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2,ベアトリスとの決闘

 士官学校近くにある森の中。夕暮れが迫り、木々の隙間から夕日がチラチラとこぼれている。


「もうすぐ約束の時間だというのに、あいつらはまだ来ないわね」

 軽装のベアトリスが腕組みをして、副官のケビンに言った。


「はい、時間と場所はタケルの方で指定したくせに、あいつは何を考えているでしょうね」

 赤い髪のケビンが眉をひそめた。彼はベアトリスより背が少し高く、体格も良い。


 ベアトリスの横には弟のエトラートが両手に衣類を持ってたたずみ、その後ろには従者が10人ほど武装して待機していた。

 近くには大きな沼があり、かび臭い微粒子が夕暮れの涼風とともに漂ってくる。


「よお、待たせたな」

 タケルの声がして、小道の奥からアリサとタケルがやってきた。


「遅いわよ。もしかしたら、怖くなって逃げたかと思っていたところよ」

 ベアトリスが皮肉っぽく言う。


「トルーナン王国の名にかけて逃げることはあり得ないわ」

 革の防具を着たアリサが口を尖らした。胸にはトルーナン王国の紋章が銀色に輝く。

 タケルは、ベアトリス達の後方に控える兵隊が視界に入り、見とがめる。

「約束では、立会人は一人のはずだろう」

「この者たちは、ただの従者よ。戦いには参加しないから安心しなさい」

 そう言ってベアトリスがフンと鼻で笑う。


「では、決闘の勝敗はどうやって決めるの」

 アリサが聞くと、ベアトリスは隣のケビンに目をやってから答える。


「そうねえ……剣を手放すか、または負けを認めたら勝負が決まったということでどうかしら」

「いいわ」

 アリサがうなずく。


「それで、わたくしが勝ったら、その背負っているエクスカリバーをもらうわ」

 アリサの背中には大陸の支配者の証とされている大剣があった。


「うん……」

 彼女は小さな声で了解する。

 せっかく神からのギフトを受け取ったのに、それを取られたと知れたら母国の体面を汚す。アリサにとっては絶対に負けられない戦いだった。


「じゃあ、アリサが勝ったらどうするんだ」

 タケルが聞くとベアトリスは口の端を曲げて笑う。


「そんなことはないと思うけど、わたくしが負けたらお前たちの好きにしなさいよ」

「分かった、何でも言うことを聞くんだな」

「ええ」

 ベアトリスは吐き捨てるように返事をした。


 夕日が傾き、森の中は暗闇に占領されそうになっている。


「じゃあ、始めましょうか」

 アリサは背負っているエクスカリバーを抜いた。


「あっ、ちょっと待て」

 片手で制して、ベアトリスは服を脱ぎだす。すぐに細身のエトラートが近寄ってベアトリスをマントでくるんだ。彼は童顔で、そのかわいい表情を不安で陰らせている。

「ちょっと、何をやってんのよ!」

「いいから、少し待てってば」

 ベアトリスは靴を脱いでから下着も脱ぐ、そして左手でマントを抑えて、右手でケビンから聖剣ビジブルを受け取った。

 アリサは顔を赤くするが、これから決闘が始まるので目をそらすわけにはいかない。


「これで、わたくしの勝ちよ」

 ベアトリスがニヤリと笑うと、剣ごと体が消え、マントを放り投げると彼女は薄暗い森の風景に溶け込んだ。


「本当に消えるのね」

 エクスカリバーの剣先が揺れる。


「シュバーセン校長に聞いたとおりだったな。これが聖剣ビジブルの特殊能力か……。まあ、服までは消せないようだが」


 そう言ってタケルが固く口を結んだ。

 ビジブルの力によりベアトリスは光学的に透明になることができるが、実体は存在する。

 それぞれのギフトには独自の能力があり、エクスカリバーにも斬空波という衝撃波を飛ばすことができる特殊機能がある。


 タケルは校長から聖剣ビジブルの情報を得て、この場所と時刻を選んだのだ。時がたてば暗くなって見えなくなるので、条件は互角となるはず……と。


「行くわよ! アリサ姫」

 空中から声がして剣が風を切る気配を感じた。

 ガキン!

 金属音がしてエクスカリバーの剣先から火花が飛ぶ。


「ほお……さすがアリサ姫」

 ケビンが腕組みをして感服する。

「音と勘で剣を受け止めたか。確かに士官学校で剣の達人と呼ばれただけのことはある」


「フン、じゃあこれではどうかしらねえ」

 ベアトリスの乱れた足音が聞こえ、連続した攻撃。しかし、それでもアリサは大剣を軽々と振り回して敵の剣を跳ね返していた。

 だが、彼女の表情は硬くこわばっている。いかに剣の天才といえども、見えない敵の攻撃を長く回避することができるわけがない。アリサは防戦しながらジリジリと後退していた。


