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26,盗泉


 それは3日前のこと。

 トルーナン王国の攻略作戦司令官、バウンティ将軍は本営のテントの中でイスに座って腕組みをしていた。

 190センチの巨体は少し動くたびに木製の折りたたみイスをきしませる。

 彼は目を閉じて口を結び、角張った顔をさらに硬くしていた。


 吊り橋に突撃してトルーナン軍に撃退された。

 その後は、打開策もないままに悩む時を過ごしていたのだ。

 参謀役のマンフレート副官とはうまくいっていない。マンフレートは、王子であるという理由だけで将軍に抜擢されたバウンティを快く思っていなかった。バウンティの命令には従うが、積極的に補佐しようという意思に欠けている。


 バウンティは夏の昼過ぎの暑さにダラダラと汗を流しながら状況を打開する策を考えていた。


 ガルガント軍は、盗泉とうせんと呼ばれている泉を囲むように陣を構えている。

 それは吊り橋の1キロほど手前にある小高い丘で、その地に水源は盗泉しかなかったので、その丘を補給基地および本営にしたのだ。


 父である国王に命じられたトルーナン王国の攻略をどうするべきか。

 まんじりともせずに考え込んでいたバウンティのテントに兵が飛び込んできた。

「バウンティ将軍! 将軍に会いたいという者が来ております」

 イスの背もたれから身を起こし、彼は目を開けた。

「……誰だ」

「はっ。それは二人連れで、女の方はトルーナン王国のメリッサ姫と名乗っております」

「何!」

 バウンティはイスを倒して立ち上がる。そして、しばらく考えてから命令した。

「よし、マンフレート達を呼んでこい。その後で来訪者を連れてくるんだ」

「はっ」

 兵は敬礼して出て行った。



 しばらくしてマンフレート達が集まり、トルーナン王国からの使者がテントに入ってきた。

 それは村人の服装をしたメリッサとフィリップ。

 メリッサが灰色のフードを後ろに開くと、そばかす顔が現れた。くすんだ赤い髪がジットリと額にへばりついている。

「私はトルーナン王国の第二王女、メリッサ・ド・ルシュクエールと申します。こちらは執事のフィリップ。このたび、困っているであろうバウンティ将軍に有利な提案を持って参りました」

 近衛兵に囲まれながらも平然とした表情のメリッサ。度胸だけは他人に引けを取らない。


「有利な提案とは?」

 バウンティがイスにふんぞり返って訊ねる。

「ちょっと待ってください」

 副官のマンフレートが進み出る。

「この者がメリッサ姫であるという証拠がありません……。第一、王女とあろう者が、ノコノコと敵の陣営にやって来るものでしょうか」

 バウンティは首を横に振る。

「いや、間違いない。このお方はメリッサ姫だ。以前、シルバニアの士官学校でアリサと一緒にいるのを見たことがあるんだ。彼女と話をしたことはないが、はっきりと顔は憶えている」


 マンフレートが引き下がるのを見て、バウンティがメリッサの方を向く。

「どうぞ、おかけになってください」

 イスを勧めると、彼女はバウンティの対面に座った。

「バウンティ将軍においてはトルーナン王国への進撃路を閉ざされて、さぞお困りだと存じます」

「言われるまでもない……」

 バウンティは腕組みをしてメリッサを見つめた。

「ここからトルーナンの城塞都市までは、吊り橋を渡らずに行くことができる隠し通路がございます」

 マンフレート達は息を飲んで近くの者と目をかわす。バウンティは身を乗り出した。

「隠し通路とは?」

「はい、それは王族の一部しか知らない道路で、馬車が通ることができるほどの道幅です。そこを進んで森を抜ければ、あとは平地になっていて城塞都市にたどり着くことができるのです」

 バウンティは大きくため息をついてから質問した。

「しかし……どうして、そのような貴重な情報を我らに教えるのですか。味方を裏切ることになりますよね」

「情報料として、対価を頂きたいと存じます」

「対価とは?」

「まず、アリサを殺していただきたい」

 その言葉にバウンティは目を細めて頭に手をやり、短い髪の毛をグリグリと回す。

「アリサ将軍は実の妹だと思っていましたが……」

「はい、その通りです。しかし、アリサは私にとって邪魔な存在、あいつが消えてくれれば何かとやりやすくなるのよ」

 メリッサがニヤリと笑う。それを見て、近くに立っているマンフレートは薄ら寒い気分になった。

「それから、トルーナン城を攻略した暁には、私をトルーナン王国の女王に任命していただけるかしら」

 バウンティは口を開けたまま黙り込む。


「売国奴か……」

 マンフレートがポツリとつぶやき、それをバウンティが振り向いてにらみつけた。副官を黙らせてからメリッサに向き直す。

「要求は分かりました。ただ、私がトルーナン王国を占領したら、そこはガルガント帝国の従属国ということになりますが、それでもよろしいので?」

「はい、構いません。トルーナン王国の支配者になれれば私は満足です」

 変わらず平然とした表情のメリッサであった。


「アハハハハハ!」

 バウンティは大声で笑った。

「あんたは良い女だなあ」

 言われてメリッサは不思議そうな顔をする。

「気に入ったぜ。どうだ、あんた、俺の嫁にならないか」

「はあ!」

 彼女は顔を赤らめ、あちらこちらに視線を移す。

 マンフレートは、意外な発言に開いた口がふさがらない。

「あんたのように自分勝手な女が好みなんだ。俺と結婚してくれねえかなあ……」

 笑顔だが、バウンティの目は真剣。

「な、何を言ってんのよ……。このような場で冗談はやめてよね」

 メリッサは22歳の年頃であり、その年齢相応の反応を示していた。

「俺は本気だぜ。なあ、考えてくれよ」

 メリッサは深呼吸してから答える。

「そ、そうね……私にトルーナン王国をくれたら考えてあげてもいいわ」

「分かった。トルーナンを攻略してから、またプロポーズすることにするか」


 周りのマンフレートや近衛兵は、美人とは言えない、こんな性格の悪いそばかす女のどこが良いのだろうと頭の上にクエスチョンマークを浮かべて悩んでいた。

 複雑な空気になった幕営。それを修正するかのように、メリッサの後ろで控えていたフィリップが進み出る。

「では、秘密の道路の位置をお教えいたします」

 そう言ってポケットから地図を取り出してテーブルの上に広げた。

 バウンティを始め、全員がテーブルに近寄ってきて、その地図を凝視した。


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