彼女達の最終日。
恋愛リアリティーショーはついに最終日の朝を迎えた。
本来の予定であれば、この後、俺は参加者の1人ずつに呼び出されて告白を受ける事になっている。
その前にプロデューサーに呼び出された俺は、小雛先輩達と一緒に番組の趣旨と最終日について説明を受けた。
「最後は5人全員と向かい合った状態で、告白を受ける人を選んでください。もちろん、誰からの告白を受けないという選択肢でも大丈夫です」
俺はプロデューサーからの説明に無言で頷く。
プロデューサー曰く、この番組はクリスマスに行われる大お見合いパーティーの宣伝を兼ねて行われる企画の一つらしい。
だから告白を受けるかどうかはそう重要じゃなくて、俺がどういう選択肢を選ぶにしろ番組側がうまく盛り上げて番宣に繋げるから好きにしていいと言われた。
好きにしていい……か。
だったら最後も俺の好きにしたって問題がないはずだ。
ハーちゃんの熱い思いを受け取った俺は覚悟を決める。
みんなが望む白銀あくあは、アイドル白銀あくあは決して予定調和やなぁなぁで終わるような人物じゃない!!
「それなら、最後の流れを変更して俺が1人ずつを呼び出す形にしちゃダメですか?」
「「えっ?」」
驚くプロデューサーと白龍先生の隣で小雛先輩が、こいつ、またかみたいな顔をする。
それに加えて、こういう事態に慣れているとあは驚くどころか欠伸をしていた。
「この中に恋をした事がある人はいますか?」
俺の問いに驚きつつも、とあと小雛先輩を除く全員が首を縦に振ってくれた。
「恋をすると毎日が楽しいんですよ。なんでもない日常が輝いて見えて、その人が居るだけで世界が明るくなるし、日々の生活がとても満たされるんです」
もちろん恋愛は楽しいだけじゃない。
辛い事もあるし、苦しい事もある。
想いが実らなかったり、届かなかった日には、目の前の世界が真っ黒に見えるだろう。
でも、まずは恋をする事を知ってほしい。
「俺はね。もっと世の中の男性に恋をして欲しい。恋愛のドキドキ感を味わって欲しいんです」
この前、レイラさんと一緒にお邪魔させてもらった浜田さんの結婚式……すごく良かった!
浜田さんがあの時、勇気を出して自分から動かなきゃ、この幸せな未来は訪れなかったと思う。
でも、浜田さんが一歩を踏み出したからこそ、浜田さんも秋津さんも幸せになれた。
だからこそ、俺は男性側に一歩を踏み出して欲しい。
「だから、俺から告白します!!」
少しでも幸せになってくれる人が増えてほしい。
それに俺が告白する事で、告白をしたいと思ってる男性達の背中を押す事ができるんじゃないかと思った
「あくあならそう言うと思ってたよ」
「さすがです。あくあ様!!」
俺の決断に、カノンとえみりの2人は嬉しそうに頷いてくれた。
ありがとう。2人がそうやって俺の背中を押してくれるから、俺はどこまでもお前達の翼で羽ばたいていけるんだ。
「ま、あんたならそんな事だろうと思ってたわよ。ぱくぱく」
「うんうん。もぐもぐ」
ちょっと!? とあも小雛先輩も、何、普通にロケ弁を広げてるんですか!?
2人とも、呑気に飯なんか食ってないで俺の話をちゃんと聞いてくださいよ!
俺とお腹を空かせたえみりの2人は慌てて自分のロケ弁をキープする。
まずは勝負の前に腹ごしらえだ。
全員で弁当を食ってると、えみりが隣に居るアイに声をかける。
「あれ? 白龍先生はお弁当を食べないんですか?」
「うん。なんかもう、お腹いっぱいになっちゃって……はは」
アイは大丈夫だろうか?
ここ数日、俺がこっちに来るたびに何かに打ちひしがれたかのように椅子の上でぐったりとしていた。
俺は疲れていたり体調が悪いなら無理しなくていいよって声をかけたけど、アイは頑張り屋さんだから、この企画中、起きている間はずっと休む事なく俺たちの様子を見守ってくれていたらしい。
ありがとう、アイ。俺はアイのその誠実さに報いるためにも、最初から最後の最後まで本気で行くからな!! 期待して見ていてくれ!!
