白銀あくあ、全然前世。
ベリベリの企画から始まった「恋愛リアリティショー」からはや5日目。
1週間という区切りを前に、俺たち6人の恋愛模様は混沌を極めていた……。
「あくあ様、どうしたんですか?」
「あ、ごめん。ちょっと、週末のライブについて考え事をしてただけだよ」
俺はヒスイちゃんに対して、誤魔化すように笑みを浮かべる。
実際に週末のライブの事について考えてない日はないので、嘘は言ってないはずだ。
「良いなぁ。私も、もっとライブしたーい」
「はは。焦らなくてもヒスイちゃんなら、すぐに全国ツアーできるようになるよ」
実際に君は前世でもそうだった。
俺はヒスイちゃんの事を優しい顔で見つめる。
はっきり言ってヒスイちゃんは俺の好みだ。
俺は前世でヒスイちゃん……芸名、明星リリィのファンだったけど、もし彼女と付き合えるなら喜んで付き合う。でも、明星リリィ、ヒスイちゃんは俺の居た世界でも浮いた話がひとつも出ないくらい清廉な女性だった。
「あっ! あくあ様、髪に芋けんぴがついてますよ」
芋けんぴ!? なんで俺の髪に芋けんぴがついてるの!?
それ、絶対にさっきまで芋けんぴ食べてた小雛先輩のでしょ!!
ヒスイちゃんは前屈みになると、椅子に座っていた俺に無防備な胸元を近づける。
お風呂上がりのいい匂いと、シャツの隙間から見える胸の谷間を見せられた俺はすごくドキドキした。
「はい、取れましたよ」
「ありがとう。ヒスイちゃん」
ヒスイちゃんは下心ゼロの屈託のない笑顔を俺に向ける。
まぁ、ソウデスヨネー……。俺はヒスイちゃんに笑顔を返す。
ヒスイちゃんが前世で浮いた話が出なかった理由がこれだ。
恋愛というか、男女の機微というか、男女間の雰囲気とか、そういうのが全くと言って良いほどわかってないのである。それもあって、アイが用意してくれた恋愛イベントをいくつこなしても、ヒスイちゃんとは良い雰囲気になりそうで全くならなかった。
だからと言って、ここで諦めるわけにはいかない。
「ヒスイちゃん」
俺はヒスイちゃんと距離を詰めると、彼女のサイドテールに手を伸ばす。
少し荒療治だけど仕方ない。遠回しな事をいくつやってもヒスイちゃんには通用しないと悟った俺は、より強硬な手段に出ることにした。
まずは少しで良いから、俺を意識をさせないと話にならない。
そう思った俺は、ヒスイちゃんのサイドテールを手に取ると、そこに優しくキスをした。
正直、自分でもちょっとキモいかなと思う。でも! これくらいしなきゃ、ヒスイちゃんには全くと言って良いほど伝わらないんだ!!
「あくあ様……」
ヒスイちゃんは、ポーッとした顔で俺を見つめる。
ついにフラグが立ったか!?
ええ、そう思っていた時期が俺にもありました。
「今のシーン。夕迅様みたいですごくカッコ良かったです!」
「あ……うん」
満面の笑みを見せるヒスイちゃんに対して、俺はそれ以上何も言えなかった。
「やっぱり、私も役者とかミュージカルを頑張って表現力とか雰囲気の作り方とかをしっかり勉強した方がいいのかなぁ〜。私もあくあ様みたいに表現力があったら、歌う時にもっと感情を乗せてファンのみんなに伝えられると思うんですよ!」
俺は楽しそうに話すヒスイちゃんを見て、毒気というか、下心が完全に抜かれてしまう。
さすがは完全無欠の清楚系……いや、清楚を超えたその先にある純潔アイドルだ。
俺がどれだけ頑張っても甘い雰囲気にすらならない……。
「それならさっき、小雛先輩が芋けんぴ齧って暇そうにしてたから、色々と教えてもらうといいよ。多分、暇だし、ヒスイちゃんの本気がわからない人じゃないから、アドバイスくらいはくれるんじゃないかな」
「えっ? 本当ですか!? それじゃあ私、ちょっと行ってきます!!」
あ……。そう言ってヒスイちゃんは、リビングを出て小雛先輩の居る隣の家へと走って行った。
思い立ったら即行動ってところが前世の彼女と重なって見える。
前世でも、止まらない、止められない、止めてみせなよ、明星リリィといわれていたもんな。
俺はそんな彼女に憧れてアイドルになりたいと思った。
目を閉じた俺は過去に思いを馳せる。
『おい、そこのお前!』
アレは前世で俺が渋谷を歩いていた時だった。
アイドルになりたかったら渋谷を歩いてスカウトされたらいい。
その噂を信じて街中を歩いていると、やたらガタイの良いおじさんに声をかけらた。
『お前、いいガタイしてるな。骨格がいいぞ』
