19,撤退
「ベアトリス! 出てきなさい、裏切り者ぉ!」
アリサは叫びながら敵を斬り殺してきたが、反転したマクドリア軍が密集してきたので進行を止められた。
剣ではアリサにかなわないと知って、マクドリア軍の前衛は長い槍を向けて完全な防御態勢を整える。
ハリネズミのようになった敵に、さすがのアリサも攻めあぐねた。
マクドリア軍からアリサめがけて矢が飛んできた。しかし、驚異的な動体視力で、それをたたき落とす。すかさず、後ろにいたタケルが弓矢を放ち、敵の射手の防具を貫いた。
「アリサ、もう限界だ。撤退しろ」
タケルが忠告する。
「まだベアトリスを見つけていないわ! あの卑怯者を始末するまでトルーナンに帰れない」
肩で息をしているアリサが憎らしそうに敵軍をにらんだ。
副官のアルベールがせかす。
「敵の左翼と右翼が伸びてきて我々を包囲しようとしている。このままでは全滅しますよ。アリサ将軍、なにとぞ撤退の決断をお願いします」
味方は百騎ほどで、マクドリア軍は1万5000人だ。完全包囲されたら全滅は必至。
「くぅー……」
アリサは血まみれのエクスカリバーの柄を握りしめると、剣を背中のさやにしまった。
「撤退よ。さっさと逃げましょう」
ローレンツがアリサの馬を連れてきたので、それに飛び乗って駆けだした。タケルとローレンツが彼女に続き、近衛兵たちはアリサの後方を守りながら退却した。
マクドリア軍はアリサ達を追撃する。
全軍が連携した軍隊スピードでは騎馬隊に追いつけないので、ベアトリスは騎兵を集結させて先行した。その後に本隊が追随する。
包囲攻撃されていたコスタリカ軍はマクドリア軍がいなくなったことを脱出の好機として陣形を変えた。
槍部隊を前面に押し出してファランクスを形成し、敵の進行を阻む。そして、ガルガント軍めがけて、ありったけの矢を放ち、敵がひるんだ隙に全軍が戦場から逃げ出した。
アリサ達は、トルーナン王国に続いている森の小道を馬で駆けていた。
30分ほど走ってから馬を休ませ、さらに30分走ったところで本隊に追いついた。
部隊を早く移動させると輜重部隊が遅れる。本隊の最後尾は補給隊でクレーマン副将軍がその隊の指揮を執っていた。
「ご苦労さまでした。クレーマン副将軍」
馬から下りてアリサがねぎらう。
「ああ、アリサ姫。ご無事で何よりです」
そう言ってクレーマンが血まみれのアリサの姿を見て少なからず驚いた。
「ずいぶん活躍なさったようですね……」
「ええ、でも、あの恥知らずの痴女を殺すことはできなかったわ」
アリサは大きく息を吐き出した。
「そうですか、それは残念ですね……」
クレーマンが苦笑いする。
「ちょっと大変ですよ。マクドリア軍がやってきた」
望遠鏡で後ろを見ていたローレンツが平然とした口調で言った。
「貸してみろ」
副官のアルベールが望遠鏡をもぎ取って確認する。
「確かに向こうの山あいから土煙が見える。敵は騎馬隊を編制して追いかけてきたらしいな」
「まずい……このままでは追いつかれるか」
タケルは補給隊を見てから、辺りを見回す。その場所は狭い小道で両脇は急な斜面になっていた。
「すぐに移動しましょ」
アリサが言ってもクレーマン副将軍は首を小さく横に振る。
「補給部隊は足が遅い。敵が馬でやってくるならば追いつかれるのは必定。ここで迎撃するしかないでしょう」
口調は平静だったが、クレーマンは不安だった。戦闘経験の少ないトルーナン軍がどのくらいマクドリア軍に対抗できるものか。
「その通りですね」
アルベールが同意する。
「アリサ将軍はお逃げください。ここはクレーマン副将軍と私とで防ぎます」
アルベールの言葉にアリサは首を振る。
「そんなこと……できるわけないでしょ。私も戦うわ」
「いえ、アリサ姫は十分に戦いました。後は私たちにお任せください」
アルベールがニコリと笑った。
「でも、しかし……」
「アリサ将軍はトルーナン王国に帰って国王に戦果を報告する義務があります。ここで死んではいけません」
その言葉にクレーマンが大きくうなずいた。
「アリサ姫に何かあったら国王に叱られてしまいますよ」
「でも、でも……」
困ったアリサがタケルに視線を移す。
「良ければ、私にお任せください」
皆がタケルに注目した。
「タケル君、何か名案でもあるのか」
アルベール副官が求めるような視線で見た。彼はタケルの才覚を評価している。
「はい。私一人で、あのオッパイぶるんぶるん女を引き留めて見せましょう」
そう言ってニコリと笑う。
「一人で!」
アルベールを始め、皆が宇宙人を見るような目でタケルに視線を集中させた。
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