こうして俺は気合を入れ直すと、みんなの居るシェアハウスへと戻っていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆ハーミー視点◆◇◆◇◆◇◆◇
ついに最終日の朝を迎えました。
1週間に及ぶ恋愛リアリティショーもこれで終わり。
パパはハーの事を1人の女の子として見てくれると約束してくれましたが、番組が終わった後はどうなるかわかりません。
私は不安な気持ちを抱えたまま、ベッドの上で寝転がる。
ああ、最後にどうやって告白しよう……。その事を考えていたら昨日は全く眠れませんでした。
「……告白の順番、まだなのかな?」
そんな事を考えていると、誰かがハーの部屋の扉をノックする音が聞こえてくる。
きた……。最終日はスタッフのお姉さんが、告白の番が回って来たことを知らせてくれる手筈になっています。
私はベッドから起き上がると、自分の部屋の扉をゆっくりと開ける。
すると、予想外の人物が扉の前に立っていました。
「ハーちゃん、君の時間をもらいにきた。どうか俺に、君と話す時間をもらえないだろうか?」
か……カッコ良すぎます。パパ……。
最初から貰いに来たと強引なのもキュンとしますが、ちゃんとその後に相手から許可を取るところも素敵です。
あ、あれ……? 待ってください。
確か呼び出すのは私達の方で、パパは呼び出される方ですよね?
もしかして私が知らない間に段取りが変わったのでしょうか。
私は予定外の事に若干、頭の中が混乱する。
「は、はい」
「ありがとう。ハーちゃん」
私はパパと手を繋ぐと、2人でシェアハウスの外に出る。
「ハーちゃん、寒くない?」
「だ、大丈夫です。いっぱいあったかくしてきましたから」
私はガラスに映った自分の姿に視線を向ける。
この耳付きフードコート、フィーちゃんとお揃いで買ったけど、ちょっと子供っぽかったかな?
ううん、問題はそこじゃない……。
私はガラスに映ったパパと自分の身長差を見て少しだけ暗い気持ちになる。
やっぱり私がどんなに背伸びをしても、パパと私じゃ、どっからどう見てもお兄さんと歳の離れた妹くらいにしか見えないよね。
「そこに座ろうか」
「はい」
私とパパは景色がよく見えるベンチに腰掛ける。
パパは俯き気味の私の事をジッと見つめると、優しく声をかけてくれた。
「ハーちゃん、こっちを向いて俺の目を見て」
「は……はい」
パパはいつもハーに向けてくれる優しい顔じゃなくて、真剣なお顔でハーの事を見つめる。
その男の人らしい表情に、私はすごくドキドキした。
「この前も言ったけど、俺はハーちゃんには焦って欲しくないんだ。でも、焦るなって言っても、自分の方が子供だと焦っちゃうよな。俺も年齢差がある年上の人に恋した事があるからわかるよ」
年上のお姉さんって誰だろう。
ううん、そんな事よりも、パパ……ちゃんと私の事を考えてくれていたんだ。
私の心が少しだけほっこりと温かい気持ちになる。
「だから今日はハーちゃんを安心させるために、ハーちゃんの未来を予約しに来たんだ」
「予約……?」
私が首をコテンと傾けると、パパは優しい顔で頷いた。
「ハーちゃん、右手を出して」
「はい」
私はパパの言う通りに右手を出す。
するとパパは私の手を優しくとって握りしめる。
「ハーちゃん。俺、頑張るよ」
「えっ?」
頑張るってどういう事ですか?
驚いた私はパパの顔を見つめる。
「今から5年、10年経てば、きっとハーちゃんはお姉さん達やお母さん、お婆ちゃん達に負けないような素敵な女の子になるよ。多分、みんなが君の事を好きになる」
それって……パパじゃなくても代わりがいるから、ハーにこの恋を諦めろって事ですか?
