天我アキラ、俺が真のマスク・ド・ドライバーになった日。
夜明け前の薄暗い路地裏、怪我を負った神代始は怪我をした肩を押さえ、足を引きずりながらも一歩、また一歩と光の差す大通りに出ようと前に進む。
「うっ……」
この世に蔓延る悪、チジョー。
チジョーによって両親を殺された事で我の演じる神代の家は没落した。
「全てのチジョーは俺が殺す……!」
神代始の中にあるのは、心を蝕む深い憎悪と腹の内に抱えた憤怒だけだ。
だから誰とも関わってこなかったし、これからも誰かと深く関わるつもりはない。
「ぐっ……!」
あと一歩というところで、我は足をもつれさせて地べたに転がる。
そんな我の元に1人の女性が手を差し伸べた。
「大丈夫ですか?」
この近くの喫茶店のオーナー、南ハルカさんだ。
25歳の未亡人で、チジョーに旦那さんを殺されたという設定である。
「あ……」
我はここで気を失う。そして次のシーン。
目を覚ました時、我の目の前にいたのはオーナーの面影が感じられる南カナだ。
「あっ! ママ、ママ! お兄ちゃんの目が覚めたよ!!」
カナの声に反応して、奥からハルカさんが出てくる。
「よかった。目が覚めたのですね。大丈夫ですか?」
「あ、ああ……」
神代はこの件がきっかけで、怪我を癒すために南家でお世話になる。
最初は、治療のお礼ということで喫茶店を手伝うが、怪我が治った後は金がないという理由から居候することになるのだが、それはまだ少し先の話だ。
「あまり無理しないでくださいね」
そう言ってハルカさんは神代の顔を覗き込むように、少し心配そうな表情で微笑みかける。
その顔が、我の……いや、俺の、天我アキラの中の幼い時の記憶と重なった。
『アキラくん、あんまり無理したらダメよ』
小学生の時、良く俺の面倒を見てくれた近所のお姉さん。
彼女の名前は桜庭春香……だから目の前の神代は彼女と姿が重なってしまったのだろう。
これはなんという皮肉だろうか。画面の向こうの俺は服の上からTシャツに皺ができるくらい胸をぎゅっと押さえつける。
ああ……どこまで行っても、俺はこの記憶から逃れることはできないのかもしれない。
『アキラくん、すごいね。ギターなんてできるんだ』
ふっ……今思い出すと、少しでも春香ねえに近づきたかった当時の俺は背伸びばかりしていたな。
ギターもそのうちの一つで、春香ねえに歌を褒められた俺は、大人がやってるみたいにギターで弾き語りができれば彼女の……春香ねえの気が惹けると思っていた。自分でも浅はかな事だなと思う。
でもそれくらい俺は真剣だった。
これが恋だと自覚したのは中学生になった頃、急激な体の変化と共に、それまで小さかった体は一気に大きくなり、声も男らしくなった。その時はもう毎日、春香ねえのことばかりを考えていたと思う。
『アキラくん、もうそろそろ身長追い抜かれそうだね』
嬉しかった。やっと春香ねえに追いつける。俺は春香より大きくなったら告白しようと思った。
まだ中学生だけど、高校生に上がったら婚約しようって、そして卒業したらすぐに結婚するんだって……。
でも俺の積もりに積もったこの想いは、独りよがりのものだったのだ。
『アキラくん……私、ね。今度結婚するんだ』
あの時のことはよく覚えている。
目の前が急に真っ暗になって、それまで華やかに色づいていた世界はモノクロームな世界へと変わっていった。
『そっ……か、お、おめでとう、春香ねえ』
当時の俺は中学2年生、それが俺の吐き出せる精一杯の言葉だった。
『ありがとう。アキラくん』
だから俺は気がつかなかったんだ。春香ねえの苦しそうな表情に。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
カナは我のことを覗き込む。神代は小さい子供は苦手で、それを無視するようにスッと視線を逸らす。
