白銀あくあ、一夜の過ち?
俺達BERYLは全国ツアーで沖縄に来ている。
もちろん初日のライブは大成功。その夜に軽い決起集会をした俺は……。
「やべぇ。その後の記憶が……ない」
目が覚めた俺は知らないホテルの天井を見上げる。
あー……俺たちが泊まってたホテルってここだっけ?
俺はゆっくりと上体を起こすと、あくびをしてから右手を横に置く。
ふにゃん。
俺の右手に何か柔らかいものが当たる。
「ん?」
何か違和感を感じた俺は慌てて自分の右手を引っ込める。
俺がそちらに視線を向けると、俺の隣に誰かが居るであろう布団の膨らみが確認できた。
えっ? ……もしかして俺、なんかとんでもない事をやらかしちゃってる?
俺は隣で寝ている女性が誰かを確認するために、すっぽりと頭まで被っていた布団を捲る。
「えっ……? 本当に誰……?」
俺は同じベッドで眠る見知らぬ美女を見て固まる。
いやいやいや、本当に誰!?
俺は緊急事態に慌てながらも思考を張り巡らせる。
と、とりあえず、こういう事になった時は……。
俺の頭の中に3人の女性達が思い浮かんでくる。
カノン、阿古さん、小雛先輩……きっとカノンはこういう事になっても怒ったりしないし、阿古さんは俺も相手の女性も守りつつ良い方向に導いてくれるだろう。
しかし、俺は無意識のうちに小雛先輩に電話をかけようとしていた。
「って、買い換えたばかりのスマホが壊れてるぅ!?」
えっ? なんでまたスマホが壊れてるの!?
昨日の俺は一体、何があったんだ!?
くっ! 本当に何も覚えてない。
「やべぇ。本当にどうしよう……」
と、とりあえず、俺の隣で寝ているこの美女を起こすか。
この人ならきっと何かを知っているだろう。
俺は隣で眠る美女の肩を掴むと軽く揺さぶる。
「あ、あの〜。すみません。ちょっと起きてくれませんか?」
ていうか、お願い! 本当に起きて!!
俺の願いが通じたのか、美女の唇がかすかに動く。
「んん……」
美女は寝返りを売って仰向けになると、長いまつ毛の瞼をゆっくりと開けていく。
「あはっ、知らない天井だぁ」
俺はその言葉を聞いた瞬間に頭を抱える。
何故なら、俺だけじゃなくて、この人も何も覚えてない可能性が出てきたからだ。
だって、ここが彼女の家だったら、そのセリフは出てこないもん。
「あっ」
俺の存在に気がついた美女はにんまりとした笑みを見せる。
見た目は綺麗だが笑うと少し幼いな。もしかして、俺と同い年……いや、一個上くらいか?
「昨日のイケメンくんだ。やっほー、昨日は随分と激しかったね」
随分と激しかったぁ!?
くそおっ! なんで俺はそんな美味しい記憶を忘れて……じゃねぇだろ!!
問題はそこじゃない。
「すみません。その……昨日のことを全く覚えてなくて……ですね」
「ふぅん。そうなんだ」
美女は体を起こすと、俺の首の後ろに両手を回す。
その魅惑的な切れ長の目に至近距離からジッと見つめられた俺は、蛇に睨まれたカエルのように完全に硬直してしまった。
「あんなに凄かったのに、本当に何も覚えてないんだ?」
「は、はい。その……すみません!!」
俺は彼女の手を振り解くと、ベッドの上で土下座をする。
この世界の男性は適当にそういう事も許されるのかもしれない。
だけど、これは俺の、白銀あくあの矜持に反する。
「ごめんなさい。本当になんも覚えてなくて……。それでその、もし、俺と貴女が男女の関係になっていたのでしたら、ちゃんと責任は取りますから!!」
「んん〜?」
美女は俺の身体を見た後に、自分の身体へと視線を向ける。
「あはっ、そういう事か。心配しなくて、君と私はそういう関係にはなってないよ」
なんかそれはそれで残念なような、良かったような……。
俺が困惑していると、美女はクスクスと笑った。
「ねぇ、そんなに心配なら確認して見る?」
「か、確認って何を……?」
美女は俺に顔を近づけると、イタズラ笑いするように笑みを浮かべる。
「そんなの決まってるじゃん」
彼女はさらに俺に近づくと、俺の耳元にその艶かしい唇を近づける。
「ふー」
耳たぶに息を吐きかけられた俺は、手で耳を押さえて顔を真っ赤にする。
俺の反応を見た美女がお腹を抱えて笑い出した。
「あはは! 君って面白いね。見てて飽きないかも」
「ど、どうも……」
さっきまで仰向けになって笑い転げていた美女は上半身をもう一度起こすと、にんまりした顔で俺のことを見つめる。
あ、あの、どうかしましたか?
