司圭、盟友への最後の言葉。
私はトイレに入ると、急いで姉のゆかねぇに電話する。
「ゆかなぇ、ぼすけて!」
『けいと、ぼすけてって何……? 凡人の私にもわかるように説明して』
ボケボケしてたらいつの間にか大好きなあくあ君と一緒にお風呂に入る事になったから助けて!
って言いたかっただけのに、私は一体何を言っているんだああああああああああ!
私は軽く深呼吸すると、今までの流れをゆかねぇに説明する。
『ふーん、良かったじゃん。もういっそ、そのまま行くところまで行っちゃえば?』
「へっ?」
行くところまで行くって……どこまで!?
「で、でも……」
『でももへったくれもないでしょ。よく聞きなさい、けいと、これは2度とないかもしれない大きなチャンスよ!!』
た、確かに……。
私は他人とのコミュニケーションがあまり得意なタイプじゃない。
そんな私が男性と、ましてやあくあ君と一緒にお風呂に入るなんて普通にありえない事だ。
あくあ君とこれだけ一緒に仕事をしていても、浮いた話が一つもない私がいうんだから間違いない。
『けいと、頑張ってね。いい報告があるのを期待してるから』
「ゆかねぇ……」
私はゆかねぇの優しさに涙ぐむ。
やっぱり、ゆかねぇは私の事をたくさん考えてくれてるんだ。
ゆかねぇが私の姉でよかった。そう思っていたのに!!
『それにあんたが、白銀あくあと結ばれたら、私も小雛ゆかりさんにお近づきになれるしね』
私はゆかねぇへの電話を秒で切る。
ダメだ。この姉は。
自分が小雛ゆかりさんと仲良くなるために、私を利用しようとしているっ……!
ぐぬぬぬぬ! さっき流した私の純粋すぎる涙を返してほしい!!
私はお口直しのために妹のういに電話をかけると、自らの置かれた状況を説明する。
『そうなんだ。けいとお姉ちゃん、頑張ってね!』
「うぃぃぃぃぃ!」
下心全開だったゆかねぇと違って、純粋なういの優しさに私は涙ぐむ。
ういに励ましてもらった私は覚悟を決める。
「そろそろトイレを出なきゃだめだよな……」
厳しい顔つきになった私は、トイレを出て脱衣所に向かう。
えーと、とりあえずノックしてっと。
「あくあくあくあ君、いましゅか?」
また噛んじゃった……。
私は反応が返ってこない事を確認すると、ゆっくりと脱衣所の扉を開ける。
あくあ君のためにも、事故がないようにしないとな。
私はしっかりと中を確認してから脱衣所に入ると、服を脱いで鏡を見る。
自分で言うのもなんだが、悪くない体だ。
「水着かバスタオルか……」
私は横に並べられた水着とバスタオルを見比べる。
まぁ、普通に水着だな。バスタオルがはだけるとまずい事になるし、そういうのが許されるのは18禁のえっちな小説だけだ。
「……よしっ! や、やるぞ!」
私は水着を着る。
さっき、隣の棚がチラッと見えたけど、あくあ君のために用意されたのであろうタオルが残されていた。
つまり……あくあ君は腰巻きのタオルではなく、水着を選択したんだろう。
だったら私もバスタオルより、同じ水着の方がグッと距離感が縮まると思った。
水着を着た私は、お風呂の扉をゆっくりと開ける。
「お、おまたしぇ」
私はゆっくりと扉を開けると、あくあ君の待っている露天風呂へと向かう。
ぐふっ、あくあ君の私を見つける視線だけで吐血してしまいそうだ。
「司先生」
「はひぃっ!」
あくあ君に名前を呼ばれた私は体がびくんと反応する。
ううっ、やばいかも。私の太ももに汗が垂れ落ちていく。
あくあ君は露天風呂を前にしてもじもじする私を見て心配そうな顔をする。
「司先生? いつまでもそっちに立ってたら寒くて風邪を引いちゃうかもしれないから、お風呂に入りませんか?」
「あ、うん」
私はギクシャクした動きで何度も掛け湯をする。
それから自分の足をゆっくりと湯船に浸けていく。
ふぅ、さっきバスタオルを選択しなくてよかった。
もし、バスタオルを選択していたら、とんでもない事になっていた可能性がある。
