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山田丸男、それでも白龍先生なら!!

 俺と孔雀の2人は頭を抱えたまま固まる。


『早くその女性を下ろすんだ!!』


 現場に駆けつけた警察官たちは、ヘブンズソードに変身している剣崎へと銃を構える。

 そんな状況で何か違和感を感じた剣崎は、少し離れたところで住民の避難を手伝っていたセイジョ・ミダラーへと視線を向けた。


『く……あ、う……ダメ、私の大事な記憶が……』


 セイジョ・ミダラーは片手で頭を押さえながら、何かに縋り付くような顔で剣崎へと視線を向ける。


『あり……がとう。ごめ……んなさい』


 セイジョ・ミダラーを演じる雪白えみりさんは、涙を流しながらも剣崎に対して笑顔を見せる。

 時間にしてたった5秒もないシーンだが、視聴者に瞬きすることすら許さない印象に残る演技だ。

 俺と孔雀の2人は、雪白えみりさんの高い演技力と表現力に息をのむ。


『ミダラー!!』

『あ あ あ ああああああああああ!』


 セイジョ・ミダラーを中心とした闇のオーラが広がっていく。

 おい、嘘だろ!? 一体、どうなってるんだ!?


『きゃあっ!』

『うわあっ!!』


 天高くセイジョ・ミダラーが飛ぶと、周囲に雷鳴が降り注ぐ。

 そこで何かに気がついた孔雀が目を見開いた。


「おい、これって……剣崎の記憶が消えた事で、救われたチジョー達の中からもその救いの記憶がなくなったんじゃないのか?」


 嘘……だろ? そんな、せっかくチジョーのみんなも剣崎や他のドライバー達に救われて平和な日々を過ごしていたのに、そのあったかい記憶まで消されちまったってことかよ!! そんなのやるせねえじゃないか!!

 俺がスマホでSNSを開くとトレンドに【司先生無双】【絶望の司先生ターン】【白龍先生頑張れ!】【それでも白龍先生なら!!】のハッシュタグが入っているのが目につく。

 くっ、さっきまでトレンドインしてた【淡島さんの妊娠発表まだ?】【黛パパ、おめでとう】【ロ・シュツ・マー、お前席代われ】【クンカ・クンカー、船じゃなくてバイク降りろ】の平和そうなハッシュタグは何処に行ったんだ!?


『くっ! 気をつけろ! チジョーだ!!』

『全員、銃を構えろ。発砲を許可する!!』

『もしもし本部ですか!? セイジョ・ミダラーが現れました! すぐにSYUKUJYOと自衛隊に応援要請をお願いします!!』


 警察官達はミダラーに向かって発砲する。

 おい、やめろ!! そいつは敵じゃないだろ!!


『ミダラー!!』


 剣崎はチジョーだった女性を安全な位置で下ろすと、ミダラーに近づこうとする。

 しかし、空から落ちてきた落雷にそれを阻まれた。

 あまりにも絶望的すぎる状況に俺は頭を抱える。

 一体、どうすりゃいいんだよ!

 その様子をゴスロリ服を着た加藤イリアさんが遠くから観察する。


『どうして、うまくいかないの? 私はただ、みんなから悲しい記憶を消したいだけなのに……ああああああ!』


 絶望した表情のイリアさんがその場で悶える。

 そんな彼女にまとわりつく黒いモヤが何かを形作っていく。

 やがてそのモヤの塊は何かの顔のようになり、ニヤリと笑みを浮かべた。


『いいぞ。セイジョ・ミダラー……ずっと半端者だったお前は、記憶から剣崎を失った絶望と悲しみで最後の理性を手放し、本物のチジョーとして覚醒する時が来たのだ!!』


 そっか……。ミダラーって最初から小物感がすごくて相手の親玉としては微妙だなった思っていたら、最初から彼女自身は人類の味方で、本当の目的は悪神を向こう側の世界に封印しておく事だったもんな。

 その役目から解放してくれた剣崎との楽しい日々を、記憶から完全に消されたミダラーの事を思ったら俺は心が痛くなってきた。

 正直、俺はこいつよりもこの脚本を書いた司先生が怖い。

 あの人は、どれだけ俺たちの目を曇らせて、脳みそを破壊すればいいんだ!!


