30、盗泉の攻防
ガルガント軍の死傷者は三千人ほどだった。
盗泉を守備するアリサ軍は1万で、それに対してガルガント軍は3万を超える。
平地なら圧倒的に有利な状況であるが、うっそうとした森の戦いで、しかも下から防護柵を攻略するという作戦では人数によるスケールメリットを生かすことが難しい。
バウンティは夜明け過ぎまで兵を休息させた後、日が高くなる前に包囲陣形を整えさせた。
「もう少し兵達を休ませた方が良いのでは?」
副官のマンフレートがバウンティに進言した。
マンフレートは、いつもはキチッと髪を整えているのだが、戦いが続いているので今はボサボサになっている。
「そうしたいところではあるのだがな……」
つぶやくように答えて口を結ぶとバウンティ将軍の角張った顔が、さらに矩形状態になる。
彼が心配しているのは水不足だった。
昼になって気温が上昇すると、それだけ汗が流れる。少ない飲料で激しい戦いになれば脱水症状で倒れる兵も出るだろう。涼しいうちに戦いを仕掛けるのが得策だというバウンティの判断なのだ。
全軍に少量の水を飲ませた後、バウンティは剣を抜いて坂の上の防護柵を指し示した。
「進め! あの柵の中には泉がある。中に入れば水が飲み放題だぞ!」
乾いた体に気力を奮い立たせて、ガルガント軍はゆっくりと柵に歩み寄っていく。
弓矢の射程距離まで近づくと柵から雨のように矢が振ってきた。
木の盾で矢を防ぎながら、こちらも矢を放つ。
トルーナン軍と違ってガルガント軍には歴戦の兵がそろっている。ジリジリと距離を詰め、やがて前衛部隊が柵に到達した。
弓矢の応酬から槍部隊の戦いへと移り変わる。
しばらくすると、ガルガント軍が優勢となり柵が引き倒された。
「突入せよ!」
バウンティの檄が飛ぶ。
ガルガントの兵は大声を上げながら壊された柵の中に突撃した。
柵の内側に入った前衛部隊に続いて、バウンティ率いる近衛兵達も中に侵入する。
三重の柵の二つを壊したので、残りは最後の防護柵のみ。トルーナン軍は最後の砦に駆け込んだ。
一方、タケル達は最終防護柵の外側にある、小さな洞窟に潜んでいた。
「もう、そろそろ行かなきゃ」
そわそわとアリサがタケルに催促する。
柵を壊したガルガント軍が、隠れている洞窟を通り過ぎて最終防衛戦を攻撃しようとしている。そこが突破されて泉を占拠されたら最後だ。文字通り、水を得た魚のようにガルガント軍は息を吹き返してトルーナン城に進撃するだろう。
「ああ、そうだな。このソロモンの指輪の探知能力によると、バウンティは最後の柵に近づいている。待つのはこれくらいが限度だな」
集中して状況認識をしていたタケルが目を開く。
「じゃあ、行くわよ」
「ああ」
タケルが答えると同時にアリサが洞窟から飛び出す。それに親衛隊の百名が続いた。
ソロモンの指輪はタケルに与えられたギフト。
それは半径百メートル以内の状態を立体的に把握することができる。分かりやすく言うと、小さな箱庭をあらゆる角度から見て全体をくまなく認識するようなもの。
いきなり後ろから現れたアリサ隊に驚いて、バウンティの近衛兵は陣形が乱れた。
「バウンティ! 覚悟しなさい」
1万の兵の総帥でありながら奇襲隊の先頭になってバウンティの陣営に飛び込むアリサ。
その陣営は乱戦となり、全軍の指揮命令系統が止まってしまう。
アリサは大剣エクスカリバーを振り回し、敵の近衛兵を切り倒していった。
「バウンティ!」
アリサは将軍を見つけて挑みかかると副官のマンフレートが剣を構えて立ちはだかる。
「邪魔よ!」
エクスカリバーでなぎ払う。副官は折れた剣を放り投げて横に吹っ飛んだ。
「覚悟しなさい、バウンティ!」
大上段から大剣を振り下ろす。鈍い金属音。バウンティは剣で受け止めていた。
「アリサ……」
衝撃の強さにうめいてバウンティは体勢を整える。
一歩下がってアリサは横から切りつけた。
ガキーン!
直撃したがエクスカリバーでも聖なる鎧、ネミアを傷つけることはできなかった。
後ろによろめいて尻餅をつくバウンティ。
「大丈夫ですか、バウンティ将軍」
近衛兵達が駆け寄って来て、アリサと彼の間に割り込む。
「ああーん、もう! 邪魔、邪魔!」
なんとかアリサはバウンティに近づこうとするが、敵の近衛兵は優秀な剣士揃いであった。
「アリサ! もう限界だ。引くぞ」
タケルが彼女を呼ぶ。
舌打ちをしてアリサは柵に向かって走って行った。
アリサの奇襲隊が柵の手前に到着。
柵の扉を開いてもらおうと思ったとき、後ろから近衛兵の一団が迫ってきていることに気がついた。
「やれやれ、敵の意表を突けば、一時的に引き下がると思っていたが……ガルガント軍は勇敢で優れているな」
近づいてくる敵を見てタケルがぼやく。
ガルガントの近衛兵は指揮官の命令がなくても戦況全体を俯瞰して独自に判断し、行動することができた。
「どうすればいい? タケル」
「うーん……」
タケルが考え込む。
アリサ達が中に入れば敵もどさくさに紛れて侵入するだろう。といって、柵の手前に留まれば敵が集まってきて袋だたきにされるのは分かりきったこと。
「仕方がない。中に入ろう」
「いいの?」
アリサがタケルの顔を見て確認した。
「ああ、俺に考えがある。とにかく扉を開けさせるんだ」
「分かったわ……」
アリサは柵を守備している副官に向かって叫ぶ。
「扉を開けなさい! 私たちを中に入れて!」
すると、ゆっくり木の扉が開き、アリサ達は中に駆け込む。
続いて百人ほどの近衛兵も乱入してきた。
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