92、いざ戦地へ。
本日2度目の投稿になります。
「相変わらずすごい人ね……」
夏コミの会場に到着した私は、あまりの人の多さとその熱気に目が眩みそうになる。
すでに現地では多くの人がとんでもない長さの列を形成していた。
今回は多くのサークルがあくあさん関連のものを出すらしく、それらをゲットしようと今から火花をバチバチと散らしている。
特に今回は、企業ブースに初出店する森長や藤百貨店からあくあさん関連のグッズを出す事もあって、そっち狙いの人が多くいるのではないでしょうか。普段はこういったところに来られないようなタイプの人もチラホラとみられます。
森長コラボの羊のメリーさんの着ぐるみ仕様のあくあさんのキーホルダーは、二頭身のイラストになったあくあさんがとてつもなくかわいすぎて、情報が開示された段階で私はその場で悶絶してしまいました。今日はそちらには行けない私の代わりに、最近仲良くなった深雪さんが買ってきてくれると言うので感謝しないといけませんね。
公務員の深雪さんもあくあさんのファンらしく、メリーさん仕様のあくあさんの情報を教えてあげたら、あのクールな表情を崩されて居酒屋の机をバンバンと叩いていました。うんうん、深雪さんとはやっぱり趣味が合うと思ったんですよね。勇気を出してお話しした甲斐がありました。
「ベリルエンターテイメントブースへの参加チケットをお持ちの方ー、待機列はこちらでーす」
私は多くの人が並んでいた待機列を横目に、ベリルの待機列へと移動する。
「最後尾こちらとなっています。念のためにチケットを確認してもいいですか?」
「あっ、はい」
ちなみに私が並んだ待機列は、ベリルエンターテイメント専用の待機列だ。
ベリルエンターテイメントは元々企業ブースの一つとして参加する予定でしたが、会場の運営会社によるご厚意で、新設された展示場を主催者側に無料開放してくれたそうです。前代未聞の出来事ですが、ここの運営企業が藤財閥系の藤不動産だという事を考えたら必然のことだったのかもしれません。本来であればこの展示場が開業するのは秋からでしたが、ベリルエンターテイメント参戦に合わせて前倒しで完成させていたのではと囁かれています。
そして大きな企業がステージの運営で絡んでいる以上、会場で事故を起こすわけにはいけませんのでチケットは事前抽選制になりました。
ちなみに私はタマちゃんが個人勢の時から配信の自治を手伝っていた流れで、本人から招待チケットを貰っているから、抽選に関係なくイベントに参加することができます。ごめんね、みんな、ズルしちゃって……。
「シロくーん、会いにきたよー」
「たまちゃん可愛いー」
「シロくんとタマちゃんの写真、今のうちにとっておこ」
待機列の横には2人の大きな立て看板が並んでいました。
もちろん私も写真に収めます。せっかくなので、どこかで並んでいる友人たちにも写真を送っておきましょう。
「今から開場しまーす。前の人に合わせて、事故がないようにゆっくりと会場の方にお進みくださーい」
いよいよだ。私は前の人に合わせてゆっくりと会場の入り口の方へと向かう。
入り口に近づくと聞き覚えのある2人の声が聞こえてきた。
「みんなー! 今日は来てくれてありがとう!!」
「ゆっくりしていってね」
入り口の左右に取り付けられた大きなパネル、その中でシロくんとタマちゃんの2人が来場者に手を振っていた。
実際は録画した映像を流しているのかもしれないが、私達のような人種、いわゆる大きなお姉さん達にとって効果は抜群である。
「くっ……」
「耐えろ……耐えるんだ、私」
「なん……だと?」
「まさか入口からこんな素敵なトラップがあるなんて」
「あああああ前に進みたいのに、もうここから一歩も動きたくないっ!」
「すみません、あのパネルの中の子、お持ち帰りできませんか?」
列に並んでいた女性たちが身悶えし始めた。
まだ会場にすら入っていないのに、ベリルは私たちを殺すつもりなのでしょうか?
