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玖珂レイラ、恋をするなら。

 私はあくあ君との仲が何も進展しないまま土曜日を迎えてしまった。


「どうして、こうなった……」


 何度かクジを引き当て、あくあ君とは色々な恋愛イベントをこなしたはずだ。

 それなのに、なぜか私の時だけ全てがうまくいかない。

 料理を一緒にしようとしたら、空中に舞った私の包丁をあくあ君が真剣白刃取りをする事になるし、他のみんなは温水プールの水着イベントであくあ君とキャッキャうふふなイベントをこなしているのに、私だけなぜかあくあ君と一緒に競争する事になるし、誰か私にどうしてそうなったかを説明して欲しいくらいだ。


「やはり私に恋愛は難しいのか……」


 はっきり言って、私はあくあ君に対して本気だ。

 理人としきみお姉ちゃんを助けてくれたあの日から、私にとって白銀あくあという男の子は特別な存在になった。

 私はいまだに恋愛感情というものがわからないが、あくあ君とはお付き合いしたいと思うが、他の男性とはお付き合いしたいとは思わない。それってつまり女としての本能があくあ君を求めているって事だ。

 私はベッドにうつ伏せになると、足をジタバタさせる。


「はぁ、流石に最初のアレはやり過ぎだったかも……」


 生まれてこの方、恋なんてした事ないから、どうやって男性にアピールしていいかわからなかった。

 私はベッドの上でゴロリと回転すると、小さなため息を吐く。

 はっきり言って私は女として終わってる。

 女性らしい体つきに加えてこの長身、目鼻立ちがはっきりしすぎている私は、男性に対して恐怖心を与えてしまう存在だ。それに加えて私はどちらかというとガサツな部類だし、バイクを弄ってるような女を普通の男の子は好きになってくれない。

 それでも、あくあ君ならこの体が武器になる。

 だからこれで押していく以外の方法が思いつかなかった。

 頭を抱えた私は自分の髪を両手でわしゃわしゃとかきむしる。


「あー……だめだ。何もいい手が思い浮かばない!」


 一旦、バイクでも弄って頭の中を整理するか。

 ベッドから降りた私は自分の部屋を出て、バイクの置いてあるガレージに向かう。

 すると、途中にあるリビングであくあ君がヒスイちゃんに勉強を教えていた。


「実は、ここのtan1°は有理数であるか。って問題がわからないんですけど……」

「あぁ、そこはね。帰納法か倍角の公式を使って、無理数である証明をしたらいいんだよ」


 ふむ……。共有部で話している時は会話に割り込んでいいというルールがあるが、せっかくの2人きりだ。会話も盛り上がってるみたいだし、ここは邪魔をしないでおこう。

 言っておくが、決して話している内容がちんぷんかんすぎてついていけないとかじゃないぞ。

 2人が在籍している乙女咲は入学を希望する人が多かったために、国からの特例措置で他の高校より先んじて合同入試をしている。その影響もあってか、入試の問題がハイレベル化しているとは聞いたがここまでとは思わなかった。明らかにメアリー女子大の入試で出てくるレベルの問題だったぞ……。

 リビングを素通りしてガレージに到着した私は、愛車のバイクを洗浄するために分解していく。

 やっぱり、TIKARAはいいな。パワー教の小早川優希さんが購入した事で、力のロゴが入ったこのバイクがその界隈で飛ぶように売れていると聞いた。

 TIKARAは回転性能は良くないけど、とにかくストレートの伸びとブレーキがいい。バイクはまっすぐ走って止まれればそれでいいという謎のコンセプトから生まれた新時代のパワー系バイク、それが力ことTIKARAだ。


