白銀結、自分の事を好きになりたい。
※ここも前半部分だけ。少し前の修学旅行が終わった前後くらいの話です。
果たして私なんかに子供を産む権利があるのでしょうか……。
私は何度もその事について考えた事があります。
「結さん、落ち着いて聞いてください」
スターズでの世界会議が無事に終わった後、私は日本に帰国した羽生総理に呼び出された。
部屋に入った瞬間、私は、神妙な面持ちの総理を見て只事じゃないと察する。
一体、なんの話なんだろう。
あー様の事だって、総理はこんなに真剣な顔をした事ないのに。
「結論から言うと、こちらで拘束していた貴方の父でもあるバーンズ外交官だけど、ステイツにその身柄を引き渡す事になりました」
私は広島での出来事を思い出して体をビクッとさせる。
バーンズ外交官、遺伝上、私の父にあたる人……。
『結、僕の事を嫌な男だと思っているのかもしれないが、君の体の中に流れている半分の血は僕のものだ。女を道具としか思ってない。子供に対しても何の感情も抱かない。そういう最悪の男の遺伝子なんだという事を理解しているか? そしてもう半分の遺伝子は事情があるにせよ、お前を虐待していた女の遺伝子だ。いいか、結。お前のような女が幸せになれると思うなよ? 最悪と最悪の遺伝子がミックスされて産まれたお前が、まともな愛情表現なんてできるわけがないだろ。まさか自分が母親や祖母にされてきた事を忘れたわけじゃないだろうなあ?』
あの男からの言葉を忘れた日はありません。
本当に私なんかが妊娠して子育てしてもいいのかな?
ずっと、ずっと、あの男の言葉が私の胸に棘のように刺さって抜けませんでした。
「結さん、大丈夫?」
「は、はい。大丈夫です」
羽生総理は心配そうな表情で私の顔を覗き込む。
どうやら、私は外から見て随分と酷い顔をしてしまっていたようです。
「知っての通り、ステイツの大統領はアーニーに代わりました。これにより、ステイツと対等な、いや、お互いを思い合った交渉……なんていうのは野暮ですね。ともかく、ちゃんとしたお互いの立場を考えた話し合いができるようになりました」
私は羽生総理の言葉に頷く。
ステイツで人気のメイトリクス大統領が羽生総理やあー様と共に戦い、苦楽を共にした事で、ステイツ内でも日本を対等の関係、共に戦った真の盟友で同盟国だという風潮が国民や軍人達、一部の政治家達の間で広まっていると聞きました。
「今は、あくあ君がいるからいい。日本はそこでアドバンテージを取って交渉できるけど、私は日本の総理としてこの国の100年後、1000年後、未来永劫その先の事を考えなくてはいけません。その為に、私はステイツのような強国に対して貸せる借りは貸しておきたいんです。この後、私の作った道を引き継いでくれる若者達のためにも……ね」
私は再び羽生総理の言葉に頷く。
羽生総理はいつだってこの国と国民の未来を考えています。
外交官の身柄取引、それも男性ともなれば、相当の対価を得られる事でしょう。
「羽生総理、私は国家公務員の1人として政府の決めた方針に従うつもりです」
はっきり言って、ただの一介の搾精官の私にとっては関係のない話です。
その事に関して私は意見ができる立場でもなければ、この国の総理が気を遣わなければいけない理由はありません。
「ですから、彼の処遇に関しては全面的にお任せします。その……総理も忙しい人ですから、わざわざ私のために時間をとっていただかなくても大丈夫ですから」
「ありがとう。でも、これは私個人としても政治家としても大事な事なんだ」
羽生総理は私の手の甲の上にそっと手を重ねる。
「総理、それはセクハラに当たるかもしれませんよ」
「理人くん!? 今、いいところだから!!」
ふふっ、秘書官である理人さんからのツッコミに慌てる羽生総理を見て、私は思わず笑ってしまいました。
羽生総理は軽く咳払いすると、もう一度表情を整える。
「私はこの国の総理大臣だから、何かをする時には、必ず全ての事について国民に説明をする義務があります。もちろん、国家の防衛などに関わる事なんかは表で出せない事もあるけどね」
それは国として当然の事です。
私は羽生総理の言葉に無言で頷く。
「それでも、今回の案件については当事者である結さんに対しては私が直接説明する必要があると感じました。例えそれが決まっていて覆せなかったとしても、当事者が納得できなかったとしても、総理大臣であり国民と対話しなければいけない私にはそれらを説明する義務と、自分のとった行動に対して責任を持つ義務がある。で、ここまでが政治家、または総理大臣としての私の話で、単純に私個人として、知らない仲じゃない結さんに対して、一応は話を通しておくのが筋かなと思ったわけですよ」
