白銀あくあ、音楽番組に出るぞ!!
Music stage、通称Mステ。
ゴールデンタイムに放送される、超有名ご長寿音楽番組。
アイドルとして、一度でいいから出てみたいと思っていた。今日、その夢がみんなのおかげで叶う。
「ベリルエンターテイメントの皆さんですね。こちらへどうぞ」
収録はテレビ局の本社ビルの地下に作られたスタジオの中で行われる。
番組が手配してくれた送迎用のバンを降りた俺たちは、スタッフの人の誘導に従って素早くビルの中へと入った。
今日の収録で歌うのはマスク・ド・ドライバー、ヘブンズソードのOPテーマの曲のnext round。天我先輩が作曲してくれた曲で、せっかくだから今回はドライバーに出演する4人で演奏しようという事になった。
また俺たちのマネージャーとして阿古さんと、ベリル専属のスタイリストチームが現地に先入りして待機している。
以前、会社が移転するにあたって、人を増やすという話を阿古さんがしてたけど、ベリル専属のスタイリストチームもその一つだ。チームを纏めるチーフとアシスタントを務めるサブチーフはノブさんの紹介らしい。全部で10名いるスタイリストチームの残り8名のうち4名は、チーフとサブチーフがツテを辿って引き抜いてきたらしく、残り4名は求人に応募してきた中から書類選考、面接、実技テストなどを経て選んだそうだ。詳しいことは知らないけど、メンバーの中にはコロールで働いてた人もいるらしい。すごいね。
「よろしくお願いします!」
「今日はお世話になります!」
「すみません前通ります。ありがとうございます」
すれ違ったスタッフさんたちに挨拶がてらに俺が軽く会釈すると、とあ、黛、天我先輩もそれに続いて軽く会釈する。
「白銀はすごいな……我はよく知らない人に挨拶するのは少し苦手だ」
「わかりますよ天我先輩」
「あくあのそういうところ本当にすごいよね。僕の家に来た時もそんな感じだったし。夏コミの時も裏でスタッフさんと普通にハイタッチしてたし、しかも後で知り合いか聞いたら知らん人っていうんだもん。友人としては少しは警戒心を持ってもらいたいなぁって思うけど、なんかあくあはもうこのままでもいいのかなぁって思い始めてる」
とあの言葉に2人はうんうんと頷く。
「まぁ、こういうのも慣れだよ慣れ。それにほら、知り合いだっているしね」
俺はそういうと、通路の横にはけていたスタッフさんに声をかける。
「あ、鈴木さんどうも。藤の時はお世話になりました」
「えっ?」
俺が声をかけた鈴木さんはびっくりした顔をしていた。
あっちゃー、これはやっちゃったか。
これは挨拶あるあるだが、自分の方は相手の人の事を覚えていても、相手が自分の事を覚えていてくれないと、こういう時ちょっと恥ずかしい思いをしちゃうんだよな。
でもここでなかったことにすると余計に恥ずかしいので、俺は少しでも鈴木さんに自分の事を思い出してもらおうと会話を続ける。
「あ……すみません。ベリルエンターテイメントの白銀あくあです。夏休み前、藤の朝番組の現場でお世話になった……その、すみません、忘れてたらごめんなさい」
俺がそこまでいうと、鈴木さんは首が千切れるんじゃないかと思うほど顔を左右にブンブンと振った。
大丈夫? 首痛くないそれ?
