25,特殊能力
トルーナン軍の先鋒はガルガント軍を橋のたもとまで追撃したが、それをタケルは停止させて軍を引き戻させた。
「敵に飛び込んでいかないの?」
地面にへたり込んでいるアリサがタケルを見上げて言う。
「下手に橋を渡ると敵に包囲される。今の作戦目的は敵の進軍をはばむことだから、余計なことをして味方を減らさないようにした方がいいさ」
タケルは望遠鏡で敵を観察しながら答えた。
「アリサちゃん。良くやったわね」
ローレンツが寄ってきてアリサに白いマントを着せる。
アリサは大きくため息をついた。
「でもさあ……、恥ずかしい思いをしないと特殊能力を発揮することができないなんて、聖剣を作った神様は何を考えているのかしら」
愚痴をこぼして彼女はゆっくり立ち上がる。
「それに特殊能力を使うと急激に体力を消耗するとか、意味が良く分からないわよねえー」
そう言ってローレンツがアリサに肩を貸す。
聖剣エクスカリバーには特殊能力があって、衝撃波を遠くに飛ばすことができた。
しかし、それには条件があって、剣を使う本人の羞恥心が必要だ。つまり、恥ずかしいと思う心に応じて斬空波の威力が増すということ。そして、使用した後は精神力と体力を著しく消耗してしまうのだ。
「今度はピンクのフリフリにしましょうよ」
ローレンツの言葉にアリサが顔をしかめた。
「それにパンティが白というのは色気がないわ。せめて水玉模様にしましょうね」
「うるさい、バカ!」
アリサは顔を真っ赤にして怒鳴った。
それからガルガント軍は攻撃してくることがなく、吊り橋をめぐる戦線は膠着状態に陥った。
*
警戒態勢になっているトルーナン城の王宮。
前線は遠いし、アリサがガルガント軍を押さえているので城塞都市まで敵が攻めてくるはずはないのだが、トルーナン王国が戦乱に巻き込まれることは10年以上もなかったので国全体が緊張に包まれていた。
クリストファー王の正室、ロザリー・ド・ルシュクエールの部屋ではロザリーが娘のメリッサ相手に、満たされない欲望をぶつけていた。
「どうしてメリッサが第一継承者になれないのかしら! この正室の娘を差し置いて、なぜ、クリステルが我が物顔に振る舞っているのよ」
ロザリーはメリッサと同じ、くすんだ赤い髪をしており、それを軽く振り乱して不満を吐き出す。興奮して細い目がさらに細くなっていた。
クリステルは王の前妻の娘で、母親が亡くなってからも第一王女の座に就いている。
それはクリステルの希望ではなく、クリストファー王の決定だった。
思慮深く、国民に人気のある彼女をトルーナン王国の継承者にしておいた方が国の利益になると王は考えたのだ。
「大丈夫よ、お母様。どんなことをしても、すまし顔のクリステルをトップの座から引きずり落としてやるわ」
そばかす顔に意地の悪い笑顔を浮かべるメリッサ。
「お母様。とりあえずは、がさつなアリサから失脚させてやりましょう。能力や実績もないのに将軍になった彼女に恥をかかせてやれば、アリサを支持しているクリステルも発言力は小さくなるはず」
「頼もしいわね、メリッサは。さすが、私の娘だわ」
ロザリーは豪華な椅子から立ち上がって愛娘の肩に手を置いた。
メリッサは母に相づちを打ち、後ろを振り返る。
「フィリップ。それで、準備はできているかしら」
壁際には執事服を着た初老の男が立っていた。
彼の身長は高く、白髪だが体はたくましい。真っ直ぐになっている背筋は62歳という年齢を感じさせなかった。
「はい、お嬢様。メリッサ様から言いつけられていた用意は完了しております」
深くお辞儀をするフィリップ。
「ご苦労さま。アリサの戦況報告を待って、行動に移しましょう」
「はい、お嬢様」
フィリップはメリッサが幼い頃から彼女の世話をしていた執事だった。忠誠心に篤く、彼女の命令ならどんなことにでも従う。
*
吊り橋で対峙している両軍に大きな動きはない。
時折、ガルガント軍から弓が射られるくらいで、橋を渡って攻めてくるような気配は感じられなかった。
「のんびりしているわねー」
トルーナン軍のテントの中、ローレンツが軍帽で顔を仰ぎながら言った。
「まあ、いいじゃない。このままにらみ合いが続けていれば、やがてガルガント軍も根負けして退却するでしょ」
椅子に座って、じっとりと汗をかいているアリサが答える。
「そうなると良いんだがな……」
タケルは腕組みをして口をゆがめていた。
「どうして? ガルガント軍は吊り橋を渡ることができずに、手をこまねいているんでしょ。こちらは防御に徹していれば済むんじゃない?」
「敵のバウちゃんは頭の固い朴念仁だが、戦争に関しては優秀だ。打開策も考えずに時間を浪費するやつじゃないよ」
「どういうこと?」
「モランタン高原の時もそうだったが、何もしないということは裏で何かをしているということさ」
タケルは自分に納得させるようにうなずく。
「何かって?」
アリサが顔を傾ける。
「それは分からない。だけど、トルーナン王国を攻略するための手段を遂行しているに違いない」
「そう……?」
口に出さないがアリサはタケルの考えに否定的だった。
ガルガント軍は吊り橋の向こう側にいて、足止めされているのだ。その状態で、どうやってトルーナン王国を攻めることができるのか。タケルは考えすぎているのではないかと彼女は楽観的だった。
暑さのせいで伸びきった空気。その弛緩した気分を突き破るように伝令の兵がテントに飛び込んできた。
「アリサ将軍! 大変です。ガルガントの大軍がトルーナンの城塞都市に進攻しているそうです」
黄色のたすきを掛けている伝令兵は、緊張して敬礼したまま固まった。
あまりの驚きでアリサ達も固まって黙り込んでしまった。テントは静寂の空気に満たされ、やかましく聞こえる蝉の鳴き声は、愚かな戦争を繰り広げる人間を笑っているようだった。
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