22,弱み
「そいつを包囲しろ!」
副官のケビンが赤い髪を振り乱して叫ぶ。
辺りの近衛兵は、距離を取ってタケルを取り囲んだ。
大きな岩などの障害物があるので完全包囲は無理だったが、タケルを逃がさない程度の包囲網は完成した。
「タケル! 聖剣ビジブルを返しなさい。もう逃げられないわよ」
ベアトリスは顔をゆがめて怒鳴る。
「さあー、どうしようかなー」
ニヤついたタケルは余裕の表情でビジブルをクルクルと回す。
それを見て、エトラートが前に進み出た。
「タケルさん。もう、これで脱出は不可能でしょう。取引しませんか」
「取引?」
「ええ、タケルさんの身柄は私が保証します。だから、その聖剣を返してください」
「無事に逃がしてくれるというのかい」
エトラートは大きくうなずいた。タケルの思惑は分からないが、とにかくは剣を無事に取り戻すことが最優先と決めたのだ。
「はい。その剣を返してくれれば、逃げても結構です。逃走の邪魔をしませんし、追跡することもしません」
「ほおー」
タケルは感心したように顔を傾けて笑う。
「弟君は信用できそうだ……。けれども、ベアトリス姉ちゃんは約束を破るだろう」
エトラートの顔が曇った。
彼は姉の性分を知っている。タケルが剣を返した途端に、攻撃を命じるだろう。そう思って、チラリとベアトリスを見てから言った。
「姉上には手出しをさせません。マクドリア王国の第二王子、このエトラート・マーレイが誓約いたします」
彼はタケルの目を直視した。
「ハハハ……。エトラート君は実直だなあ。血のつながった姉弟だとは思えない。でもな……その第一王女のベアトリス姫は信用できないんだよなあ」
そう言ってタケルは、剣先をベアトリスの方に向けた。
「おい、ベアトリス! お前は服を脱げ」
「ハア……?」
口を開けて目を細めるベアトリス。
「服を脱げってんだ! 下着も靴も全部だ。早くしろ」
ベアトリスは目を見開いた。
「このゲス野郎! 何を言ってんの。わたくしは誇りあるマクドリア王国の第一王女なのよ」
「だから、どうしたんだよ。さっさと裸になれよ。ストリップは得意だろ」
タケルの目には冗談を言っている感じはない。
「そんなこと……できるわけないでしょ」
「あっ、そう」
タケルは剣で近くの岩を叩いた。夕暮れの荒れ地に小さな火花が光る。
「やめなさい!」
ベアトリスは片手をタケルに伸ばして、もどかしそうに指を震わす。
「さっさと言うとおりにしろよ。この場は俺に主導権があるみたいだぜ」
タケルは剣を高く掲げた。ベアトリスは迷って唇を噛む。
「やれやれ……」
タケルは剣の先を岩の裂け目に入れて力をかけた。ゆっくりとたわむ聖剣。
「やめなさい! 分かった、分かったから……」
泣きそうな顔で、ベアトリスは軍服のボタンを外し始めた。
「おい、エトラート君。大事な姉ちゃんの裸を兵に見せてもいいのか?」
タケルの指摘を聞いて、エトラートは兵達に注意する。
「全員、後ろを向いてください!」
そして、エトラートはケビンを見た。
「状況は私が見ていますから、ケビン副官は全員に徹底させてください」
エトラートの言葉にケビンは後ろを向き、兵達にもベアトリスを見ないように命令した。
「タケルさん。マントくらいは構わないですよね」
エトラートはマントを持ってきて、ズボンを脱ごうとしているベアトリスに羽織らせた。
「ああ……まあ、いいだろう」
タケルは無頓着に答えた。その表情に好色的なものは含まれていない。
ベアトリスは靴を脱いでから下着を草むらに放り投げた。そして、羽織っていたマントをグラマーな体にくるませる。
「これでいいでしょ。早くビジブルを返しなさい」
「いーや、本番はこれからさ。その場に四つん這いになれ」
「何ですってぇ!」
ベアトリスは親の敵を見るようにタケルをにらむ。
タケルは剣を振り下ろした。乾いた金属音がして数個の火花が岩肌にきらめく。刃こぼれしたことは確実だった。
「やめてえ! 言うとおりにするから……」
ベアトリスは両膝を地面についてから両手を草の上に置いた。これから何をされるか予想がつくので、緊張して身をこわばらせた。
タケルがベアトリスに近寄る。
「さあ、悪いお姫様には、お仕置きが必要ですよねー」
聖剣を振り上げ、ベアトリスの尻を剣の腹で叩いた。
「キャーン!」
悲鳴を上げ、それからベアトリスは小さく呪いの言葉をつぶやく。
「今のはコスタリカ軍を裏切った分」
そう言ってタケルは剣を振り上げる。
バチーン!
