12,使者
コスタリカ王国に向かう馬車の中、アリサはビアンカからの手紙を読んでいた。
その手紙には、トルーナン王国との同盟は不可能であり、ベルナール公国は中立を保たなければならないという内容が切々とつづられていた。
「ビアンカも苦労しているようね」
アリサは馬車の窓から流れる景色を見る。春の曇り空は雲が低く垂れこめて、重苦しい未来を暗示しているよう。
「まあ、ベルナール公国は商業ギルドが国を牛耳っている、商売人の国だからなあ。王女と言えどビアンカの権限は小さいよな……」
アリサの対面に座っているタケルが答えた。
「おとなしいビアンカちゃんだから大変だね」
ローレンツが他人事のように言う。
先の御前会議で同盟を結ぶことが決まった後、すぐにベルナール公国とコスタリカ王国に親書を送った。コスタリカは了解したが、ベルナールは断ってきたのだ。
アリサはガルガント軍の迎撃軍司令官として、打ち合わせのためにコスタリカに向かうことになった。
アリサとタケル、ローレンツ、それに副官のアルベールが近衛兵10名を率い、5台の馬車を連ねて森の細い道を進む。
今回、このアリサの役目はトルーナン王国の未来を背負った重要なもの。
もし、この会議で同盟が反故になったらトルーナン王国は単独でガルガントに立ち向かうことになってしまう。何としても確固たる同盟を結ぶ必要があった。
*
やがて馬車はコスタリカ王国の城塞都市に到着した。
アリサたちを出向かるために重い門は開かれており、その手前にアレクサンドルが待っていた。
アリサとタケルが馬車から降りると、アレクは笑って片手をあげた。
「よお、アリサにタケル。久しぶりだなあ」
大柄な体格と同様に、大らかな性格をしたアレクサンドル。
「ええ、ごきげんよう、アレク。あなたも将軍になったんでしょ」
アリサの言葉に、アレクは苦笑いを浮かべる。
「まあ、名前だけの将軍だけどな。コスタリカ軍は親父とブルーノ将軍が取り仕切っている。アリサと違って、今は見習いだ……」
そう言って彼はアリサたちを城に案内した。
しらばくコスタリカ城の客間で休憩してから、アリサたちは謁見の場に呼ばれた。
重々しい雰囲気で飾られた謁見の部屋。先にはコスタリカ王が王座に鎮座し、その後ろには数名の兵が立っている。
王はアレクと同じく大柄な体格で、しかも太っているので存在感があった。10年前の大戦ではガルガントと激戦を演じたことがある。派手な刺繍をしたガウンを着ているが、適当に着くずしている。
王の横では、ガッシリとした体格の老人が軍服を着て立っており、ギョロリとした大きな目でアリサを見下していた。
アリサは赤いじゅうたんの上を進み、王の前で片膝をつくと、後ろに続くタケルも同様にした。ローレンツは後ろで控えている。
「私はトルーナン王国の将軍を務めるアリサです。コスタリカ王においてはご機嫌麗しく……」
「ああ、良いよい!」
王が手を振ってアリサの言葉を遮った。
「堅苦しいことは面倒だ。立ちなさい、アリサ王女」
アレクのざっくばらんな性格は王である父親譲り。
アリサは立ち上がった。
「遠路はるばる、ご苦労であった」
「はい、王に会えたことは光栄でございます」
コスタリカ王は、一つ咳払いすると言った。
「いきなり将軍に抜てきされてアリサ殿も困っておるだろう。ガルガントの戦いについては私に任せなさい」
にこやかに笑うコスタリカ王。
「はい?」
王の意外な言葉にアリサが戸惑う。
「迎撃戦の指揮は我ら、コスタリカに全て任せろと言っているのだ!」
大声を出し、大きな目でにらみつけたのは王の横に仁王立ちしているブルーノ将軍だった。
「まったく、こんな小娘に大軍の指揮権を与えるとはトルーナン王国は何を考えているのか!」
「ブルーノ将軍、言葉が過ぎますよ」
壁際に立っていたアレクがたしなめる。
「本当のことを言って何が悪い! 将軍というものは多くの兵の命を預かっているのだ。ちょっとの判断ミスが大勢の味方を殺してしまう。経験のない女が務まるものではないぞ」
ブルーノ将軍は若いころから戦いの中で死線をくぐってきた。遠慮とか空気を読むという言葉は、とっくに失っている。
アリサは青い顔でうつむき、握ったこぶしが震えていた。
「まあ、トルーナン軍の指揮はアリサ将軍に任せよう。しかし、全体の指揮はこちらで執る。アリサ殿は左翼として我々の指示に従ってもらおう」
王は冷静に告げた。
「……了解いたしました」
アリサはつぶやくように答える。
ここでコスタリアと問題を起こすのは控えたい。同盟を結ぶことがトルーナン王国にとって最重要なこと。それをアリサは重々承知していた。
「左翼を任せるということは、右翼の部隊も用意しているということでしょうか」
アリサの後ろにいたタケルが質問した。
「何だお前は」
ブルーノ将軍がとがめる。
「はい、私はアリサ将軍の相談役でタケルと申すものです。今回の部隊編成について伺いたい」
どんな場面でもタケルは冷静だ。
「相談役ごときが口を出すな!」
ブルーノ将軍が突っぱねる。
「待ってください」
アレクがブルーノ将軍の方を向く。
「タケルは士官学校では優秀で、特に兵法ではトップクラスの成績でした。彼の意見も聞くべきです」
アレクのフォローに、ブルーノはフンと言って横を向く。
それを見て上座に座っていた国王が小さくため息をついてから口を開いた。
「中央の本隊は我らコスタリカ軍が務める。そして、右翼はマクドリア軍に任せることにした」
その説明を聞いて、アリサとタケルが顔を見合わせる。
マクドリア軍の将軍は、タケルたちとは何かと確執があったベアトリスだと聞いていたからだ。
アリサの脳裏には、タケルがベアトリスの尻をペンペンと叩いていた光景が浮かぶ。彼女がアレクを見ると、彼は暗い目で小さくうなずいた。
「本当にマクドリア王国は協力するのでしょうか」
タケルが問いかけると、王は怪訝そうな顔をする。
「マクドリアとはすでに同盟を結んでいる。誓約書も取り交わしているので問題はない。マクドリアとて、ガルガントの横暴は許せないであろう。今回はトルーナン王国が標的だが、次はマクドリアということもあるだろうからな」
コスタリカ王の言葉に、あからさまに反発することはできない。アリサとタケルは黙り込むしかなかった。
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