「なんでもない」
我はぶっきらぼうにそう答える。
神代は治療のお礼に、少しでもハルカさんの負担を減らすために、ハルカさんの娘のカナと2人で買い出しに出掛けていた。
「ん……」
我はスッとカナに手を出す。はぐれたら面倒だからという理由だ。
「えへへ」
カナはその手を掴むと子供特有のだらしのない笑顔を見せる。
ほんの一瞬、顔が綻びそうになったが、神代らしく演技をするために我はスッと顔を逸らした。
「きゃーっ! チジョーよ!!」
エキストラの1人が叫び声を上げる。
白昼堂々とショッピングモールの中に現れたチジョー。
チジョー達は買い物を楽しむ女性達に危害を加えていく。
「クンクン……クンクン……ニオイガスルゾ! オトコノニオイダ!!」
一般のチジョーと共に現れる今回のボスキャラ、その名前をクンカ・クンカー。
「オトコ ヲ ダセ! オスノニオイ ヲ カガセロ!!」
苛ついて暴れるクンカ・クンカー。
「くっ……」
我はカナの手を引いて物陰に隠れる。
どうやらあいつらの目的は我のようだ。
「おい……お前はここに隠れていろ」
我はカナをその場に残してチジョー達の前に現れる。
「おい! チジョー!! お前達の敵は俺だ!!」
襲いかかってくるチジョー達、我は最小限の動きでチジョー達の攻撃を回避して薙ぎ倒していく。
もちろん我に白銀のような激しいアクションは無理だ。
だからほんの少し動くだけで余計な事はしない。後はチジョーの中に入っている素晴らしいアクター達が、激しいアクションで受身を取りながら転がってくれる。これに加えて本郷監督達の素晴らしいカメラワークと編集技術によって、実際の放送ではかなりのクオリティとなって仕上がっていた。
「ムダナコトヲ!」
確かに神代のやっていることは無駄だ。
どんなに攻撃してもドライバーの力やSYUKUJYOの使っている武器がなければ、チジョーに大きなダメージを与えることはできない。そういう設定になっている。
「くぅっ……!」
徐々に押されていく神代、壁際に追い詰められて膝をついた我の目の前の視界を一つの小さな影が遮る。
「お兄ちゃんをいじめないで!」
神代を庇ったのはカナだった。カナは小さな体を震わせて、神代を守るためにチジョーに立ちはだかる。
「なんでこんな酷いことをするの!!」
「ヒドイコト? ワタシタチ ニ ヒドイコト ヲ シタノハ オトコ ノ ホウダロ!!」
クンカ・クンカーはただの男の人の匂いが好きな女の子だった。
でもそれは決しておかしなことじゃない。俺だって春香ねえの匂いが好きだった……。
あの春の木漏れ日のような匂いに包まれているだけで、心が安らいで穏やかな気持ちになる。
『アキラくん、久しぶり』
俺が春香ねえと再会したのは大学生になってからだ。
忘れようと思って何かに打ち込もうとしてはまったギター。最初は春香ねえに振り向いてもらおうと背伸びして始めたギターが俺の心の拠り所になった。前髪で顔の半分を隠して、我などという言葉を使って自分を誤魔化して逃げてきたのに、俺は偶然にも春香ねえと再会してしまう。
元気だった?
そう言った時の春香ねえの顔は頬がこけていて、俺の知っていた春香ねえの優しい笑顔とは程遠かった。
どこか無理をして笑う彼女に違和感を感じた俺は、人伝に情報を集める。
『春香……旦那さんに毎日、殴られてるんだって。それも顔とかじゃなくて、体の見えないところとか』
俺は自分で自分の顔をぶん殴った。
春香ねえに暴力を振るった夫にも腹が立ったが、それ以上に大好きな春香を守れなかった自分自身、そしてそうなるまで気が付かなかった自分に腹が立ったからである。
あの時、私結婚するんだって言った春香ねえの顔が曇っていた事に、中学生の俺は気がついていたはずなのに!!
