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白銀あくあ、二人の合図。

『今、会場に着いたよ。ライブ、頑張ってね!』


 俺は携帯の画面を見てにやにやする。

 もちろんこの文章を送ってきたのはカノンだ。

 文章の後には、入場パスになっているリストバンドをつけたカノンの手首の画像が添付されている。

 俺もカノンも忙しいから会える日はそんなに多くないし、今後もデートをするのも大変だろう。辛くないって言ったら嘘になるけど、会えない日々の積み重ねがますますカノンへの思いを募らせる。


『好きなんだけどどうしたらいい?』

『私はもっと好きだから困ってるんだけど?』

『いやいや俺の方が好きなんだけど?』

『じゃあ私の方がもっと、もーっと好き!』


 昨日も寝る前に、こんな意味のないメッセージのやりとりを1時間もしてる時点で、我ながらどうかしているなと思う。そりゃ俺も寝不足になりかけるよ……。いや、寝不足になりかけたのはカノンじゃなくて、主にペゴニアさんのせいなんだけどな。

 いつの間にやら俺のアドレスをゲットしていたペゴニアさんは、カノンとのやりとりが終わった後に、俺のアカウントに一通のメッセージを送ってきた。


 送り主 ペゴニア

 宛先 白銀あくあ様

 件名 今晩のお嬢様

 本文 大事になさってくださいね。

 添付ファイル xxxx.jpg


 そうして送られてきたのが、就寝前のカノンの画像だった。

 ちなみにペゴニアさんには前科があって、その前も、着替えを始める前のカノンの写真を送ってきた事がある。

 だから俺は、本人に許可を取ってない写真を勝手に送っちゃダメですよと言った。

 その結果がこれである。写真に写ったカノンは顔を赤くして。前屈みの姿勢で胸の谷間を見せつけていた。

 確かに許可は取れって言ったけどさぁ!! それってやんわりと断ってるって事であって、本人に許可を取って、ちょっとサービス的な写真を送ってくれってわけじゃないんですよ! カノンも、もっと自分を大事にして!! しかもそのルームウェア、俺とお揃いのやつだし、もう本当に勘弁してくれ!

 ちなみに俺はその日、寝るのがほんの少し遅くなってしまった。

 まぁ、仕方ないよね。俺だって健全な男子なんだしなかなか寝られないよ。本当にあの人が侍女でカノンは大丈夫なんだろうかと心配になる。


「あくあ君、どうかした?」


 そんな邪なことを考えていたら、隣の席に座った阿古さんが俺の方へと視線を向ける。


「あ、いや、何でもないです」


 俺はスッと携帯の画面を消すと、そそくさとポケットにしまった。

 カノンと付き合ってる事を阿古さんに言うべきなんだろうけど、ここ数日はサマスタのためにお互い忙しくしていたからまだその事については話してなかったりする。一応、サマスタが終わった後に、話したい事があると阿古さんには言ったが、9月は9月で事務所移転があるので、カノンとの事を伝えるのはもう少し後になるかもしれない。

 まぁ、俺たちも来月はデートできなさそうだし、バレることはないだろうから報告がちょっと遅れても大丈夫だろう。そもそもベリルは恋愛禁止じゃないしね。


「それじゃあ行くわよ」

「はい」


 会場に着いた俺たちは、裏道を通り抜けて控え室の中に入る。

 ちなみに控え室と言っても、ちゃんとした建物内の部屋だったアイドルフェスとは違ってサマスタは仮設のテントだ。そんなわけだから俺も現地で着替えるわけにはいかないので、あらかじめ主催者が押さえてくれていた他の場所で、コロールが用意してくれた衣装に着替えてからここにきた。


「今日はよろしくお願いします」


 控え室の中では、先に来ていたトラッシュパンクスの二人が待っていた。

 二人ともフルフェイスのヘルメットを被っていて素顔は見えないが、ここ数日間一緒にリハをやった感じだと、とても気さくで優しい人たちという印象である。

 一応意思疎通のために語学の勉強もしたが、トラッシュパンクスの二人はこの国のサブカルチャーが好きらしく、カタコトだったが普通に言葉が通じた。ただ、生の声ではなく機械音声なので、もしかしたら間で通訳アプリを挟んでるのかもしれないけどね。