私はなんとかスマホを取り出すと、その映像を記録する。
「せっかくチケットが当たったのに、こんなところで脱落するわけにはいかないってばよ!!」
「くそっ、またベリルが私たちを本気でヤリにきてるっ……!」
「何とか建物の中に! 中に入りさえすればこっちのもの!!」
「私は止まんないもん、みんなが止まらないかぎり、その先に私もいく! だから、止まっちゃだめ……」
私たちは、ゆっくりとゆっくりと、牛歩戦術のように建物の中に入っていく。
まさか最初からこんな駆け足ダッシュ対策をしてくるなんて、思ってもいませんでした。
何とか私たちは会場に入ることができましたが、ベリルはそんな私たちに対してさらなる追撃をかましてきます。
「うっうっうっーう・どーん!!」
入り口に入ってすぐに展示された巨大なディスプレイ。そこに映ったシロくんとタマちゃんは、ノリのいい洋楽のメロディーに合わせて軽快にダンスを踊っていた。この曲は、かなり前にネットを中心に流行った空耳曲の一つです。フレーズの一つがうどんに聞こえるために、最近またちょっとネットで噂になっていました。
「嘘……だろ……」
「まさか本人が歌うなんて……」
「またうどんが売り切れるぞ」
「うどん工場勤務の私の死亡を確認」
「私、生まれ変わったらおうどんになる」
「いや、むしろここはお出汁でしょ」
「ウッウッウッ!」
あぁ、なんと可愛らしいのでしょう。
ダンスの振り付けもさることながら、お二人ともお歌がお上手だからクオリティが高いです。
あっ! ……映像の中のお二人は猫舌だったのか、熱いおうどんに舌を火傷させてしまう。
くっ、私が隣にいたらアツアツのおうどんをフーフーして、食べさせてあげるのですが……生身のこの体が憎いっ!
「ふぅーふぅー」
「あらぁ……」
「まぁ……」
「熱いもの上手に食べられない子って本当に可愛いよね」
「あざといってわかってても母性本能が反応しちゃうよね」
「わかる……」
ディスプレイの右下には、この映像は先行公開です。今晩より公式チャンネルにて配信予定。と書かれていました。
それにしてもこの待機列、さっきからノリが良すぎませんか? まさかとは思いますが、私と同じところ出身の方達ではないでしょうね? 念のために私は違うよという雰囲気を出しておきます。
「テンプラー、テンプラー」
ええ、もちろんうどんといえば茄子の天ぷらです。
私の隣にいた女の子には刺激が強かったのか、鼻血を垂らしていたのでそっとティッシュを渡してあげる。
こういう時には助け合いをしないといけません。
「天ぷらのところで茄子が出てくるのあざとすぎぃ!」
「あああああ、脳がー脳がー溶けるうぅううううう」
「公式が茄子をネタにするのはずるい!」
「これ、あく……シロくんわかっててやってるのかなぁ?」
「やめろ、それ以上は解釈の違いからくる論争に発展するぞ」
「ベリルは大概にせいや!」
私たちの後ろから大きな悲鳴が聞こえる。
どうやら入り口前のお出迎えにやられた人がいるみたいです。
これ、最後のイベントまでに、何人がたどり着けるのか本当に心配になってきました。
「入り口で立ち止まらないでくださーい。右は展示コーナー、左は物販コーナーになっておりまーす。物販は多めに用意していますが、数は限られているのでお早めにご購入の程よろしくお願いしまーす」
周囲の人たちが、物販、数量限定と小さな声で呟く。
スタッフの人の呼びかけで、ようやく入り口の塊が動き始めました。
今回のグッズ販売は、タマちゃんのものなので、シロくんやあくあさんのファンは反対側へと向かう。
私はタマちゃんのファンでもあるので、もちろん物販コーナーの方に並びます。
「お一人様、2点限りの購入制限になっております。ご了承くださーい!!」
物販コーナーの窓口には数多くのスタッフさんが立っていました。その背後ではバックヤードから商品を用意して詰めるスタッフの人たちがいました。それぞれの窓口に行くと商品の見本が置いてあり、注文を聞いたスタッフさんが後ろで商品を準備してくれている間に、お会計をするというシステムです。盗難防止などを考えるとこのシステムが一番いいのかもしれません。
タマちゃんのグッズは、アクリルキーホルダーに、防水シール、ハンドタオルにクリアファイルなどが用意されていました。私はもちろんそれらを2つずつ購入します。これでも貯金だけはいっぱいありますから。
「ありがとうございましたー」
手渡された縦長のベリルの公式ショッパーを見て私は驚く。
なんとそこに映っていたのは、横を向いたあくあ様の中途半端にアップされた写真でした。
顔も映ってないし、これは明らかに印刷ミスではないでしょうか。
そんな私の浅はかな考えは、ベリルの謀略によってすぐに吹き飛ばされてしまいました。
「ショッパーは肩からかけて、手のひらで下から抱えるようにして持ってくだーい」
物販の出口ではスタッフさんが、出てくる人たちにお手本を見せていた。