「ジャマヲ スルナラ オマエモ シネ!!」
クンカ・クンカーはカナに危害を加えようと手を伸ばす。
俺はその場から立ち上がって間に入ろうとしたが、膝に力が入らなくて立ち上がれない。
そんなクンカ・クンカーの伸ばした手を、どこからともなく飛んできたカブトムシが弾いた。
「ダレダ!!」
怒りを顕にするクンカ・クンカー。
カツン……カツン……。
ショッピングモールの硬い床を弾く革靴の音が響く。
「お母さんは言っていた……」
聞き覚えのある声に自然と表情が和らぎそうになる。
白銀の言葉はいつも力強く心が鼓舞されるようだ。それは剣崎を演じていても変わらない。
「たとえどんな理由があっても、誰かを傷つけていい理由にはならない!」
手にカブトムシを持った白銀こと剣崎総司はヘブンズソードへと変身する。
ああ……やっぱりかっこいいな。
剣崎もそうだが、やっぱり俺の後輩、白銀あくあは純粋にかっこいいなと思った。
『オメェさん、自分で歌うつもりはないのか?』
モジャPこと小林大悟氏、ギターをやり続けていると彼の方から俺を訪ねてきた。
しかし俺は、モジャPの問いに対して首を振る。声を出そうと思ったら、春香ねえの事がフラッシュバックして声が出なかったからだ。春香ねえに褒められた歌声。自分で歌おうと思って、何曲も作曲した。でもこの曲が日の目を見ることはない。俺の心の片隅で埃をかぶって、いつかは消えていく。そういうものだと思ってたのに、俺の目の前に現れた白銀あくあという存在が強引に俺を引っ張り上げたのだ。
『男のくせにアイドルになろうなんて馬鹿げた野郎がいるんだが、作曲してみる気はないか? とりあえず音声だけでも送るからよ。気が向いたらでいいからデータを送ってくれ』
初めて聞いた白銀あくあの歌声に心が踊った。白銀あくあの歌う曲を作曲してみたいと思った俺は、すぐに曲を作って小林さんに送る。それがきっかけで、後輩達とつるむようになった。
白銀は変わったやつで、女の子に対しても普通に接している。普通なら黛や猫山のように比較的マシな男性でも、どこか女性に対しても一歩引いた感じがあるのに、本当に老若男女問わずに平等に接していたのだ。
もし白銀なら……俺とは違う答えを導き出す事ができたのだろうか?
『春香ねえ、そんな男とは別れた方がいい』
俺は勇気を出して春香ねえに離婚を薦めた。幸いにも俺には、後輩達に会うよりも前にモジャPの元で儲けた金がある。春香ねえ1人だけならどうにか守ることができると思ったからだ。
でも春香ねえは今にも泣きそうな顔でゆっくりと首を左右に振る。
『ごめんね。でも私……あの人のことを愛しているから』
そう言った時の春香ねえの表情は、苦しそうだった。
この言葉が、俺を守るための嘘だってすぐに気がついたのに!
でも……ダサくてカッコ悪い俺は、それ以上何も言えなかった。
春香ねえからしたら俺はまだ子供で、頼りがなく見えるのだろう。
惨めで弱い自分が嫌になった。
「クソッ! ジャマヲスルナ!!」
クンカ・クンカーは手下のチジョーを剣崎にけしかける。
それを剣崎は軽くいなしていく。ただかっこいいだけじゃない、その姿は哀しみを纏っていた。
『白銀……お前、女の人を好きになったことはあるか?』
何を思ったのか、2人でツーリングしたあの夜。
俺は曇った夜空の下で缶コーヒーを飲みながら白銀にそう聞いた。
『もし、その人が他の人のものだったらどうする?』
俺の問いに白銀はこう答えた。その人が幸せそうなら、悲しいけどそれでもいいんじゃないか。
きっと今は辛くても、その人の事が好きだった美しい思い出はきっとかけがえのないものになってくれるって。
だから俺は再び白銀に質問を投げかけた。
『じゃあ、その人が、笑ってなかったら……どうする?』
白銀あくあは、その質問に即答した。
『もちろん笑えるようにします。自分が好きだった人が悲しい顔をしているところなんて見たくないじゃないですか。だからもし、好きだった人が悲しい顔をしてて、それが誰かのものだったら、俺は彼女を笑顔にするために戦いますよ。戦ってでも奪い取ります』
我は再び問う。それを相手が望んでいなかったとしても?
『でも、サインが出てたって事は、それって助けてほしいって言ってるってことじゃないんですか? 苦しい、助けてほしいって素直に言えない人だから、助けてくれる人のこととか未来とかも考えてるから、あえてそう言ったんじゃないかな』
ああ……我はなんて馬鹿なんだ。
あの人の事を愛してる……その言葉を言った時の春香ねえは、すごく苦しそうな顔をしていたじゃないか!!
本心から愛してるなら、あんな顔をするわけがないってわかってたのに!! 我は……いや、俺は! 天我アキラは何をしてるんだよ!! でかくなったのは図体だけかよ!!