「総理……ありがとうございます」
私は総理に対してぺこりと頭を下げる。
羽生総理の支持率が高いのはこういうところなんでしょうね。
レスバ国会でも、絶対に逃げない、最後まで逃げずに話し続けるのがスタンスの羽生総理は、1人だけ寝ずに76時間も継続して国会やっていた事がありました。
ただ、話している議題はものすごくしょうもなかった気がします。
「この国で彼を裁けないのは残念だけど、私もステイツとアーニーに対して、これからの双方の国にとって未来ある関係を築くためにも、バーンズ外交官の罪に対して厳正なる処罰をお願いしますという書簡を出すつもりだから、流石に無罪放免とはならないと思う」
「はい、私にはそれで十分です」
はっきり言って、私は別にあの男が、父がどうなろうとも関係ない。
でも、私を守ってくれた人達が彼の暴力で傷ついたのだけは許せません。
だから、その分の罪だけでもちゃんと償って欲しいと思いました。
「ところで、ここからが一番の本題なんだけど、そのバーンズ長官の身元を受け渡しする日が決まったんだ。もし、結さんが最後に何か言いたい事があるとかなら、私の方から働きかける事もできる。おそらく、そこが最後のチャンスになるだろう。ステイツに行ったら、まず、もう会うのも話すのも難しくなるだろうからね。だから、結さんがどうしたいかを聞かせて欲しい」
「私は……」
答えはシンプルだった。
本当は会いたくなんてない。
会ったところで無駄なのは明白です。
でも……最後の最後まで対話する事を諦めない羽生総理の姿勢を見て、私も最後まであの人と向き合うべきだと思った。
私は強くなりたい。
だから、あの人と向き合って、もっと強くなって、カノンさんみたいにあー様を支えたいと思った。
「よろしくお願いします」
「わかった。任せてくれ」
羽生総理は私の背中を優しくポンと叩く。
それから数日後、私は彼の身元を受け渡すために羽生総理達と一緒に羽田空港へと向かった。
「結……」
父と目があった私は無意識にたじろぎそうになった。
だめ! ここで怯んだら、何も変わらない!!
父は私のお腹に視線を向けると、ニヤリと片方の口角をあげた。
「くく、その様子だと、まだあいつの子供を孕んでないみたいだな」
父の言葉に私は硬直する。
指先から心臓に向かって冷たくなっていく感覚に私は挫けそうになった。
「やはりお前は僕の子だ! 子は親の言う事を守るものだからな!! どうせ、僕の言った言葉が胸に刺さっているんだろう? ははは! 結! 諦めろ!! 僕とあの女の子供であるお前は絶対に幸せな家庭なんか築けない!!」
私は体の前で組んだ両手にギュッと力を込める。
こんな男の言葉なんかで、動揺なんてしたくない。
そう、思っているのに……父の言葉を否定できない自分が居た。
「おい! 静かにしろ!!」
「うるさい! 僕を誰だと思っている!!」
諌めようとしたステイツ側の身請け引取り人に対して、父が悪態を吐く。
私の様子を見た羽生総理は、一歩前に出る。
「日本の総理として、国民に対するそれ以上の暴言は見逃せませんよ」
「はっ! だから、それがどうした! もう僕の身柄はステイツ側に引き渡されたようなものだ。日本の総理である貴様が暴力に出れば、国際問題になるだけだぞ!!」
この男の血が半分、私に流れているのだと思うと、本当に心の底から自分の事まで嫌いになりそうだ。
でも……こんな私の事を、周りに居るみなさんは好きだって言ってくれている。
あー様は私の事を愛してるって言ってくれた。
そんな私が自分を愛せなくて、誰を愛せるっていうんだろう。
私は……私の事を好きになりたい。私を好きだって言ってくれてる人達のためにも!!
深呼吸した私は、一歩前に出て、まっすぐと父の顔を見る。
「私は……私は絶対にあなたのようにはなりません!」
こんなに大きな声が出るなんて自分でも思っていなかった。
でも、もう後ろ向きなのは嫌! 大きな胸がコンプレックスで下を向いて猫背になるのも、俯いて好きな人の顔を見れないのも嫌だ!!
「私は絶対に幸せになります。私の事を愛してくれると言ってくれた男性と幸せな家庭を築いて、その人の子供を産みたい!!」
……言った! 言ってやったわ!!