「ヨロシク、アクア!」

「アクア、キョウ、サンキョク、ダイジョウブ?」

「もちろん!」


 今日俺が歌う予定の曲は全部で3曲。

 トラッシュパンクスとの新曲、stay hereのソロリミックス、beautiful right? の3曲だ。

 後者2曲はトラッシュパンクスのアレンジの関係で通常の尺よりも少し短めだが、そんなにも歌えるなんて思っていなかったから3曲も歌えてとても嬉しい。


「オサキ!」

「マタ、アトデ、アオウ!」


 時間が来たので、トラッシュパンクスの二人は手をあげて、俺より先に控え室から出ていった。

 しばらくすると、二人の曲のイントロと共にステージから大歓声が聞こえてくる。

 世界トップクラスのアーティストである二人がこの国でライブをやるのは数年ぶりなので、多くの人は今日のこのフェスを楽しみにしていた。だからなのか、再販したチケットも秒で完売したらしい。

 そんな二人のステージに、今から自分が立てるのだと思うとすごく興奮した。


『行ってくる!』


 俺は控え室にいる自分の姿を自撮りした写真を添付してカノンにメッセージを返す。

 ちなみに今日の俺の衣装は、コロールオムの秋冬ものを先取りして着ているからすごく暑い……。

 下はシンプルな半袖Tシャツだが、上に羽織った革のジャケットと革手袋が蒸れる原因だと思う。それに、全ての色が黒で統一されているせいか、余計に暑苦しく見える。

 まぁ、ジャケットは途中で脱いでいいらしいから、3曲目を歌う前には脱ぎ捨てよう。


「あくあ君、頑張って!」

「はい!」


 俺は阿古さんとグータッチすると舞台袖へと移動する。そして、自分の出番がくるのをリラックスして待つ。

 会場からはトラッシュパンクスの曲を歌う観客たちの声が聞こえてきた。

 間違いなくステージのテンションはマックス。俺は彼らの曲のリズムに合わせて、軽く体を揺らせながら歌を重ねる。その姿を見た周りのスタッフさんたちが俺のことを凝視した。あれ? 歌っちゃダメでした? 俺は笑顔を作ると、せっかくなので傍にいたスタッフさんたちともハイタッチを交わしてノリで誤魔化す。ハイテンションなんだから多少の奇行は許してほしい。

 それから数十秒後、聞き覚えのあるイントロがステージから聞こえてくる。

 自分の中のボルテージはマックス、観客席からはマグマが噴き上がるかのような大歓声が聞こえてきた。


「カモン! アクア!」


 俺は舞台袖の階段を上がってステージの前に出る。

 巨大な液晶ディスプレイの前には、三角形の大きな工作物があって、そこに作られたDJブースではトラッシュパンクスの二人が手を振っていた。空はもう真っ暗で、観客席ではこの国の国旗や、スターズの国旗が振られている。これも海外アーティストのフェスではよくあることだ。

