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17,降伏勧告


 アリサは泣き続けた。

 しばらく待って、気が落ち着いた頃にタケルが声をかけた。

「アリサ……泣くことは戦いが終わってから、いくらでもできる。今は撤退してトルーナン軍を無事に本国に届けることが先決だ」

 アリサは泣きはらした目でタケルを見る。

「まだ戦いは続いている。アリサは将軍なんだから、トルーナン軍の指揮をしなくちゃあな」

 そう言ってタケルはニコッと笑う。

「そうよね……トルーナンに帰って、お父様に報告をして……それから……。とにかく撤退しましょう」

 深呼吸してからクレーマン副将軍の方を向く。

「撤退するわ。全軍、トルーナンに帰りましょ」

 その声は、いつもの凛としたアリサに戻っていた。

「まあ、その前にチョコっとやっておいた方がいいと思うんだけどな……」

 タケルがニヤついて言う。

「何よ……」

「帰るときには別れの挨拶をしないとな」

 そう言って、嫌らしい顔で笑うタケルだった。


  *


 コスタリカの南側に回ったマクドリア軍は、ガルガント軍と共にコスタリカを包囲して攻撃していた。

 マクドリア軍の背後にはトルーナン軍がいる。しかし、さらにその後ろにはガルガント軍の1万がいて、トルーナン軍が動けば追撃する手はずになっていた。だから、心配する必要がないと踏んでいたのだ。


「なかなか手ごわいわね。コスタリカは……」

 総司令官のベアトリス将軍が腕組みをしてつぶやく。

 豊満な胸のベアトリス姫に男物の軍服は似合っていない。彼女の長い髪は後ろで結んでいた。

「コスタリカのブルーノ将軍は老将で戦歴が長いですからね。しぶといのは仕方がないでしょう」

 副官のケビンが答えた。彼には初めての戦闘だったので、乱れた赤い髪を整える余裕もない。


 コスタリカ軍は、包囲されると知ったとたんに密集隊形に移行し、防御に徹する。

 歴戦の勇者であるブルーノ将軍は、突然に起こった不利な状況に慌てることもなく、すぐに陣形を変えて対応したのだ。


「このまま攻撃していけば勝てるでしょうが、けっこう味方の損害が大きいわ……」

 ベアトリスは目を細めて遠くの前線を眺める。

 マクドリア軍と比べるとコスタリカ軍は良く訓練されている。不利な状況にあっても善戦していて比較的な被害は少ない。


「一度、降伏勧告してみますか?」

 そのケビンの提案に、ベアトリスはチラッと副官を見てから考え込む。

 ケビンはベアトリスの幼なじみなので、いつも対等な話し方をしていた。

「うーん……そうね。よし、使者を送りなさい」


 ケビン副官はベアトリスの指示に従って攻撃を一時的に中止し、コスタリカ軍の本営に使者を送った。

 使者の印である黄色のたすきは、大陸において共通だ。それをつけている者は戦闘中の敵であっても攻撃してはならないという不文律がある。


 しばらくして馬に乗った使者が帰ってきた。

「コスタリカ軍の将軍ブルーノ殿から返答をもらってきました」

 馬から降りた伝令係は、ベアトリスの前にひざまずく。

「向こうは何と言っていたの」

 ベアトリスが尋ねるが、兵は気まずそうに下を向いたまま。


「早く報告しろ!」

 イラついたケビン副官が命令した。

「はっ、では、ブルーノ将軍に言われたまま報告いたします」

 そう言って伝令係が立ち上がった。

「我らを裏切った卑怯者に降伏する気はない。タケル殿にお尻ペンペンされたベアトリス嬢ちゃんに少しでも将軍としての勇気があるのなら、単身でやってきて私と決闘せよ。お尻ペンペンして可愛がってやるぞ……以上です」

「何い……」

 ベアトリスは真っ赤になって激怒した。

「あのジジイ……殺してやるわ……」

 こぶしを強く握り、怒りのために顔が歪む。

「……よし、来いというのなら行ってやろうじゃないの」

 ベアトリスは服を脱ぎだした。弟のエトラートがあわててマントを持ってきて彼女に着せる。

「何をするつもりですか、ベアトリス様」

「しばらく攻撃をしないで。わたくしがカタをつけてやります」

 全裸になったベアトリスは聖剣ビジブルを持って透明化し、馬に飛び乗った。

 制止するケビンを無視し、マントをひるがえして彼女はコスタリカ軍の本営に向かっていった。


  *


 マクドリア軍が一時的に攻撃を中止したので、これを良い機会としてブルーノ将軍はコスタリカ軍の陣形を整えていた。

「アレクを連れてこなくて良かったな」

 兵に指示しているブルーノ将軍の横に立っているコスタリカのジェームズ王は小さく言った。


 第一王子のアレクサンドルは従軍を希望していたが、経験不足だとして王が却下したのだ。

「しばらくすればコスタリカ軍に疲れが出るはず。そのスキをついて脱出しましょう」

 大柄なブルーノ将軍が言うと、頼もしく思える。


 その時、本陣に馬が駆け込んできた。

 近衛兵はいぶかしく思ったが誰も乗っていなかったので、騎手を失った馬が行く当てもなく走っているのだろうとして放っておいた。

 馬はブルーノ将軍の直前で止まり、そのすぐ後に将軍の胸から血が噴き出す。

「グアー!」

 将軍は両手で虚空をかきむしった。

「ブルーノ!」

 隣の王が叫ぶ。


 将軍の胸を聖剣ビジブルで突き刺したベアトリスが全裸の姿を現した。

「どう、ベアトリス姫が挨拶にやってきたわよ。お尻ペンペンできるものならやってみなさい!」

「フン……いい乳をしているではないか……」

 ゆがんだ笑いを浮かべてブルーノ将軍が強がった。

「ふざけたことを!」

 そう言って乱暴に剣を抜くと、さらに血しぶきが舞う。

「ブルーノ将軍!」

 近衛兵が剣を抜いてベアトリスに向かっていった。

 しかし、ベアトリスはビジブルを振って血を飛ばすと、透明化能力で空中に消える。


「この場を円形に囲め!」

 ジェームズ王が怒鳴る。

「敵は聖剣で透明になっているのだ。円陣を組んで、とにかく剣を振り回せ」

 近衛兵たちはブルーノ将軍を抱きかかえている王を囲んで、やみくもに剣をぶん回した。

「ブルーノ! しっかりしろ」

 長年の友人を抱きしめて泣きそうな王。

「ジェームズ王……お逃げください。あとはアレクサンドル王子に託しましょう……」

 それが老将軍の最後の言葉だった。


  *


 ベアトリスはジェームズ王も殺すつもりだったが、近づくことができなくなったので逃げることにした。

 馬に乗って敵陣を走るが、ベアトリスの姿は見えないので、誰も攻撃してこない。やがて、彼女はマクドリア陣営に到着した。


 マントを羽織り、馬から降りて姿を表す。

「よし、攻撃よ! ケビン、敵を踏みつぶしてやりなさい」

 エトラートが持ってきたパンティをはきながら命令するベアトリス。

 ケビン副官が全軍突撃を命令しようとした時、後方から声が上がった。

「敵襲です! トルーナン軍が背後から攻撃してきました」


「なに!」

 ベアトリスとケビンは後ろを振り返る。その向こうからは破壊的な喧騒が近づいてきていた。

 はこうとしていたパンティが足下にパサリと落ちた。


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