「ねぇ、そんなに心配なら確認させてあげてもいいんだよ」
俺は生唾を飲み込む。
こ、この人は……この世界に来て出会ったどの女性ともタイプが違う。
もしかしたら俺は、ただ男女比が狂った世界に転生したんじゃなくて、本当は貞操が逆転した世界に転生したのかもしれない。
俺の反応を見た美女はくすりと笑う。
「ふふっ、冗談に決まってるじゃん。ね、それより起きよ。もう、目は覚めたよね?」
「あっ、はい」
俺と美女の2人はベッドから起き上がる。
あれ? 昨日と服が違う。あ……俺の洗濯しててくれたんですね。ありがとうございます。
俺は服を着替え直す途中で、ふと、気がついた。
あっ、そういえば……。
「あの、名前……」
「ん? ああ……そういえば名乗ってなかったっけ。私の名前は……えーと、何だったかな?」
いやいや、俺に聞かれても知るわけないじゃないですか!!
そんな可愛く首を傾けてもダメですって。俺も知らないものは知らないんですから。
「あはっ。やっぱり君ってかわいいね。私、かわいい男の子が好きなんだ」
この俺が完全に手のひらに転がされている……だと!?
それも年が離れたお姉さんとかならわかるが、目の前に居る美女は俺と同じくらいの年齢だ。
俺は初めての経験に戸惑う。
「だから、さっき、私が寝ている時に触ったのは許してあげる」
ば、バレてるぅ〜。
さっき俺が無意識とはいえ触っていたのがバレていた。
「あー、そうだった。名前だっけ。レーナ。ただのレーナよ。ふふっ、お互い行きずりの関係なんだから、苗字なんてどうでもいいよね? ね。君の名前はなんていうの?」
この人、本当に俺の事を知らないのか……?
俺もそろそろ結構有名になったんじゃないかと思っていたけど、どうやらそれはただの自惚だったようだ。
「あ……あくあです」
「あくあ君かぁ。君、名前までかわいいね」
ど、どうも……。
俺は軽く会釈すると、下着一枚だった事を思い出して服を着る。
レーナさんか……。髪は黒いがグレーの目の色を見る限り、外国の血が入ってそうだな。
確か北欧系はグレーの目が多いと聞いたが、そっちの出身なのかもしれない。
「ね。それよりもあくあ君、君……お腹空いてない?」
「空いてます」
レーナさんは俺の手を掴むと無邪気にグイグイと引っ張る。
「それじゃあご飯食べに行こ」
「えっ? あ……はい」
俺とレーナさんは部屋を出る。
どうやら俺たちはどこかのビジネスホテルに泊まっていたみたいだ。
ていうか、だいぶ廃れてる感じに見えるけど、ここ本当に営業してるの!?
俺は若干不安な気持ちになりながらも、レーナさんに手を引っ張られて街に出る。
「あ、アレ。美味しそう」
エンダーバーガー? あ、なんか修学旅行でステイツに行った時に見た事があるぞ。
「ね、アレにしよ」
「ああ、はい。わかりました」
俺はポケットから財布を取り出そうとする。
……あ、あれ? 財布が……ない!?
俺は全てのポケットを探す。やべぇ、もしかしたら、どこかで財布を落としたかも。
慌てる俺の脳裏に、昨日の夜の事がフラッシュバックする。
『あくあ、どこに行くんだ?』
『ちょっと、電話かけてくるわ』
そうだ、思い出した。
俺は慎太郎にそう言って、財布を机の上に置いたまま、スマホだけを手に取って外に出たんだっけ。
で、確か俺はその時にレーナさんと……。
「あくあ君」
俺はレーナさんの声にハッとする。
「もしかしてお金持ってなかった?」
「あ、はい。すみません」
俺が恥ずかしそうにしていると、レーナさんはポケットから黒光りしたカードを取り出す。
「ふふっ。じゃあ、今日は私の奢りね。嘘、昨日、助けてくれたお礼」
「あ、ありがとうございます」
だから昨日の俺は何をしたんだよ!!
