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白銀あくあ、世界を変える一歩。

本日2度目の投稿になります。

 イントロと同時に、俺は舞台袖からステージに現れる。

 その瞬間、観客席のお客さんたちの視線が俺の方へと釘付けになった。


「牙をのぞかせた真夏のヴァンパイア、わざとらしい薄着が君を刺激する。うなじを覗かせ隙を見せたら、ガブリと噛み付く俺は吸血鬼」


 とあが作曲してくれたこの曲は、吸血鬼に扮した俺が女の子たちを魅惑する曲である。

 作詞してくれた黛に、俺が夏なんで過激で大胆な歌詞でとオーダーすると、お前、本気で言っているのかという顔をされてしまった。最初は微妙な顔をしていた黛だが、二人であーだこーだと作詞を考えているうちに、楽しくなってしまったのか、自然と表現もエスカレートしていってしまう。最終的に完成した曲を聞いたモジャさんも夏の暑さに頭がおかしくなったのか、お前は頭がおかしいと腹を抱えながら爆笑していた。そしてそれを聞いたジョンが、さらにトチ狂ったのか、悪ノリしてしまったのである。

 その結果、阿古さんが全てを知ったのは最後まで完成してしまったあとだった。

 そう、つまりはプロデューサーのモジャさんまで悪ノリに付き合ってしまったということである。それどころか途中から、作詞に天我先輩も加わって余計に悪ノリしてしまったのは内緒だ。

 阿古さんの隣で曲を聞いていたとあの呆れた顔は忘れられない。せっかく真面目に作曲してくれたのに、本当にごめん……。


「確信的な露出と挑発的なファッションに揺れ動かされてみてよ。刹那のフェロモンで無防備な貴女を意識させる」


 改めて会場にいたお客さんの方へと目を向けると、みんな俺の方を見たままの状態で微動だにしていなかった。

 これでもまだ布面積増やした方なんだけどな……やっぱり阿古さんのいうように刺激が強すぎたか? 半分くらいの人は、ずっと口が開きっぱなしになっていた。


「2人だけの密かな逢引、中まで暴く俺の熱い視線の眼差しに貴女も落とされてみてよ」


 真下から吹き出してきた風に、俺は羽織っていたマントを翻す。


「吸血鬼たちの夏の祭典、牙を見せる真夏のヴァンパイア」


 空中に舞い上がったマントの下に着ていた俺の姿が観客席に露わになる。

 この瞬間だと思った俺は、手を使ったジェスチャーで観客席を煽るに煽った!

 だって、このアップテンポな曲は、ホットな夏を盛り上げるために作った曲なんだから。

 もっとお客さんに弾けてほしいと思った俺は、会場全体のお客さんに視線を飛ばす。

 それに対してほんの少しでも反応してくれたお客さんが居たら、俺はウィンクを飛ばしたり手で合図を送ったりした。そうすることで何人かのお客さんが反応してくれたので、俺はその熱を周囲に感染させていくように、歌とダンスのパフォーマンスで場を盛り上げていく。

 気がつけば、まばらだったお客さんがステージに集まって、みんなが曲に合わせて手を振っていた。

 曲はクライマックス、俺もラストスパートをかける。


「一夜の過ちに身を焦がすのはザッツ・オールライトっ!」


 俺は後ろのバックスクリーンに大きく写るように、カメラに近づくと目の横で3本ピースを決めてウインクした。

 そのパフォーマンスに対して、観客席から黄色い声援が返ってくる。よかった、最初はびっくりしたのかもしれないけど、結構ノリがいい人たちみたいだ。


「今夜は誰が俺に噛まれたい? 一つ屋根の下でドキドキしたくはないか? 夏の暑さよりもうだるような、二人だけの夜を過ごそう!」


 最後まで歌い切った俺は、羽織っていたマントを観客席へと投げ捨てる。

 偶然にもそのマントをキャッチした人は放心状態で固まっていた。

 悲鳴にも近い歓声と共にステージを照らしていた照明は暗転する。

 舞台袖から出てきた人たちに手伝ってもらって、俺は次の曲に合わせてジャケットを羽織った。

 その間に次の曲のイントロが流れる。

 次に歌う曲は天我先輩作曲の、ガラスのティーンエイジャーだ。


「この気持ちに気がついた時、貴女は誰かのもので、遠目に見つめる俺に気がつかない振りをした」


 これは道ならぬ恋を描いた曲だ。

 決して恋をしてはならぬ女性に、淡い恋心を抱いてしまった思春期の少年の心を歌ったものである。

 ちなみにたまたま事務所に来ていた母さんがこの曲を聞いて、何を思ったのか、既婚女性に手を出すならお母さんにしておきなさいとか血迷ったことを言い出した。多分母さんは自分の息子が不倫をしないか不安になったのだろう。心配しなくても俺だって誰かが不幸になるようなことなんてしないよ……。