「む……グリスが固まってきてるな」


 私はブッシュにクリーナーを塗布するとウエスで綺麗に固まったグリスを拭き取っていく。

 錆びていたら交換しないといけないが、幸いにも磨いたブッシュは綺麗な状態だ。

 私はグリスをしっかりと塗って再度装着し直す。

 そういう地道で細かい作業を繰り返し、私は愛車をしっかりとメンテする。

 仕事柄、ステイツやスターズに飛ぶ事が多い私は、日本に帰ってきた時しか愛車のメンテナンスができないからな。


「ふぅ」


 やっぱりバイク弄りはいいな。心が落ち着く。

 私がメンテを終えて立ち上がると、偶然にも近くにあった鏡が目に入る。

 どうやら、マフラーを掃除した時に、無意識のうちにほっぺたやおでこを擦っていたみたいだ。

 私は煤のついた自分の顔を見て、小さいため息を吐く。


「仕方ない。汗もかいたし、一旦風呂に入るか」


 お風呂に入った私は、服を着替えて自分の部屋に戻ろうとする。

 すると、その途中にあったあくあ君の部屋から本人が出てきた。


「あれ? あくあ君、出かけるのかい? そろそろお昼の時間だけど……」


 私たちは共同生活を送っているが、学校だってあるし仕事もある。

 それに加えてあくあ君は子供達と会うために毎日一度は家に帰っていると聞いた。


「ああ、はい。今日はどうしても外せない用事があって……」


 あくあ君はそこで言葉を詰まらせると、私の顔を見て何かに気がついたような顔をする。


「あっ、良かったら、レイラさんも一緒にどうですか?」

「えっ? 私も一緒に行っていいのかい?」


 仕事かプライベートかまではわからないけど、ついていっていいって事は、その間、あくあ君の時間を独占する事ができるってことだ。


「もちろんです。楓が司会やってるから、1人で行こうかなって思ったんだけど、良かったら俺のパートナー役として結婚式に参列してくれませんか?」


 やったー! ようやく私にも運が向いてきたぞ!!

 誰の結婚式か知らないけど、そういった会場における栄えと見てくれだけには自信がある。

 ようやく私も自分の魅力をあくあ君に知ってもらうアピールの機会がやってきた。

 いや……待てよ。パーティーと違って結婚式だから、新婦さんより目立っちゃいけないよな。

 ううむ、難しい!! でも、何もないよりかはいい。

 私はあくあ君からのお誘いを受ける事にした。


「それじゃあ、お言葉に甘えてよろしくね。あくあ君」

「こちらこそ! 急にお願いしたのに引き受けてくれてありがとうございます!!」


 あくあ君はスマホを取り出すと誰かにメッセージを飛ばす。


「それじゃあ、タクシー待たせてるんで行きましょう。ヘアセットと衣装は向こうで整えてくれますから」

「うん、わかった」


 なるほど、さっきのメッセージはスタイリストさんに私が参加する事を伝えていたのか。

 私はあくあ君と一緒にタクシーに乗ると、都内にあるホテルへと向かった。


「ところで誰の結婚式なの? もしかして私の知ってる人?」

「それはついてからのお楽しみってやつです。ちなみに、レイラさんが知っている人ですよ」


 えー? 誰だろう?

 黛慎太郎君と淡島千霧さんの結婚式か?

 いや、それならあくあ君はカノンさんをパートナーにして出席するはずだし、朝からテレビやネットで騒いでいたはずだ。

 いくら情報に疎い私でも、さすがにその線はないだろう。


「ねぇ、ヒントとかない?」

「ヒントですか? ああ、ちなみに会場には理人さん達も来てますよ」


 ええー!? 理人が会場に来ていると聞いて私はげんなりとする。

 どうせ、あくあ君に迷惑をかけてないか? とか、他の参加者の皆さんに失礼な事をしてないか? とか、理人の事だからネチネチ言ってくる気がするんだよね。

 私はしきみお姉ちゃんの事は好きだけど、理人を選んだしきみお姉ちゃんの男を見る目はないと思う。そりゃ、そこら辺の男よりかは良い男だとは思うけど、説教臭くないあくあ君の方がはるかに良い男だもん。

 私はあくあ君の腕を掴んでぎゅーっとする。

 それから十数分後、結婚式が行われるホテルに到着した私達は裏口から別室に通された。


「すみません。急にお願いしたけど大丈夫でした?」

「大丈夫大丈夫。むしろレイラさんが着てくれるときいてガッツポーズしちゃったもん」


 あ、白銀キングダムにある藤百貨店で働いているお姉さん、越後屋伊勢さんだ。

 伊勢さんの後ろにいるお姉さんたちも白銀キングダムで見た事がある。エステティシャンの美麗あろまさんと、美容師をやっている草津伊香保さんだ。


「それじゃあまずは体を磨かせてもらいますね!」

「その次は私で」

「最後は私ね」


 あーれー! 私はテクニシャンな3人のお姉さん達の手によってあっという間に身なりを整えられた。

 私はニコニコ笑顔のお姉さん達に見つめられながら、鏡の前でポーズをとる。

 うーむ、さすがはプロの仕事だ。新婦さんを引き立てるために華美ではないが、それでいて魅力的なスタイリングに仕上がってると思う。


「ふふふ、レイラさんが着てるドレスはうち専用のブランド。これで明日は外商の売り上げが……じゅるり」

「ちょっと、伊勢ってば、目が円マークになってるわよ」

「全く、読唇術を使うまでもないくらいわかりやすいんだから」


 あの3人ってお友達なのかな?