俺は隅っこのテーブルに座ると、レーナさんと一緒に注文したハンバーガーをむしゃむしゃと食べる。
「へぇ、初めて食べたけど美味しい」
さっき泊まっていたところもビジホみたいなところだったし、レーナさんも沖縄に住んでるわけじゃなさそうだな。
俺がジッとレーナさんの顔を見ていると、その視線に気がついたレーナさんが笑う。
「あはっ。そんなにまじまじと見られたら、私もちょっと恥ずかしいんだけどなぁ」
「す、すみません」
俺はレーナさんから顔を背けると、慌ててジュースのストローを咥える。
「あくあ君……それ、私の」
「えっ? あ、すみません。って」
いやいやいや! このコークはどう考えても俺のですよ!
だって、レーナさん。さっき、レモンティー頼んでたじゃん!
「ふふっ、あくあ君って本当に可愛いね」
「くっ!」
今日ほど、俺とえみりに毎日いじられているカノンの気持ちが分かった日はないかもしれない。
だが、それと同時に悪くないなと思った。
「ね。本当に昨日の事、何も覚えてないの?」
レーナさんはグレーの綺麗な目で俺の事をまっすぐと見つめる。
なんだろう。この目で見られると、まるで自分が吸い寄せられて飲み込まれそうになる。
「あ……」
俺の脳裏にさっきの続きが浮かんでくる。
『じゃ、そういうわけだから。またね、みんな』
白銀キングダムに残ってるカノン達に電話をかけ終わった俺は、スマホをタップしてポケットにしまう。
俺は電話をかけてる時に歩く癖があるから、どうやら食事していた場所から少し離れたところに来てしまったみたいだ。
来た道を帰ろうと、踵を返した俺は路地裏で複数の女性から絡まれているレーナさんを見つめる。
『見つけたぞ』
『これ以上、逃げられると思うなよ』
脇腹を手で押さえたレーナさんが壁にもたれかかる。
明らかにヤバい状況だと思った俺は、考えるよりも先に体が動いた。
『おい、お前ら! そこで何をしてるんだ!!』
『男!?』
路地裏に入っていた俺の顔を曇り空の隙間から現れた月の光が照らす。
『貴様は……!』
『くそっ! なんでこいつがここに!!』
レーナさんを囲んでいた2人組から俺から距離を離す。
間の取り方、足捌き、視線の動き。どれをとっても素人の動きじゃない。
相手はプロだと悟った俺は警戒心を強める。
『誰か知らないけど、暴力は犯罪ですよ』
プロはやると決めたら行動が早い。
少し後ろに仰け反った俺の首筋を相手の足先に仕込んでいたナイフが掠める。
当たれば確実に即死コース。相手は何の合図もなく、この一瞬で俺を殺す事を決めたという事だ。
つまり、相手は普通の人間じゃなくて、その手のプロだと俺は秒で察する。
『悪いけど、そっちがそうなら俺も手加減はできない』
俺は振り上げた足をそのまま掴むと、曲げちゃいけない方向に相手の足をへし折った。
『っ!?』
痛みで声を出さないように相手の女性は歯を食いしばると、そのまま俺に折られた足を抱えて悶絶するように床に転がる。
アキオ師匠が、命を狙ってくる相手を殺さずに無力化させたいなら、まずは四肢を使えなくするのが的確な対処方法だと言っていた。
俺は流れるような動きで、もう1人の女性の腕を捻って曲げちゃいけない方向に曲げて無力化させる。
すると路地裏の奥から誰かが手を叩く音が聞こえてきた。
『お見事』
俺は警戒心をさらに強める。
この俺が、そこに居た気配をさっきまで感じられなかっただと?