「たった一枚の紙切れ、それが貴女と俺の間を隔てる」


 さっきまでのテンションが嘘のように、観客席の女性たちは手に持ったハンカチを握りしめてハラハラとした表情で俺のことを見つめている。その一方でうっとりとした表情で俺の事を見つめていたお姉さんも居た。

 ダンスの振り付けでジャケットが捲れて、下に着ていた最初の衣装が何度もチラチラと見える。

 その度に観客席のお客さんたちが反応してくれた。ぶっちゃけ、少し恥ずかしかったけど、喜んでくれているのならそれに応えるのがアイドルというものだろう。俺は恥ずかしさを押し殺してアイドルである自らのパフォーマンスを優先する。


「ひび割れたガラスの向こうに眼差しを向けたら貴女の後ろ姿が見える」


 曲も終盤に差し掛かった俺は、勢いよくステージの上から飛び降りた。それを見た観客席から悲鳴が上がる。

 ステージと観客席の間にはスペースがあって、観客席の前には柵があるので安全上の問題もない。

 ステージを降りた俺がゆっくりと観客席の方へと歩いていくと、それに合わせてお客さんの声が大きくなる。


「Come together over me」


 俺はあえて近くにいた女性に視線を送る。

 そうしたのはステージの上にいるときは、できる限り奥の方にいる人に視線を送ったりするようにしていたからだ。


「ガラスのティーンエイジャー、割れた欠片が俺の心を切り刻む。いつかはこの気持ちに区切りをつけることができるのだろうか? ずっと貴女だけを見ていた」


 俺は最後をしっとりと歌い上げると、最前列にいた女の人たちが伸ばした手と次々にタッチを交わす。

 それに対して前列にいた観客席からは喜びの声が上がり、後ろの方にいた観客席からは残念がる声が上がった。

 俺はステージ横の階段から上に登ると、ほんの少し間をおいて呼吸を整える。


「みなさん、こんにちは。ベリルエンターテイメント所属の白銀あくあです」

「「「「「こんにちはー!!」」」」」


 観客席を見るとさっきまでまばらだったお客さんが嘘のように埋まっていた。

 阿古さん、見てくれていますか? 俺は心の中でそう呟く。

 ここはサブステージかもしれないけど、俺はメインステージに負けるつもりはない。


「ところで今日のシークレットゲスト、俺で大丈夫でしたか?」


 俺はマイクを観客席に向ける。


「大丈夫ー!」

「あくあ君、今日来てくれてありがとー」

「来るんじゃないかって思ってたよー」

「好きー、結婚してー!!」

「衣装もっと良く見せて!!」

「こっち向いてー!!」

「あくあくーん!!」

「愛してるよー!」

「大好きー!!」


 会場からは多くの声が返ってくる。

 全てを聞き取れるわけじゃないが、概ね歓迎してくれているようでよかった。


「ありがとう! 俺もみんなの事が大好きだよ!!」


 俺は観客席に向かって手を振る。


「ぎゃああああああああああ!!」

「好き、好きって言った今!!」

「やばい、やばい、やばい!!」

「私はもっと、もぉーっと好き!!」

「ア゛ア゛ア゛アアあ゛あ゛あ゛ぁぁぁっ!」

「最初からずっと大好きだよー!」

「男の子から好きなんて言われたの初めてー!」

「好き好き好き好き好き!」


 会場から悲鳴に近い大きな叫び声になって返ってくる。

 普段の俺なら少し恥ずかしかったかもしれないが、2曲歌った事で気分が高揚しているのか今のところは平然としていられた。


「この衣装すごいでしょ? ジョンのデザインなんだけど、実は俺もちょっと恥ずかしかったりするんだよね」


 俺はジャケットを開くと中の衣装を観客に見せる。


「ぐぎゃあああああアアア゛ア゛ア゛!」

「衣装すごーい!」

「やばいよやばいよ!!」

「そんな衣装だめー!」

「私のこと噛んでー!」

「もっと良く見せてー!!」

「ダメー、あくあ様は、そんなに簡単に素肌を見せないでー!!」

「お姉さんの血を吸ってー!」

「ジョンさーん!」

「コロールしか勝たん!」

「もっと見せてぇぇぇえええええ!」


 流石に少しやり過ぎだっただろうか。

 でもこの後に続く本番の曲を思えば、最初にこれくらいはぶちかましとかないといけない。


