白銀あくあ、新学期始まります!
夏休みが終わり、今日は久しぶりの学校だ。
「行ってきます!」
俺は自宅まで迎えにきてくれた黒いセダンの後部座席に乗り込む。
夏休みが終わる前に阿古さんや家族、学園側と話し合った結果、二学期からは乙女咲が手配してくれた車に乗って通学することになった。
アイドルとして本格的に露出を増やしていっている事もあって、身の安全を守るために当面の間は車で通学して様子見をしようということになっている。
「朝早くからありがとうございます。よろしくお願いします」
「あ……はい!」
俺は運転手さんと警備をしてくれる人にお礼を述べると、鞄の中から次の仕事の資料を出して眺める。
今までは電車やバイク通学だったからできなかったが、車で通学している時はこういう時間ができるのもいい。
ちなみに俺が今見ているのは、国営放送のスペシャルドラマだ。
来年の年明けに放送する予定で、昔この国にいた陰陽師がモデルとなった作品である。
俺は主役の安倍晴明役を務め、ライバルとなる蘆屋道満の役には、なんと天我先輩がキャスティングされているのだ。
『頼む、白銀! 孤独の王である我のためを思ってこの仕事を一緒に引き受けてくれないか?』
阿古さんと話し合って、本当はしばらくの間はドラマはやらない予定にしてたんだけど、どうしても陰陽師がやりたいという天我先輩の頼みを俺は無下にすることができなかった。
『わかりました。先輩、一緒にこの仕事、引き受けましょう』
『我、感無量!』
わかっていると思うけど、天我先輩1人で受ければいいなんて無粋な話はなしだ。
孤独な王と自らが言っているように、誰も知らない現場に天我先輩を1人送り出す方が後輩としてとても不安である。そんなわけで俺と天我先輩は、正月に放送するスペシャルドラマに出演することになった。
ちなみにドラマの仕事をセーブしたのは、学校が始まるからあまり多くの仕事は引き受けられないという理由が一番である。でも、それとは別に、もう一つの大きな仕事が俺たちを待っているからだ。
『みんな、よかったら声優の仕事やってみない?』
宇宙騎士ザンダム、言わずと知れた国民的ロボットアニメである。その新作シリーズに、ベリルの4人を起用したいとお願いされた。とあはこの作品のファンなのか、オファーが来たときにすごく喜んでいたのを覚えている。とあはドライバーの撮影や、コミバの出演で慣れたのか、すごく表情が明るくなったし、何をやるにしても前向きになっているのはいい傾向だと思う。
なお、ザンダムの新作のストーリーでは、俺たち4人は敵対する勢力のザンダムのパイロットという設定だ。ザンダムのパイロットは、それぞれにちゃんと闘う理由があり、俺は意識を失って眠り続ける恋人のために、とあは母親の敵討ちの為に、黛は人質に取られたお姉さんを救うために、天我先輩は病気の妹の治療のために、ザンダムのパイロットをやっている。
『これはすごい作品になる。だから絶対に仕事を受けてほしい!!』
事務所にきた監督自身が即座に土下座したのは衝撃的だった。
監督曰く、新作のザンダムでは従来の勧善懲悪な作品とは違って、すごくダーク寄りな作品になるらしい。例えばザンダムを動かすためには対価が必要で、俺の場合は記憶を引き換えに、とあは命の残量と引き換えに、黛は年齢と引き換えに、天我先輩は体の自由と引き換えにしているという設定である。渡された部分の脚本を見ても、監督が言うように、そんなに明るい内容ではない事が理解できた。
「ふぅ……」
俺は脚本を閉じると車の外へと視線を向ける。するとちょうど、乙女咲学園が目の前に見えてきた。俺の乗った車はそのまま校門を通過すると、校舎の前で停車する。
「ありがとうございました。また帰りよろしくお願いしますね」
「はい! もちろんです!!」
車から降りた俺は、そのまま下駄箱のある方へと向かった。すると目の前にクラスメイトの3人がいたので挨拶を交わす。