『くそっ! SYUKUJYOはまだか!?』

『それが、本部と連絡がつかないみたいです!!』


 おいおいおいおい! SYUKUJYO本部でも何かあったのか!?

 視聴者の俺ですら絶望しているのに、それでも剣崎だけはただ目の前を、セイジョ・ミダラーをまっすぐと見つめていた。


『ミダラー、俺を見ろ!!』


 剣崎はミダラーからの攻撃を喰らいながらも、少しずつ、少しずつ前に出る。

 カッケェよ、剣崎総司……。俺は自分が演じる火野蓮との差を感じる。

 いや、違う。俺が演じさせてもらっている火野蓮だって剣崎総司に負けてない。

 これは、中の人の問題だ。

 剣崎の魅力をフルに引き出しているあくあさんと違って、俺は火野蓮の魅力を完璧に引き出せてない。


『うおおおおおおおおおお!』


 剣崎は攻撃するために手を伸ばしていたミダラーに向かって手を差し出す。

 そのシーンが、剣崎がミダラーの手を掴んで救ったあの日と、テレビ版の最終話と重なる。

 いい演出だ。身を捩らせたミダラーが苦悶の表情を浮かべる。


『逃げ……て』


 ミダラーは剣崎の方へと伸ばしていた手をずらすと、落雷で高速道路の一部を崩壊させる。


『くっ!』


 高速道路の崩落に巻き込まれた剣崎だけがそのまま落下していく。

 ミダラーは最後の理性を搾り出すと、異空間を作りそのままどこかへと消えてしまった。

 警察官の1人が、湖の中に落下したヘブンズソードへと視線を向ける。

 しかし、ヘブンズソードは浮き上がってこない。


「なぁ、丸男。これってCGか?」

「いや……あくあさんの事だから生身のスタントだろ……」


 確か前に、古くなって使わなくなった旧高速道路からパワードスーツを着て落下したけど、流石に死ぬかと思ったぜって、あくあさんが笑いながら話をしていたのを聞いた。

 やる方もやる方だが、撮影する方もある意味で凄い。うちのドライバーのスタッフはかなりまともだけど、多分、ヘブンズソードのスタッフ達はあくあさんに脳を焼かれてしまったのだろう……。

 ここでシーンが切り替わると、親の顔より見てるSYUKUJYOの本部が映る。


『田島司令! 何者かが本部から何かを奪い逃走しています!』

『くっ! 一体、何が起きているんだ!!』


 嫌な予感がした。その予感が数秒後に的中する。

 バイクに乗った夜影が、SYUKUJYOの隊員達から逃げるシーンが映し出された。


『くそっ! 一体、何がどうなっているんだ!!』


 夜影は自分が背負ったバックパックへと視線を向ける。

 そうだった。剣崎だけじゃない。ドライバーである夜影の事もみんなの中から忘れられたんだ。

 ここで夜影の回想シーンに突入する。

 なるほど、夜影は彼女の事を忘れた田島司令や他の隊員から、組織の内部に侵入した不審者として拘束されようとしたのか。

 夜影はそんな状況でも彼女たちの拘束を振り切り、SYUKUJYOで預かっていた3人のドライバーベルトをバックパックに入れて逃亡しようとする。

 そこにやってきたのが田島司令だった。


『手を上げろ……ミサ』

『田島司令……?』


 ん? 俺と孔雀は顔を見合わせる。

 今、ミサって言ったよな!?


『ミサ、そのままの状況で私の話を聞け。おそらく誰かが私達の中からドライバーの記憶を消したんだろう。だが……正式なドライバーではなく、プロトタイプドライバーシステムの被検体だった私の記憶は排除できなかったみたいだ』


 ああ、ああ! そうだった!!

