白銀あくあ、年内最後のライブツアー。
2日目のライブを無事に終えた俺達は、全国ライブツアーin沖縄の最終日を迎える。
ツアーファイナルは年明けの東京ライブなので、全国ツアーとしてのライブ活動は今日が最後だ。
「結局、この前のはなんだったんだろうな」
一昨日の夜に起きた事件はどのニュースでも報道されなかった。
とりあえず羽生総理に相談して警察にも通報したけど、連絡がないところを見ると事件の解決に全く進展がないだろう。
それにしても、あの男装していた女の人は強かったな。
技術もそうだけど、単純に筋力面でも普通の女性のそれを軽く凌駕していた。
あの人がなんの目的でレーナさんを追っていたのか、レーナさんはなんで追われていたのか今でもわからない。
「……まぁ、だからと言って考えたって仕方ないよな」
俺はベッドから体を起こすと身支度を整える。
今日はBERYLとして沖縄の歴史を学ぶ日だ。
俺は部屋を出ると、隣の部屋で寝ていたとあも同時に部屋から出てくる。
「おはよー、あくあ」
「おう、おはよう。とあ」
俺はそのままとあとホテルのロビーに向かう。
すると、ロビーの端っこにあるソファに天我先輩と慎太郎の2人が座っていた。
俺達は軽く朝の挨拶を交わす。
「おっす、慎太郎。2人とも早いな」
「ああ、早くに目が覚めてな。天我先輩と2人でホテルの周りを散歩してきたんだ」
朝の散歩か……。そういえば沖縄に来てからはランニングできてないな。
俺も早めに起きて走っておけばよかった。
4人で他愛もない会話をしていると、ベリルのスタッフが小走りでやってくる。
「皆さん、お待たせしました。車の準備ができたから、着いてきてください」
「「「「よろしくお願いします!」」」」
俺達は話をしながらホテルのロビーを出ると、そのままベリルの用意してくれたバンに乗り込む。
まだ朝食を食べてない事もあって、俺はお腹が空いてきた。
「なー、みんな。朝ごはんどうする?」
「あっ、それなら僕、パンケーキ食べたい!」
とあは俺の目の前にスマホを差し出す。
ん? ああ、そのお店のSNSか。
近くに居た天我先輩と慎太郎の2人もスマホの画面を覗き込む。
「ベーコンステーキと目玉焼きとパンケーキのモーニングセットか。いいな。うまそうだ」
「ああ、いいんじゃないか」
「我もいいと思うぞ!!」
腕を組んだ天我先輩はうんうんと何度も頷く。
沖縄に完全に染まった天我先輩は、ここ連日、ゴーヤチャンブルーとサーターアンダギーと海ぶどうを鬼のようなローテーションで食べまくっていた。
「じゃ、決まりだね! すみませーん! 途中にあるこのカフェに寄ってくれませんか?」
「はい、いいですよ!」
途中のカフェに立ち寄った俺達は、席について注文する。
俺と慎太郎の2人はアグー豚のベーコンと目玉焼きのモーニングセット。
天我先輩はお腹が空いていたのか、アグー豚のハンバーグセットを注文した。
「あれ? とあのそれ何?」
「ココナッツのパンケーキだって」
へぇ、その白くてドロドロしたやつってココナッツなんだ。
ふと気がついけど、この世界の日本は戦争もしていなければ原爆も落とされていない。
それなのに、この世界の沖縄にも、エンダーバーガーといいステイツの色を感じられる部分が残っているんだろう。
これから行く歴史資料館に行けば、そこら辺も詳しくわかるのだろうか。
朝食を終えた俺達は再びバンに乗ると、そのまま沖縄の歴史資料館へと向かった。
「「「「今日はよろしくお願いしまーす!!」」」」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
俺達はスタッフのお姉さんの案内で館内を回っていく。
最初の辺のくだりは、俺が前の世界で習った沖縄と歴史とそう変わらない気がするな。
気になるのはもっと先、1800年代から先だ。
「大河ドラマに出演している白銀あくあさんは知っているかもしれませんが、1853年にはステイツの船が那覇に来航しました。ちょうど、六家会談より14年前の話ですね」
俺はお姉さんの言葉に頷く。
エピソードゼロにあたる六家会談より前の話だから、さらっとしか知らないけど、その事実があった事は作中のやり取りから知っている。