そんなの絶対に嫌だよ。ハーは目を潤ませる。
「だから、5年、10年、もっとそれより年を重ねても、ずっとハーちゃんに好きだって思ってもらえるように俺も頑張るよ」
「……え?」
パパは、ハーの手をぎゅっと握りしめる。
「ハーちゃん、もう一度だけ言う。俺に君の未来を予約させてくれ」
「えっ?」
パパは手に取った私の右手を持ち上げる。
するとハーの右手の薬指に見た事がない指輪が嵌められていました。
「言葉だけなら不安に思うよね。だから、俺はこの証に今から誓いを立てるよ。いつか、ハーちゃんの左手の薬指に俺との結婚指輪をつけるその日まで、この右手の薬指にはめた誓いの指輪をハーちゃんが年を重ねるごとに、指のサイズに合わせて大きくしていこうね」
パパはそう言って、ハーの右手の薬指に軽くキスを落とした。
やっぱり、パパは世界で一番かっこいいです。
二番目の姉様を助けてくれたあの日から……。
「パパ、こんなのずるいです」
「それ、カノンとヴィクトリア様にもよく言われるよ」
私はパパの言葉に泣きながら笑った。
やっぱり一番目の姉様と二番目の姉様はパパの事がよくわかっています。
「ハーちゃん、好きだよ。俺からの告白、受け取ってもらえるかな?」
「はい! こんなの断れる女の人なんかいません!!」
私は抱き上げてくれたパパにぎゅーっと抱きついた。
さっきまでの不安が嘘みたいに、ハーの心の中が晴れていく。
ありがとう。パパ。やっぱり、ハーは何年経ってもパパが一番大好きだよ。
「それじゃあ、俺、待っているみんなのところに行くから」
「はい、です!」
パパ、ハーみたいにみんなの事も幸せにしてあげてね。
私がシェアハウスの隣に入ると、二番目の姉様とえみりさんがぎゅーっと抱きしめてくれました。
「よかったね。ハー!」
「ハーちゃん、おめでとう!!」
ちょっと、えみりお姉さん。そんなに強く抱きしめたらハーが窒息しそうです。
小雛ゆかりさんやとあちゃんもハーにたくさん拍手を送ってくれました。
「白龍先生ーっ!」
「メディーック!!」
あれ? メアリーお婆様と蘭子お婆様、見学しに来てたんですね。
2人は椅子に座って真っ白になっている白龍先生の体を揺さぶっていました。
◇◆◇◆◇◆◇◆玖珂レイラ視点◆◇◆◇◆◇◆◇
まだか……? まだ、なのか!?
はっきり言って私は待つのがものすごく苦手だ。
私が自分の部屋の中をぐるぐると回りながら歩いていると、誰かが私の部屋をノックする。
き、来た!
「はいはいはい!」
私が勢いよく扉を開けると、目の前にあくあ君が立っていた。
ええっ!? 私があくあ君を呼びに行くんじゃないの!?
スタッフから聞いていた話と違って私は困惑する。
「レイラさん。良かったら俺とお話をしませんか? これからの俺たちの関係について」
大人びたあくあ君の顔に私はドキッとする。
私も役者の端くれだからわかるけど、これは演技とかじゃない。素のあくあ君の表情だ。
あくあ君は年相応の笑顔を見せる時もあれば、大人が見せるような真剣な顔をする時がある。
私や美洲様、それに小雛ゆかりや他の役者達が、彼に、白銀あくあに魅了されるのは、そういった彼の何も演じていない時の顔なんだ。
「わかった。コート着るから待ってて」
私はコートを着ると、あくあ君と一緒にシェアハウスの外に出る。
一体、何の話をするんだろうか。私はドキドキした気持ちを加速させる。
あくあ君は少しひらけた場所で立ち止まると、さっきのような真剣な顔で私の方へと振り向いた。
「レイラさん。俺はレイラさんの事をとても魅力的な女性だと思っています」
「あ、ありがとう」
ストレートに褒められた私は少し頬をピンク色に染める。
ただ褒められただけなのに、はっきり言って、どのドラマの告白シーンも勝てないなと思った。
「だからこそ俺は、もっとレイラさんの事を知りたい。俺の知らないレイラさんの魅力を知りたいと思ったんです」
「う、うん」
ええー!? わ、私の事を知りたいって……それ、もう告白じゃ!?