 俺と孔雀はもう一度顔を見合わせて2人で驚きあった。


『おそらくその影響だろう。私は一瞬だけ君たちに関する自分の記憶が揺らいだが、すぐに君達の事を思い出した。この事を相手に悟られない為にも、私はこのまま記憶を失った演技を続ける。ミサ……お前はベルトを持って、他の3人のところへ行け。そして剣崎を探すんだ。こんな状況でも剣崎なら、私達のヘブンズソードならどうにかしてくれるはずだ!!』


 田島司令は監視カメラに背を向けた状態で辛い表情をする。


『すまない。ミサ……。いつも、お前達にばかり負担をかける。だが……こんな常軌を逸した状態で、誰が敵かもわからないままでは、どうする事もできない。だから、今はそれを持って逃げろ』


 阿部さん……すごい演技だ。田島司令の中にある申し訳ない気持ちと、苦痛が目に見えて感じる。

 そんな表情をしつつも、夜影に向けられた銃口が全く揺らいでないのがすごい。

 普通なら感情が昂って銃口が揺らぐシーンだが、ここで銃口が揺らぐと監視カメラの映像に残ってしまう。

 そこも計算に入れた上での演技だ。


『ミサ、10秒後に撃つ。合わせろよ』

『……』


 夜影は何も喋ってない。でも、夜影が目を閉じた瞬間に、ありがとうございます。と言ったような気がした。

 俺は身震いする。田島司令を演じる阿部さんも、夜影を演じる小早川さんもすごい役者だ。

 でも、小早川さんはこういう演技ができる人じゃなかった。

 俺の脳裏に、彼女達からこの演技を引き出したあくあさんの影がチラつく。


 同じ現場に居るだけで、彼に見られていると思うだけで私の肌が、心の奥が彼の放つ本気の熱でヒリつく。

 ほんの一瞬でも、本郷監督の隣に座ってこちらを見ている彼の視線が、ただの一瞬すらも私に気を抜かせてはくれないんだよ。

 私は彼と同じ作品に出れて幸運だと思った。そのおかげで私は前よりも、もっといい役者になれたのだから。


 俺は前に小早川さんがインタビューで言っていた言葉を思い出す。


『変……身!!』


 田島司令の銃撃を変身で弾いた夜影は、ドライバーの中でも1番と呼ばれるバイコーンビートルのパワーで壁を破壊して逃亡する。

 ここで回想シーンが明けると、どこかの廃倉庫に逃げ込んだ夜影はバックパックを開いて回収したベルトを3匹のメカに預けた。


『頼むぞ。お前達、これを今すぐに3人の元に持っていってくれ』


 それぞれのベルトを持ったメカが廃倉庫の崩れた天井の隙間から空へと飛んでいく。

 夜影はそれを見送ると、再びバイクに跨った。


『剣崎もそうだが……ミダラーが暴走した事を考えると、悪神や他のチジョー達の事も心配だ。くそっ! ただでさえ味方がいないのに、やらなきゃいけないことが多すぎる!!』


 夜影は文句を言いつつもバイクを蒸してその場を後にする。

 ここでシーンが切り替わると、街中で暴れるチジョー達が映った。

 暴れ出したチジョーから逃げ惑う人々の間を抜けるように、とあさんの演じる加賀美がチジョーの元へと向かう。


『一体、何がどうなっているんだよ!!』


 加賀美は戸惑いつつも、逃げ遅れた人達をサポートする。

 しかし、それに気がついたチジョーが救助中の加賀美へと襲い掛かった。


『くっ!!』

 

 チジョーからの攻撃を回避した加賀美は、近くにあった鉄パイプで抗戦する。

 すごい。あくあさんや天我先輩とは比べられないけど、ついにとあさんも生身でアクションを演じる日が来たんだ。


『こんな事なら、ミサさんのからのトレーニングのお誘いを断るんじゃなかった!!』


 相手の攻撃に尻餅をついた加賀美は、グルグルと転がって敵の攻撃を回避した。

 これが剣崎なら中の人のせいで生身でもどうにかなる気がするけど、加賀美だと見ている俺たちもハラハラする。

 そこに、ベルトを持ったバタフライファムが飛んできた。良いタイミングだ!!