 3人が仲良さそうにしているのが鏡越しに見えて、それを見てしまった私も温かい気持ちになった。


「レイラさん、準備できたかな?」

「あ、うん。入って良いよ。あくあ君」


 ゆっくりと扉が開いていくと、扉の先にスーツを着たあくあ君が立っていた。

 それを見た私達は言葉を詰まらせてうっとりとする。

 この世に、こんなにもスーツが似合う男性がいるのだろうか。

 あくあ君は美しい所作で部屋の中に入ってくると、私の姿を見て優しく微笑んだ。


「レイラさん、とても綺麗です。そのドレスもヘアスタイルも、よく似合ってますよ」

「あ、ありがとう」


 ストレートに褒められるって嬉しい事なんだな。私は頬をピンク色で染める。

 私の後ろからこちらを見ていた3人のお姉さん達は、上半身はそのままで小さくガッツポーズをしていた。


「あくあ君もよく似合ってるよ」

「はは、ありがとう。でも、俺のはジョンが用意してくれたスーツがかっこいいだけだから」


 もう! さすがにそれは謙遜しすぎだよ!

 スーツを着た理人もまぁ見てくれだけなら悪くないけど、うちの理人なんかより、絶対絶対あくあ君の方がかっこいいもん!!


「それじゃあ行こうか。レイラさん、俺がエスコートしてもいいかな?」

「うん!」


 私はあくあ君の手を取ると結婚式のある会場に向かう。

 すると目の前から会いたくない人物が、会いたい人物と手をとって仲睦まじそうに歩いてきていた。


「げっ!」

「何が、げっ! なんだ?」


 理人が探るような目で私の顔を見つめる。

 くっ、これだから理人は。そんな細かい事を気にしてたら、しきみお姉ちゃんに捨てられちゃっても知らないからな!!


「まさか、あくあ君に何か粗相をして迷惑をかけてるわけじゃないだろうな?」

「どきっ! そ……そんな事してないもん。す……少ししか」


 私がスーッと視線を逸らすと、それを見た理人が小さなため息をつく。


「少しはしてるって事じゃないか。あくあ君、ごめんな。うちの妹が迷惑をかけて」

「はは、大丈夫ですよ。理人さん。それに俺は全然、レイラさんに迷惑なんてかけられてないですから」


 あくあくーーーーーん!!

 やっぱり、あくあ君は最高だ。

 私はあくあ君の腕をギュッと掴む。


「あっ、でも、包丁が空を舞った時は銃弾をかわす時よりも緊張感があったかも」

「やっぱり、やらかしてるんじゃないか! あくあ君、うちの妹が本当にすまない!!」


 私は理人と一緒になってぺこぺこと謝る。

 でも、あくあ君は笑って許してくれた。


「あくあ君。こんな妹だけど、レイラは素直だし、いいところもいっぱいあるんだ。よかったら、そういうところを見てあげてくれないか?」

「もちろんです。理人さん」


 理人……なんだかんだ言って私の事を心配してくれているんだな。

 私は誰にも聞こえないような小さな声でありがとうと呟く。


「今、ありがとうって言ったわね」


 ちょっと!? 後ろからついてきていた美麗あろまさんがそれだけ言って私達の隣を通り過ぎていく。

 その後を越後屋伊勢さんと草津伊香保さんがペコペコしながら、前を歩くあろまさんの後を追って行った。


「さすがは読唇術ネキ」

「ネキ、空気読んで」


 私は顔を赤くすると理人から視線を逸らす。

 それを見た理人は「全く」と言いながら苦笑した。


「それじゃあ、また後で」

「ああ、私も会場内でソワソワしてる総理が心配だからもう行くよ」

「レイラちゃん、あくあ君、またね」


 理人としきみお姉ちゃんは私達を残して会場の中に入る。

 んん? もしかして結婚式ってもう始まってるの?