「覚えてます。覚えてますとも、忘れるわけがありません!!」
あー、良かったぁ。鈴木さんが思い出してくれたおかげで、俺は恥ずかしい思いをせずにすみそうだ。
「あ……あの、なんで私の名前を……?」
俺は鈴木さんの首からぶら下げた社員証を指差す。
「前に拝見した時も名前書いてたから」
「あっ……え、あ、そうだけど、そうじゃなくって、えーと……白銀さんって、その、スタッフの人とかもその、ちゃんと覚えてたりとか?」
うーん、流石に全員が全員、覚えてるわけじゃないけど、印象的な人はそれとなく覚えてるんだよね。例えばこの鈴木さんは、収録の時も周囲をちゃんとみていて、現場がスムーズに行くように細かいところとかをサポートしてくれていたからよく覚えている。
それとこれは月9の収録の時に小雛さんからも言われたことだけど、ドラマでいろんな役をやりたいなら、仕事をしている人をよく観察した方がいいのだとか。そうすると演じた時にリアリティが出るらしい。それこそ大工さんを演じろと言われても、実際に大工さんがどんな感じでお仕事をしているのか知らなければ、台本通りにやっても現実とのズレが出て、視聴者に違和感を抱かせてしまうだけだ。
ちなみに小雛さんは他にも、収録終わりに俺やアヤナをめちゃくちゃ高いレストランに連れて行って食事したこともある。その時にアドバイスしてくれた事もとても勉強になった。
『もし、超お金持ちの役をやるとなった時に、食事のマナーができてなかったらどうなると思う? だからこういうところに来てお金を使うことは私たち役者にとっては意味のある事なの。アヤナちゃんはもうすでに結構儲けてるだろうし、芸歴も長いから安心だけど、あくあ君は近いうちに大金が振り込まれるだろうから、お金をどう使うかもちゃんと考えて使った方がいいわよ。おそらく阿古じゃ、こういうところまでは気が回ってないでしょう?』
その時の小雛さんの笑みはすごく穏やかだった。
小雛さんは阿古さんくらいしか友達はいないって話を以前してくれたけど、小雛さんが阿古さんの話をする時の表情は本当に穏やかで、それだけ小雛さんにとって阿古さんは特別な存在なんだろうなぁって思う。
高級レストランで食事した時、お酒で酔いつぶれた小雛さんをおぶった時も、俺の耳元で阿古を不幸にしたら許さないからと言っていたくらいだから、本当に阿古さんの事が好きなんだろうなぁ。事務所に来た時は、そんな素振りなんて一切見せずに結構揶揄ってるのに……っと、今は鈴木さんとの会話の途中だった。余計な事を考えるのはやめよう。
「流石に全員ではないですけど、鈴木さんは現場でもすごくテキパキとしてたから覚えてますよ。だから今日も、もしかしたら一緒にお仕事できるのかなと思ったら、ついつい嬉しくて声かけちゃいました」
「あ、あ、あ、ありがとうございます!!」
「こちらこそありがとうございます。今日もよろしくお願いしますね」
「はっ、はいっ!!」
俺は鈴木さんに手を振って別れると、誘導してくれていたスタッフさんに、立ち止まってすみませんと言った。誘導スタッフの人はいいですよと言ってくれたけど、往来で立ち止まってしまったこともあり周囲にもペコペコとお辞儀する。往来で会話してしまったせいか、なぜか全員がこちらを見ていた。
「なるほどね。こうやってまた新しい被害者を増やしていくわけなんだ。ふーん」
「白銀……ほどほどにしておけよ」
「後輩、恐ろしい子っ……!」
うっ……確かに向こうも最初覚えてなかったみたいだし、思い出してくれたから何とか乗り切れたけど、もう少しで鈴木さんを巻き添えにしてしまうところだったのは事実だ。反省しないとなぁ。
そんな事を考えていると少し広い場所にでた。するとその部屋にいた女性たちの鋭い視線が一斉にこちらを見る。
「来たわよ、ベリルエンターテイメント」
誰かがそう言った。
今日の収録に参加するのは俺たちだけではない。
他に参加するアーティストたちの視線に気圧されたのか、とあは俺の上着をぎゅっと掴むと後ろに隠れる。なぜかそれに黛と天我先輩も続く。天我先輩……言っておくけど、先輩は俺より10cm高いから頭はみ出てますよ。全然隠れられてないですからね。
俺はさっきと同じようにニコッと笑うと大きく息を吸い込む。
「ベリルエンターテイメントから来た、白銀あくあ、猫山とあ、黛慎太郎、天我アキラです! 新参者で先輩方にはご迷惑をおかけする事もあるかもしれませんが、何かあったらすぐに言ってください。今日はよろしくお願いします!!」
俺に続いて、3人もペコリと頭を下げる。
すると1人の女性がにこりと微笑む。有名な歌手の水森さんだ。確か30代後半だと聞いていたけど、噂通り若い。ファンからはミモリンと呼ばれているらしいけど、そのあだ名が許されるくらい若く見える。
「こちらこそ、今日はよろしくね。白銀君」
水森さんが喋った瞬間、なぜか周りの女性たちから冷気のようなものを感じて体がひやっとした。
あれ? 人が増えて密度が高くなったから、ちょっと空調が強くなったのかな。
「ありがとうございます、水森さん。それともテレビでみなさんが言っているように、ミモリン先輩って呼んだ方がいいですか?」
「ふぇっ!?」
あれ? ダメだったのかな? ファンはもちろんのこと、テレビでもミモリン先輩が定着してるし、ラジオ番組、教えてミモリン先輩とか、テレビ番組、ミモリン先輩と後輩たちとか、番組名でも定着してるし、そっちの方がいいかなぁって思ったんだけど、やっぱり気軽すぎたかな?