私はあくあ君の言葉に前のめりになりそうになる。
落ち着けレイラ! 理人も「お前は落ち着きがないから失敗するんだ」って、良く言ってただろ!!
「俺は日本を中心に活動してて、レイラさんは外国を中心に活動してて、そんなには頻繁に会えないと思います。もちろん、レイラさんが俺との恋愛のために活動の場所を変えて欲しいとも思わないし、そこは大事にして欲しいっていうか……レイラさんは、そういう事のために、役者を犠牲にしたりしないっていうのは知ってますから」
「ああ……!」
私はあくあ君の言葉に頷く。
あくあ君とは恋愛したいと思ったが、役者としての自分を捻じ曲げたりはしない。
私はミュージカルが好きだし、あっちのアクション映画が好きだ。
だから、私が活動する場所は基本的に撮影環境に優れて劇場の多いステイツやスターズになると思う。
もちろん、今、急速に整いつつある日本の環境が良くなれば、そちらに移す事もある。
でも、私は1人の役者のために、恋愛面で活動の場所を変えたりはしない。
やっぱり、あくあ君はこんな私の事でも良く見てくれているんだなと思った。
「それでも良かったら、俺にレイラさんと愛を育む時間をくれませんか?」
あくあ君は一歩ずつ、ゆっくりと私に近づいてくる。
その度に、私の心臓がトクン、トクンと跳ねた。
「この世界……いや、女性達にあまり時間が残されてない事を俺は知ってるつもりです」
女は若ければ若い方が結婚しやすい。そんなのはこの世界の万国共通の常識だ。
早ければ10代前半、遅くても25までが女性の結婚適齢期だと言われている。
今年で28歳になった私は完全に適齢期を逃した行き遅れだが、それでも結婚ができないという年齢ではない。
「だから俺も生半可な気持ちでこんな事を言ったりしません。それでも俺と付き合ってみませんか?」
本気……なんだな。そんなのは顔を見ればわかる事だ。
真剣なあくあ君の顔を見て私も覚悟を決める。
「あくあ君。そんなにも背負わないでくれ。元々、私は結婚するつもりもなかったんだ。だから義務感は感じなくていい。合わなければ別れてくれたって良いんだ」
「レイラさん……」
男が女のために……いいや、あくあ君が私のためにカッコつけてくれてるのに、女の私がダサい真似なんかできるはずがない。覚悟を決めるのはむしろ、年上の私の方だ。
私の想いに真剣に報いてくれたあくあ君のためにも、私もたくさん好きになってもらう努力をしなきゃいけない!!
「あくあ君。年齢の事は考えずに私の事だけを見てくれ。私も、あくあ君に好きになってもらうためにもっともっと努力するよ!! だから、よろしくお願いします!!」
私はあくあ君に向かってまっすぐと手を伸ばす。
あくあ君はその手を取ると、自分の方へとぐいっと抱き寄せた。
「ありがとう、レイラさん。やっぱりレイラさんはかっこいいね。俺も年下だけど、レイラさんにかっこいい、頼り甲斐があると思ってもらえるように頑張るよ」
いやいやいやいや! こんな事ができる男性なんて大人にもいないぞ!?
それに君が頼りないだなんて思っている女の子なんて、この世界には1人もいないだろう。
私の頭の中に、小雛ゆかりの顔がぼんやりと浮かんでくる。違う。あいつは、別だ。
「それじゃあ、早速だけど、またあくあ君と2人でどこかを走りたいな」
「だったら、景色のいい海岸線を走って海の幸でも食べに行きましょう」
いいねいいね。すごく楽しそうだ!!
