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23,夕暮れ




 すっかり日が沈んで薄暗くなった山道。


 アリサは近衛兵を従えて、トルーナン軍のしんがりを務めていた。

 タケルの指示に従い、補給部隊を前方に進ませて、本隊は補給部隊のスピードに合わせて後ろをゆっくりと行軍していく。

 マクドリア軍が来たら、すぐに迎撃に転ずることができるように陣形を保ちながらの撤退だった。


 手綱を握りしめ、アリサは時折、後ろを振り返りながら馬を歩かせている。

「アリサ将軍」

 後ろを守っていたアルベール副官がアリサの右に馬を並ばせた。

「もう、マクドリア軍は追ってこないようです。将軍は先に城に戻ってクリストファー王に復命したらどうでしょう」

 アルベールは、大事な娘を戦地に送り込んだ父親の心中を察し、一刻も早く無事な姿を見せるべきだと配慮したのだ。


「ええ、でも……」

 アリサは言葉を濁し、また、後ろを振り返る。

「タケルちゃんなら大丈夫よ。あいつは殺しても死ぬようなタマタマちゃんじゃないわ」

 時折、オカマ言葉になるローレンツだった。


「誰か馬でやってきます!」

 後ろを警戒していた近衛兵が叫ぶ。

 アリサの部隊の全員が馬の向きを返した。

「マクドリア軍の防具を着ています」

 望遠鏡で偵察した兵が言うと、部隊に緊張が走る。

「弓を構えろ!」

 アルベールの命令で数名が矢を弓につがえた。

「ちょっと待って!」

 ローレンツが近衛兵の前に出て制止する。

「あれはタケルちゃんよ。マクドリア兵が一人でやってくるはずがないわ」

 慌ててアリサは望遠鏡を借り、向こうから走ってくる馬を見た。そして、彼女は大きく安堵のため息をつく。

「弓を下ろしなさい! あれはタケルに間違いないわ」

 アリサに従ってアルベールが警戒を解く。


 走ってきた馬はアリサの前で止まった。

「マクドリア軍は足止めしておいた。追跡は諦めたようだぜ」

 馬上のタケルが平然とした顔で報告する。

「タケル……まったく、あんたにしては上出来ね。まあ、感謝しておくわ」

 ぶっきらぼうな台詞だが、ねぎらいのトーンがこもっていた。


 タケルが食事するために、しばらく休んでからアリサ達は先行してトルーナン城に向かった。

 十名ほどで本隊から離れ、暗くなった山道を進む。先頭の近衛兵がたいまつを持って道を照らしながら誘導していた。


 アリサは無言だった。

 彼女の心の中をおもんばかってタケルは声をかけた。

「まあ、ガルガント軍を撃退することはできなかったが、混乱の中でトルーナン軍をほとんど無傷で保った。アリサは最善を超えた働きをしたんだよ。胸を張って王様に報告すればいいさ」

 そう言うタケルの笑顔を見て、苦笑いで返すアリサ。

「でも、これって敗軍の将よね……クリステルお姉様に申し訳ないわ」

 アリサは小さくため息をつく。


「我が軍は作戦を提案して、それをコスタリカが採用し、ガルガント軍に対して必勝の布陣をした。そして、マクドリア軍が裏切って同盟軍が崩壊するような目に遭っても、動揺せずに撤退準備をしたんだろう」

 一度、話を止めてタケルは彼女の表情を見ながら続けた。

「さらに騎兵を突撃させ、アリサが先陣を切ってマクドリア軍に突入し、全滅の危機にあったコスタリカ軍を脱出させた。誰もアリサに対して文句を言うやつはいないさ」

 アリサに納得させるようにタケルは大きくうなずいた。

 しかし、そう慰めながらも一人くらいはクレームをつけるやつがいるだろうなと感じて、メリッサのそばかす顔を思い浮かべる。


「そうね……」

 彼女はうつむいて答えた。

「アリサ、勝敗は兵家へいかの常さ。勝つこともあれば負けることがある。それが戦争というものだろ。にがい思いも、噛みしめていれば甘みも出てくるさ。この戦いを噛みしめて、次の戦に生かすことにしようよ」

「そうね」

 今度は顔を上げてタケルを見る。その顔には笑顔が戻っていた。



  *



 アリサはトルーナン城に帰還し、謁見の間でクリストファー王に報告した。

 王は娘が無事に帰ってきた喜びを隠して、淡々とアリサ将軍の指揮をねぎらう。

 ガルガント軍を撃退できなかったことで、メリッサが得意の嫌みを言っていたが、アリサを良く思っていない古参のピエール将軍までもが彼女の活躍を認めたことで、特に罰を受けることはなかった。


 タケルは、マクドリア軍を引き留めた功績によってアリサ将軍の参謀に任命された。


 ガルガント軍はモランタン高原でしばらく停止し、態勢を整えてからトルーナン王国に向かって進行を開始した。


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