 バタフライファムはチジョーを撹乱した後に、加賀美にベルトを装着してその周りを飛び回る。


『バタフライファム、ごめんね。僕が君を手放した事を怒ってるんだろ? え? 怒ってない? 少し拗ねてるだけ? はは、そうか。ありがとう。それなのに、また僕に手を貸してくれて』


 バタフライファムは加賀美の手の中にすっぽりと収まる。

 どうやら2人は和解したようだ。


『さぁ、行くよ。バタフライファム!! 変……身っ!!』


 白銀色のドライバー、バタフライファム。

 登場は遅い方だったけど、その美しい外見のフォルムとスピード感あふれるアクションシーンと槍捌きのかっこ良さから人気のドライバーだ。

 バタフライファムは持っていた槍で相手の攻撃を受け止めると、その脇腹に回し蹴りを叩き込む。


『グギャアッ!』

『おっと、ごめんね』


 バタフライファムはその美しさとは裏腹に足癖が少しだけ……いや、かなり悪い。

 インターネットのお姉さん達は、バタフライファムの足癖が悪いのはヘブンズソードの影響に違いないと鼻息を荒くして語っていたから、きっとそれが理由なんだろう。

 バタフライファムはよろけたチジョーに距離を詰めると、そのまま彼女の腰に手を回して抱き抱える。まるで、フィギュアスケートのペアが見せるような絵になるワンシーンだ。

 このカットが採用されたのは、きっと、とあさんがフィギュアスケートのスペシャルドラマに出ていたからだろう。とあさんとあくあさんが2人で一緒に滑ったあの演技は本当に美しかった。


『バタフライエフェクト!!』


 バタフライエフェクトはバタフライファムの必殺技の一つで、ほんの小さなきっかけから徐々にチジョーの心を開いて、その心を解放する特殊な必殺技だ。

 チジョーの回想を挟みつつ、バタフライファムは彼女の心を癒してチジョーへの変身を解く。

 そこへ駆けつけた警察官がバタフライファムへと銃口を向ける。

 さっきのヘブンズソードと同じ展開だ。いや……違う!!

 その反対側から誰かがバタフライファムへと近づく。


『……え?』


 加賀美は近づいてきた人物を見て固まる。

 最終回後の映画で復活しエゴ・イストを演じる山岸リョウさんだ。

 彼女は普通の人に戻り、日常を生きていたはずなのに、なんで……。


『強く……もっと強く……』


 明らかに様子のおかしいエゴ・イストが、手に持ったベルトを自分の腰に装着する。

 嘘……だろ? それはプロトタイプヘブンズソードのベルトじゃないか!!


『変……身!』


 プロトタイプヘブンズソードに変身したエゴ・イストが黒いモヤに包まれる。

 おいおいおいおい! プロトタイプヘブンズソードに変身した上に更にチジョー化するなんて、そんなの……。


『流石にそれはやりすぎのチートでしょ』


 加賀美の呟いた言葉が、俺と孔雀、いや、この番組を見ているすべての視聴者達の心と重なる。

 だって、こいつ、ただでさえ強かったじゃん。それなのにプロトタイプとはいえ、ドライバーでヘブンズソードだもん。なんでこいつが、こんなのを持っているんだ……。さっきのどさくさで手に入れたのか!?

 いや、今はそんな事を考えている暇もない。

 加賀美も流石にやばいと思ったのか、その場からエゴ・イストを引き離すように逃げた。

 これも一般市民や、自分に銃口を向けてきた警察官を巻き込まないようにするためにだろう。


『最強は……この私だ!!』


 バタフライファムは両手で槍を構えると、がエゴ・イストの刀による斬撃を受け止める。

 しかし、エゴ・イストとのパワー差で簡単に吹き飛ばされた。

 それでもバタフライファムは、ドライバー最速のスピードでエゴ・イストを撹乱しようとする。


『無駄だ。遅い!』


 足を掴まれたバタフライファムは、そのままジャイアントスイングで放り投げられた。

 無理無理無理、こんなのヘブンズソードじゃなかったら勝てないって!!

 流石に見ている俺たちも諦めるレベルだ。

 でも、加賀美は諦めなかった。


『くっ……それでも、僕は……僕が! やらなきゃ、誰がやるって言うんだよ!!』


 アーマーパージしたバタフライファムは最速の一撃をエゴ・イストの、プロトタイプヘブンズソードの装甲の隙間に叩き込む。

 叫び声をあげ苦悶の表情を浮かべたエゴ・イストが逃げ出す。

 そうだった。こいつやトラ・ウマーは痛み耐性が低いから、危なくなるとすぐに逃げ出すんだよな。


『はあ、はあ……僕も、逃げなきゃ……』


 変身を解除した加賀美は、足を引き摺りながらもサイレンが鳴り響くその場所から立ち去る。

 ここでシーンが切り替わると、スーツ姿にリュックの黛さん演じる橘が現れた。

 確か、橘は弁護士になったんだよな?

