3,山賊
タケルとアリサ、それにベアトリスは士官学校から少し離れた国立図書館に着いた。
夜だというのに図書館は開いていて、2階の館長室に行くと、シュバーセン校長が大きなデスクで執務中だった。
「今晩は、校長先生」
気さくな言い方でタケルが笑いかけると、シュバーセンもニコリと笑って答えた。
「やあ、タケル。……姫も一緒で、どうしたんじゃ」
昔話に出てくる魔法使いのような、白いひげだらけの老人だった。
シュバーセンは士官学校の校長だが、元々はシルバニア中央国家の国立図書館の館長であった。
その図書館には、大陸の歴史や文化、科学などのすべての資料が蔵置されている。大陸全体のアーカイブと言ってもよい。
タケルが事の次第を話すと、校長は長いひげをさすって言った。
「それは磁石で釣り上げるしかないじゃろうなあ」
「じしゃく? 磁石とは?」
タケルが聞くと、シュバーセンは本棚から古い本を取り出す。
「この書物によると、鉄を引き付けることができる石があるという」
その本をアリサが覗き込むと挿絵があって、それは石炭のような黒い石の絵だった。
「鉄をくっつけるとか、そんな物があるの?」
「あるはずじゃ」
「どこにあるんですか」
タケルの言葉に老人の顔がゆがんだ。
「ここから数キロ先の洞くつにあるんじゃが……」
「そのサンプルとかないんですか」
タケルが聞くと老人は首を横に振る。
「その洞くつは山賊の住処になっていてなあ。それに奥は崩れやすくて危険なのだ」
ため息をつく老人。
「一度、討伐隊が中に入っていったんじゃが……返り討ちにあっておる」
シュバーセンはもう一度ため息をつく。
それはシルバニア軍の衰退を表すものでもあった。
「そんなやつらは、わたくしが成敗してあげます!」
意気込んで言い放ったのはベアトリス。
「とにかく、山賊を皆殺しにしてやればいいんでしょ」
「まあ……そうじゃが……」
シュバーセンは不安げに首をかしげる。
「わたくしの兵隊が山賊を全滅させる。その後でタケルが磁石とやらを探してきなさい。分かったわね、タケル!」
上から目線の言葉に、タケルは「ハイハイ」と苦笑して返事をした。
*
半日かけて山道を進み、広い草むらの端にある例の洞くつに到着したのは昼過ぎだった。
ベアトリスは副官のケビンの他に20名ほどの兵を連れてきている。
タケルとアリサは革の鎧で武装し、友人のアレクサンドルとビアンカも加勢のために付いてきていた。
アリサ姫の護衛として副官のアルベールが付き添い、10人の部下が彼に従う。
「よし、では、ケビン隊長。頼んだわよ」
ベアトリスが言うと、ケビンは「姫君、お任せください」と答えて敬礼し、マクドリア兵の隊列を整えた。
「よし、洞くつの中に進め」
ケビンが命令すると、20名の武装した兵たちは二列縦隊で穴の中に入っていく。
その後にケビンが続き、ロウソクのランタンで洞くつ内を照らしながら奥に侵入した。
「大丈夫かしら」
眉をひそめて心配するアリサ姫。
「作戦も立てずに侵入するとか……勇気があるなあ」
タケルは笑いながら言った。
ケビン達一行は、しばらく進んだが洞くつの中には何の気配もない。
「山賊は恐れをなして逃げて行ったか……」
暗さと圧迫感がケビンに楽観的な観測を勧める。
その時、石が飛んできて、吊り下げていたランタンを壊した。
「全員、抜刀!」
命令に従って兵たちは剣を抜く。狭さのせいで剣は岩肌に火花を散らした。
たくさんの石が飛んできて、それは兵に当たり、ランタンを壊す。
急に視界が暗くなって兵たちは錯乱した。
「慌てるな! 落ち着け」
ケビンが叱咤するが兵たちは逃げ腰になっている。叫び声が洞くつ内に反響した。
「……仕方がない、一時的に撤退する。出口に向かえ!」
一つだけ残っていたランタンの明かりを頼ってケビンを先頭に、来た通路を戻っていく