「あっ、すみません、やっぱり先輩の事をミモリンだなんて……」
俺がそこまでいうと、ミモリン先輩は綺麗にセットした髪が乱れるんじゃないかと思うくらい、首を左右にぶんぶんと振った。さっきの鈴木さんもそれやってたけど、そんなに激しく首を振らなくてもいいと思う。
「ううん、違うの白銀君。私はずっと貴方のミモリン先輩だから、な……なんなら、白銀君は特別にミモリンって呼び捨てにしてくれてもいいのよ。わからないことあったら、個別に聞いてくれてもいいし、お姉さんでよかったら、なんでも……そう、な・ん・で・も、教えてあげるからね!」
ミモリン先輩がテレビで見ている通りの優しい先輩でよかった。スタッフさんからは、水森さんは面倒見はすごくいいけど厳しい人だから気をつけてと言っていたけど、全然そんなことなかったし、やっぱり実際に顔を合わせてみないとわからないよな。うん。
俺とミモリン先輩が話していると、周りの女の子たちが急に騒がしくなった。
「ミ、ミモリン先輩うらやま……」
「よかった……あくあ君に裏表あったら人間不信になるところだった」
「白銀あくあって本当に白銀あくあなんだ」
「とあくん……守ってあげたくなる」
「実は一番可愛いのは黛くんだと思うんだ」
「アキラくんやば、普通に私に刺さる」
「ずっとCGだと思っててごめんね」
「やばいやばい、ベリルの男の子たち、生の方が100倍かっこいい!!」
「え、やば、ベリルって女部門ないの? 移籍したいー!」
「今日だけは個室手前のタコ部屋で待機しようって言った奴マジで神」
「あー、やば、なんか男の子のいい匂いする……」
「こっそり写真撮っちゃダメかな?」
「気持ちはわかるけど、ダメなんじゃない?」
「私……ちょっと行ってくる……」
みんなが何を言ってるのかはわからなかったが、1人の女の子がススっと前に出てきた。
「あ……あの……」
「ん?」
声をかけてきたのは、身長150cmにも満たないくらいの女の子だ。
白いセーラー服を意識した衣装に、幼げな雰囲気から察するとまだ中学生くらいだろうか?
その子はスマートフォンをぎゅっと握りしめて、俺のことを大きなクリッとした瞳でじっと見つめる。
「あ、あの、アイドルグループ、フェアリスの加藤イリアです。よ、よかったら、一緒に写真撮ってくれませんか?」
そういえば他のアーティストさんとか、アナウンサーさんとか、宣伝用にSNSでバックヤードの写真撮ったりするから、一緒に写真撮ってもいいか聞かれたら、仕事用ならいいですよって阿古さんから聞かされていたな。
「どうも、初めまして。白銀あくあです。SNSの宣伝ですよね。いいですよ。一緒に撮りましょうか」
加藤さんはとてとてと俺の隣に立つと、自撮りするようにカメラを構える。
しかし、加藤さんと俺との間に距離があって、何ともいえない微妙な写真になっていた。
「あ、もうちょっと近づきましょうか」
俺は加藤さんの顔の近くにすすっと寄っていく。
「あ……あ……」
加藤さんは撮影ボタンを押すが手がぶれてしまったせいで、画像もブレブレになってしまう。
「すみません、すみません」
「大丈夫ですよ。それよりこれでどう?」
俺は加藤さんの持っていたカメラに手を重ねる。
よし、これでブレないはず。
「あっ、あっ……ありがとうごじゃいまふ……」
無事に撮影を終えた加藤さんはフラフラともといたところに戻っていく。
体調悪いのかな? 大丈夫だろうか心配になる。
「嘘……でしょ……」
「あ、アイツ、やりやがった……」
「ちょっと待って、SNS用なら一緒に写真撮っていいってこと!?」
「あ、あんなに顔を寄せたらもう恋人同士じゃん……」
「やばいよ、私、あの距離感であくあ様と目があったら絶対に気絶する」
「あのさ、男の子にあんな事されて、好きにならない女の子いなくない?」
「むしろ最初から好きだから何も問題ない。そういうわけで私も行ってくる」
「ま、待って、私も一緒に写真撮ってもらう!」
「私も!」
「私は天我先輩と!」
「じゃあお姉さんは黛くんで」
「ならお姉ちゃんがとあくんをもらっちゃうね」
騒がしくこちらを伺っていたアーティストたちが一気に雪崩れ込んでくる。
「あくあに任せていたら、途中からこうなる気はしてたんだよね。うん」