 観客席の方へと視線を向けると、夏コミやアイドルフェスとは比べ物にならないくらいのお客さんの数と、会場に向けられた撮影用のカメラの台数にびっくりする。

 確か海外向けにも配信されてるんだっけ……改めてすごいステージに出てしまったと思うのと同時に、ワクワクとした気持ちが抑え切れなかった。


「レッツゴー、ステイヒア!」


 最初の曲は、夏コミで歌ったstay hereのソロver.だ。

 2分ほどに短縮したアレンジのおかげで、原曲よりもさらにポップで軽快なリズムに仕上がっている。

 それが功を奏したのか、観客席は大いに盛り上がった。


「あくあ様ー!!」

「わぁぁぁあああああ!!」

「好きー!!」

「愛してる! 愛してる! 愛してる!!」

「なんでそんなにかっこいいの〜っ!?」

「こっち見て、あくあくーん!」


 続く曲はbeautiful right?。イントロが始まるとさらに観客席の熱量が増した。

 俺は歌の途中で試しにマイクを観客席に向けてみる。すると歌詞を覚えていてくれたのかみんなが歌ってくれた。

 実はこの曲、コーラスの部分も結構多い。俺はその後も観客の皆さんにマイクを向けてコーラスをお願いした。

 これもフェスの醍醐味の一つである。


「うわぁぁぁあああああ!」

「あくあくーん、付き合ってぇぇぇえええええ!」

「私なら二番目でも三番目でも良いからぁぁぁあああああ」

「結婚してぇえええ! なんでもするからあああ、お願いー!!」

「付き合ってぇぇぇええええええええええ!! 一回でいいからああああああああああ!!」

「好きーーーーー! 好きぃぃぃいいいいい! 大好きいいいいいいいいいい!!」


 観客席の一人がどこから出したのか、数字の書かれたプラカードを持ち上げる。

 彼女は何を思ったのか、おもむろに着ていた服を脱ぎ始めようとした。


 エェッ!?


 俺は思わず二度見しそうになったが堪える。

 何せこの会場にはカノンが来ているのだ。後でバレたら大変なことになる。

 ちなみにその女性は、周りの警備員にすぐに取り押さえられて、何処かへと連れ去られていった。


 すげぇな、サマスタ……。


 気を取り直そう。

 次はいよいよ最後のナンバー、トラッシュパンクスが俺のために作ってくれたstars boyへと入る。

 俺はトラッシュパンクスがいるステージの前に作られた巨大なリング、その中央に置かれたピアノの前まで行くと、着ていた革のジャケットを脱ぎ捨てた。前回のマントはパフォーマンス上、観客席に投げ捨てたが、今回は普通に床へ放り出しただけである。


「きゃああああああああああ!」

「うわああああああああああ!!」

「ぎぃやぁぁぁああああああああああ!!」

「やばいやばいやばいやばいやばい!」


 照明のほとんどが落ちて薄暗くなったステージの上で、俺は鍵盤の上に手を置くと優しいタッチでピアノを弾き始める。そして徐々に俺のピアノの音に、トラッシュパンクスの音が重なっていく。立ち上がった俺は演奏を止めて、マイクを手に持ってゆっくりと前へと進む。大きなスポットライトの光が俺だけを照らした。


「together!」


 俺は自らの高音域を生かすように、音を回すように声を出す。

 本来は歌詞のないところでも俺は自分の声を使って遊ぶことが多い。


「here we go!」


 流石にさっきまで着ていた革のジャケットが暑かったのか、半袖のTシャツから剥き出しになった俺の腕は少し汗ばんでいた。多分これは革の手袋をつけているせいもあるな。

 俺は首元の汗を軽く拭うと、マイクを傾ける。


「Cheugy!」


 ちなみにこの曲のタイトルとなったSTARSBOYという言葉は、スターズ本国で、クール、かっこいい、イケてるなどのスラングとして用いられているらしい。

 実は俺が歌うこの曲はスラングが多くて、お世辞にも歌詞は品がいいとは言えないが、スターズの若者にはこういう曲の方がウケがいいそうだ。


「うわぁぁぁあああああ」

「なに! なに!?」

「わっ!」

「すごー!!」

「きゃああああ!」


 クレーンに釣りあげられた紐にぶら下がったパフォーマーたちが、観客席の空中でサーカスのようなパフォーマンスを行う。曲の盛り上がりに合わせて、後ろの巨大なディスプレイの画像が切り替わったり、派手な照明効果がステージや観客席を照らす。


「The blueprint!」


 曲も最後のラストスパート、ステージの上空に多くの花火が打ち上がる。

 その花火を見て、カノンとのデートの事を思い出す。

 いくら変装しているとはいえ、カノンが今日のステージを観にくるとしたらVVIP席だろう。

 俺はあえて反対側を向いて手を振ると、クルリと反転してVVIP席の方へと向く。

 もちろんだが、どこにカノンがいるかはわからない。それでも俺は、このステージを見ているカノンに向けて、合図を送る。


「うぎゃあああああああああ!」

「ぐわあああアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」

「あああああくあああくーーーんんん!」

「キス! キス! 投げキスしたよ今!?」

「ちょっと待って、やばい、もう無理」

「えっ、えっ? VVIP席羨ましすぎるぅぅぅううううう!」

「ねぇ待って、今日のあくたんえっちすぎるー」

「ふああああああああああ!」

「あくあさまあああああ! こっちにもなんかしてえええええ!!」

「きしゅぅぅぅううううう! キスしたいいいいいいいいいい!!」


 事前にトラッシュパンクスや阿古さんからもVVIP席には媚びたパフォーマンスしてもいいよって言われてたし、これくらいやっても大丈夫だろうと思っていたが、観客席からは想定していた以上に、阿鼻叫喚に近い叫び声が聞こえてきた。