それこそ、テンパってお風呂に入るのにタオルをつけてちゃいけないと前を開いたら、ロ・シュツ・マーになっていたかもしれない。
私の頭の中に、スポーツ紙と週刊誌の見出しが大量に浮かんでくる。
【司圭、リアルロ・シュツ・マーだった!!】
【ロ・シュツ・マー司圭氏、未成年への公然わいせつ罪で書類送検へ!】
【司圭先生、白銀あくあ氏の目の前でロシュツマーの技、謎の光ビームを発射してしまう!】
いいか。けいと。これはアニメや漫画じゃないんだ。
謎の光が差し込む事なんてないし、海苔が急に飛び出てくる事なんてない。
見せたらその時点で色々とアウトなんだぞ言い聞かせる。
「司先生、うちのスタッフのせいで色々とすみません」
あくあ君は私に向かって頭をぺこりと下げる。
「司先生、売れっ子だし、きっと年末年始の仕事で忙しかったですよね? それなのにこんな時期にベリベリの企画に巻き込んじゃって本当に申し訳ないです」
「う、ううん。仕事で忙しいのは事実だけど、ぼぼぼぼぼぼぼっち会でたまに小雛ゆかりさんが呼び出してくれる時以外はプライベートの予定もない喪女子大生だし……その、普通に嬉しいです」
女子大生になれば自然と華やかな生活が待っているかと思ったけど、全然そんな事はなかった。
大学に行く。仕事する。大学に行く。仕事する。
私の日常のルーティンは基本的にこれだ。
その中でプライベートの時間といえば、妹たちと過ごすひと時くらいなもので、家族以外だと小雛ゆかりさんが定期的に呼んでくれるぼっち会の集まりくらいしかない。
そういえばこの前、ぼっち会のみんなで遊びに行ったの楽しかったなぁ。やっと私も女子大生っぽい事ができて嬉しかった。
「そっか。それならみんなで楽しい思い出をたくさん作りましょうね。司先生!」
「う、うん……」
司先生か……。できたら本当の名前で呼んでほしいなぁ……なんて思うの贅沢だろうか。
でも、あくあ君って私の本名を知らないよね? だったら、私が自分から言わなきゃ……。
「け、けいと」
「えっ?」
消え入るような私の小さな声にあくあ君が反応してくれる。
私も勇気を出さなきゃ。あくあ君に視線を向けた私は、さっきより少しだけ大きな声で喋る。
「本名……けいとって呼んで欲しい」
ぐふぅっ! 私は何を血迷った事を言っているんだ!!
いくらなんでもそれは贅沢すぎるだろ! と、自分で自分にツッコミを入れる。
でも、ここまできたら後には引けない。
「その、共同生活だし、これから恋するならやっぱり本名で呼んで欲しいし、えっとえっと、私の方が年上だけど、そ……そんなに歳変わらないよね? だったら、その敬語とかもいらないんじゃないかなって。いや、むしろ私が敬語で喋らなきゃいけないような。い、いや、でも、それだとまた距離ができるから違うくて。でも、私みたいな喪女子大生があくあ君みたいな一軍キラキラ男子に普通に話していいわけないよね。あっ、ダメ。なんか涙出てきた……。って、そうじゃない。そうじゃなくって。その、えっと、なんだっけ? うう、なんで私、こんなこと言い出しちゃったんだろ……」
混乱し、暴走し、自滅した私は思っていた事も考えていた事も全部喋ってしまう。
それを聞いたあくあ君は、茶化すような笑い方をするわけでもなく、私の目をじっと見て話を聞いては何度も頷いてくれた。や……優しい……。
「わかりました。いや、わかった。それじゃあ、改めてよろしくね。けいと」
「よ、よろしくお願いします……ぶくぶく」
私は顔面が温泉に浸かるくらい頭を下げた。
うっ! 鼻から露天風呂の温泉が入ってきて気持ち悪い!!
「はは、何やってるのけいと。ほら、慌てなくていいからさ、落ち着いて」
あくあ君は私の手に自分の手を重ねる。
ふぉぉぉおおおおおおおおお!
こ、これが一軍のキラキラ男子。女子との距離の詰め方が尋常なく早い。
このスピードなら、お風呂から出る頃にはもう結婚していたっておかしくないぞ!!