やっぱり趣味が合うってすごくいい。
私はあくあ君と別れると、シェアハウスの隣にあるスタッフ用の家に向かった。
「白龍先生ぃぃぃいいいいい」
「まだ3人、3人も残ってるんですよ! 頑張ってください!!」
家の中が騒がしいな。何かあったんだろうか?
まぁ、そんな事はどうでもいいか。とりあえず理人に結果だけでも報告しておこう。
私はポケットからスマホを取り出すと、理人にあくあ君と付き合うことになったと連絡を入れた。
◇◆◇◆◇◆◇◆祈ヒスイ視点◆◇◆◇◆◇◆◇
結局、恋愛ってなんなんだろう。
私はあくあ様の事が好きだけど、それと恋とはなんだか違うらしい。
その違いがわからないまま、私は最終日を迎えてしまった。
「ヒスイちゃん、ちょっといいかな?」
「あ、あくあ様!? 待ってください。今、出ますから!」
私はあくあ様の声にびっくりして部屋の扉を開ける。
スタッフさんが呼びに来てくれるって聞いてたけど、あくあ様が呼びに来るなんて、もしかして何かトラブルでもあったんだろうか?
私の顔を見たあくあ様は優しく微笑んだ。
「ちょっと、部屋に入ってもいいかな?」
「あ、はい。大丈夫です」
あくあ様は私の部屋に入ると、私がさっきまで寝転がっていたベッドに腰掛けた。
……な、なんだろう。なんか急にドキドキしてきた。
「ほら、ヒスイちゃんも、こっちに座って」
あくあ様は自分の隣をポンポンと叩く。
えっ? 私も一緒に、ベッドに腰掛けるんですか!?
そ、それっていいのかな?
私は戸惑いつつも、あくあ様の隣に座った。
ううっ、なんかすごくドキドキする。
なんでだろう? あくあ様が私の部屋に居るからかな? それとも、こんなに近い距離で横に並んでベッドに腰掛けてるからかな?
私は初めて感じるドキドキにまごついた。
「ヒスイちゃん、恋するって事がどういうことかわかった?」
「……い、いえ。まだ」
私はあくあ様の顔が直視できずに視線を逸らす。
なんだろう。今日のあくあ様、最初からこう……いつもと雰囲気が違う気がする。
「ねぇ、ヒスイちゃん。ヒスイちゃんは俺に触られるのは嫌?」
「え? あ……触れるのは嫌じゃないです」
……ちょっと恥ずかしいけど。
あくあ様は私の手の甲に自分の手のひらを重ねる。
あったかい……。私は自分の体温と、あくあ様の体温の違いにドキドキする。
「嫌だと思ったら、すぐに言ってね」
あくあ様は私の手を握ったまま、もう片方の手で私の髪そっと優しく触れる。
その後は、耳の輪郭、耳たぶ、ほっぺた、首筋と触れる場所を変えていく。
私はその度に自分の中の気持ちがいっぱいいっぱいになった。
なにこれ、なにこれぇ!?
すっっっっっっっごく恥ずかしいけど、もっと触ってほしいとも思ってしまう。
その相反する思考は、私の頭の中をますます混乱させた。
「あくあ様……」
私はポーッとした顔であくあ様の顔を見つめる。
なんだろう。もっと触れてほしい。そう思っちゃった。
「ヒスイちゃん……。キスしてもいいかな?」
「えっ!?」
キ、キキキキキキキスって、あのキスの事だよね!?
それって付き合ってる男の子と女の子がするものじゃないの!?
えっ? それとも、付き合ってないのにキスしちゃってもいいのかな……?
「もちろん、ヒスイちゃんが嫌なら断ってもいいんだよ。ただ、俺はヒスイちゃんと一歩前に踏み出したい。だから、俺の事をもっと異性として意識してほしいんだ」
ど、どうしよう!?