「六家会談が行われるよりも前にステイツと接触した当時の琉球王朝時代の統治者は、商機を見出しステイツとの間に独自のルートを築くために幾つかの協定を結びました」
なるほど、つまり沖縄は自らに与えられた統治権を生かして、ステイツと本土の間に入って流通と交流の中継地点になろうとしたわけか。
当時の時代背景を思えば、悪くない手だなと思った。
「ですが、それは諸刃の剣でもあったのです。皆さんは、ここが本当は何をしていた場所か知っていますか?」
俺たちは顔を見合わせると首を左右に振る。
すると、スタッフのお姉さんは悲しげな表情を見せた。
「ここはその昔、ステイツが秘密裏にとある非合法な実験を行っていた場所なんですよ」
「「「「えっ?」」」」
俺達は先に進むお姉さんの後ろについていく。
「知っての通り、この世界の男女比は完全に偏っています。過去にはそれを阻止しようと、色々な事が行われていました。その中のとある実験が、ここ、沖縄で実際に行われていたんです」
ピタリと立ち止まったお姉さんは近くにある展示物へと手のひらを向ける。
俺達は釣られるように視線をそちらに向けた。
【実験記録1号/沖縄在住の有志女性100人による男性化実験を開始】
【実験記録2号/男性ホルモン注入後に容態が急変した3番と6番が死亡】
【実験記録3号/経過は順調。このまま実験がうまくいけば世界の潮目を変える事ができると期待している】
【実験記録4号/半数の被験体の容態が急変する。どこかで計算を間違えたのかもしれない】
【実験記録5号/最初期に男性ホルモンを注入された20人全員が死亡】
【実験記録6号/検証の結果。ホルモンの投与を中止、幹細胞の移植実験へと移行する】
【実験記録7号/男性の死体から生殖機能と幹細胞を移植するも、移植手術の途中で10名が死亡】
【実験記録8号/手術に成功した10名のうち容態が安定しているのは5名のみ。この実験がうまく行く事を祈る】
【実験記録9号/容態が安定していなかった5名のうち、31号と37号が死亡】
【実験記録10号/容態が安定した5名のうち23号、26号、29号の3名が急変する】
【実験記録13号/移植手術を施した全員が死亡した。彼女達の死を無駄にしないために実験を継続する】
【実験記録22号/集めた有志女性100のうち、その8割となる80名が死亡した。最後の20名に希望を託す】
【実験記録26号/何故だ! 理論上は成立しているはずなのに、どうして成功しない!!】
【実験記録28号/預かっていた被験体100人全員が死亡した。時が戻せるのなら戻したい】
【実験記録29号/全ての検証を完了。実験失敗の原因の特定に至らず残念に思う】
【実験記録30号/私は今日でここを辞めるが、後に続く者がこの実験を成功させる事を祈って、これら全ての記録を残す】
残っていた資料と写真からとあ達は顔を背ける。
女性を男性に性転換させる実験をしていた事は、歴史の授業でさらりと習った。
でも、こんな事を沖縄でしていた事を俺達は知らされてない。
俺はスタッフのお姉さんに質問をする。
「あの……この実験って、今は……」
俺の問いにスタッフのお姉さんは首を左右に振る。
「日本に限らず、この実験で多くの女性達の命が奪われました。故に、各国政府はこれを全世界共有の負の遺産として捉え、今はどこもやっていないと聞きます」
俺はその言葉を聞いて、ゆっくりと息を吐く。
死んでしまった人の事を思えば、よかった……なんて言葉を言っていいのかどうかはわからない。
でも、さらなる被害者が出なかった事だけは良かったと思いたい。
俺の脳裏に一瞬だけ、この前、俺と互角の戦いを繰り広げた女性がチラつく。
いや、あの人は胸が出てたし、女性的な体のラインをしていた。
それにこの実験をしていたのは、今から100年近くも前の話だ。
俺達の表情を見たお姉さんは、空気を変えるためにわざと明るく話しかけてくる。
「すみません。ちょっと話が重たくなりましたね。でも、BERYLの皆さんだけには知って置いて欲しかったんです」
「はい。俺たちもそういう事があったのを知れて、すごく良かったです」
だからこそ……そう、だからこそ! 俺達がやろうとしている事には、明るい未来が待っていると信じたい。