「胡桃さん、鷲宮さん、黒上さん、おはよう」
俺が声をかけると、3人はこちらを振り向く。夏祭りの時も見かけたけど、3人とも仲がいいようで見ているこっちもほっこりとする。
「あくあ君、久しぶりー! 元気だったー?」
胡桃さんは俺を見ると抱きつくように腕を絡ませてくる。相変わらずのスキンシップにどうやって引き剥がそうかと思っていたら、鷲宮さんが胡桃さんを引き剥がしてくれた。
「おはようございます。白銀様」
鷲宮さんの綺麗なお辞儀を見ると俺も背筋が伸びる。やっぱり育ちがいいせいなのか、鷲宮さんは姿勢が綺麗なんだよね。俺も見習わないとな。
「おはよう。白銀くん。会えなかった間、寂しかったわ」
黒上さんは相変わらずの落ち着いた大人の色気で俺の体にしなだれる。もちろんそれも鷲宮さんによってペイっと剥がされてしまう。ありがとう鷲宮さん。
「ココナさん、うるはさん、こんな往来でそんな破廉恥な事はダメですわ! 自重なさいまし!」
「あらあら、まぁまぁ……うふふ」
「リサちゃんのケチー!」
なんかこの3人を見ると、学校に来たなぁって感じがする。
俺が穏やかな目で3人を眺めていると、誰かが後ろから肩をポンポンと叩く。
「おはよ」
振り返るとそこにいたのはアヤナだ。
アイドルフェスではすれ違った時に軽く会釈はしたが、他の子もいたからあんまり話せなかったんだよな。
「あぁ、おはよう。アヤナ」
「また今日から学校ね。よろしく」
「こちらこそ」
「サマスタ見たわよ。すごく良かったと思う。でもいつものあくあと比べると、ダンスのキレがフワッとしてなかった?」
「えっ……マジ? ちょっと後で確認してみるわ」
自分ではちゃんとしてたつもりなんだけど、逆にそういう時ほど注意しないといけない。
阿古さんにも体調不良を疑われたし、カノンと付き合ったことで、自分でも知らないうちにちょっと浮かれ過ぎてたのかもしれないな。
よく考えると確かにあの時、カノンが観に来るって聞いて、いつもと比べてステージに集中できてなかったかもしれない。アイドルとしてステージに立つ以上は、やっぱりパフォーマンスに集中しないとな。
「あくあ君とアヤナさん、なんか仲良くなってない?」
「心なしか、白銀様と月街さんの距離感が以前より近いように感じますわ」
「ふぅん……なるほどね」
俺たちが下駄箱でだべっていると、もう1人見知った顔がやってきた。
「おはよう白銀」
「おはよう黛、今日から新学期だな!!」
黛は新しい眼鏡をくいっと上げる。何故、黛のメガネが新しくなったのかというと、ドライバーの撮影の時に夜みんなでBBQしたんだけど、黛が暗い砂浜に眼鏡を落としてしまって、偶然にも俺がそれを踏んじゃったんだよね。
気にしなくていいって黛は言ってくれたけど、俺はいつも黛にはお世話になってるし、どうせならちょっと奮発してお高いやつをプレゼントしたいと思った。もちろん俺が選ぶと変なやつになるかもしれないから、とあと天我先輩にもデザインを選ぶのを手伝ってもらって、実際に黛につけ心地も試してもらってから購入している。
こうやって黛が気に入って、実際にかけてもらっているのをみたら俺としてもすごく嬉しい気持ちになった。
「夏休み、あっという間だったなー」
「ありがとう、白銀のおかげですごく楽しい夏休みだったよ。こんなに楽しかったのは生まれて初めての事だったかもしれない」
「黛は大袈裟だなー。どうせまた来年も夏休みもあるし、来年はみんなでプール行こうぜ! それか海水浴」
「プ、プールか……そ、それは、大丈夫なのだろうか?」
「え? なんで?」
「い、いや、わかってなければそれでいい。血の海にならなければいいが……」
下駄箱の前にいても邪魔なので、俺は黛と一緒に教室に向かって移動する。
女子たちは俺たちが会話をし始めると、スッと先に行ってしまった。
「黛は今日事務所寄るの?」
「いや、今日は少し用事があるからやめとくよ」