「それじゃ、次で最後の曲だけど、よかったら聞いてください」


 その曲は、デモの段階ではこの世界は美しいというタイトルが付けられた。


 beautiful right?


 最初はこの国の言葉で作られた曲だったが、ジョンの提案でスターズや他の国でも披露することを考えて外国でも通用するように歌詞を再構成した。

 作詞してくれた黛は本当に大変だったと思う。ありがとうと俺は心の中で呟く。


「いやああああああああ!」

「もっとここにいてぇぇぇえええええ!」

「うわあああアアアアア!」

「お願い! 延長してえええええ!」

「あくあ! あくあ! あくあ!」

「最後なんてやだやだやだあああああ!」

「頑張れえええええ!」

「もっと聞かせてえええ!」

「ちゃんと聞いてるよおおおおお!」

「ああああああああああ!」


 俺はシンセサイザーの前に立つと鍵盤に手を添えた。

 それと同時に、時計の針のカチカチという音が会場の中にゆっくりと響いていく。

 最初の一音を美しく、それでいて流れるように、俺は軽やかなタッチで鍵盤を弾いた。

 長いイントロ、とあの作りあげた世界からこの世界へと音が降ってくる。


「last number! beautiful right?」


 俺はマイクに向かって曲のタイトルを告げる。

 曲は美しさを維持したまま、徐々にアップテンポになっていく。

 俺は鍵盤から指を離すと、マイクを手にとって再び前にでる。


「I know what you're agony」


 俺は君が苦しんでいることを知っている。


「Trying to finish everything now」


 今、この瞬間にも全てを終わらせようとしているよね。


「But I noticed」


 でも俺は気が付いてしまった。


「So I have to stop」


 だから君を止めなきゃいけない。


「Because I notice the mistakes of the beautiful world」


 この世界の過ちに気が付いてしまったから。


「So I have to stop」


 だから君を止めなきゃいけない。


「Change the world」


 世界を変えよう。


「We’re world is beautiful」


 俺たちの生きるこの世界は美しい。


「We’re world so beautiful」


 俺たちの生きるこの世界はとても美しい。


「We're alive is really beautiful world?」


 でも俺たちが生きているこの世界の美しさは本物なのだろうか?

 

 とあが作曲してくれた曲はすごく綺麗な曲だった。

 それも不自然なほどに美しく整ったメロディーラインは、なぜか俺の心をゾワゾワとさせる。

 曲を聞いた俺が感じたのは、この世界における歪さだ。

 それと同時に自分の中での一つの想いが膨らんでいく。


 果たしてこのままでいいのだろうか?


 黛は俺に出会う前から、この世界の男女の歪さに違和感を感じていた。

 とあは俺に出会ったことで、閉じた世界から一歩を踏み出そうとしている。

 残念ながら俺一人が頑張っても笑顔にできる人間は限られていると思う。

 そんな俺にヒントをくれたのが、とあや黛、天我先輩、モジャさん、ノブさん、ジョン達だった。


 一人が無理ならみんなの力を借りればいい。


 この曲は、俺が、俺たち男が世界を変える決意表明の曲だ。

 だからこの世界に生きる全ての女の人に気が付いてほしい。

 諦めて現状を受け入れないでほしいと思った。


 男だって変われる。


 そのためにはまず、女の子たちに顔を上げて生きて欲しいと思った。

 男たちを特別扱いするのではなく、お互いを思いやれる優しい関係になるように。

 だから俺は彼女達に伝えなければいけない。


 君たちは魅力的で素敵な女性なんだって事を。


 だから背筋を伸ばして自信を持って前を向いてほしい。

 現状を嘆いて生きる必要なんてないんだってことを、彼女達に伝えてあげたかった。

 