路地裏から現れたスーツ姿の女性、男装の麗人に俺は冷や汗を浮かべる。
やべぇ、この世界に来て本気で初めてやばいと思った。
この人……間違いなく俺と同格だ。
『なぁ、お前。アキコとどっちが強い?』
俺は咄嗟に近くに置いてあったビール瓶を手に取って構えた。
次の瞬間、そのビール瓶が粉砕して、中に入っていたビールが俺の体にかかる。
直ぐに目を閉じたおかげでガラス片が目に当たらなかったが、砕けたガラス片で俺の手に掠り傷ができた。
『ヌンチャク!?』
俺はバク転で相手のヌンチャクを回避する。
アイドルをやっていてよかった。師匠も言ってたけど、バク転はアイドルの必須科目だからな!!
『素晴らしい反射神経だ。男にして置くのは勿体無い』
俺と男装の麗人は距離を取ったままでにじり合う。
頭から被ったビールの影響か。アルコールで俺の目が座ってくる。
『てめぇ、この俺に喧嘩を売るとか、わかってるんだよな?』
『ははは! いいねぇ。君、アルコールが入るとそんな感じになるのか。優しい君より、ずっといい。そそるね』
俺は一か八かで相手のヌンチャクを掴んで放り投げようとする。
しかし、相手は俺が掴むと同時にヌンチャクを手放すと、一気に距離を詰めて俺の背後に回って体を絞めてきた。
くっ! 単純なパワーの問題じゃない。絞め方が完全にプロのそれだ。このまま意識を落とされ……。
パンッ!
さっきまで壁に持たれていたレーナさんが倒れている女性から奪った銃を空に向かって撃った。
『次は貴女に撃つ。その人を放して』
『おっと……そういえば君が居たのを忘れていたよ。久々に同格と出会えた事に、少なからず興奮していたようだ』
男装の麗人は俺のほっぺたにキスをすると、俺にしか聞こえないように耳元で囁く。
『白銀あくあ……また会おう。それまで私の事を忘れないで居てね』
彼女は銃口から俺を盾にした状態で路地の奥へとにじり寄る。
そして俺の背中を蹴飛ばして解放すると、そのまま路地の奥へと消えていった。
『おい! 今、銃声みたいなの聞こえなかったか!?』
『あっちだ!!』
俺はおそらくアルコールに弱かったのだろう。
定まらない焦点とくらくらする頭に俺の思考は完全に止まっていた。
『こっち!』
レーナさんは俺の手を掴むと、一目散にその場から逃げ出した。
そうか。全てを思い出した俺は、飲んでいたコークをテーブルの上に置く。
「あはっ、全部、思い出しちゃったかな?」
「レーナさん……。貴女は一体。それにあの人達は……」
レーナさんはそれ以上、俺が喋れないように、人差し指を俺の唇に押し当てた。
まるでイタズラが成功したみたいにレーナさんは笑う。
「秘密。だって、私たちは行きずりの関係でしょ」
椅子から立ち上がったレーナさんは外に視線を向ける。
するとそこには、俺を探しているであろうベリルのスタッフさん達が居た。
「どうやら、お互いにお迎えが来たみたいだね。あくあ君、昨日は本当にありがとう。すごく楽しかったよ」
レーナさんは俺の前髪に軽く触れると、そこを掻き分けて俺のおでこにキスをした。
「それじゃあ私は裏口から出るから」
「あっ……」
そう言って、レーナさんは裏口から颯爽と消えていった。
俺はベリルのスタッフと合流すると、適当に嘘をついて誤魔化す。
相手が俺と同格である事を考えたら、下手な事を言って誰かを巻き込むわけにはいかない。
とはいえ、相手は俺以外の誰かを狙う可能性もある。
さて、どうしたものか……。この世界でこういう事を相談できる人は限られている。
警察に通報したところで、あちらの世界の人間がそう簡単に捕まえられるとも思えない。
ニュースにもなってない事を見ると、あの俺がのした2人もどうにかして回収したんだろう。
「とりあえず東京に帰ったら羽生総理あたりにでも話をしてみるか」
素人の阿古さんやカノンに相談するよりも、それが1番いいだろう。
つい最近無物騒な事件があったわけだし、裏で何か起こってるかもしれないからな。
俺はホテルに帰ると、帰って来ない事を心配してくれていた天我先輩、とあ、慎太郎の3人に謝った。
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