 橘は腕時計に目をやると、優しげな笑みを浮かべる。

 ああ、帰宅するのが楽しみなんだろうな。愛する月子が待ってる家に帰るのが……。


「一体、誰がこんな脚本考えたんだよ……」

「そんなもん、1人しかないだろう……」


 俺と孔雀は頭を抱えながら、それでも白龍先生ならと祈った。

 おそらくこの瞬間、このドラマを見ている人達の半分がそれでも剣崎ならと祈り、残り半分がそれでも白龍先生ならと祈っていたと思う。


『きゃあっ!!』


 女性の悲鳴を聞いた橘は、すかさずその方向へと走り出す。

 すると、恐怖にすくむ妊婦さんが地面に座り込んでいた。

 その姿が月子と重なって見えた橘はすぐに妊婦さんへと駆け寄る。


『大丈夫ですか!?』

『あ、あ、あ……あれ……』


 橘は女性が指差した方へと視線を向ける。

 そして、そこに立っていた人物を見て、彼は完全に固まってしまった。


『月……子。いや……トラ・ウマー……?』


 だから誰がこの脚本書いたんだよ!

 司先生、お願いだから少しだけでいいから、じっとしててください!!


『誰……?』


 トラ・ウマーの、月子の言葉に橘は愕然とする。

 うわあああああああああああああああああ!

 お願いします、司先生。お願いだから、あの幸せそうだった2人の最初のシーンを返してください!!


『月子! 俺だ!! 橘斬鬼だ!!』

『橘……斬鬼……?』


 月子は頭の痛みに苦悶の表情を浮かべる。

 よかった。月子もまだ完全に橘の事を忘れたわけじゃないんだな。


『ううっ……痛い。お前を見ていると頭が痛くなる!! お前が私のトラウマか!?』

『違う! 月子。俺の話を聞いてくれ!!』


 トラ・ウマーは駆け寄ろうとする橘斬鬼を手で跳ね除けた。

 橘は地面に倒れ込むと、その衝撃で眼鏡が吹き飛ぶ。

 ああ! 橘さんの橘さんが!!