「アリサ! 沼に入るんだ」

 タケルが叫ぶ。

 アリサは水音を立てて沼に走りこんだ。


「逃げるな!」

 ジャブジャブと音がして、水面に穴が二つ空いている。それはベアトリスの足だった。

 そして再度、剣劇が始まったがアリサにとっては相手の場所が分かるだけ少し有利となっている。


 しばらく戦いを見守っていたタケルは、彼女たちの近くに歩いて行き、持ってきたバケツで沼の水を汲むと、その泥水をベアトリスがいる場所に浴びせかけた。

 水が散乱してガラス細工のようなベアトリスが浮かび上がると、その泥だらけになったガラス人形の口が開く。


「何をするんだ!」

「ああ、いたの? ワリィ、ワリィ。何も見えないから誰もいないかなあと思ったんでね」

「こいつう……タケル。卑怯よ!」

「透明になって戦うとか、そっちの方が卑怯だろう」

「この腰巾着があ!」


 ガラス人形がタケルに向かってきた。

 切り殺そうとタケルを襲うが、彼は難なく剣をよけている。


「無駄だよ。このソロモンリングによって場の状況は完全に把握できる。目をつむっても剣のスピードや方向、それに眼球の動きから視線なども正確に分かるから、お前の剣筋が簡単に読めるのさ」


「ちょっと! 決闘の相手は私でしょう」

 アリサが沼から走ってきて、ベアトリスの剣を弾き飛ばす。

 その剣は回転しながら高く宙を飛び、沼の中に落ちて水しぶきをあげた。


「あー!」

 全裸の姿を現して、ベアトリスが叫ぶ。


「あー! わたくしの剣が、わたくしのビジブルがあ!」

「これで勝負あったよな」

 タケルの言葉にベアトリスがキッとにらむ。


「ケビン隊長! こいつらを切り殺せ」

 副官のケビンは「はっ」と強く返答して、後ろに控えていた兵たちに合図をした。

 10人の兵は一斉に剣を抜く。


「何よ、やり方が汚いわね」

 かばうようにアリサがタケルの前に立つ。

 その時、タケルが皆の肺腑をつくような鋭い声。

「待てぇ!」

 暗い森に大声が響いた。

 その迫力にビビッて、包囲しようとしていた兵たちの動きがピタッと停止する。


「その前にやることがあるだろう」

 恫喝するように低い声を出してタケルがベアトリスをにらむ。


「な、なによ……」

「まず、お前はツルツルの股間を隠せ」

「キャッ」

 顔をゆがめ、ベアトリスは両手で体を隠してしゃがみ込む。エトラートが駆け寄ってマントをかぶせた。


「お前たちは沼に落ちた剣を拾わなくていいのか?今もズブズブと泥水の中に沈んでいるんだぞ」

 ベアトリスは引きつった顔で沼を振り返る。


「それを無くすとマクドリア国王の父ちゃんに怒られるだろう。なあ、ベアトリス嬢ちゃんよぉ」

「探せ! 皆で沼を探すのよ!」

 焦ったベアトリスが兵たちを沼に入らせる。


 ジャバジャバと激しく水音を立てて聖剣を探すが、濁った水では手探りで探すしかない。

 しばらくたったが、剣は見つからなかった。


「ああ……あの聖剣を失ったとあっては父上に勘当されてしまうわ。タケル! お前のせいよ、わたくしの聖剣を何とかしなさい!」

 ベアトリスがタケルの胸ぐらをつかんで叫ぶ。


「そんなに髪とおっぱいを振り乱して迫ってこられたら、痴女が関係を求めて誘惑しているみたいだぞ。なあ、嬢ちゃんよぉ」

 タケルが冷笑する。


「ああ、わたくしのビジブルが……。これでは国を追放されてしまう……」

 ベアトリスが泣きそうな顔で下を向いた。


「ねえ、タケル。何とかならないの」

 アリサが気の毒そうに言う。


「お人好しだなあ、姫様も。さっき、こいつは俺たちを殺そうとしたんだぜ。ほっとけばいいさ」

「国の名誉を背負っている辛さは理解できるわ。今まで机を並べて勉学にいそしんできた同級生じゃない。これだけは助けてあげましょうよ」


 大きなため息をついてタケルは沼のほとりに歩いて行った。

 目をつむって集中し、指輪の状況把握能力を発動させる。


「あの剣は水面下10メートルくらいの斜面で止まっているな……。ちょっとしたでっぱりに引っかかっているから、下手に水を動かすと底なし沼に滑り落ちて、拾うのは不可能になるだろう」


「じゃあ、タケル。お前が拾ってきなさい。沼に潜って剣を回収してくるのよ!」

 ベアトリスがタケルの背中に身勝手な命令を投げつけた。


「10メートルも泥水に潜れるか! わがまま嬢ちゃんが行って来いよ」

 にべもなくタケルが言い放つ。


 ベアトリスは悔しそうに視線をケビンに向けるが、彼は小さく首を横に振った。


「何とかできないの」

 アリサがタケルの目を覗き込むように言った。


「仕方ないなあ。じゃあ、シュバーセン校長に聞いてみるか」

 タケルは、また大きなため息をつく。


 日は沈み、森は夕やみに包まれていた。


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