「し、仕方ない、我も一肌脱ぐとしよう」
「白銀、ぼ……僕も女性になれるために頑張るよ」
す、すまん3人とも、どうせ撮影しても1人か2人くらいだよなぁって思ってたんだよ。それなのにこんなにも希望者がいるなんて、3人まで巻き込んでしまって本当に忍びない……。
俺たちが各個に写真撮影に対応していたら、奥の個室から阿古さんが出てきた。
「遅いと思ったらまぁ……すみません、みなさん。ベリルエンターテイメント社長の天鳥阿古です。撮影の時間が押していますからうちのタレントたちを通してください。撮影した写真の方は、番組撮影であることを明記した上で掲載のほどをよろしくお願いします。ほら、みんな、ぼーっとしてないで、早くこっち!」
阿古さんのおかげで、俺たちは女の子の群れの中から抜け出すことができた。
楽屋に入った俺は真っ先に、誘導してくれていたスタッフさんに謝罪する。
「す、すみません。こうなると思ってなくて」
「い、いえ、私たちの方こそこういう時に男性の皆様を守らなければいけないのに、ついつい見守ってしまいました」
俺はスタッフの人に続いて阿古さんにも謝罪の言葉を述べる。
「助かりました阿古さん。すみません、俺のせいで仕事が押しちゃって」
「ううん、私の方こそ、タコ部屋にあんなに出てるなんて思わなかったから、ちゃんと私が出迎えに行ってた方が良かったわ。ごめんね」
俺はさらに巻き込んでしまった、とあ、黛、天我先輩の3人も謝る。
「ううん、あくあのおかげで、ちょっとは女の子に慣れたよ。ありがとう」
「うむ……少しは、人見知りがマシになった気がする」
「僕も、以前なら倒れてたかもしれないけど、白銀のおかげで鍛えられていたんだなと再確認させられた。だからむしろそれを確認できたことにありがとうと言わせて欲しい」
俺はみんなの優しさにうるっときた。
「それはそうと、撮影が押してるのは事実だから、準備しましょう」
「は、はい!」
俺たちはスタイリストさんが用意してくれた衣装に着替えると、そのまま顔に軽くメイクを施されて髪もセットしてもらう。ベリルの専属スタイリストチームの、一瞬の迷いもないプロの仕事に俺は感動した。
「今日は小林さんが来れないけど、その分、私が舞台袖で見てるからね。あと本郷監督も観客席からみんなのことを応援するって聞いてるから、ステージに立つのは4人だけかもしれないけど、私たちがちゃんとそばにいることを忘れないで。だからみんな、失敗を恐れずに頑張ろう!」
「「「「はいっ!!」」」」
俺たち4人と阿古さん、そしてスタイリストチームのメンバーで円陣を組む。
「ありがとうみんな。こんな大きな音楽番組で歌えるなんて、ほんの数ヶ月前まで思っても見なかったことだけど、みんなのおかげでここまでくることができた。これからもいっぱい迷惑かけるかもしれないけど、俺ももっともっと頑張るから。それと、ついてきてほしいって言ったら傲慢に聞こえるかもしれないけど、俺はみんなと一緒にもっともっと先に行きたいと思ってる。だから、この収録も絶対に成功させよう」
俺はグルリとみんなの顔を見渡す。俺の投げかけた言葉に対して、みんなが頷いてくれた。
改めて俺は周りの人たちに恵まれていたんだなと再確認させられる。
俺が真ん中に手を差し出すと、それに合わせてみんなの手が重なっていく。
「ベリル、いくぞーっ!」
「「「「「「「「「「「「「「おーっ!」」」」」」」」」」」」」」
円陣で気合を入れ直した俺たちは、用意された上着を羽織る。
そして1人づつ楽屋を出ていく。
「天我君頑張って、グループではあなたがリーダーだと思ってるから、みんなのことをよろしくね」
「う、うむ! 天鳥社長、後輩たちのことは我に任せておけ!!」
さすがは阿古さん、天我先輩のことがよくわかってる。
「黛くん、不安になったり怖くなったり緊張したりしたら、前にいるあくあ君の背中を見て、君の前には絶対にあくあ君がいるから!」
「は、はい!」
俺は目の前にいた黛の背中を軽く叩く。すると黛が俺の方に顔を向けたので、ニッと笑い返す。
「あくあ君、今日も私に最高のステージを見せてね!」
「当然でしょ。だから阿古さんは、SS席からちゃんと見ててくださいね。瞬きすらもさせませんから」
俺は阿古さんとグータッチする。