『うるさい!! 人間が私に近づくな!!』


 橘は妊婦さんの方をチラッと見ると、彼女を巻き込まないようにトラウマーを自分の方へと惹きつけて、その場から離れた。

 それでも元チジョーの幹部であるトラ・ウマーと、ドライバーとはいえ生身ではただの一般人である橘の間には身体能力の面でも大きな差がある。

 徐々に追い詰められ傷だらけになった橘が壁際へと倒れ込む。

 そこへ、ベルトを持ったライトニングホッパーが現れた。

 しかし、橘はライトニングホッパーへの変身を拒否する。


『ダメだ。月子は敵じゃない! 月子……目を醒ませ!! 俺を、俺との日々を思い出してくれ!!』


 傷らだけになった橘がゆっくりと立ち上がる。

 アップになった橘は頬が擦り切れ、切れた唇からは血が流れ、目元には殴られたような痕があった。

 それでもまっすぐと月子を見つめる橘の表情に、それを演じる黛さんの空気感に俺も孔雀も呑まれていく。

 俺なんかが成長してるって言ったら烏滸がましいと思うけど、初期の黛さんの演技力とは全然違う。これも、これもあくあさんの影響なのか。いや、きっと、そうなんだろう。

 だって、黛さんはあくあさんの親友として、本当にあの人に追いつこうと必死に頑張っているんだから。


『くっ!!』


 トラ・ウマーはお腹を手で押さえる。

 それを見た瞬間、俺と孔雀の2人は軽くハイタッチした。

 子供だ。月子のお腹にいる2人の子供が、月子を、母を止めようとしている。

 この脚本は間違いなく白龍先生だ。司先生のターンに支配された脚本の中で、ほんの少しの希望が芽吹く。


『なんなんだ。お前は……。なんで、私はお前を……ううっ』


 トラ・ウマーは異空間を作り出すと、そこに逃げ出す。

 それを見た橘は地面に膝から崩れ落ちると、握りしめた拳で何度もアスファルトの地面を叩いた。


『くそっ……くそおおおおおおおおおおおっ!』


 橘の叫び声が大きな雨音にかき消される。

 ここでシーンが切り替わると、南珈琲店で働いているはずの神代が夜の公園のブランコに1人で座っていた。

 なんだろう。天我先輩って、なんでこんなにも哀愁が漂うカットが似合うんだろうか。


『くっ! 俺が……俺が、冷蔵庫に隠していたはるかのプリンを勝手に食べたせいなのか!?』


 俺と孔雀はソファから滑り落ちそうになる。

 何、今、なんて言った?

 ここで神代の回想シーンに突入する。

 買い出しが終わって南珈琲店に帰ってきた神代を待っていたのは、記憶を失ったはるかさん達とお父さん達だった。

 全員から忘れられた神代は、不審者としてガチで通報されそうになったから、慌てて荷物を置いて公園に逃げ出したというわけか……。

 俺と孔雀の2人はそれを見て頭を抱えた。

 なんで神代だけこんなコミカルなんだよ。神代にもかっこいいシーン用意してあげたっていいじゃないか!!


『もうそろそろ帰っても許してくれるかな?』


 神代は寂しげな顔をしながら、ブランコを立ち漕ぎする。

 このシーンは絶対に司先生でも白龍先生でもないぞ。

 こういうお茶目な事をするのはシリーズ構成で元々の脚本を担当していた井上先生達だろ!!

 脚本に2人の名前しか入ってなかったから油断してたわ!!


『よしっ! 全力で土下座しよう。それしかない!!』


 意を決した神代がブランコから飛び降りる。

 そこに誰かが近づいてきた。


『オトコ……オトコ ダ』


 1人じゃない。2人、3人と人が増えていく。

 しかもその全員が見覚えのある人物達だった。

 それを見た神代は驚愕したような表情を見せる。


『お、お前達は……』


 シ・シュンキー、ヤン・デ・ルー、メン・ヘラー、今までに戦ってきたチジョー達だ……。

 その間を掻き分け1人の人物が現れる。


「ノウ・メーン……岩成ニコさんか」


 伝説的なスーツアクターで、天我先輩の個人トレーナー兼ベリルのトレーナーを務める岩成ニコさんだ。

 中の人同士とはいえ、まさかの師弟対決か。本郷監督らしい熱い展開だ。

 そう思っていたら、今度はその反対側から別のチジョーグループが現れる。

 その中心に居たのは……。


『どういうことだ!? 答えろ……ボッチ・ザ・ワールド!!』


 うわあああああああああああああ。せ、先輩対決だぁ……。

 あくあさんの2人しかいない先輩、天我先輩と小雛ゆかりさんのW先輩の対時にネットが盛り上がる。

 でも、SNSのコメントをよく見たら「天我先輩、そいつだけはやっちゃっていい!」「天我先輩オナシャス!」「小雛ゆかりを倒せ!!」と、何故か天我先輩を応援するコメントで溢れていた。

 さすがはボッチ・ザ・ワールドを演じている小雛ゆかりさんだ。リアルでも孤立無縁、孤軍奮闘を強いられている……。


『誰だか知らないけど、なんででしょうね。なんで私は貴方達、人間の味方をしていたんでしょう。私たちはただ穏やかに暮らしたいだけなのに……』


 小雛ゆかりさんは悲しげな表情を見せながらチジョー化する。

 それに合わせて他の人たちもチジョー化していった。

 そこへタイミング良く、ポイズンチャリスがベルトが持って現れる。

 おい、お前! 他のゼクトドライバーと違って、明らかに時間経過してるし、ずっと自分が出るタイミングを測っていただろ!!


