27,逸を以て労を待つ
ガルガント軍進攻の報告を受けて、アリサ軍は動揺していた。
「どうして! どうやってトルーナンに行くことができたのよお?」
アリサは叫びに近い声を上げた。
周りは暗い表情で黙り込む。
しばらく考えてからタケルが言った。
「敵が空を飛んだか地に潜ったか、それとも透明化して俺たちの横を素通りしたか……そうでないのならば、隠し通路を使ったとしか思えない」
「隠し通路?」
そう言ってアリサは考え込んだ。
「現実的な手段としては、それしか考えられないだろう」
「でも……その山道は王族の一部しか知らないはずよ……」
アリサは容疑者を頭の中で検索する。
「王族とは限らないさ。村人でも老人なら知っている人もいるはず。近くの村人がガルガント軍に情報を売ったとも考えられるな」
「まさか……自分の国を売るなんて」
アリサは首を振ったが、疑念は払拭できない。
副官のアルベールがアリサの方を向く。
「アリサ将軍、今はそんな詮索をしても仕方がありません。まずは軍を返して、城塞都市に進撃した敵の背後を攻撃すべきではありませんか」
アリサは顔を上げて小さく深呼吸をした。
「そうね、気持ちを切り替えましょう。アルベール副官、すぐに軍をまとめてちょうだい。反転して、ガルガント軍を城塞都市の守備隊と挟撃しましょう」
「はっ」
「ちょっと待ってください」
アルベールが命令を部隊長達に伝えるために行こうとするのをタケルが制止した。
副官は立ち止まって振り返る。
「アリサ、ちょっと考えてみてくれ」
「何よ? タケル」
「ガルガントは俺たちが1万人の兵で攻撃してくることは予想しているだろう。アリサ、相手の立場に立って考えると、敵軍のバウちゃんはどうすると思う?」
問われてアリサは左腕を胸の前に出し、形の良いあごに右の拳を当てて考え込む。
「そうねえ……ガルガントは大軍だから、私たちを撃滅するのはたやすい。……ということは最初に、面倒な私の軍を攻撃してくるかしら。城塞都市の守備隊は簡単に城を出ることができないから、それは考えなくても良い……」
タケルはニヤリと笑う。
「その通り、各個撃破が戦闘の定石。しかし、この暑さだ。バウちゃんはこっちに戻ってこずに、迎撃に有利な地形を探して待ち伏せするだろうね。つまり兵法の、逸を以て労を待つ、ということさ」
「なるほど……ガルガント軍は木陰で休みながら、汗を流して必死に帰還しようとする我が軍を待ち構えているということね」
タケルは笑顔でうなずく。
「そういうことだ。そして、後ろからは吊り橋を渡ってきた別働隊が襲いかかり、俺たちが挟撃される、ということになるだろう。そうなれば、全滅は間違いないかな」
「タケル殿。では、どうすればよろしいので?」
アルベールが訊ねると、タケルは腕組みをして口を結んだ。
*
ガルガント軍のマンフレートは、吊り橋の手前に兵を集結させた。
バウンティ将軍は3万人を連れて隠し通路を通ってトルーナン城に向かっている。マンフレートは将軍から残りの1万の兵を託されていた。
望遠鏡で見ると、橋の向こうにはトルーナン軍の影はない。
「アリサ軍は慌ててトルーナン城に戻ったようだ」
副官のマンフレートは望遠鏡から目を離して、斥候役に吊り橋の向こう側を偵察するように命じた。
しばらくしてから、斥候役が帰ってきた。
「トルーナン軍は撤退したようです。防護柵の中はカラになっていて一人の兵も残っていません」
「そうか、作戦通りだな……」
「こんな物がありました」
斥候兵が書類を差し出す。
マンフレートが受け取って開くと、それは吊り橋における兵の配置図だった。アリサ将軍や副官、小隊の位置が明確に記載されている。
「こんな重要な物を残していくとは、やつらは相当、焦っていたんだな」
満足げにうなずくと、彼は指揮下の全軍に吊り橋を渡って進軍することを命令した。
部隊は一列になって橋を通過し、陣形を作ることもせずに、そのままトルーナン城に向かって行進していく。
マンフレートは部下を連れて橋を渡り、そのたもとで全軍が渡りきるのを監視していた。
部隊の半分が渡ったときに異変が起こった。
森の奥から攻撃開始のラッパが鳴り響き、ガルガント軍めがけて矢の雨が降ってきたのだ。それにより、乱雑に行進していた先頭の隊が一気に壊滅した。
「なんだ! 何が起こっているのだ……」
マンフレートは事態が飲み込めずに呆然とする。
撤退したアリサ軍はバウンティが率いる本隊に待ち伏せされ、その地で絶望的な戦いをしているアリサ将軍にとどめを指すべく、自分の部隊が後ろから突撃する手はずだった。
楽勝のはずが、今は敵の大軍から苛烈な攻撃を受けている。
弓矢の攻撃が終わると、次はトルーナン軍の槍隊が一斉に林の中から飛び出してきて攻撃を始めた。
「退け! 後退するんだ」
冷静さを取り戻したマンフレートが部隊を引き戻し、橋のたもとで密集隊形にする。
「撤退だ。橋の向こうまで逃げろ!」
そう命令したが吊り橋は狭いので全軍が逃げ切るには、かなりの時間が必要だった。
トルーナン軍は全員でマンフレート軍を半包囲して攻撃し、その勢いが緩む気配はない。
アリサ軍の攻撃により、逃げようとするガルガント軍の兵で橋は埋めつくされ、人の圧力で押し出された兵が谷底に落下していく。下が見えないほどの深い谷なので落ちたら死は確実だ。
「落ち着け! 落ち着くんだ」
マンフレートは兵を叱咤する。
「重歩兵を前に出して、その隙間から槍で攻撃しろ!」
命令しても普段と違って機敏に反応しない。
「下手に逃げ道があると、そこに気が行ってしまって前のアリサ軍に集中できないんだな……」
舌打ちをするマンフレート。
ふと、彼はアリサ軍の陣形に薄い箇所があるのに気がついた。
「命令を変更する! 右斜めの陣容が薄い。そこめがけて一点突破するぞ」
彼は少ない騎兵を突撃させた。それに軽歩兵や重歩兵が続く。
「後ろを振り返るな! とにかく、突進することだけを考えろ」
マンフレートは自身が馬に乗り、敵に突撃した。
目標を固定した軍の攻撃力は強い。マンフレートの部隊は包囲網を突破して、本隊と合流すべくトルーナンの城塞都市を目指した。
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