「とあ君、みんなの中じゃ君が一番本番に強くて冷静だから、誰かが暴走しそうになったらみんなをうまくまとめてね」
「はい、任せておいてください、天鳥社長。僕がいる以上、白銀あくあに無様なステージにだけは絶対にさせませんから」
とあはそう言うと、俺の背中を両手で軽くトンと叩いた。
「だから今日も、あくあは前の観客席だけ見てて。後ろは僕らがちゃんと支えるからね」
「ああ、もちろんそのつもりだ!!」
本当は阿古さんから、初めての音楽番組だし、せっかくだからソロでもいいんだよって言われた。
でも、この曲が使われているマスク・ド・ドライバー、ヘブンズソードという番組は、みんながベリルに入ってくれるきっかけになった番組である。そんな番組を作ってくれたのは本郷監督だ。そんな本郷監督が今日の収録を見にくるって聞いた時から俺の心は決まっている。
今日は……今日だけは、本郷監督のために、いや、1人のマスク・ド・ドライバー、ヘブンズソードの最初のファンに向けて、最高のステージを見せたかった。それに加えて、俺はこんなにも頼もしい仲間たちに支えられている。そんな奴らと一緒に音楽番組に出て、俺たちにとって特別な曲が歌えることが嬉しかった。
「さぁ、今晩も始まりました。music stage。今日の出演アーティストは誰かなぁ?」
「はい、今夜もまた素敵なアーティストの方たちにお越していただいてます!」
お馴染みの曲に合わせて1組ずつ入場していく。
俺たちの出番は最後の最後だ。
「そして本日最後の出演アーティストは、今人気の日曜朝の番組から主役を務める白銀あくあ、そして2話以降から登場予定の天我アキラ、猫山とあ、黛慎太郎の4人にお越しいただいています」
例の階段を降りて、司会者の2人のところに行くと、サングラスをかけた名物司会者が俺に話しかける。
「今日、調子どう?」
「もちろん最高ですって言いたいんですけど、実は昨日ワクワクしちゃってなかなか寝られませんでした。だから少し寝不足かも……だからさっき楽屋で、メイクさんにこっそりと誤魔化してもらっちゃいました」
「うぇへっへ、なるほどね。そんな感じなんだ。それにしても今、すごい人気だよね。マスク・ド・ドライバー。私も見てるよ」
「あっ、本当ですか、ありがとうございます」
「あれさ、アクションシーン自分でやってるって書いてたけど本当なの?」
「はい、今のところ自分のシーンは全部自分でやらせてもらってます」
「ほー、すごいね」
なんだか近所のおばちゃんと会話しているような内容だが、Mステは大体こんな感じだ。
時間が押しているのか、サブ司会者のアナウンサーさんが会話に割り込む。
「今日はマスク・ド・ドライバー、ヘブンズソードのテーマ曲をバンド形式のmusic stage特別verで披露していただけるのだとか?」
「あっ、はい、そのつもりで来ました」
「うわぁ、楽しみですね。視聴者の皆さんも絶対見逃せないですよね。そういうわけで、最後までチャンネルはそのままで!!」
収録はそこで一旦ストップする。
これで入場シーンの撮影は終わりだが、この後に演奏シーンが控えているのですぐに準備を始めた。
ちなみに他の出演アーティストの演奏シーンとトークシーンの撮影は全て終わっている。
「それでは、マスク・ド・ドライバー、ヘブンズソードより、白銀あくあ、天我アキラ、猫山とあ、黛慎太郎でnext round、music stage特別verでお送りします!!」
天我先輩の激しいギターサウンドのイントロ、観客席にいるファンたちのボルテージはマックスだ。
それにとあの激しいドラムの音と、黛のベースの音が重なる。
「今、この瞬間を見逃すな!!」
観客席にいた本郷監督と目が合う。
監督は両手にうちわを2本づつ持って、全員の名前のうちわを振っていた。
ちゃんと団扇の周りに電飾で、それぞれのカラーリングを入れていたりとかすごい気合が入っている。
「それでも未来はある!!」
二番から三番のサビに繋ぐイントロ、本来であればこの間に俺の歌のパートはない。
でも俺はマイクを手に取って、観客席に向かって喋りかける。
「お母さんは言っていた!」
俺はポケットの中にこっそりと忍ばせていた、カブトムシ型のロボットを天に向かってかざす。