 会場の中から和気藹々と話す声が聞こえてきた。


「それでは、ここで新郎新婦のお二人に、とある人からのビデオメッセージが届いてます!!」


 あっ、森川さんの声だ。

 そういえば、あくあ君がさっき今日は司会をやってるって言ってたっけ。


「レイラさん、少しの間だけ離れても大丈夫?」

「あ、うん」


 私はあくあ君の腕を離すと、少しだけ距離を取る。


「皆さん準備はいいですね?」


 あくあ君の前に放送局が使っている撮影用のカメラを担いだお姉さんが近づく。

 すると、あくあ君の後ろに居るお姉さん達が背景用の大きなスクリーンを広げた。

 もしかして、ビデオメッセージにあくあ君が生出演するって事!?


「それではみなさん、あちらに設置された大型スクリーンをご覧になってください!」

「「「「「「「「「「きゃーーーーーっ!!」」」」」」」」」」


 式場の中から黄色い悲鳴が聞こえてくる。

 多分、あくあ君の映像が向こうのスクリーンに映ったんだと思う。


「新郎の浜田さとるさん、新婦の秋津みえさん。ご結婚、おめでとうございます!! あの時、お見合いパーティーで司会をしていた白銀あくあです。覚えていますか?」


 新郎の浜田さん? 新婦の秋津さん?

 一瞬、誰のことかと疑問に思ったけど、すぐに答えが出る。

 ああ! あくあ君が理人としきみお姉ちゃんをくっつけてくれた時に、理人が参加した合同お見合いパーティーでくっついたカップルの2人だ!!


「あ、待って。今の録画、一旦止めてもらっていいかな?」


 あくあ君は本当に手慣れているなぁ。

 台本なんか読んでなかったから、きっとアドリブなんだろう。

 そして、そのアドリブに適応できる優秀な撮影スタッフ達。

 どこの局かと思ってカメラをよく見たら、カメラにベリベリのシールが貼られていてずっこけそうになった。


「今、気がついたんだけど、浜田さんが俺の事を忘れてたらどうしよう。急に自信がなくなってきたんだけど……」

「それはないって! こんなに強烈なあくあ君の事を忘れる人なんかこの国、いや、この世界にいないよ!!」


 あ、森川さんの声だ。

 森川さんの的確なツッコミに、会場内も大きく湧く。


「というわけで、ビデオメッセージだけだと忘れられて、誰これ? みたいな雰囲気になると、ものすごく申し訳ないんで、直接、今からそっちにメッセージを伝えに行っていいですか?」

