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15,モランタン高原会戦


 曇天のモランタン高原。

 流れる雲の切れ間から割り込んでくる春の日差しが、広い草原に光の線を走らす。

 タケルたちは高原の南にある小高い丘で、トルーナン王国の1万5000人の兵と合流した。


「クレーマン、ただいま兵を連れて到着いたしました」

 そう言ってアリサに敬礼したのは、ほっそりとした赤髪の男だった。

「クレーマン副将軍、ご苦労様です」

 アリサが右手を上げて答礼する。

「トルーナン王国が戦争をしたのは10年以上も前のことですから、久しぶりの戦闘に緊張しますよ」

 アリサより10センチほど背が高いクレーマンが苦笑いで言った。しかし、彼の口調には余裕が感じられる。


「まあ、今回は敵に比べて兵の数が多い。楽勝だと思いますが」

 アリサの隣に立っていた近衛隊長のアルベールがフォローする。

「そうかもしれません。しかし、手を抜くと思いがけない失敗があるので真剣にやりましょう」

 クレーマンは自分で自分に言い聞かせるように強くうなずいた。

「軍の細かい運用は私にお任せください。アリサ将軍は進撃や撤退などの全体に関する下知をしていただければよろしいです」

「そうしていただけるとありがたいですわ。よろしくお願いします、クレーマン副将軍」

 ホッとした顔でアリサが微笑んだ。


 クレーマン副将軍は優秀だった。

 トルーナン軍が丘に到着して、しばらく休ませてから陣形の編成を行う。そして、食料や武器の補給を行い、命令系統の確立、さらには水やトイレの確保なども速やかに終了させた。


「防護柵を作った方がいいんじゃないでしょうか」

 そのタケルの提案にアリサをはじめ、皆が首をかしげた。

「なんで柵を作らなければいけないの? コスタリカ軍から進撃の命令が来た時、動きにくくなるでしょ」

 アリサが大きな目を細める。

「攻撃よりも防御を優先するべきだと思います」

 そう言ってタケルがクレーマン副将軍の方を向く。


「戦況はどうなるか分かりません。今は有利でも、後で不利な状況になるかもしれない。我がトルーナン軍は戦いに関しては素人同然です。勝利よりも、被害を抑えて戦いの経験を積むことを優先すべきです」

 説明を聞いてクレーマンが小さくうなずいた。

「そうだな……多少、コスタリカ軍のひんしゅくを買っても、今回は兵を損なわずに次の戦いに備えた方が良いかもしれない」

 彼は腕組みをしてタケルを見る。


「その通りです、副将軍。まず、負けない体制を整えてから攻撃せよ、と兵法にも載っています。トルーナン王国は小さな国なので、戦闘による損耗は最小限にすべきかと……」

 自分の国を小さな国と、平気で言うタケルだった。

「……分かった。それでは、防護柵の設置に取り掛かりたいと思います。アリサ将軍、よろしいでしょうか」

「え、ええ……、お願いするわ」

 タケルの提案には疑念が残るが、クレーマン副将軍の言うことに間違いはないだろうと考えてアリサは承認した。


  *


 防護柵が完成し、戦闘の準備が整った。

 タケルが望遠鏡で右手の丘を見ると、コスタリカ軍が布陣しているのが見え、その先にはマクドリア軍の1万5000が確認できた。

 中央が本陣のコスタリカ軍の2万で右翼がマクドリア軍、左翼がトルーナン軍の1万5000で、同盟軍は総勢5万の兵により迎撃の体制は整っている。後はガルガント軍がやってくるのを待つだけ。


「やっぱり、本物の戦争は緊張するわね」

 そう言ってアリサが口を結ぶ。

「全部、クレーマン副将軍に任せて、アリサは彼の言うとおりにしていればいいさ。演習のつもりで気楽にやれば?」

 タケルがニヤついた顔で言った。

「あんたはいつも能天気だわよねえ」

 つられて笑顔になるアリサ。


「ガルガント軍です!」

 望遠鏡で見張っていた兵が叫ぶ。

 アリサが望遠鏡で見ると、ガルガント軍が右側の森からモランタン高原に出てくる姿が遠くに確認できた。

「いよいよだな……」

 クレーマン副将軍が腕組みをする。


 その時、一頭の馬が駆け込んできた。

「伝令! コスタリカ軍の伝令です! アリサ将軍にお会いしたい」

 馬に乗ってやってきたのは、ほっそりした長身の男だった。軍服の上に伝令役を示す黄色のたすきをかけ、馬の首にも黄色い布を巻いている。

「アリサは私よ!」

 名乗らなくても、この場に女はアリサしかない。背の高い男は真っすぐにやってきて、彼女の前で馬を下りた。

「私はブルーノ将軍の副官、ロベールです。命令をお伝えします」

 そう言って敬礼する、のっぽの黒髪。

「アリサ将軍です。お伺いします」

 敬礼を返すアリサ。

「ガルガント軍が布陣したら、まず最初に我がコスタリカ軍が突撃する。そのあとに続いて攻撃するようにとの命令です。マクドリア軍も右から攻めるので、敵を包囲できるようならば、状況を見て考えるようにと」

 ロベールの言葉にうなずくアリサ。

「作戦命令、了解しましたとブルーノ将軍に伝えてちょうだい」

「はっ」

 敬礼すると、すぐにロベールは馬に乗って自分の陣地に去っていく。


「噂通り、勇猛果敢な軍人だったわね。ブルーノ将軍は」

 そう言ってアリサはタケルの方を向いた。

「ああ、トルーナン軍が先に行けと言われていたら困っただろうな」

 タケルがニヤついた顔で答える。

「向こうもトルーナンの事情を知っているからよね」

「ああ、俺たちは弱小軍隊だからなあ……。ブルーノおじさんは優しいよね」

 本当のこととはいえ、自分の軍を弱小と評価するタケルにカチンときたアリサは、大きな目で睨んだ。


 そうこうしているうちにガルガント軍の3万は、高原の中央で陣形を整えて、そのまま同盟軍が陣を張っている丘の前にやってきた。


「タケルちゃんの言うとおりになったわね」

 ローレンツがニコリと笑って横のタケルを見る。ローレンツはトルーナン王国の軍服がやけに似合っているが、軍事関係の知識は全くない。

「ああ、直接的な作戦よりも間接的な方法が効果を発揮することがある。まるで将棋だな」

「しょうぎ?」

 アリサが大きな瞳でタケルを見た。

「あ、いや、なんでもない」

 適当に言うとタケルは双眼鏡でガルガント軍を観察する。


 もうすぐ6月になろうとしているモランタン高原。

 熱気に包まれた昼前の戦場に、申し訳なさそうな微風が流れた。


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