隊の後方から兵の悲鳴が聞こえた。山賊が槍で襲っていたのだ。
ケビンは反撃しようと思ったが、叫びまくっている兵たちの混乱は常軌を逸していたので、反転迎撃は断念して脱出することに決定する。
洞くつから飛び出してきたケビン達はひどいありさまだった。
防具は血まみれになり、剣は折れている。
「アルベール隊長、皆を助けてあげて!」
アリサの命令に従い、副官のアルベールは部下たちにマクドリア兵の救助を命じた。
20人中、10人が行方不明。他は重軽傷でケビンも腕にケガを負っていた。
「何という体たらくなの!」
ベアトリスが激昂してケビンに詰め寄る。
「申し訳ございません。姫君」
腕に包帯を巻いたケビンが草むらに座ったままで頭を下げた。
「そんなに責めるなよ。無計画に突っ込んでいくように命じた、お前も悪いんだろ」
タケルの言葉にベアトリスがキッとにらむ。
「勝手なことを言うな! だったら、あんたがやってみなさいよ」
ため息をつき、タケルは笑いながら「ハイハイ」と軽く答えた。
タケルは枯草や湿った枯れ枝を集めるようにアルベール隊長に依頼した。
「どうするの?」
アリサがいぶかしげにタケルに問う。
「このソロモンリングによって、風が外から洞くつの中に吹き込んでいることを把握した。山賊どもを煙でいぶりだしてやるのさ」
タケルは得意げに左の中指に光る指輪を見せた。
ソロモンの指輪は、状況や状態を立体的に把握することができる。
それは現在の場所を箱庭のように俯瞰でき、さらに視点を変えてどのような角度からも見ることが可能だ。それは家の中や箱の中身も把握できるし、暗闇でも支障はない。水や空気の流れ、温度なども分かるのだ。
アリサの兵たちが枯れ枝などを集めてきて、それを洞くつの入り口に山のように積む。
それに火をつけると、煙は洞くつの中に吸い込まれていった。
しばらくすると山賊たちが涙を流し、せき込みながら飛び出してきた。
「弓で攻撃しろ!」
アルベールが部下に命令。矢が山賊めがけて一斉に飛んでいく。
傷口から血を吹き出しバタバタと倒れこむ山賊たち。その攻撃を逃れた荒くれどもが襲い掛かってきた。
「タケルは下がっていて!」
アリサは背中の大剣を抜く。
「はーい、よろしくね」
タケルは彼女の後ろに回った。
「コノヤロー!」
すごい形相で切りかかってきた山賊。アリサは、その剣を叩き折って胸を斜めに切り裂いた。
血しぶきがアリサの防具を赤く染める。
アリサは目を見開き、両手で握りしめたエクスカリバーの剣先が震えた。
「大丈夫か」
タケルが心配げに聞くと、アリサは深呼吸した。
「平気よ……私はトルーナン王国の名誉を背負って戦う身。悪人を殺す覚悟くらいできているわ。……だって、これからもトルーナンを守るために戦わなきゃならないんだもの」
声が震えていた。気を静めるように、また深呼吸をするアリサ
タケルたちの友人のアレクサンドルも聖なる武器である、ダークメイスを振り回して山賊たちを蹴散らす。
凶悪なこん棒とも言えるダークメイスは剣や槍を叩き折り、敵を殴り飛ばす。山賊は反撃する暇もなく瞬殺されていた。さらにダークメイスの特殊能力として、大地を強く叩くと近くの地面が揺れて敵を転倒させることができ、山賊たちはアレクサンドルに一太刀も浴びせることができない。
ビアンカは聖なる盾「アイギス」でシールドを発生させ、ケガ人たちを守る。
アイギスは最大半径100メートルの半球を発生させることができ、その薄青いシールドは剣や矢をはじき、突進してくる人間を跳ね返した。
しばらくして山賊たちは、勝てるような相手ではないことを知り、両手を挙げて降参した。
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