『ポイズンチャリス……もう一度、俺にお前になるチャンスを与えてくれるのか……』


 ポイズンチャリスを手に掴んだ神代はベルトを腰に装着する。


『ありがとう。行くぞ。相棒!! 変身っ!!』


 ああ、天我先輩が100回リテイクしたって言ってた変身シーンがこれか。

 神代は、これでもかというくらい本郷監督のかっこいいカメラワークでポイズンチャリスに変身する。


『ふんっ!』


 ポイズンチャリスはチジョーからの攻撃を両手に持った曲刀で受け止める。

 さらにそこからバク転して後ろに飛んだポイズンチャリスは、二つの曲刀を合体させた弓で矢を放った。

 おお〜、ニコさん仕込みのアクションで神代を演じる天我先輩が魅せる。

 それに負けじとニコさんも得意のアクションを披露していく。


『流石にこの人数はきついな。それに、これでは……』


 初期の神代ならおそらくチジョーを一体ずつ倒していただろう。

 でも……今の神代は違う。

 彼はこれだけの人数のチジョーと戦いながら、誰も倒そうとはしていなかった。

 きっと、剣崎みたいにチジョー化を解除させようとしていたんだろう。

 しかし、これではあまりにも多勢に無勢だ。そんなチャンスすらない。

 そんな状況で、こちらへと近づいてくるバイクの音が聞こえてきた。


『神代! こっちだ!!』

『バイコーンビートル!? 夜影か!!』


 ポイズンチャリスは夜影が運転するバイクに飛び乗る。

 おお、すごい。天我先輩はこんなシーンもスタントなしで撮影できるようになったんだ。

 天我先輩が本場のステイツでアクションスターになるのも夢じゃないかもしれない。


『夜影、これはどういう事だ!?』

『その説明は後でする。今は逃げるぞ。神代!!』


 ここでシーンが切り替わると、見覚えのあるアナウンサーがでてきた。

 あ、森川さんだ……。

 森川さんは高速道路での事件を報道する。

 嘘だろ……。剣崎が指名手配だなんて。

 いや、剣崎だけじゃない。SYUKUJYO本部から逃げ出した夜影や、街中で戦った加賀美達も全国指名手配されていた。

 ここで再びシーンが切り替わると、バスジャックから解放された人々が家族と抱き合って無事を喜びあう。

 その中に見覚えがある少女が居た。

 あれ……? 確か、あの子って小雛ゆかりさんがオーディション番組で特別審査員賞を渡して選んだ、しぃちゃんだっけ? 小雛ゆかりさんがあくあさんに「あんたよりも素直でいい子なのよ!」って、自慢していたのを遠くから見た気がする。

 そんな、しぃちゃんの下に2人の男女が駆け寄っていく。


『ああ、良かった。あゆむ、無事だったのね! 心配したのよ……!』

『あゆむが無事で本当に良かった……!』


 うぉっ!? お父さん役がニャンコスキーだ!

 作業服を着たニャンコスキーが、しぃちゃんの演じるあゆむちゃんを抱き寄せる。


「ニャンコ紳士、あいつ隠してたな」


 俺は孔雀の言葉に頷く。

 今頃、きっと男性掲示板はこの話題で盛り上がっているだろう。


『違うのパパ、ママ……』


 ニュースを見たあゆむちゃんがポツリと呟く。

 この子、子役なのに横顔に雰囲気があるな。


『あのお兄ちゃんは私たちを助けてくれたんだよ』


 やっぱり子供はわかってるな!!

 俺と孔雀は無言でハイタッチした。


『あゆむ……』


 あゆむちゃんのお父さんはテレビ画面に映った剣崎へと視線を向ける。


『パパは、あゆむの言う事を信じてくれないの?』


 あゆむちゃんのお父さんは、あゆむちゃんの言葉に首を左右に振る。


『いいや。あゆむがそう言うなら、俺はこの男を、彼を信じるよ』

『パパ、ありがとう』


 さっきまで悲しげな顔をしていたあゆむちゃんの表情がパッと明るくなる。

 いいぞ。それでこそ俺たちのニャンコスキーだ!!

 お前の大好きなとあさんが信じているあくあさんをお前が信じなくてどうする!!

 男性掲示板民の全員が、お前に期待しているからな!!


「こっからだ」

「ああ、ここからだ!!」


 俺と孔雀は前のめりになって画面を見つめる。

 状況は絶望的だが、それでも剣崎達ならどうにかしてくれるはずだ。

 俺がSNSへと視線を向けると【目覚めろ白龍アイコ】【白龍先生、絶賛気絶中】【起きろ! 白龍アイコ】【私達の白龍先生】がトレンドインしていた……。

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