 俺は改めて観客席の方へと視線を向けると、手を振ったりウィンクをしたりする。


「もおおおおお! 好き好き好き好き好き!」

「結婚してえええ! お財布でもいいからあああああああああ!」

「次は絶対VVIP席取る! 借金じででもいぐ!!」

「アアアアア! もうムリいぃ、好き過ぎてムリなの!!」

「ねー! どうやったらあくたんとお付き合いできるのー?」

「お願い、私のこと見て!! 一回だけで良いから!!」

「やだもう、好きすぎて死ぬ。むり、耐えられないよぉ!!」


 会場がヒートアップしすぎたのか、お客さんの何人かが柵を乗り越えようとして警備員の人たちに連れていかれる。ちなみに警備員の人たちは裏にも大量に控えていて、誰かがしょっぴくと入れ替わるように新しい人が入ってきて警備の人数が減ることはなかった。


『あくあくん、サマスタは加熱しやすいから、観客席にパフォーマンスするのは最後にして、ヒートアップしたらすぐにステージから降りてきてね』


 俺は事前に阿古さんに言われた通り、最後にありがとうと言って舞台袖のステージへと引っ込んだ。

 後ろに引っ込むと観客席からは一際大きな声が聞こえてくる。俺は、出迎えてくれたスタッフさんたちとタッチすると、阿古さんのいる控室へと向かう。


「すみません。少しやりすぎでしたか?」

「お疲れ様、サマスタはこれくらいやっても大丈夫だから気にしなくていいわよ」


 俺は阿古さんからタオルを受け取ると、首筋など体の汗を拭う。ついでだからこの手袋ももう脱いでおこうかな。俺は使い終わったタオルと一緒に手袋を横のテーブルの上に置いた。

 暫くするとスタッフの人が、慌てた感じでテントの前にやってくる。


「帰りの準備できました。いつでもいけます!!」

「わかりました。あくあくん、もう出るわよ!」

「あっ、はい!!」


 俺と阿古さんはスタッフの人が用意してくれた車に乗り込んで、サマスタの会場を脱出する。

 ポケットから携帯を取り出すと、新規メッセージを告げるライトがピカピカと光っていた。

 俺はメッセージアプリを開くと中のメッセージを確認する。


『投げキス、ちゃんと受け取ったよ』


 最後に添えられたハートマークが可愛くて悶えそうになる。

 何よりも追加で添付されたカノンのキス顔に俺の顔が赤くなった。

 こんな可愛い子とお付き合いしているなんて……ん? お付き合い? そういえば、俺、ちゃんとカノンに付き合ってとか言ってなかった気がする。さっきまで赤くなっていた顔が急に青ざめていく。

 カノンがキスを受け入れてくれたから付き合ってた気持ちになってたけど、こういうのはやっぱ言って確認しておいた方がいいよな? やべぇ、浮かれすぎてて肝心な事を伝え忘れてる事に今気がついた。

 次のデート、いつになるんだろう。ちゃんと会って言いたいし、くそ、こうなったら学校行くか? でもバレたらダメだしな。なんかいい案があればいいけど……。


「あくあ君大丈夫? 体調悪いなら病院行く?」

「あ、いえ……大丈夫です。少し疲れただけかも」

「そう? それならいいんだけど……明日はお休みにしておくからゆっくり休んでね。明後日からは学校が始まっちゃうし、大変だろうけど頑張って」

「は、はい!」


 明日かー、明日はカノンに予定が入ってるんだよね。まぁ疲れているのは事実だし、明日はゆっくりと休ませてもらうか。その間に、何か良い案がないか考えておこう。

次回は21時更新です。


ツイ垢です。主に更新日時などを連絡しています。


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[一言] この時点ではまだカノンに告白してない!←ここ重要になるかも!
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