「Let's be beautiful」


 一緒に美しくしよう。


 男だけでもダメ、女の子だけでもダメ。

 みんなが変わらなきゃいけない。

 それがより多くの人を笑顔にできる道だと思うから。

 もしかしたら俺の、俺たちのやろうとしていることは間違いなのかもしれない。

 だからと言って、このままでは何も変わらないだろう。


 たった一度しかない人生。俺はあんな形で終わりを迎えてしまった。


 それなら、やってから後悔したい。

 たとえそれが間違いだったとしても、やってみなければわからない事だ。

 一歩を踏み出すのは怖いことかも知れない。

 でもそんな俺に勇気を与えてくれたのは、とあだ。

 とあは俺に秘密を打ち明ける時に、勇気を持って一歩を踏み出した。

 そんなかっこいいあいつの姿を見て、俺が何もせずにびびって立ちすくんでちゃダメだろ?

 攻撃こそが最大の防御、この世界で初めての男性アイドル、白銀あくあが守りに入ってどうするよ。


 阿古さんとの約束、世界で一番のアイドルになる。


 世界で一番のアイドルなら、世界の一つくらい変えるくらいじゃないとダメだろ。

 だから最高の特等席から、アイドル白銀あくあが世界を変える様を見ていてくれ!!

 それが俺が貴女にできる最大の恩返しなのだから。


「beautiful?」


 俺は問いかけるように最後の言葉を吐き出した。


 はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……。


 俺は乱れた呼吸を整える。

 全てを出し切ったはずだ。

 俺が歌っている時、背景では完成したばかりのMVが流れていたから、この曲の本当の意味が観客席には伝わったと思う。ただ美しいだけの曲じゃないこの曲の本当の解釈。それに気が付いてくれた人はどれだけいるのだろう。

 自分の心臓の鼓動がうるさくて何も聞こえなかった俺の耳に、徐々に音が戻ってくる。


 言語化するのも難しい咆哮のような唸り声と叫ぶような慟哭。

 観客席を見渡すと、大勢の女性達が涙を流していた。

 その中には俺の見知った人もいる。


「ありがとう!!」


 俺は振り絞るように声を出した。

 それと同時に、俺を照らしていた照明が落ちて舞台が暗転する。

 最後の曲を終えた俺は、すぐに舞台袖にはけていく。


「白銀!」

「モジャさん!」


 俺は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったモジャさんと抱き合った。


「おめぇやっぱすげぇよ!! 俺の夢を叶えてくれてありがとうな!!」

「何言ってんですかモジャさん、モジャさんの夢は男のアーティストが世界で一番取ることなんでしょ。まだ始まったばかりじゃないですか。だからほら、もっとダメだったところ言ってくださいよ」

「いいのか? ダメなとこ結構多かったぞ。それこそ最後、感情に持ってかれて勢いで誤魔化しやがって!!」

「あれ? やっぱバレてました?」

「当然だ、ど阿呆! 帰ったらもっとビシバシ鍛えっからな!!」


 モジャさんはニカっと歯を見せて笑う。


「あくあ君」


 消えいるようなか細い声の方に振り向くと、モジャさんよりも涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった阿古さんが居た。

 俺は阿古さんに近づくと、彼女の体を包み込むように抱きしめる。


「阿古さん、ありがとう」

「あくあ君、ありがとうって言わなきゃいけないのは私の方だよ」

「ステージ、どうだった?」

「最高に決まってるじゃないの。でもやっぱりあの衣装はやりすぎよ」

「はは……」

「ねぇ、あくあくん」

「ん?」

「私、貴方のために最高のステージを作るわ。世界で一番のアイドルになる貴方にふさわしいステージを。だから……ね、そこで歌ってくれる?」

「当然でしょ。これからもこの先も、ずっとずっと、俺は阿古さんの作ったステージで歌いますよ。むしろそこで歌えるように、俺が阿古さんに置いていかれないようにしないと」

「ふふっ、それじゃあお互いに負けないように頑張らなきゃね」


 俺は阿古さんと体を離すと、固い握手を交わす。

 こうしてアイドル白銀あくあとしての初めてのソロステージは、最高の形で終えることができた。

 俺は……いや、俺たちは、この曲が後にもっととんでもないことになるのをまだ知らない。

ツイ垢です。主に更新日時などを連絡しています。


https://mobile.twitter.com/yuuritohoney

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