キスって言われたからか、あくあ様の唇ばかり目で追っちゃうよ……。
「え、えっと……キスするのは初めてだから、優しく……してくださいね?」
「もちろん。俺はいい加減な気持ちで、ヒスイちゃんのファーストキスを奪ったりしないから、安心して」
私のファーストキス……。
中学の時、友達がキスの味ってどんな味なのかって盛り上がってたっけ。
私はよくわからなかったから、適当に頷いてたけど……。
そっか……その私が、今から初めてあくあ様とキスするんだ。
私はあくあ様の目をじっと見つめる。
なんだろう。すごく恥ずかしい。私はゆっくりと瞼を閉じていく。
すると私の唇に、何かがそっと触れる感触があった。
「あ……」
私はゆっくりと瞼を開けると、自分の唇を指先で軽く触れる。
友達は初めてのキスは甘酸っぱいって言ってたけど、優しさと温もりを感じるような、暖かいキスだった。
それに、甘酸っぱさは全然感じない。
むしろ、私の心がゆっくりと溶けていくような、そんな、甘い、甘い、甘いキスだった。
「ヒスイちゃん、俺の顔をもっとよく見て」
「は、はい」
伏せ目がちだった私は、瞼をはっきりと開くとあくあ様の顔を直視する。だけどすぐに顔を背けてしまう。
あ、あれ? おかしいな? さっきまで顔を見れたのに、急に恥ずかしくなっちゃった。
それに心臓のドキドキが全然治らない。むしろ加速しているような気がするくらい、体の奥が熱くなった。
「ご、ごめんなさい。その……なんか、おかしくて……」
あくあ様はしどろもどろになった私の体を優しく抱き寄せた。
待って。それ、もっと心がギューっとなって余計にドキドキしちゃうから。
「ごめんね。ヒスイちゃん、俺の事を意識して欲しいからって、君に無理をさせちゃった。でも、俺はそれだけ本気だから」
あくあ様は私から体を離すと、私の目をじっと見つめる。
やっぱり、私の身体……どこかおかしいよ。
あくあ様から目を背けたくなるくらいドキドキしてるのに、あくあ様から目を背けられないくらいドキドキしている。
「ヒスイちゃん。良かったら、俺と一緒に恋をしてみませんか?」
「私があくあ様と……」
私は恋がなんなのかわからない。
でも、恋をするならあくあ様と恋をしたいと思った。
あくあ様に恋を教えてほしい。恋に落ちるならあくあ様がいいって思った。
だから……。
「はい。私も、あくあ様で恋を知りたいです」
「ありがとう。ヒスイちゃん!」
あくあ様は私の身体をギュッと抱きしめる。
ううっ、ずっと心臓のドクドクが治らないよぉ。
もしかしたらこれは病気かもしれない。
私はあくあ様と別れると、医療スタッフの居るスタッフさん達の家へといく。
「がんばれ! がんばれ!」
「それでも白龍先生なら! 白龍先生ならまだ舞える!」
ベッドに横たわった白龍先生をみんなが手を握りしめて励ましてました。
なにがあったんだろう? だ、大丈夫かな?
私は近くに居た笑顔のスタッフさんに「コントみたいなもんだから安心して」と言われて、本当の医療スタッフのいるところに案内してもらいました。
◇◆◇◆◇◆◇◆司圭/佐倉けいと視点◆◇◆◇◆◇◆◇
どうしよう。最終日が来たのに、なんの進展もない。
こういう時は現実逃避で小説を書くのに限るよね。
私は時間潰しも兼ねて、ずっと小説を書いていた。
すると、誰かが私の部屋をノックする。
「けいと、いる?」
「あ! う、うん!」
私はあくあ君の声に反応して、部屋の扉を開ける。
すると、真剣な顔をしたあくあ君が立っていた。
「けいと、これからの俺たちについて話したいんだけどいいかな?」
「う、うん。わかった」
私は上着を羽織るとあくあ君と一緒にシェアハウスを出る。
これからの俺達についてって言ってたけど、どんな話をするんだろう。
や、やっぱり、私とは付き合えないとか、そういう話かな?
私は負け確が見えてきて若干涙目になる。
「けいとは、この1週間、どうだった?」
「え、えっと、楽しかったです。みんなとも仲良くなれたから」
私は楽しかったことを思い出して笑みを浮かべる。
あくあ君と仲良くなれたのも嬉しいけど、みんなと仲良くなれたのが良かった。
えへへ、連絡先も交換しちゃったし、と……友達なら、メッセージとか送ってもうざがられたりしないよね!?