「「「「「「「「「「きゃあああああああああああああああああっ!!」」」」」」」」」」


 ああ、なるほど、そういう事か……。

 本当に彼は、あくあ君は、人を驚かせ楽しませ喜ばせる真のエンターテイナーでアイドルだなと思った。


「というわけで、今から俺もパートナーを連れてそっちに行きますね!!」


 あくあ君は私の手を取ると、式場スタッフの誘導に従ってざわめく会場の中に足を踏み入れた。


「えっ、やばぁ! 本物のあくあ様だ……」

「これって新郎新婦のサプライズかな?」

「いやいや、2人ともびっくりしてるし、完全にあくあ君のサプライズでしょ!」

「ほら、見てよ。あの森川の驚いた顔!! 絶対、みんな知らなかったんだって」

「いや、森川は知っててもああいう顔するから」

「そうそう、ホゲってて聞いてなかったりとかね」

「やっぱ、あくあ様と結婚するにはおもしれー女じゃないとダメなのか」


 相変わらずあくあ君はすごい人気だな。

 私はあくあ君に合わせて新郎新婦と参列者の人たちに軽く会釈する。


「って、隣に居るのレイラ様じゃない!?」

「ほへぇ、レイラ様綺麗すぎる」

「あのドレスどこのだろう? めっちゃいい!」

「なんでレイラ様と一緒なんだろう? 付き合ってるのかな?」

「友人で来てる理人さんの親戚だからじゃない?」

「これって写真撮っていいのかな?」

「あっ、写真撮ったり撮影したりしていいんだって!!」

「やったー!!」


 私はあくあ君にエスコートされて、新郎新婦のところへと向かう。

 浜田さん……すごいな。秋津さんと結ばれて、それでちゃんと結婚まで行ったんだ……。


「浜田さん、おめでとう」

「ありがとう、あくあ君。君があの時、俺の背中を押してくれたから俺は……」


 あくあ君は私から離れて涙ぐむ浜田さんに寄り添うと、背中を優しくさすってあげる。


「ごめん。あくあ君。ついあの時の事を思い出して……。本当に君のおかげだよ。ありがとう」

「いや、むしろあの時のお礼を言わなきゃいけないのは俺なんです」


 あくあ君の言葉に浜田さんは驚いたような顔をする。

 それを見たあくあ君は、司会席で座っている森川さんへと優しい目を向けた。


「あの時、頑張る浜田さんを見て俺も決心がついたんだ。そのおかげで、俺は楓と結婚して子供を授かる事ができたんだから、むしろ俺の方こそ浜田さんにお礼を言わせて欲しい。ありがとう、浜田さん。それと、愛してるよ。楓。君も、君のお腹の中に居る俺達の子供の事もね」


 あくあ君の言葉に森川さんは顔を真っ赤にする。

 はぁ、やっぱりあくあ君は世界で一番かっこいいよ。

 あの理人が、これは勝てないよというように笑顔で首を左右に振る。


「あくあ君はやっぱりすごいな。こんな場所で愛してるなんて恥ずかしくて中々言えないよ」

「じゃあ、もっと言ってあげなきゃ。ね。秋津さんも、そっちの方が嬉しいでしょ」


 秋津さんはあくあ君の言葉に顔を真っ赤にして首を縦に振った。


「だ、そうですよ。浜田さん、どうするんですか?」

「ど、どうって言っても……」


 浜田さんも秋津さんに釣られて顔を赤くする。

 あくあ君は、浜田さんの肩を抱き寄せると、2人で後ろを向いてヒソヒソ話を始めた。


「実は、俺も浜田さんが参加したようなイベントに今、参加してまして……あっ、これは内緒にしててくださいね。それで、先輩の浜田さんにまた背中を押してもらいたいなって思ってるんですよ。ダメ……ですか?」

「あ、あくあ君がそういうなら……わかった」


 さすがはあくあ君だ。

 読唇術がなくても、マイクが声を拾って全てが丸聞こえである。


「みえちゃん」

「さ、さとるさん……」


 浜田さんは秋津さんと顔を見合わせたままの状態で顔を赤くして少しの間だけ硬直する。

 でも、意を決したのか、ゆっくりと口を開いた。


「みえちゃん、愛してるよ。初めて会った時も。今も。それと……これから先の未来も。ずっとずっと君を愛してる!!」

「わ、私も……愛してます。初めて会った時から、今も、これから先もずっと貴方を愛したい」


 お互いに顔を真っ赤にしたままで硬直する。

 それを見たあくあ君が浜田さんの耳元で何かアドバイスをした。

 なんてアドバイスしたんだろう? 私に読唇術のスキルがあればわかったのに!!

 浜田さんはそのアドバイスを受けてか、優しい顔で秋津さんに近づく。


「みえちゃん、これからもよろしくね」

「はい、こちらこそ、よろしくお願いします」


 浜田さんは秋津さんの手にそっと自分の手を重ねると、あくあ君がするように優しく秋津さんの体を自分の方へと抱き寄せる。

 それを見た参列者者達は笑顔で泣きながら2人に対して大きな拍手を送った。


「というわけで、改めて、浜田さん、秋津さん。お二人ともご結婚、おめでとうございます!!」


 あくあ君の言葉に会場内の拍手が更に大きくなる。


「えー、こういう空気にさせちゃったら、次の進行が難しいですよね」


 あくあ君は司会の森川さんへと視線を向ける。

 すると森川さんが必死に首を縦に振っていた。


「というわけで、司会進行の楓を助けるために俺が歌って誤魔化します!!」


 あくあ君の言葉に会場が大きな笑い声に包まれる。

 ああ、やっぱりあくあ君はいいな。

 私は浜田さんを巻き込んでデュエットし始めるあくあ君を見て、やっぱり恋愛するなら彼のような優しくて暖かくて、みんなを笑顔にできるような男がいいなと思った。


 私も頑張ろう。


 そう決意を固めるように、私は拳を力強く握りしめた。

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