ちなみにこれは玩具じゃなくて、本番にも使っていたちゃんとしたやつだ。
さすがは本郷監督、一眼見てすぐに本物だと気がついて驚いた反応を見せる。
何故、本郷監督が慌てているかというと、こういう演出をすることや、こっそりとカブトムシをプロデューサーさんから借りてきている事を知らなかったからだ。
「男の子は女の子を泣かせたりしちゃダメだって、だから俺は……俺たちは! この場で誓うよ。みんなを笑顔にして魅せるって!!」
そのまま最後のサビに入る俺たち。ステージは最高の盛り上がりを見せる。
最後まで走り切るように歌い切った俺は、ラストのBGMの最中にジャケットを翻す。
その瞬間、中に仕込んでいたベルトが姿を現した。観客席から悲鳴に近い叫び声があがる。
このベルトに合わせて上手にスタイリングしてくれたチームには感謝しかない。
「いくぞ、みんな!」
俺の掛け声に、観客席にいた人たちは顔を見合わせて小さく頷く。
「「「「「「「「「「ヘン……シンっ!」」」」」」」」」」
観客席の声と俺の声が重なった。
俺が変身のポーズを取るのと同時に演奏が終わる。
そして俺たちを映していたカメラが、ゆっくりと俺の顔にズームしていく。
それまではキメ顔を作っていた俺だが、最後は表情を崩して画面の前の視聴者にウィンクして手を振った。
「はい、カーット!」
ここで撮影が終わった。
俺が振り返ると、演奏していた3人も俺の元へと一目散に駆け寄ってくる。
「やったぜ!」
「うおおおおおおおお! 後輩よ、後輩たちよ、ありがとう! ありがとう!! 我の作った曲でバンドができるなんて夢のようだ!!」
雄叫びを上げる天我先輩、最初のギターソロも最後のギターサウンドもかっこよかったもんな。
「もう、あくあったら、最後のは流石にやりすぎだって! でも、ありがとう。あくあがあの部屋から僕を外に連れ出してくれたから、そうじゃなきゃ、こんなこと経験できなかったよ!」
とあは笑顔で俺に抱きつく。むしろありがとうというのは俺の方だと思う。あの時、とあが勇気を出してくれたからこそ今があるのだと俺は言った。
「ありがとう白銀……あの時、白銀が誘ってくれたから、いや、白銀が友達になってくれてなかったら、こんなこと経験できなかったよ。本当にありがとう!」
黛は涙で眼鏡の向こうがぐちゃぐちゃだ。むしろこっちこそ感謝しかない。黛が友達になってくれたから、俺だって今が最高に楽しいよ!!
「みんな……」
俺たちは顔を見合わせると、一気に観客席に降りる。
驚いた観客席から叫び声が上がるが、みんなわかっているのか、本郷監督までの道筋を開けてくれた。
「監督、ありがとう。監督のおかげだよ」
「こ……こちらこ、ありがどう……でも、でもね、ごべんね、最後、涙で前見えなくて、ちゃんと見るってやぐぞぐじだのにっ……!」
涙でぐちゃぐちゃになった監督に俺はあえておちゃらける。
「大丈夫監督、これ録画ですから。本放送の時に改めてちゃんと見てください」
「もー! 雰囲気ぶち壊しだって! あくあってば、もう、もう!」
「はははっ、はははははははっ!」
「くっくっくっ、我は本放送の映像を録画して永久保存するっ!」
その後、調子にのった俺は見にきてくれたファンの人たちともハイタッチして、スタッフの厚意によって全員で記念撮影を撮った。最初は緊張していた3人も、慣れてきたのかファンの人たちと気軽に交流に応じる。最初の頃を思えばすごい進歩じゃないだろうか。俺はその姿を見てニヤける。
こうして、俺にとっての初めての音楽番組出演は最高の思い出の一つになった。
ちなみに笑わせると言ったが、本郷監督を泣かせてしまったのは内緒だからな!!
現在、4つの候補のハッシュタグの投票受付中。
期間は日曜の夜まで。
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なろうでのヘブンズソード放送開始を記念して、fantia、fanboxにてあくあ達4人と本郷監督達によるバーベキューのエピソードを特別に公開しました。もちろんこちらも無料で読めるので、興味があったらぜひお読みください。
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