「フギュー!」
「今のはアリサを泣かせた分だ」
また剣を高く掲げる。
バチーン!
「ヒー!」
「今のは俺を怒らせた分。そして、これはおまけだ」
バチーン!
「ギャーン!」
ベアトリスは息を荒くしてタケルをにらみつけた。
「殺す……絶対にあんたは許さない……」
それをタケルは鼻で笑う。
「約束通り、ビジブルは返してやるぜ」
タケルは聖剣をベアトリスの目の前に放り投げた。
「さあ、俺を殺したいんだろ。透明化してかかって来いよ」
嘲笑するタケル。
「言われなくても!」
ベアトリスは剣を取ると透明になってマントを放り投げ、タケルに斬りかかった。
「おっとぉ」
彼は難なくかわす。ソロモンの指輪の空間把握能力によって、ベアトリスの姿は手に取るように分かるのだ。
怒りにまかせて剣を振り回すが、タケルにかすりもしない。
「そらよっとぉ」
タケルは足を引っかけてベアトリスのバランスを崩した。
ビターンと草むらに倒れるベアトリス。
「それでは、俺はこれでサヨナラするぜ」
タケルは近くに繋がれていた馬の綱をほどくと鞍の上に飛び乗る。
「じゃあな。風邪を引くなよ、裸の女王様」
そう言い残して脱兎のごとくを走らせた。
「さっさと追いかけなさい! やつを殺すのよ」
ベアトリスが命じるが、近衛兵は誰も動かない。
「何をしているのよ。タケルを追いかけなさい!」
しかし、兵達は迷って行動できないでいた。
「あのう……ベアトリス様。もう、振り向いてもよろしいですか」
副官のケビンがためらいがちに聞く。
「いいわよ。今は姿を消しているから」
兵達は振り向いたが、やはり動けずにいた。
「どうしたのよ! どうして黙っているの」
「ベアトリス様、姿をお見せください。そうしないと危なくて動くことができません」
ケビンはベアトリスを間違って傷つけることを心配していたのだ。
「もうー……」
ベアトリスは落ちていたマントを拾うと、体に巻き付けて姿を現す。
「わたくしはここよ。さっさと行きなさい!」
兵達は駆けだして馬に乗り、タケルを追いかけた。
残ったベアトリスは痛む尻をさすりながらパンティを拾う。
そして、タケルが去って行った林をにらみつけながら下着をはいた。
タケルは馬で坂を下っていた。
見ると前方にはマクドリア軍の兵達が道を塞いでいる。タケルは懐から黄色のたすきを引っ張り出して肩にかけた。
「どけ! どけい。私はベアトリス将軍直属の伝令係である。至急の伝令がある。すぐに道を開けろ!」
タケルはマクドリア軍の防具を着ている。誰も敵だとは思わずに道から飛び退いた。
敵中を馬で駆け抜けるタケル。彼は難なく山を下りて退却中のトルーナン軍に向かっていった。
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