おじさんは俺の体をベタベタと触ると満面の笑みを浮かべる。
それが俺と師匠の、アキオさんとの出会いだった。
『アイドルになりたい? それなら俺が働いてる事務所に来い』
俺が入所した前世の事務所は、親の居ない俺にとっては最高の環境だった。
衣食住、その全てが支給され、お給料まで出る。
アイドル研究生は普通の生活を送るのも厳しいという話を聞いていたが、こんなに恵まれていいのかと思ったくらいだ。
『よし、まずはこの服を着ろ! 今日からお前たちの事は、その上着に書かれたナンバーで呼ぶ。名前を呼ばれたければそうだな……最低でも一ヶ月は生き抜いて見せろ』
そう言って俺は何故か迷彩服を着せられた。
今、思えば、あの迷彩服……どことなく自衛隊っぽかったような気がする。
その後、ハードなトレーニングで何人かが退所して行く中で、俺は研究生として最後まで残った。
『教官の1人を務める森川智だ。俺の事はそうだな……トムと言ってくれ。早速だが、君たちには今から不可能なミッションに挑戦してもらう』
いつかアイドルになって役者をやった時のために、俺達はアクション映画に出る事を想定したリアリティのある演習を毎日のようにこなしていった。
100kgの重りを担いでマッターホルン登頂、薄着で南極大陸横断も厳しかったが、アクション指導の演技で飛んでくる銃弾が嘘みたいに現実味があってびっくりしたっけ。俺が後ろにのけぞって銃弾をかわした時には、森川教官からお前は天才だ! ネオの意志を継いでお前がこの世界の救世主になれとか、意味不明な事を言われたのを覚えてる。
いやいや、俺がなりたいのはアイドルですよ! そう言ったら、師匠たちが青ざめた顔でヒソヒソ話を始めた。
『くっ! やはり白銀はスケールの大きい男だ。ここまできて、こいつ何も気がついてないぞ!』
『やはりこの俺が見込んだビッグな男だけの事はある。こまかい事なんて気にしない。男のあるべき姿を見せられているみたいだ。俺もこういう男に生まれたかった』
『というか、お前らが面白がってスポンジみたいになんでも吸収する白銀を鍛えるせいで、とんでもないバケモノが完成しちまったじゃねぇか。同盟国の某国からも白銀はもうワンマンアーミーどころか、1人国家戦力って呼ばれてるらしいぞ。もう俺らが全員束になって勝てるかどうかも怪しくなってきた……』
『おい、それよりもどうするんだ? 流石にこれ以上は騙せそうにないぞ。そろそろ白銀に真実を告げるのか? 俺はこいつがあまりにもピュアすぎて、最近は心が張り裂けそうなくらい苦しいんだ』
『いや、ここは一旦、白銀の夢を叶えるためにアイドルとしてデビューさせよう! 幸いにも白銀は顔がいいし、歌も上手いし、ダンスもできるし、頭はいいけど素直でバカだからなんだってできる!! 多分アイドルをやったとしても食っていけるだろう。それにこの肉体とアクション、女どころか、惚れない男なんていないぞ!! そうして、バ……白銀に釣られて事務所に来た新たなバ……健康で若い男子を確保して、人手不足の自……事務所に新たな人材を確保するんだ!!』
『『『『『それだ!!』』』』』
今になって思えば師匠たちは銃弾が飛び交う場所で演技の練習相手と戦いながら、何を会話していたんだろう。
俺は素手で銃を持った練習相手を素手で無力化させるのにいっぱいいっぱいで、みんなが話していた会話が一切聞こえなかった。
師匠達はみんな元気にしてるかなぁ。
俺は志半ばで死んじゃったから、最後まで師匠達の指導を受けられなかったけど、こんな俺でも少しは師匠達に追いつけてたらいいなと思った。
「あくあ先輩、こんなところで寝てたら風邪をひいちゃいますよ」
「ん?」
俺は目を開けると声がした方に視線を向ける。
すると、くくりちゃんが心配そうな顔で俺を見つめていた。
「あ、いや。ちょっと考え事をしていただけだよ」
「もしかして……お邪魔しちゃいましたか?」
俺は申し訳なさそうな顔をしたくくりちゃんに対して笑顔を見せると、「そんな事はないよ」と、言った。
くくりちゃんには、本当に申し訳ない事になっちゃったな。
俺はくくりちゃんの手首を掴むと、そっと自分の方へと抱き寄せた。
「あ、あくあ先輩!?」
驚いた顔をするくくりちゃんに対して、俺は耳元で小さく囁く。
「ほら、俺達は恋愛しなきゃいけないんだから、少しくらい、いちゃついたっておかしくはないでしょ」
