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29、夜襲


「では、どうしましょうか?」

 汗まみれのマンフレートが訊く。

 バウンティはチラリとマンフレートを見て小さくため息をついた。


 どうしましょうか? じゃないだろう……。

 こんな時に打開案を献策するのが副官の役目じゃないのか。何でもかんでも俺に頼りやがって。

 そう思ってバウンティは夕暮れの空を見上げ、また小さいため息をつく。


 トルーナン城を攻略して、その水源を奪取する。または、戻って吊り橋を渡り、盗泉を奪い返す。……どちらにするか? その選択にバウンティは迷う。

 しばらく考えてから決断した。


「よし、盗泉に向かおう」

 バウンティが自分に言い聞かせるようにキッパリと告げた。

「盗泉ですか……トルーナン城は放置するのですか?」

 マンフレートが驚いたように言う。

「ああ、トルーナン城には精鋭がそろっているだろうし、宿将のピエール司令官が死守するに違いない。時間をかければ城壁を破って占領できるだろうが、今はのんびりしている余裕がないからな……」

 いくらバウンティが勇猛果敢であっても、水の補給がなければ軍は動かせない。この暑さ、一刻も早く飲料水を確保したいというのが彼の願望だった。


 バウンティ将軍の命令を受け、副官のマンフレートは全軍に吊り橋に向かって移動する命令を下す。

 隠し通路の方が距離的に短いのだが、道が荒れていて踏破するのに苦労する。だから、遠回りでも吊り橋を通る経路の方が時間的に早いのだ。


 ガルガント軍の3万5千人は、日が暮れようとしている森の道を盗泉に向かって行軍した。


  *


 バウンティ達が盗泉のある丘のふもとに到着したのは夜中だった。

 疲労した兵達は、汗まみれで地面にへたり込む。

 その渇いた喉に補給されたのは、コップ1杯分の水だけだ。一緒に行軍している補給隊が運搬している飲料水は多くないので、なるべく節約しなければならない。


 バウンティ将軍は全軍に食事を命じた。

 水気がないので、食べにくい夜食。それでも良く訓練された戦闘経験の長いガルガント兵は不平を漏らすこともなく、黙々と食事をした。


 森の中は夏の虫が鳴き続け、それは争いを続ける愚かな人間をあざ笑っているかのよう。


 アリサ軍の作った柵は三重になっている。

 しばらく休息してから、バウンティは全軍に命じて外側の柵を半包囲させた。

 盗泉は丘の東側に位置する。彼は自ら柵の東に回って兵を集中させ、そこを中央として軍の両翼を柵に沿って伸ばした。

 大軍で夜襲をかけるのは危険を伴う。乱戦となったら同士討ちの可能性があるからだ。しかし、今は時間を有効に使うことが優先されるので仕方がない。


 柵の内側では、トルーナンの兵が弓や槍を持って待ち構えている。

 バウンティは全軍にコップ二杯分の水を飲ませてから突撃を命じた。

「全軍、突撃せよ!」

 マンフレートが叫び、攻撃開始の銅鑼どらが夜空に鳴り響く。


 片手にたいまつを持ち、片手に木の盾を持った前衛が緩い斜面を登り、その後ろに付いていった弓兵が一緒に柵に近づいていく。

 ある程度まで近づくと、柵を守備しているトルーナン兵から雨のように矢が降り注いだ。

 ガルガント軍も弓矢で反撃するが、下から弓で射る方が射程距離が短い。弓の応酬はトルーナン軍が有利だった。


 しかし、実戦経験はガルガント軍の方が、はるかに多い。

 地形の不利をものともせずに木の盾を構えてジリジリと坂を登っていき、やがて柵にたどり着いた。

 木の柵にロープを引っかけて手前に引き倒す。2メートルほどの高さの防護柵はグシャリと音を立てて破壊された。


 マンフレートが剣を向けて叫ぶ。

「突破口はできたぞ! 突入せよ」

 ガルガント軍が突撃すると、守備していたトルーナン軍は内側の柵を目指して逃げる。それを追いかけるようにバウンティは進撃した。


 ほとんど抵抗を受けずに斜面を登ると、向こうに池のような物が見えた。

「盗泉だ! 泉があったぞ」

 先駆けしていた兵が大声で知らせる。

 それを聞いて兵達が先を争って池に走って行った。

 バウンティは喜んだが、盗泉はこのような場所にあったかな、という疑問が浮かぶ。しかし、戦いの最中に熟考している暇はない。

「よし、兵を盗泉に集中させろ! そこを占拠して飲み水を死守するんだ」

 バウンティ将軍は近衛兵に命令し、自分も池に向かって走って行く。


 先にたどり着いた兵達は、たいまつを草の上に置き、池の縁に座り込んで飲み始めた。

 許可なく水を飲んではいけないという軍律があるのだが、乾きの極地にあった兵は争って池に首を突っ込んだ。

「ウゲェ!」

 兵は口の中の液体を吐き出す。

「これは……油だ」

 そう言って軍服の袖で口を拭う。

 たいまつの火が草に引火して燃え始めた。池の周りにも油がまかれていたのだ。

「ギャア!」

 服に火が付いて地面を転げまわる兵。それは延焼を加速させる。

「チクショウ! 偽の泉だったか。さっさと火を消せ」

 バウンティが指示するが、火は池に広がって炎は高く揺らめき、ガルガント軍を明るく照らす。


 それを待っていたトルーナン軍から明かりを目標にして矢が降り注いだ。

 密集して混乱しているガルガント軍がさらに乱れる。

「仕方がない。少し後退してやり過ごすぞ」

 バウンティが命じ、近衛兵らを引き下げた。


 逃げ惑っているガルガント軍を確認して、茂みからタケルが出てくる。

 彼は草むらに隠してあったロープを思い切り引っ張った。すると、池の縁を構成していた石が崩れ、燃え上がっている池の油があふれてガルガント軍を追いかけた。


 後退して態勢を整えている最中のバウンティ達を炎の川が襲う。

「退けえ! 一時的に撤退せよ」

 集中していたガルガント軍は、柵が壊れて開いている場所に逃げ込もうとした。

 うっかり転んだ兵が火の川に焼き殺される。

 ガルガント軍は炎から逃れて、なんとか丘のふもとにたどり着いた。


 タケルはガルガント軍の水不足を見越して、ダミーの盗泉を作っていたのだ。

 その池には奪い取った、調理やランプに使う油を満たしておき、盗泉を奪取しようと密集したガルガント軍を火攻めにするという作戦。

 池の縁は石を積み重ねて粘土で防水処理しただけの物なので、簡単に崩壊する。

 タケルの作戦は図に当たり、ガルガント軍を追い返すことができたのだ。


 火は森に広がり、大きな炎が夜空に火の粉の星を散らす。

 ガルガント軍は草をなぎ払い、木を切り倒して延焼を防いだ。トルーナン軍は盗泉の水で消火する。水は豊富なので贅沢に使っても無くなることはない。


 バウンティは丘のふもとに軍を集結させて、とりあえず休ませることにした。

 トルーナン軍は壊された外の柵を放棄し、第二の内側の柵に立てこもった。


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