「そっか。じゃあ俺も今日は普通にお休みしようかな」
「そうした方がいい、天鳥社長にも白銀がちゃんと休みの日に休んでいるか、監視しておいてほしいと言われているからな」
「うっ……わかったよ。大人しく今日は休むから」
「そうしてくれると助かる」
他愛のない会話に花を咲かせていた俺たちは、教室に入るとそれぞれの席に座る。
今日の予定は始業式と、ホームルームの席替えくらいだ。乙女咲はあまり始業式も終業式も長くないから、すぐに終わるのも個人的にはいいところだと思っている。
そんなことをぼーっと考えていると、急に自分の目の前の視界が誰かの手によって塞がれた。
「だーれだ?」
いつもの声よりも高くて女の子らしい声。いくら声色を変えていても、俺がこの声の主をわからないわけはない。
「とあ!」
「正解!」
俺は声の方へとゆっくりと振り返る。するとそこには、満面の笑みのとあが居た。
「2人と一緒に勉強したくて、学校、来ちゃった! びっくりした?」
「当然だろ。来るなんて聞いてなかったし、俺もとあと一緒に学校に通えて嬉しいよ」
黛の方をチラリと見ると、今日とあが来ることを知っていたのか苦笑していた。2人にはしてやられたけど、こういうサプライズは結構嬉しい。だって俺は、最初から3人で学校にきたかったのだから。あの日、あの時、杉田先生に言われてとあの家に行って良かったと改めて思った。
「ところでどう? 制服、似合ってる?」
「あー、似合ってる、似合って……んっ!?」
俺の目の前でくるりと回転したとあが着ているのは、俺たちと同じ男子の制服ではなく、女子が着ている制服である。確かにとあは普段もレディースの服を着たりするが、学校には男子の制服で来ると思っていた。
「防犯としては珍しくないんだよ。2人みたいに体が大きい人は大丈夫だろうけど、僕みたいな小さい男の子は簡単に誘拐されちゃうからね。念のための自衛だよ」
「あーなるほどね」
「っていうのは嘘で、普通に乙女咲の女子の制服が可愛くて着たかっただけなんだけどね」
「違うんかい!」
「あはは、やっぱりあくあは面白いなぁ。そういえば、僕が女の子だと思ってた時も意識してたもんね。ねぇ、僕が本当に男の子か女の子か試してみる?」
えっ……え、た、試すって何をですか?
ほんの一瞬女子たちの甲高い声が聞こえると、教室の前の方から咳払いをする音が聞こえた。
「コホン、2人ともそれくらいにしてやってくれないか?」
「あ……」
いつの間にやら教室に入ってきていた杉田先生が、少し赤くなった顔で俺たちの方を見つめる。そしてチラチラと視線を逸らす。俺は杉田先生が視線を飛ばす方向へと視線を向ける。
「うっ……急に心臓が……」
「何だか胸が苦しく……」
「帰ってお医者様に診てもらわないと」
「杉田先生、動悸が激しいので早退してもよろしいでしょうか?」
「あぁっ……私には眩し過ぎますわ。目眩で立ちくらみが……」
女子たちは胸を押さえ、みんな地べたにへたり込んでいた。み、みんな大丈夫だろうか? 季節の変わり目だし、体調には十分に気をつけてほしい。そんなことを考えていると、隣から頭を机にぶつけたようなゴンっという大きな音が聞こえてきた。
「くっ……」
隣の席のアヤナは顔を真っ赤にして机の上に突っ伏していた。お、おい、大丈夫か?
俺がアヤナに声をかけようとしたら、とあが俺の肩をポンと叩いた。
「女の子にも色々事情があるだろうし、こういう時は気を利かせてそっとしておこう?」
「あ、あー、うん、そうだな」
ま、まぁそうだよな。女の子にもあんまり触れられたくないことはあるだろう。俺たち男とは体の作りも違うしな。見た感じみんなやばそうな感じではない気がするから大丈夫だろう。
こうして俺たちの二学期は幕を開けた。
今日から基本的には1日1回更新になります。
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