それを見て私は目を見開く。縦長の紙袋、その底の部分に手を回すことで、紙袋のあくあ様の手と恋人繋ぎしているように見えるのです。しかも気が利いていることに、出口にはその姿が自ら確認できるように、大きな鏡が設置されていました。
「あっ、あっ、あっ……」
「ベリルやべーわ。一生ついてきます」
「さすがはあー様が所属している事務所、やることがえぐいって」
「人生初デートがあくあ君だなんて、もう泣きそう……」
「やば……手汗かいてきた」
何人かの女性は涙を流していました。
その一方で紙袋を汚したくない人は、慌てて紙袋を大きなバッグへと入れます。
幸いにも会場の隅っこには、そう言うスペースが用意されていたので、私も中の商品と紙袋を自分の持ってきた大きなトートバッグに入れ直しました。
「ふぅ……とりあえずは、これで大丈夫でしょう」
私は物販コーナーを後にすると、展示コーナーの方へと向かう。
展示コーナーに入って最初に目についたのは、ランウェイであくあさんが実際に着用した衣装でした。
コロールの路面店でも展示されていたものですが、その時に見れなかった人たちが写真を撮っています。
「衣装やば……てか、なんか良い匂いがしてきた」
「えっ、ちょっと待って、なにこの匂い?」
確かになんだか良い匂いがします。私も釣られてマネキンの方へと向かう。
「こちらはランウェイの時に白銀あくあ様がつけていたコロールオムの香水になります。まだこの国では未発売のものですが、秋には入荷しますのでご購入のほどご検討ください」
説明してくれたスタッフの人を見ると、明らかに他のスタッフさんとは違いました。
おそらくはコロールから派遣された人なのでしょう。もちろん衣装の周りは警備員の人たちで厳重に囲まれています。
「え? じゃあ、この匂いつけてベッド入ったら実質……ンンッ」
「香水で4万、さすがはコロール、お財布に優しくなさすぎる」
「でも一度買えば結構もつし、一回分で計算したら安い方じゃない?」
「さっきトイレが混んでたのはこれが原因か……」
柵で仕切られた衣装の方に近づくと、温かみのある甘い匂いが鼻腔を擽る。
女性の香水でよく使われているアイリスの上品でエレガンスな香りと、男らしいベチバーやレザーの香り、それに加えてほろ苦いココアの香りでしょうか? 複雑に香りが入り混じっているにもかかわらず、一流の調香師によって作られた香りは喧嘩することなく包容力のある優しさを醸し出していました。
「こちらサンプルになります。よろしければどうぞー」
コロールのお姉さんは、テスターに香水をプッシュすると渡してくれました。
え? うそ、これ無料なんですか……? テスターとはいえ、まさかの無料配布に会場が湧く。
私は発売されたら絶対に買おうと心に誓い、次のコーナーへと向かう。
そこには、シロくんとタマちゃんの衣装がかけられたマネキンが展示されていました。
「やば! シロくん短パンじゃん!!」
「頬擦りしたい……」
「よく見たらこれ両方ともショートパンツなんだね」
「やっぱタマちゃんってさ……」
「しーっ! それはわかってても黙っておく約束でしょ」
画面の向こう側に見ていた衣装が、今、自分の目の前にある事に対して私はすごく感動しました。
私はその前を横切る時に、パシャパシャとシャッターを切る。立ち止まって他の人の邪魔をしてはいけませんからね。衣装コーナーが終わると、次に見えてきたのは、等身大のあくあさんのパネルや、シロくん、タマちゃんと記念撮影できるコーナーでした。
喫茶店の時に私は、本物のあくあさんと写真を撮影したことがありますが、それはそれこれはこれです。
私はそのままの流れでスタッフの人に記念撮影をお願いしました。
「あくあ様ってこんなにおっきいんだ……」
「そりゃ、ねえ……ゲフンゲフン」
「シロくんは同じ目線くらいなのいいな」
どっちの意見もよくわかります。
今日はスニーカーを履いているので、あくあ様は私と並んでも少し背が高い。それもたまらなく良いのですが、隣に並んだシロくんの看板は私よりも身長が低くて、それはそれで胸にキュンキュンとくるものがありました。
そのコーナーを通り過ぎると、3つのパネルが並んでいます。
一番最初のパネルはタマちゃんでした。
『いつも配信を見にきてくれてありがとう。今日のライブステージは緊張するけど……リスナーのみんなが一緒だと信じて精一杯頑張ります。大海たま』
パネルの隣に書かれた直筆のメッセージとサインを見て、みんなが歓声をあげる。
私はタマちゃんがんばれ〜と声に出した。すると他にもリスナーの人がいたのか、私の応援に続いて声を上げてくれる。
「頑張れタマちゃん、ずっと応援してるよー!」
「私はタマちゃんに会いたくてきたよー!」
「ずっといっしょだから安心して!」
なんだか同じタマちゃんのリスナーとして、一体感を味わえたような気がしました。
サインの隣に書かれた肉球マークも可愛くて私的には満足です。
そしてその隣、タマちゃんの横にはシロくんのパネルがありました。