『白銀、お願いがある……我の……いや、俺の! 天我アキラの背中を押してくれ!!』
白銀の両手の掌が我の背中に触れる。優しくて大きな手だった。
星空を覆い隠していた曇り空が、優しい月の光によって切り開かれていく。
『行け、天我アキラ! 世界で一番かっこいいみんなの先輩が、カッコよくないわけがないって証明してくれよ!!』
任せろ! 俺はそう答えると、春香ねえのところへと1人で走り出した。もう迷いはない。
がむしゃらだったんだと思う。気がついた時には、俺の目の前で春香ねえの夫が横たわっていた。
手が馬鹿みたいに痛い。初めて人を殴ったからだろう。
どんな事があっても暴力はいけない。でも、目の前でコイツが春香ねえに暴力を振るおうとしたのをみて、自然と体が動いてしまった。守るためには、もう戦うしかない。それにこれ以上、春香ねえの心や体が、誰にも傷付けられたくなかったからだ。
『ありがとう……』
全てが終わったわけではないが、春香ねえは前の夫から離れる事ができた。どういうわけかはわからないが、態度を豹変させて頼むから離婚してくれと向こうから言ってきたらしい。本当は慰謝料とか色々あるけど、そんなのは俺がどうにかするし、それの交渉が長引いてますます春香ねえが苦しい思いをするのは嫌だったから、弁護士さんに頼んで直ぐに離婚するようにしてもらった。
晴れて自由になった春香ねえは今、ひっそりと1人田舎でのんびりと暮らしている。でも……春香ねえは夫に暴力を振るわれた後遺症で、俺に触られることに対しても恐怖を感じていた。だから元夫を殴った俺を止めようとした時も、しがみついた手がものすごく震えていたのを覚えている。
「オトコ! オトコ! オトコォッ!」
チジョーの言葉で俺は再び現実へと引き戻される。
目の前の剣崎は、苦戦しているのかクンカ・クンカーに押されていた。
画面の中の俺は、それを見てゆっくりと立ち上がる。
世の中の全ての女性を笑顔にしたい。
後輩のその夢を叶える手伝いが自分にもできるだろうか。
「お兄ちゃんダメ……そんなボロボロなのに!」
カナが俺の体にしがみつく。その小さな体でカナは俺を、神代を守ろうとした。
小さな少女の勇気のある行動に、心に火が灯る。俺はそっとカナの体を離した。
「それでもな……大事な何かを守るためには、戦わなきゃいけない時もあるんだ。たとえそれがいけない事だったとしても、その罪を引き受ける覚悟はもうできている。だから……だから俺にも、チジョーと戦う力を!! もうこれ以上、何かを守れないのは嫌なんだッ!!」
俺が、神代が、空に向かって叫ぶ。
するとどこからか鬱陶しい羽音と共に、ハチ型のロボットが現れて俺の目の前を漂う。
俺は、それを手に取ると、空へとかざす。
「変ッッッ身ッッッッッ!!」
ここから先は、本来はプロのスーツアクターがする仕事である。
本当はそうした方がいいってわかっていたが、どうしてもこの回だけは、白銀あくあの隣に立ってみたいと思った俺は監督に直訴した。
「マスク・ド・ドライバー、ポイズンチャリス!!」
変身と同時にベルトから声が流れる。
「もうこれ以上……誰にも奪わせたりはしないッ!!」
チジョーに家族を奪われた神代と、天我アキラが重なった気がした。
迫り来るチジョーを再び最小限の動きで交わした俺は、手に持った二つの小さな曲刀のような武器で攻撃する。
そしてその二つの曲刀を合体させると、弓矢のように遠距離からクンカ・クンカーへと攻撃した。
「クッ……ワタシハ ガマン シテタノニ! ワルイコト ナンテ ナニモシナカッタノニ!! コレ イジョウ ワタシ ヲ オモチャ ニ スルナ!!」
クンカ・クンカーは人間だった時、男の匂いが好きなことを隠していた。
犯罪をするわけでも、セクハラをするわけでもなく、誰にも迷惑をかけず心の中に隠していただけ。
それなのに……その秘密を暴かれて、男にいじめられるきっかけになってしまったのである。
「クンカ・クンカー……今楽にしてやる。手を貸してくれ。そこのドライバー」
「フンっ! 仕方がない。だが勘違いするなよ、今回だけだ……!」
さっきのチジョーと剣崎の戦闘を見た神代は、剣崎は甘い男だと判断した。
だから自分には合わないと線を引いたのである。なぜならその甘さは、自分が過去に捨ててきたものだと思っていたから。でも実際は捨てきれてないのだが、それはまた別の機会に語ることにしよう。
「「アーマーパージッ!」」
背中合わせになった俺たちは、ドライバーを覆っていた装甲を空中に弾き飛ばす。
「「オーバークロックッ!」」
神代と剣崎の、俺と白銀だけの時間が加速する。