「みんなと? 俺とは、どうなのかな?」
「え?」
あくあ君は私の顔をじっと見つめる。
ま、待って。急にそんなかっこいい顔で見つめられたら困るかも。
「俺は司圭じゃないけいとの事を、もっともっと知りたいって思ったよ」
司圭じゃない私……。
私にとって司圭は人生のほとんどだ。
佐倉けいとの人生は冴えない女子大生で、家族とくらいしか繋がりがない。
でも、あくあ君は司圭の私じゃなくて、佐倉けいととしての私を知りたいと言ってくれた。
「けいとも俺と同じ事を思ってくれていたら嬉しいんだけど……」
「わ……」
私は口を開きかけて押し止まる。
いい……のかな?
司圭と違って、佐倉けいとはなんの面白みもない人間だ。
そんな私の事を知られて、あくあ君につまらない女だって思われたりしないだろうか?
「私は……」
私の脳裏に、ここに送り出してくれた白龍先生の笑顔が浮かんでくる。
だめ……! こんなところで挫けていたら、私を推してくれた白龍先生に顔向けができない!!
それに、このまま引っ込み思案の自分のままで変わらないのなんて嫌だ。
私は拳をもっと強く握りしめると、前を向いてあくあ君の顔をまっすぐ見つめる。
「私もあくあ君の事を、もっともっと知りたい!」
私の答えにあくあ君は優しい顔を見せてくれる。
「けいと。俺と付き合ってみないか? お互いの事をもっと知るために」
「え? えっ!?」
私はあくあ君からの逆告白に困惑する。
こ、これって負け確のイベントじゃなかったんですか!?
正直、私は人数合わせで呼ばれていたものだと思っていた。
「大丈夫。すぐに決断してくれなくてもいいから。俺は、けいとのスピードに合わせるよ」
だめ! それだと、今までとなにも変わらない!
ゆかねぇや妹に甘えているように、あくあ君に甘えてたら、自分がダメになると思った。
だから、決めなきゃ。今、ここで!!
私はあくあ君の顔をじっと見つめる。
「ううん。付き合う。私のスピードに付き合わなくていい! わ……私が、あくあ君のスピードに追いつくから!」
「ありがとう。けいと」
あくあ君は私の身体を抱き寄せると、ギュッと優しく抱きしめてくれた。
や、やったよ。ゆかねぇ! うい! それに、白龍先生!!
「それじゃあ、これからよろしくね。けいと」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
私はあくあ君と別れると、スタッフのみんなが居る隣の家へと向かう。
自分を推薦してくれた白龍先生に報告するためだ。
「白龍先生、白龍先生が立った!」
「それでこそ私達の白龍先生だ!」
シェアハウスに入ると、白龍先生とメアリー様と藤蘭子さんで何か盛り上がってた。
えっと、何かのコントの撮影かな?
私は邪魔しないように陰から3人の様子を見守っていたら、私に気がついた白龍先生が私に抱きついてきた。
「良かったね。司先生!」
「は、白龍先生。ありがとうございますううううう!」
私は白龍先生と抱き合って喜ぶ。
先生、本当にありがとう!!
◇◆◇◆◇◆◇◆皇くくり視点◆◇◆◇◆◇◆◇
時間的に私が最後かしら?
そんなことを考えていたら、スタッフさんが私を呼びにきた。
「お疲れ様です。あの、すみませんが家の外に出てもらえませんか?」
「はい、わかりました」
1週間に及ぶ、恋愛リアリティショーもこれで終わりね。
最後はあくあ様に私が告白して、適当に濁した感じにするのが理想かしら。
私はそんなぬるい事を考えていた。相手が、あのあくあ様だという事も忘れて。
「くくりちゃん、俺のことを信じてくれる?」
外に出たら、あくあ様だけじゃなくて、スタッフ、出演者、全員が私を待っていた。
これは一体、どういう事かしら?