一つでも二つでもいい、もっといい未来を手繰り寄せるために、俺は俺のできる事をしたいとより強くそう思った。
「そうだよね。うん……。歴史の授業じゃ一行しか書かれてなかったけど、僕も今日、ここでしれて良かった」
「ああ、僕も同じ気持ちだ。さっきは耐えきれずに視線を逸らしてしまったが、僕たちこそ知っておかないといけない事だと思った」
「うむ! 我らが為せねばならぬ事、為そうとする未来がよりはっきり見えてきた。ありがとう。お姉さん」
俺達が力強い視線を返すと、少し涙目になったお姉さんが優しく微笑む。
お姉さんは小さな声で「ありがとう」と感謝の言葉を返してくれた。
「さぁ、空気を変えましょうか。こちらにどうぞ」
俺達は続けて沖縄の歴史を学ぶと、歴史資料館を後にした。
帰りのバンの中ではみんなが無言だったけど、それぞれが思っていた事は口に出さなくても一緒だったと思う。
その後は撮影などをこなし、少し遅めの昼食を食べた後にライブ会場に入って軽めのリハを行った。
ライブが始まる前、俺達はざわつくステージの裏でいつものように円陣を組む。
「みんな、今日が今年最後のライブツアーだ。今日もいつもと同じように気合い入れていくぞ!」
「ああ! もちろんだ!!」
「うん! 行こう!!」
「うむ! 行くぞBERYL!」
最後は天我先輩の掛け声に合わせて気合を入れる。
俺は裏方の人たちとグータッチを交わす。
「今日は随分と気合が入ってるじゃねぇか」
「そういう、モジャさんこそ」
俺はモジャさんともグータッチを交わすと、ステージの下に設置されたトロッコでサブステージの下に向かう。
トロッコが前に進むたびに、俺はアイドルである自分に没入する。
観客席から聞こえるざわめき。イヤホンから聞こえるスタッフさん達の声。ライブの高揚感もあって、俺は完全にスイッチが入った。
狭い待機スペースに到着すると、待機していたスタッフさんが紙を持って近づいてくる。
「あくあさん! 本番前に、もう一度再確認させてください!!」
「はい!」
会場から観客の大歓声と共に、曲のイントロが聞こえてくる。
今日のトップバッターはとあだ。
透き通るようなとあの綺麗な歌声が聞こえてくる。
「あくあさんの出番は4番目です。イントロが流れたら、タイミングに合わせて昇降台が動きます。その後はそのまま4人でドライバーの曲をやって、メドレーの後にまた昇降台に乗ってここに戻ってきてくださいね。昇降台がある場所に目印を貼ってない上に切れ目が見えづらいので、足を置く場所には十分に気をつけてください!」
「はい!」
俺はスタッフさんの言葉に頷く。
とあの奴……今日は最後だからって、スタートからかなり声が走ってるな。
いつもより声の伸びがいい。
最初から全開かよ。と俺はニヤリと笑った。
いいぞ。とあ、そうだ。そのまま行け。遠慮なんかするな。自分を全部曝け出すんだ。
あの日、もう部屋から出てこれなかったお前はもうどこにもいない。
お前のなりたいお前を目指して、どこまでも前に行くんだ。とあ。
『あくあ君、聞こえる?』
『阿古さん、聞こえてますよ』
俺はイヤホンに手のひらを重ねて、阿古さんの声を聞き取りやすくする。
とあの次は慎太郎の番だ。慎太郎もとあに釣られたのか、今日はいつもよりスタートで入り込めてるな。
直近における慎太郎の課題はライブ開始にどこまで入り込んで気持ちを持っていけるかだったが、今日は最初から気合が入っているようだ。
『今日、なんかみんな調子良さそうね』
『はい。お陰様で、俺も、とあも、慎太郎も、天我先輩も、自分達がやらなきゃいけない事を改めて再確認しましたから』
俺の返しに阿古さんはクスリと笑う。
『そう。それなら良かった。ところで提案なんだけど、ドライバーのメドレーのところノンストップハイスピードバージョンで行ってみない? リハじゃ成功してないけど、今日ならいける気がするんだよね』
阿古さんは普段のほほんとしているけど、結構勝負師なところがある。
ドライバーの曲はハイテンポでスピード感のある曲が多い。
それに故に全曲をノンストップでやったら、絶対に途中か最後で誰かがへばる。
だから本番ではずっと封印してきた。
『他の3人は、なんて言ってました?』
『あくあ君と同じ答え、だって』
みんな……最高かよ。