これはこの男への復讐なんかじゃない。私自身への誓いだ。
親なんか関係ない。私は幸せになるんだ!
ううん、違う。幸せになるために、もう自分で自分の心を痛めつけるのをやめようと思った。
「よく言った。結さん!」
羽生総理が手を叩くと、同行していた日本人の皆さんも手を叩いて声援を送ってくれた。
父は一歩も引かない私の顔を見て、怒鳴り始める。
「はっ! お前が幸せな家庭だと!? できるわけがないだろ! お前は僕とあいつの子供なんだぞ!! お前だっていつかはそうなる。お前に子育てなんかできると本当にそう思っているのか!?」
私はただまっすぐと父の顔を見つめる。
えみりさんが言ってたっけ。覚悟が決まった女は強いって。
だから自然と、この男に何を言われても、もう大丈夫だと思った。
「バーンズ外交官、何度も言いますがそれ以上は……」
私は前に出てこようとする羽生総理を手で制止する。
大丈夫。私はもう耐えられますから。
私の笑顔を見た羽生総理は、私の強い意思を汲んでくれたのか笑顔で頷き返してくれた。
それを見て余計にムカついたのか、父は私たちに対して暴言を浴びせ続ける。
「結、本当にお前なんかに子育てなんかできるのか? まともに子育てされた事がないお前が、どうやって子供と接するんだ? 親から愛情を注いでもらえなかったお前が、子供に愛情を注げるわけなんてないだろ!!」
父の姿を見たステイツ側の人たちは頭を抱える。
きっと、ここで父から私に対して謝罪か何かでもあれば、本国の裁判で情緒酌量できると思ったのだろう。
でも、そんな事を父に……いいえ、この人に期待するだけ無駄です。
「もう、いいだろう。早く飛行機に乗れ」
「僕に指図するなと言ってるだろ!!」
父はステイツ側の人間の制止を振り切って私と羽生総理に近づく。
「どうした!? ほら、僕を殴れるものなら、殴ってみろ!!」
この男の企みはわかっています。
どういう事情があれ、私や羽生総理、政府の役人が外交官である彼を殴れば大きな問題になる。
父はそれを利用して、自分の裁判を有利に進めようと思っているのでしょう。
「ぐっ! こうなったら、私が殴ってでも……それに私がクビになってもこの国には黒蝶議員が……」
羽生総理は握りしめた拳から血をダラダラと流す。
そ、総理……!? 我慢してください。私は大丈夫ですから!!
この場で誰よりも殴っちゃいけない人が、当事者である私よりも一番殴りたい雰囲気を出してた。
「結、僕の事をカスだと思っているだろ? いいか、お前の中に流れる半分の血はそのカスの僕だ。そしてもう半分はお前に愛情を注いでくれなかったあの女の血だ! カスとカスから生まれたカスのお前が幸せになるわけないだろ! ほら、羽生治世子、殴れるものなら私を殴ってみろ!!」
「わかった」
は、羽生総理!?
私は隣にいる羽生総理の体を押さえつける。
あれ? 待って……今の声、羽生総理じゃない?
私と羽生総理達は声のした方へと視線を向ける。
「どこのどいつか知らないけど、お前……この俺の嫁に、愛する人に暴言を吐くとか、わかっていってるんだよな?」
「あ、あー様!?」
「あくあ君!?」
急に現れたあー様を見て私と総理はびっくりした顔をする。
え? なんでここに……って、あ、そういえば確か今日って……。
「どうも、修学旅行から帰国して空港に到着したばかりの白銀あくあです」
あー様はステイツ側の人たちに笑顔で軽く会釈をする。
あれ? なんだろう……。あー様の笑顔が今日だけはとっても怖いです。
「あなた達は、どの国の人ですか?」
「あ、えっと……ステイツです」
それを聞いたあー様はゆっくりと私の父に近づくと、長旅で凝り固まった筋肉をほぐすように軽くストレッチをしたり腕をぶんぶんと振り回していました。
さっきのは一体、なんの確認だったんだろう?
「もう一度聞く。俺の嫁になんだって? 今すぐに謝れば、結の対応次第で考えたっていい」
「は! 誰が謝るものか! 私が言った事は真実だ!! 言っておくが、外交官でもあり他国の男性でもあり、上級国民のこの私を殴れば国際問題だぞ!!」
あー様は小さく息を吐くと「ああ、わかった」と呟く。
次の瞬間、あー様は一歩前に踏み込むと、私の父の頬を勢いよく殴り飛ばした。
「ぐへぇっ!」
私や羽生総理、日本とステイツの役員達は、空にくるくると回転しながら飛ばされていった父の体を見送る。
人間って、あんなふうに吹き飛んでいくんだ……。
って、そうじゃない! あー様、国際問題になりますよ!?