「も、もう! そう言ってこの前も……」
くくりちゃんはカメラの死角でイチャついた時の事を思い出して顔を赤くする。
せっかく付き合ってるんだから、イチャイチャなんか毎日したっていいくらいだ。
「ねぇ、くくりちゃん。提案があるんだけど」
「な、何ですか?」
くくりちゃんは緊張した面持ちで俺の顔へと視線を向ける。
せっかくだから、この恋愛リアリティショーを逆に利用してやろうと思った。
「お試しで、俺にキスしてみない?」
「えっ!?」
くくりちゃんは顔を赤くすると、戸惑うような表情を見せる。
「ほら、アヤナがリップのCMで、キスから始まる恋があってもいいですか? って言ってたじゃん。だから、くくりちゃんが俺にキスをしたら、俺の事をもっと意識してくれるようになるだろうし、俺もくくりちゃんの事をもっと意識すると思うんだよね」
基本的に俺は、自分からキスする方が多い。
だから、俺もたまにはキスをされる方にまわってみたいと思った。
それにこれなら恋人のくくりちゃんと、合法的にカメラの前でチュッチュできるしね。
「もちろん、嫌なのに無理強いはさせたくないから断ってもいいよ」
俺はくくりちゃんに優しい笑顔を向ける。
くくりちゃんは少しだけ悩んだ後に心を決めたのか、俺の眼を真っ直ぐな視線で見つめ返してくれた。
「わかりました。えっと……ほっぺたでいいですか?」
「うん、いいよ」
くくりちゃんは俺の目をじっと見つめると、何か言いたげな顔を見せる。
どうしたのかな? もしかして……俺の顔にまだ小雛先輩が食べてた芋けんぴがついてたりとか?
俺は慌てて自分の顔を手で触ると、小雛先輩の芋けんぴが残ってないか確かめた。
「あくあ先輩?」
「あ、ああ、ごめん。小雛先輩の芋けんぴが……いや、なんでもないからもう大丈夫」
俺はくくりちゃんキスしやすいように、改めてほっぺたをくくりちゃん側に向ける。
「あの……恥ずかしいから、目を瞑ってくれませんか?」
「いいよ」
俺が目を閉じてから数秒後、ほっぺたに何かが触れるような感触があった。
可愛い年下の女の子からしてもらうキス……。控えめに言って最高だ!!
俺が目を開けてくくりちゃんの顔を確認しようとすると、くくりちゃんが何かで俺の顔を隠してくる。
「くくりちゃん?」
「だめ! 今の顔をあくあ先輩にみられたくないから……」
くくりちゃんは羞恥心から俺の頭をぎゅーっと抱きしめて自分の顔を見られないようにする。
正直、この条項も同じくらい恥ずかしいと思うんだけど……。
くくりちゃんもその事に気がついたのか、俺の顔からパッと体を離した。
「あっ……ま、待って。これは違うんです」
いつもは冷静なくくりちゃんが両手の掌を左右にぶんぶんと振ると、真っ赤になった顔でしどろもどろな言い訳を始める。
可愛いいなぁ。俺は優しい顔でくくりちゃんの話を聞く。
物陰からこちらの様子を伺っていたえみりも俺と同じような顔をしていた。
それに気がついたくくりちゃんはさらに顔を赤くする。
「そ、そんなつもりじゃなかったんだからぁー!!」
首まで真っ赤にしたくくりちゃんは、後ろに振り向くとそのままダッシュで逃げていった。
くくりちゃんが出て行った後、すぐに入れ替わるようにしてハーちゃんがリビングに入ってくる。
「パ……あくあ。くくり先輩に何かしたんですか?」
「いや、別に……」
ハーちゃんは俺の事をジトーっとした目で見つめる。
くっ、それは俺に効く……。
俺はカノン仕込みのジト目に耐えきれなくなって、チジョーのような片言の日本語で言い訳をする。
「な、ナニモ、シテマセンヨ……」
「2番目の姉様が言ってたけど、あくあって本当にわかりやすいよね」
これがカノンだったらなんとか強引に誤魔化す事もできるが相手はハーちゃんだ。
ハーちゃんは小学生だけど、カノンのようなポン要素がない。
スタスタと俺に近づいてきたハーちゃんは、遠慮せずに俺の顔を覗き込んでくる。
「ほっぺた……」
「えっ?」
ハーちゃんは俺のほっぺたを指差す。
「キスマークついてる」
「えっ? まじ!?」
俺はワクワクした顔で鏡を見つめる。
でも、俺のほっぺたにキスマークの痕跡は残っていなかった。
「嘘。でも予想が当たった」
し、しまったぁ!! 俺は完全に嵌められた事を自覚する。
こ、これがポン要素のないカノン、ちょろデレ属性のないヴィクトリア様の妹、3姉妹の中で一番頭がいいと言われているハーちゃんの実力だというのか!!