そうだ。俺は1人じゃない。1人では無理でも、俺には俺と同じ思いを持った仲間がいる。そしてそれを支えてくれる人達がいるんだ。
だったら俺は、そこに居る全員を連れていく。この先に、誰も想像していなかった未来に。
『やりましょう』
『わかった。モジャさんにもそう伝えるわ』
俺は軽く息を吐く。
会場では慎太郎のソロに観客席に居るファン達が盛り上がっていた。
慎太郎……お前は本当にすごいよ。
俺はいつだってお前に期待している。でも、お前はその期待をいつも上回ってくれるんだ。
だから俺は、いつだってお前に対しては本気なんだよ。
そんな優しくない現実を見せても、お前はずっと俺に喰らい付いてこようとしている。
俺は本当にお前に会えて良かった。
慎太郎、俺は長生きする。だから、お前も長生きしろ。
そして俺が引退するまでの間に、いつの日か、この俺を超えてくれ。
『おい、社長から聞いたけどよ。お前、ガチか?』
『当然でしょ。それとも、モジャさんはビビってるんですか?』
俺の返しにモジャさんが笑う。
『俺はオメェのそういう生意気で悪ガキっぽいところも嫌いじゃねえぜ』
『俺もノリがいいモジャさんの事は大好きですよ』
俺がそう返すと、モジャさんは少し照れくさそうに笑う。
モジャさんは「よせよ。バカ」と言っていたけど、その言葉はどこか嬉しそうだった。
ステージでは慎太郎の歌唱が終わって、天我先輩の歌唱に切り替わる。
『それじゃあ、そっちは頼んだぜ。悪ガキどもの総大将』
『いやいや、むしろ総大将は、阿古さんにその提案をしたモジャさんの方でしょ』
あ、都合が悪くなったのかモジャさんは一方的に通信を切る。
どうやら俺の予想は的中したようだ。
俺は目を閉じると精神を集中する。
天我先輩はああ見えて、ステージの上では誰よりも冷静だ。
ペース配分だって俺の次くらいにしっかりしてるのに、とあと慎太郎に釣られたのか。今日はぶっ倒れてもいいつもりで最初から全力で飛ばしている。
「2人とも、本当にありがとう」
俺はポツリと呟く。
面と向かって2人に言った事がないけど、この世界で初めてスタジオに行って最初に会えたのがモジャさんと天我先輩でよかった。
俺は足で軽くリズムを刻む。
やっぱり、天我先輩のビートはやっぱり心地がいいな。
BERYLの芯となるビートを刻んでくれているのも天我先輩だ。
実家のような安心感に、高揚していた気持ちがギュッと纏まる。
俺が目を開くと、近くにいたスタッフが手でゴーサインを出す。
「行ってきます」
ゆっくりと自分の立っている場所が舞台へと上がっていく。
外から俺の姿が見えたのか、歓声が一際大きくなる。
みんな……3人の歌声に酔いしれて、誰がBERYLのエースか忘れてないか?
イントロのスタートと共に、俺は最初から全開で飛ばしまくる。
それまでに3人がステージを温めていてくれたおかげで、観客席のボルテージは最初からマックスだった。
それでもまだその先を目指して俺は客席を煽る。
「行くぞ、みんな! まだ、こんなもんじゃないだろ!!」
そのまま俺達は観客席をも巻き込み、ノンストップのドライバーメドレーを完璧に歌い切った。
ただ、その後の事を考えずに行ったのは失敗だったのかもしれない。
それでも、モジャさんを筆頭に裏方のみんながその後のセットリストをうまくローテさせてくれたおかげで、俺たちは無事に最後まで100%の状態で乗り切れた。
楽屋に戻ると、俺以外の3人が畳の上にへたり込む。
「くっそ〜。もっと肺活量つけなきゃダメだ。ていうか、あくあはなんでそんなに元気なの!?」
「僕はもう少しダンスの練習量を増やそうかな。やっぱり歌いながらダンスはきつい」
「そうだな。我もダンスや演奏にばかり時間を使って、歌唱が疎かになってたかもしれない」
俺は次々に反省点を口にする3人を見て嬉しくなる。
ありがとう。俺はお前たちが居たからこそ、やりたい事がやれているんだ。
「じゃあ、ツアーのファイナルに向かって帰ったら特訓だな」
「うん!」
「ああ!」
「うむ!」
俺の言葉にとあ、慎太郎、天我先輩の3人が力強く頷く。
こうして年内最後のライブツアーは最高の状態で幕を下ろした。
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