私はあくあ様の顔をジッと見つめる。
「もちろんです。私はいつも、あくあ先輩の事を信じてますよ」
「ありがとう、くくりちゃん」
どんな状況であれ、私はあくあ様を信じています。
貴方を愛する他の女性たちと同じように。
「それじゃあ、俺たち2人の話をしようか」
覚悟が決まったような顔をされたあくあ様はゆっくり一歩、また一歩と私に近づいてくる。
なんだろう。少しだけ不安な気持ちになります。
あくあ様はそんな不安な気持ちごと、私を抱きしめてくれた。
「大丈夫。君がわずらわしいと思うものは全て俺が取り払ってあげる」
「えっ?」
あくあ様は私の唇にキスをすると、カメラに向かって指を差す。
「いいかよく聞け。日本人だろうと外国人だろうと関係ない! 相手が誰だろうと、この人は俺の女だから手を出そうもんなら全員片っ端からぶっ飛ばすぞ! 余計な事を考えてる奴らがいたら、覚悟しておけよ!!」
は……?
お、おおおおおおおおおおおおお、俺の女!?
なんかもう、これまで建てていた計画も、これから先の計画も全部吹っ飛ばすようなあくあ様の衝撃的な一言に私は珍しく動揺する。
私が後ろに視線を向けると、カノンさんが放心状態のえみりお姉ちゃんに抱きついて飛び跳ねてた。
「きゃー、あくあ、かっこいー!」
「やっぱあくあ様はすげーわ……」
その隣でメアリーと藤蘭子の2人が手を取り合って喜ぶ。
「さすがです。あくあ様。あくあ様の前では、万事が些事なのでございます」
「ええ、そうです。この世界に、あくあ様に勝てる人なんていないんですから」
もう、そっちで喜んでないで少しは止めなさいよ!!
私は助けてくれそうな小雛ゆかりさんへと視線を向ける。
「そうよ! あんたはそれでいいのよ! バカなんだから頭なんか使うな。使うならパワー使え!!」
この人が一番ダメだ。
あくあ様を全肯定して一番甘やかしているのは誰よりも小雛ゆかりさんだと思う。本人は否定してるけど!!
「やっぱり、あくあはかっこいいなぁ。最高だよ。僕の友達は」
とあちゃんは嬉しそうな顔で笑ってた。
「おめでとう、くくりちゃん!」
「くくりお姉さん、おめでとうございます」
「や、やったね。くくりちゃん」
「おめでとう、くくりちゃん!!」
ヒスイちゃん、ハーミー、司先生、玖珂レイラの4人が私に向かって拍手を送る。
み……みんな、ありがとう。短い間だったけど、この1週間、すごく楽しかったよ。
「く、くくりちゃん様……お、おめでとうございま……す」
「は、白龍先生ーっ!」
プロデューサーが真っ白になった白龍先生の体を抱きしめる。
だ、大丈夫ですか?
私は白龍先生を心配しつつもあくあ様に視線を戻す。
「くくりちゃん、勝手な事をしてごめんね」
「い、いえ。それ以上に、嬉しかったですから……」
だって、俺の女だなんて……。私はさっきの事を思い出して顔を真っ赤にする。
「でも、こそこそしながら付き合いたくなんてなかったんだ。大丈夫。俺の隣は世界で一番安全だから」
「はい、知ってます」
私はあくあ様の体にギュッと抱きつく。
そっか、付き合ってる事、もう隠さなくていいんだ。
たったそれだけの事なのに嬉しくなった。
「もし、上から核ミサイルが降ってきたって俺が止めて見せるよ。ただ、照明が落下してきたらちょっと怪しいけど」
ふふっ、なんですかそれ?
飛んできた核ミサイルより落ちてきた照明を回避する方が楽ですよ。
もしかして、あくあ様の新しいギャグかしら。
「それじゃあ、照明が落ちてきた時は、私があくあ先輩を助けてあげますね」
「ありがとう。くくりちゃん」
あくあ様はカメラの前でぐるりと私の体を抱きしめたまま回転すると、もう一度私の唇に優しいキスをした。
大好きです。あくあ様!!
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