「ねぇ、あくあ。ハーもキスしていい?」
「うぇっ?」
ハーちゃんは向かい合うように俺の太ももの上に腰掛けると、首の後ろに両手を回してきた。
待って、ハーちゃん! これはまずいって!!
「だめ?」
ハーちゃんは首をコテンと傾けてお強請りしてくる。
ん〜、可愛い! 控えめに言わなくても可愛いから、全部許しちゃう!!
「……わかった。あくあ、こっちきて」
俺の太ももから降りたハーちゃんは、俺の手を掴んでグイグイと引っ張る。
「ちょ、待って。ハーちゃん」
ハーちゃんに手を引っ張られた俺は、リビングからどこかに向かう。
ってぇ!? ここ、脱衣所じゃん!!
ハーちゃんはカメラの設置されてない脱衣所に入ると、自らの服の裾を両手で掴む。
俺は何かを察してすぐにハーちゃんの手を掴んで、これからしようとした事を押し留める。
「ちょ、ちょ、ちょ、ハーちゃん、待って!」
一応、ほら。直接的なのはダメってルールがですね……。
「ルールを破ろうとした事はごめんなさい。でも、こうでもしないと、あく……ううん。パパは、ハーの事がわかってくれないから」
パパ呼び復活きたああああああああああああああ!
って、そうじゃないだろ!
ハーちゃんは俺の事をジッと見つめる。
「ハー……一番目の姉様やペゴニア、えみりさんみたいにおっきくないけど、ハーだって女の子なんだよ。だから、ハーの事をもっとちゃんと見て」
そうか、そうだよな。
俺とハーちゃんは年齢的に少し離れてるけど、あと10年たてば付き合っててもおかしくない年齢だ。
俺は悲しむハーちゃんの顔を見て、自分の脇腹を全力で殴り飛ばす。
最初は顔を殴ろうかと思ったけど、それは多方面に迷惑がかかりそうなのでやめた。
「ぱ、パパ!?」
ハーちゃんは俺の行動にびっくりした顔をする。
ごめんな。ハーちゃん。ハーちゃんにそんな顔をさせるなんて、俺はパパ失格だ!!
「ハーちゃん、ごめん。俺は今までハーちゃんの事をずっと子供扱いしてきた。だけど、今日からはハーちゃんの事を1人の女の子として見るよ」
「パパ」
俺は両膝を床について、同じ目線でハーちゃんに優しく語りかけた。
「でも、俺はハーちゃんに自分の体を大事にして欲しいと思ってる」
「うん……」
俺は、ハーちゃんの事が好きだから、もっと自分の事を大事にしてほしい。
恋愛するにしたって、そんなに急がなくていいはずだ。
「だから、ハーちゃんの身体の成長に合わせて、ゆっくりとお互いの関係を育んでいかないか? ハーちゃんの心に、その体がついてくるのを待ってからでも俺は遅くないと思うよ。だって、俺とハーちゃんは、この先もずっと一緒にいるんだから」
「パパ……!」
ハーちゃんは俺の体をギュッと抱きしめる。
俺はハーちゃんの背中を優しくポンポンと叩く。
ふぅ、一時期はどうなるかと思ったけど、ハーちゃんが頭のいい子でよかった。
「それじゃあ、いこっか」
「うん」
俺はハーちゃんの手を掴むと、脱衣所から出て行く。
しかし、そのタイミングで偶然にも通路を歩いていたけいととぶつかりそうになる。
「「あ」」
俺は脅威の反射神経で倒れそうになるけいとの腕を掴むと、自分と入れ替わるようにぐるんと回転する。
そのおかげでけいとは無事だったが、俺がけいとの下敷きになってしまった。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫……あ、ありがとう。あくあくあくあ君……」
けいとは自分と俺の状況を見て顔を赤くする。
ちょうどそのタイミングで、レイラさんがやってきた。
「あくあ君!? 司先生!? その体勢は……おめでとう!!」
「いや、だから違うんですってばぁ!!」
俺は勘違いして涙を流して祝福するレイラさんを説得する。
あー、もう! 普通に恋愛したいだけなのに、どうしてこうなるんだぁぁぁああああああああああ!
こうして俺達の恋愛リアリティショーはぐだぐだのままで最終日を迎えてしまった。
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