『今日のデビューステージがとっても楽しみで、昨日の晩からワクワクして寝られなかったよ。早くみんなの前で歌って踊りたいな。あと少しだから、待っててねー* 星水シロ』
そのパネルの近くからは、一際大きな歓声があがる。
「シロくーん! ずっと、待ってるよー!」
「早くみんなのところに会いに来てー!!」
「私たちも昨日から寝られなかったよー!」
「遠足前みたいで可愛すぎじゃない?」
「やばい、あー様だけじゃなくてシロくんも推せる」
「ところで右下のアレなに? なんかの呪いのマーク?」
「画伯www」
メッセージの下の方に謎の何かが書かれていました。
よく見たら星マークとその隣に矢印を引いて書かれています。
「これが星マーク?」
「星マークすらまともに書けないって、予想の斜め上すぎてもう」
「てっきり……ゴホッ、ゴホっ」
「シロくんって、王子様系のあくあ様とのギャップがすごいよね」
「でもそこがいい。距離感が近いから私はこっちの方が好きかも」
「わかる、私なんかさっきのあくあ様の等身大パネルでもコミュ障発揮したのに、生身とか絶対無理。看板ですらあんなにかっこいいなんて反則だよ。でも可愛い系のシロくんならなんとか行けるかも」
「それ考えると初期に喫茶店行った検証班やばすぎ。あいつらよく無事で帰ってこられたわ」
おっと……誰かが私たちの話をしていますね。私は知らないふりをしてもう一つ先のパネルへと向かう。
もちろん最後にはあくあさんのパネルが展示されていた。3枚の中では一際大きく、それでいてメッセージの量もお手紙かと思うほど書かれていました。
『今日はベリルエンターテイメントのブースに来てくれてありがとう。実はこのメッセージ、恥ずかしいからみんなが来る前に今朝こっそりと書いてます。普段は自分からあまりメッセージが伝えられる機会がないんだけど、今日はこのスペースをお借りして、皆さんにメッセージを送りたいと思います。森長さんのメリービスケット、多くの人が買ってくれたと聞きました。当選した人はおめでとう。当選しなかった人も、次のキャンペーンがあるから気落ちしないでね。それと、深夜の時間帯なのに夜遅くまで起きて花咲く貴方へを見てくれてありがとう。残念ながら夕迅を演じられたのは少しだけだったけど、夕迅を演じられたことは俺にとっても誇りです。コロールさんのランウェイショーでは、観客席だけではなく、規制線の外からも多くの声援が聞こえてきました。あまりの人の多さに自分でもすごくびっくりしたけど、みんなの声援があったから頑張れたよ。藤百貨店さんのイベントもかなり遠くから来てくれた人がいると聞いてびっくりしました。朝早くから本当にありがとう。このありがとうという気持ちをみんなに伝えるために、これからも頑張ります! 白銀あくあ』
まるでここだけ時間が停止したように、誰1人としてその場から動こうとはしません。
そしてその場に居た全員が、手紙に書かれていたメッセージへと視線をむけていました。
私の周りから啜り泣くような音が聞こえてくる。
「うっ……うっ……うっ……」
「グスッ……ズビッ……」
「あくあしゃまぁ……」
「よ、よかっ、た、私、あく……あ様のファンでっ」
「うんうん、よかったね、ずっと推そうね」
「あくあ様ハンパないって、ファンへの感謝のお手紙とか、そんなのできるわけないじゃん普通」
「ありがとう、あくあ様、ありがとうっ!」
気がつけば私も周囲の人たちと同じように涙を流していました。
ハンカチで涙を拭った私は、さらにその隣にデカデカと書かれていたメッセージへと視線を向ける。
『銀河一最強のアイドルになるぞ!!』
強く書かれたあくあさんのメッセージにみんなが息を呑む。
銀河一最強のアイドル白銀あくあを見てみたい、おそらくその場にいた全員が思ったはずです。
私も1人のファンとして、あくあ様のその夢を支えてあげたいと思った。
「アイドル白銀あくあ……」
私の胸の奥がとても熱くなる。
さっきまでの静けさが嘘のように、あくあ様のパネルの前にいた人たちの瞳の奥に熱がこもっていく。
そんな中、タイミング良く会場にアナウンスの声が流れてきました。
『13時からベリルエンターテイメントのイベントステージを開演いたします。ステージイベント参加チケットをお持ちの方は、スタッフの誘導に従って指定の番号のお席にご着席ください。食事をされる方は今のうちにお願いします!』
いよいよ、ベリルエンターテイメントの初めてのステージが幕を開ける。
私はまず英気を養うために、飲食店ブースへと向かった。
この続きがすぐにでも読みたい方はノクターンへお越しやすー。
Twitter、一気にフォロバしたのがスパムと認識されて凍結されたみたい。
しばし復旧までお待ちください。
臨時のサブ垢です。
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聖あくあ教が邪教認定されたか、あくあがトゥイッターのハイパフォーマンスサーバーを破壊したからかな……。