「キラキラ男子? けいと、さっきもそんな事を言ってなかった?」
「ほへぇ」
き、聞かれてたぁ……。ていうか、声に出して言ってたぁ……。
これだから喪女は!! 私は自分の失言に頭を抱える。
「キラキラってこれのこと?」
「ふぁ〜っ!」
そっ、それは、夏のベリルフェスで見せてくれたあくあ君と、とあしゃんのキラキラぽーじゅ!!
至近距離で見せられたアイドルのキラキラで、私は気を失いそうになる。
「違ったのかな?」
「それですそれです!」
そういう事にしておいてください!!
赤くなった私の顔を見たあくあ君はにこりと微笑む。
「そっか。ところで、顔が赤いけど……もしかして、のぼせちゃった?」
「う、うん」
違う意味で体温があがっちゃったけど、露天風呂のせいにしておく!!
あくあ君は私より先に露天風呂か出ると、私に向かって手を伸ばしてきた。
うわぁ、良い体してるなぁ……って、そうじゃなくって!!
私はあくあ君の手を掴むと、お風呂から引き上げてもらう。
「あ、えっと……背、背中とか流そうか? あ、え……その、これは、ですね……。んんっ! 下心とか、そういうんじゃなくてですね。そう! と、友達だし、普通の事かなって。あは、あははは……」
私はしどろもどろになりながらも早口で捲し立てるように喋る。
くしょぉっ! なんで……なんで! 私は肝心な時にこうなっちゃうんだぁ!!
「わかった。それじゃあ、お願いしようかな」
私はあくあ君の背中をまじまじ見つめる。
す、すごい……。これが男の人の、あくあ君の背中なんだ……。
私はあくあ君の背中をタオルで優しく擦る。
くっ! 私があくあ君の背中を綺麗にしないと!!
その使命感だけで必死になって磨く。
「け……けいと……? その……もう十分かなって思うんだけど」
「へっ?」
私は目の前にある鏡へと視線を向ける。
し、しまったああああああああ!
背中を拭くのに夢中になりすぎて、完全に我を忘れてた。
「はわわわわわ、私とした事がなんたるとんでもない事を……」
「い、いや。俺は一向にオッケーだから……んんっ! そうじゃなくって、それじゃあ今度は俺がけいとの背中を磨くね」
私は風呂桶に腰掛けると、あくあ君に対して自分の背中を見せる。
ううっ、恥ずかしい。
「あ、ありがとうございます。」
あ……すごく上手。
タオル越しに触られているのに、すごくドキドキする。
男性から背中を拭いてもらった事なんてないから比較できないけど、あくあ君は女の子の触り方が上手なんだと思う。だって、背中を拭いてもらってるだけなのに、こんなにも胸の奥がキュンキュンするんだもん。
「痒いところはある?」
「だ、大丈夫です」
ううっ、恥ずかしい。
私はこの天国のように幸せで、地獄のように羞恥心を感じる夢のような時間をなんとか乗り切る。
「ほら、終わったよ。綺麗になった。ま、けいとの背中は俺が磨かなくても元から綺麗だけどね」
「ううっ」
ずるい。こんなの秒で恋に堕ちちゃう。私に告白する度胸なんてないから無理だけど!!
私は風呂桶から立ち上がると、石鹸で足を滑らせる。
「あっ」
「おっと!」
私はあくあ様に抱き止められて事なきを得る。
もう少しで、自分のドジで大変な事になるところだった。
「ご、ごめんなさい」
「ううん、大丈夫だから」
あくあ君は私の体をしっかりと立たせてくれる。
私はすぐにペコペコと頭を下げた。
「けいと、どこかぶつけてない?」
「あ、はい。大丈夫で……っか!?」
私が頭を上げると、あくあ君とお互いの瞳にお互いの顔が写っているのがわかる距離感だった。
か、かっこいい……。それに綺麗。
至近距離からの不意打ちに、私は秒で頭をフットーさせる。
あ、あ、あ……まずいかもこれ……。
「司先生!!」
消え入る視界の中で慌てるあくあの顔が映る。
すみません白龍先生、どうやら私はここまでのようです……。
私は死んでいるような綺麗な笑顔で意識を手放した。
佐倉けいと……我が人生に一片の悔いなし!!
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