28,渡河
包囲を脱出したガルガント軍をアリサ達は追わない。
しばらくすると、ガルガント軍の気配が森の中に消えた。
「よし、作戦通りになったな」
そう言ってタケルが小さく笑う。
「じゃあ、さっそく向こう岸に渡りましょう」
アリサは背中の大剣を抜いた。
副官のアルベールが全軍に号令する。
「騎兵はつり橋を渡って攻撃せよ。ほかの兵はそれに続け!」
待ち構えていた騎兵隊は一気に橋に突入し、司令官を失って動揺している敵軍に突撃した。
騎兵が先陣を切って道を開き、続く歩兵が渡河する。そして、橋の向こう側に集結して橋頭保を作った。
ガルガント軍は雑兵の集合と化し、トルーナン軍が橋を渡りきる前に敵は逃げ散っていった。
すべてタケルの思惑通りに進む。
それは、わざと味方の包囲に穴を開けてガルガント軍が逃げやすいようにしておく。そして、マンフレート部隊の5千人を後ろに脱出させて残った前面の5千を1万のトルーナン軍で攻撃するという作戦だった。
マンフレートの部隊をすべて渡らせて、トルーナン城に向かうところを後ろから奇襲するという方法もあったが、敵が冷静に対応して速やかに迎撃態勢をとったら戦闘経験の浅いトルーナン軍に勝ち目はない。1万と1万の対等な戦闘のとき、トルーナン軍の不利になることは分かり切っているのだ。
「深追いはするな! 部隊を集合させるんだ」
副官のアルベールが全軍をまとめて、しばらく休憩させた。その後に、部隊を一列に編成して細い山道を進ませる。
目指す場所は、盗んだ泉という物騒な名前を持つ盗泉。
1時間ほどして、トルーナン軍は盗泉がある小高い丘のふもとに集結した。
しばらくすると、先に送っていた偵察係のマリアが帰ってきた。
「敵は以前と同じように盗泉を補給基地としているわ。護衛部隊は5百人といったところかしら」
迷彩服を着た彼女が冷静に報告する。
足が速く、身が軽いのでマリアはタケルの偵察兵として働いていた。二人とも戦争孤児だったので姉弟のように育ってきた仲。
アルベールが歩兵を整列させる。林の中では騎兵が動きにくいからだ。
盗泉の東側に陣形を整えてから歩兵を前進させて緩い斜面を登らせた。
丘の頂上の手前付近に盗泉があり、その周囲に補給物資が積み上げられている。
アリサ軍が接近すると、敵の補給部隊が慌てている雰囲気が伝わってきた。司令官のバウンティ将軍は険しい隠し通路を通ってトルーナン城に向かっており、司令官代理のマンフレートとは連絡がつかない。指揮系統が乱れているのは当然のこと。
「軽歩兵は突入せよ! 重歩兵は後から支援するんだ」
アルベールの命令で歩兵が突撃する。
敵の反抗は一時的であり、すぐに陣形を乱して散り散りに逃走していった。
タケルは敵の補給物資と自軍の物資をまとめ、盗泉を中心に木の柵を三重に作らせた。
盗泉の湧き水は大きな岩の隙間からあふれ出ている。その流れ出る水は岩の横に小さな池を作っていた。タケルは、その横にも大きな池を掘って貯水した。
さらに、その貯水池から流れ出た水は、地面を掘って谷底に誘導し、下流付近はトイレ区域にしてガルガント軍が飲めないようにした。
*
だいぶ日が西に傾き、灼熱の暑さが和らいだ頃。
バウンティ将軍は3万のガルガント軍を半月状に配置して、吊り橋からやってくるであろうアリサ軍を待ち受けていた。
ガルガント軍は斜面の平地部分に陣を構え、全軍を林に隠して、アリサ軍が必死に坂を登ってくるのを上から奇襲する作戦。
バウンティ将軍は聖なるギフトであるネミアの鎧を身にまとい、地面にどっかりと座っていた。
「メリッサ姫からは殺せと言われているが、エクスカリバーを渡せばアリサ姫に関しては助けてやるかな……」
そうつぶやいて腕組みをする。
「だが、あのタケルの野郎だけは許せねえ。首をはねた後、細切れにして犬に食わせてやる」
タケルの計略によりオカマを掘られそうになったことを思い出して、彼は大きく口をゆがませた。
不意にカラスの鳴き声が森にこだました。それは見張りの兵が敵襲を知らせるサイン。
バウンティは剣を持って立ち上がる。隠れている3万人に緊張が走った。
武器を握りしめてアリサ軍を待つバウンティの部隊。
しかし、やって来たのはガルガントの防具を装備した集団だった。
バウンティは望遠鏡で副官のマンフレートを確認した。
「おーい! マンフレート」
バウンティが登ってくる部隊に呼びかける。
すると、下の部隊から一人の男が駆け上がってきた。そして、バウンティの前に片膝をついて頭を垂れて報告する。
「申し訳ございません、バウンティ将軍……不覚を取ってしまいました」
それは肩で息をして荒い呼吸のマンフレート。
「どうしたのだ、マンフレート。アリサ軍はどこにいる」
「はっ、それが……」
マンフレートは事の次第を報告した。
バウンティが大きくため息をつく。
「それで、アリサ軍はどうしたのだ」
「それが……追撃してくると思い、地形を選んで反撃の態勢を整えていたのですが、敵は来る気配がありません。仕方なく、まずはバウンティ将軍と合流するのが良いだろうと、やって参りました……」
そう言ってマンフレートは額の汗を拭う。
「そうか……」
息を吐き出すようにつぶやいて、バウンティは吊り橋の方角に目をやった。
「こちらに来ないということは……盗泉か」
「盗泉……ですか」
そう言ってマンフレートが立ち上がった。
「ああ、タケルの野郎は俺たちの補給物資を奪うつもりだ」
「補給部隊を攻撃するということですか」
「ああ、補給基地には五百人くらいしか残していない。今頃は強奪されているだろうな……」
バウンティは顔をしかめて盗泉の方角を見たまま動きを止めてしまった。
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