あー様はもう一度、ステイツの人達に視線を向ける。
「メイトリクス大統領に言っておいてください。これで、俺からメイトリクス大統領への貸しはチャラにしておきますって」
「え? あ……はい」
私とステイツ側の人たちは、びっくりしすぎてポカンとした顔をする。
メイトリクス大統領からの貸しってなんだろう?
私は隣に居る羽生総理へと視線を向ける。
「そうか……。そういえば、あくあ君はスターズでメイトリクス大統領を助けた事で、個人的な貸しがステイツにあるんだった」
「そういう事」
カ、カノンさん!?
私と羽生総理は後ろから現れたカノンさんにびっくりした顔をする。
あ……そっか、修学旅行が終わったから、あー様と一緒に帰ってきたんですね。
「ステイツがあくあに対して、1回だけ何でも便宜を図ってくれる権利らしいよ」
何でも便宜を図ってくれる権利!?
ちょ、ちょっと待ってください!!
「そ、そんな大事な権利……」
「使っていいんじゃない? だって、私と結さんが愛したあくあはそういう人でしょ? ね、どうせなら本人に聞いてみたら?」
カノンさんは愛おしそうな顔であー様を見つめる。
あー様は私達の顔を見てにこりと微笑むと、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
「あー様、どうして……」
はっきり言って、ステイツで便宜を図ってくれる権利なんて、アイドルのあー様にとってはすごい有意義な権利です。
例えば押さえるのが難しい会場を押さえたり、テレビ局をジャックしたり、普段は撮影できない場所を使ったりとか、ステイツでデビューした時に、その権利があれば活動の幅が広がるのは間違いありません。
「愛する人を悲しませる男が誰を笑顔にできるっていうんだよ。一番近くにいる嫁や家族、友人の笑顔も守れない奴にファンの笑顔を守れるわけない。だろ?」
「だからって……あー様はおばかです」
あー様は、私の顔を見ると、「それ、よく言われるわ。特に何とか先輩に」って言って笑っていた。
私はあー様の体をギュッと抱き締める。正直、父を殴ってくれた事なんかどうでもいい。それよりも、私のために、そこまでしてくれるあー様の事がもっともっと好きになった。
「あー様」
私は潤んだ瞳であー様を見つめる。
すると、甘い空気の中に、誰かがキャリケースの乗ったカートを押して突っ込んできた。
「あっ、すみませーん! 前、通りまーす!!」
「ぐぇっ!」
キャリーケースが乗った大きなカートを押したえみりさんが、地面に転がった私の父を轢いていく。
うつ伏せになった父の姿を見ると、見事に髪と服に車輪の跡がついていました。
それを見た羽生総理は笑いのツボに入ったのか、笑いすぎて咽せてしまう。
「ごめんなさい。なんか踏みました! ちょっと、バイトに間に合わなくて急いでるんで通してください!!」
バイトってなんのバイトなんでしょう?
私とカノンさんは顔を見合わせるとお互いに首を傾げあう。
変なバイトじゃない事を祈っておきます。
その直後に、何かが走ってくる音が聞こえてくる。
「あくあくーん、おかえりー!!」
「ぎゅえっ!」
止められない。止まらない。森川さんに全力で踏まれた私の父が聞いた事のない音を出す。
音に反応して何かを踏んだ事に気がついた森川さんは青ざめた顔をする。
「すみませーん! 大丈夫ですかー!?」
「あうっ、あうっ」
森川さんに両肩の骨が砕けるほどの力で掴まれた父は、首の骨が骨折する勢いでぶんぶんと体を振られていました。
へぇ、首の関節ってそんなにぐにゃぐにゃになるんですね……。
それを見た総理は手をポンと叩いた。
「一件落着!!」
総理、そう言って無理やり終わらせようとしていませんか!?
ステイツの人達は笑いを堪えながら気絶した父の腕を掴むと、そのまま地面に引きずって飛行機の中に運んでいった。
「私たちは何も見てませーん!」
「すみません。このサングラス暗くて本当に何も見えなんですよ」
ステイツの人たちはそう言うと、私に頭を下げて謝罪をしてくれた。
えみりさんと森川さん件は、全くの悪意がなかったために事故として扱ってくれる聞いて私はホッとする。
あぁ、なんだろう。
この人達と一緒に居ると、私でも前向きになれる。そんな気がした。
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