左右に分かれてクンカ・クンカーの方へと向かう俺たち。
お互いにヘルメットを被っているが、この時はヘルメットの中の白銀と目があった気がした。
「ドライバー……」
剣崎は、必殺技のモーションに入る。
それを感じ取ったクンカ・クンカーはその特徴的な鼻を膨らませて、剣崎を吸い込む。
「クンクン! クンクン!」
必殺技をキャンセルされ、クンカ・クンカーの方へと吸い寄せられていく剣崎。
しかし剣崎はその攻撃を予知したかのように、直前で体を翻すとクンカ・クンカーの背中に回り込んでその体を拘束する。
「クンカ・クンカー……お前の罰も俺が背負う」
俺は弓を引いた。真っ直ぐで綺麗な軌道。オーバー・ザ・タイム、クロックアウトの声と共に、ゆっくりとした軌道の矢が優しくクンカ・クンカーを貫いていく。そして……。
「ワタシ……は……」
変身を解除して、クンカ・クンカーを優しく抱き上げる剣崎。
俺は変身したまま、それに背中を向ける。
「男の人の匂いが……好きで、ごめんなさい……」
振り絞るように声を出すクンカ・クンカー。
剣崎はそんなクンカ・クンカーの体をぎゅっと抱きしめる。
「俺だって……女の人の匂いは好きだよ。ほら……こうやって、抱き合ってお互いの匂いを確認し合うと、そこに居るって安心するだろ。動物だってお互いの匂いを嗅いで求愛行動をするんだ。だからそれは別にダメなことじゃないんだよ」
剣崎の肩に顎を乗せて抱き合うクンカ・クンカーの目から一筋の涙がこぼれ落ちる。
「優しい匂い……私、私、こんな匂いに包まれたかった……ありがとう、ごめんね」
光の粒子となってゆっくりと空中に霧散していくクンカ・クンカー。
俺はほんの少し俯いて、拳をぎゅっと握りしめた。そしてゆっくりと変身を解除する。
「甘い……奴め……」
その場で固まった剣崎を置いていくように、神代は背中合わせであいつが向いている方向とは逆の方向へと歩いていく。ここでEDテロップが流れて、ヘブンズソードの2話は終わった。
俺はテレビを消すと、真っ暗なテレビの画面に反射した自らの顔を見つめる。
『春香ねえ、俺、明日、テレビに出るんだ……。だから見ていてくれ。もしかしたら辛いことを思い出してしまうかもしれない……でも、俺の仲間が……』
放送前日に春香ねえにかけた電話、俺はそこで言葉を詰まらせた。
本当にそれでいいのか?
勇気を出して一歩前に踏み出した猫山の姿と、白銀の言葉が重なる。
俺はこのまま変わらなくていいのか?
世界一かっこいいみんなの先輩、その先輩が後輩に託して後ろから眺めているだけでいいわけがない。
一昨日の収録、俺は後ろから白銀の背中を見ていた。
大きかった、優しくて、強くて、全身で俺を見てくれと言っていた。
そんな最高にかっこいい後輩の先輩が誰かに託しているようなダサいやつでいいのか!!
『いや、俺が! この天我アキラが! 世界を変える瞬間を見ていてくれ! 誓うよ春香ねえ!! 俺は世界中の女の人を笑顔にするんだ。それでもって春香ねえのことも絶対に笑顔にしてみせる!! だからそれを見ていて欲しい。そして……絶対に、会いにいくから。だって春香ねえは俺にとって初恋の人だから……だから、待っていてほしい。最高にかっこいい天我アキラになって今度こそ春香ねえを笑顔にしてみせる。白銀あくあじゃない、俺が春香ねえを笑顔にしてみせるって約束する!!』
言いたいことがうまく言葉にならなくて、ぐちゃぐちゃで最高にクソダサい告白だった。でも、それでも、電話の向こうの春香ねえは涙声で笑ってくれた。
「ふっ……」
俺は髪を掻き上げる。
「刮目せよ世界! 我こそが天我アキラである!! たとえ天が、世界が我を押さえつけようとも、我は諦めはしない!! 我が、我こそが、全ての女性たちが笑える世界にしてみせる!!」
白銀あくあだけじゃない、ベリルエンターテイメントには、天我アキラが! 猫山とあが! 黛慎太郎がいるのだ!! バカなことをと思う奴もいるかもしれない。でもいつだって、何かに成功した奴はバカだバカだと言われてきた連中なのだ。だったらバカが4人もいればなんかできるんじゃないかって、俺はそう思う。
我はギターを手にもつと、ヘブンズソードで使う予定の2期のOP曲を練習する。
今からこの曲を、大勢の人の前で歌うのが楽しみで仕方がなかった。
向こう何度も読んでる人ならわかるかもだけど、ちょいちょい細かいところを変えました。
森川楓こと○○スキーの日常回のお話を投稿しました。
せっかく開設したからにはこっちも有効活用したい……。
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