る。

「何で私が年端もいかない男の子と結婚しなければならないのよー!」

 そう言ってテーブルをドンと叩くと、皆の前にあるティーカップがカチャリと音を立てた。

「かわいそうなアリサちゃん」

 ローレンツが慰めて、引き締まった体をクネクネと揺らす。

「代わりに私が結婚してあげたいわ」

 胸の前に手を組んで少し頭を傾けるローレンツ。

「それは無理だろ!」

 全員が突っ込んだ。

 そして、男同士は結婚できねえんだよ、と皆が心の中で突っ込む。

 戦争では軍服がやけに似合うローレンツだが、彼はホモで、その守備範囲は子供から中年男性までと無節操に広い。


「メリッサ得意の意地悪だったな」

 そう言ってタケルがティーカップを持ち上げた。

「どうして、実の妹に嫌がらせをするのでしょう」

 マリアが目を曇らせる。

「分からないが……昔からそうだった。母親が違うので何かとあるんだろうな……」

 首を振ってタケルが紅茶を飲む。


「メリッサというと、変な噂があるんですよ」

「変な噂?」

 タケルがカップを皿に置く。

「ええ、先日の盗泉の戦いで、トルーナン城に続く秘密の通路をガルガント軍に教えたという話です……」

「まさか」

 タケルは首を強く振った。

「いくらなんでも、自分の国を売ることはしないだろう」

「あくまでも噂ですけどね」

 そう言うマリアは真剣な目線でタケルを捕らえる。

 タケルは腕組みをして考え込んだ。

 あの、そばかす王女ならやりかねない……。トルーナン王国を自分のものにするため、策謀を巡らすこともあるかも……。

 獅子身中の虫。味方の中に敵が存在するとして、それに対して何らかの対応策を考えておかなければならないとタケルは思った。


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