白銀あくあ、共同生活のルール。
コンビニで買い物をした帰りに拉致された俺は自分の部屋に入ると、手に持っていた袋をテーブルの上に置く。
「恋愛リアリティショーかぁ。一体、どうなるんだろうなぁ」
俺は購入した紙パックの牛乳を飲むと、ベッドに腰かけて買ったばかりの雑誌をペラペラとめくる。
この雑誌を俺が購入したのは、カノンのインタビュー記事が載っているからだ。
「おっ、ここか」
俺は椅子に座った微笑むカノンの写真を見つけてページを捲る手を止める。
母性に溢れたいい笑顔だ。
「やっぱり、カノンは世界一可愛いな。うんうん」
カノンの写真にデレデレした顔をした俺は、インタビュー記事へと目を走らせる。
ふむふむ、ふむふむ……なるほどな。
向上心の強い俺は、自らを戒めるように、声に出して記事を読み上げる。
「最近、あくあが子供達とばかりお風呂に入って、私とお風呂に入ってくれないんだよね。それが少し残念っていうか……私もたまには一緒に入りたいなぁって、もう! 何を言わせてるんですか!」
そっかぁ。俺はその時の照れ照れしたカノンの顔を想像してほっこりした気持ちになった。
確かに、仕事がなくて自宅に居る時は俺が子供達をお風呂に入れているから、カノンも含めみんなとお風呂に入る機会が減ったような気がする。
誰かと一緒にお風呂に入ったのは、この前、ゲームのやりすぎでお風呂をキャンセルしていた小雛先輩と一緒にお風呂に入ったのが最後だな。
「これはなんとかしなきゃな」
これからは子供達をお風呂に入れた後に、その流れでみんなと一緒にお風呂を入るようにするか。
うん、そうしよう。なんて考えていたら、テーブルの上に置いていた俺の携帯電話が鳴った。
誰だ? 俺は相手をよく確認しないまま電話に出る。
『ちょっと、あんた! なんで声に出して記事を読んだのよ! あんたもタレントなら、部屋の中にカメラがあるの分かりなさいよね。もう!! そのせいで、私の隣に居るカノンさんが羞恥心で悶えだしたじゃない!!』
マジかよ!?
見られていると知って俺は急に姿勢を正す。
「小雛先輩。カノンに今度、一緒にお風呂入ろうなって言っておいてください」
『ちょっと! 私を連絡係にするんじゃないわよ! あっ……』
話が長くなりそうだったので通話のボタンを切る。
俺は雑誌を閉じると、部屋を出てリビングに向かった。
すると、誰もいないリビングで1人、ヒスイちゃんがソワソワしていた。
「ヒスイちゃん、どうしたの?」
「あっ! あくあ様。部屋に荷物を置いてすぐに出てきたんですけど、みんな中々出て来ないし……これって、即リビング集合とかじゃないんですか?」
ヒスイちゃんは周りをキョロキョロと見つめる。
あー、そっか。恋愛リアリティショーとか言われても普通にどうしたらいいかわからないよな。
男女比が傾いた世界で、こういう番組は今までに存在していなかった。
それをゼロから思いついて実現させたえみりとアイはすごいと思う
「いつもみたいに普通にしてていいんだよ。あくまでも、俺たちは普通に生活して、その中で恋を育むのがテーマなんだから。スタッフさんも、食事の時間と食後の団欒だけは基本的に集合して、それ以外は好きにしてていいですよって言ってたでしょ?」
「な、なるほど……」
にしてもだ。最初に共同生活のルールくらいは決めておくべきか。
決められた期間内とはいえ、共同生活を送るに当たってルールを決めておいた方がいいと思った。
例えば扉を開ける時はノックするとか、共有場所でゴミを散らかさないとか。
「でも、最初に共同生活のルールとか決めておきたいから、俺がみんなを呼んでくるね。ヒスイちゃんはここで待ってて」
「はい、わかりました!」
俺は最初にくくりちゃんを呼びに行く。
付き合ったばかりなのに、まさかこんな番組に出演する事になるなんてな。
きっと、くくりちゃんもびっくりしているだろう。
「くくりちゃん、俺だけどちょっといいかな?」
「はい、大丈夫です」
くくりちゃんは自分の扉を開けてひょこっと顔を出す。
白いフリルのシャツと黒いリボン、ピンクのカーディガンに黒のミニスカートとタイツ、いわゆる地雷系ファッションってやつか。
うーん、可愛い。男はなんだかんだ言って、こういう可愛い服が好きなんだ。
これが2人きりなら、ぎゅっと抱きしめていただろう。
「みんなで共同生活のルールを決めようと思うんだけど、どうかな?」
「賛成です。司先生とか戸惑ってそうな感じだったし、ルールがあった方がみんな落ち着くんじゃないでしょうか?」
確かに。くくりちゃんやハーちゃんは白銀キングダム内で共同生活してるし、レイラさんやヒスイちゃんはたまに遊びに来たりするけど、司先生はそういう経験がない。
自分の事よりも、同じぼっち会のメンバーである司先生の事を真っ先に心配したくくりちゃんの優しさに俺は嬉しくなった。
俺はくくりちゃんの頭を優しく撫でる。
「あ、あくあ先輩!?」
びっくりしたくくりちゃんが頬をピンク色に染める。
「くくりちゃんは優しいね。司先生の事は俺に任せて」
「……はいっ!」
俺はくくりちゃんの耳元に顔を近づけると「また、後でね」と囁いた。
それじゃあ、次は司先生の部屋に尋ねるか。えーと、司先生の部屋はあっちだったかな?
俺は司先生の部屋の前に立つと扉をノックした。
「司先生。白銀あくあです。ちょっといいですか?」
「はっ、はいっ! っーーーーー!」
司先生? 今、部屋の中から何かをぶつけた音が聞こえてきたけど、大丈夫ですか?
それからしばらくすると、涙目になった司先生が出てきた。
「あ、あくあくあくあ君……は、ハジメマシテ、ヨロシク」
司先生、自己紹介ならさっきしましたよ……。
カチカチになりすぎてチジョーのような片言になった司先生の視線が彷徨う。
「先生、大丈夫ですか? さっき、何かをぶつけたような音が聞こえてきたけど……」
「あ……その、慌てちゃって、棚に足の小指ぶつけちゃって」
もしかして、司先生ってドジなのかな?
司先生はぶつけたところを優しく摩る。
リブ編みのニットタイプのワンピースか。
司先生みたいなクール系の大人のお姉さんが着ているとグッとくる。
「先生、共同生活のルールをみんなで話し合って決めようと思うんで、リビングに来てくれませんか?」
「わ……わかった。すぐに行く!」
司先生は慌てて部屋から出ようとして、リブ編みのニットに包み込まれた大きな胸部が半開きのドアに挟まって体がよろける。
危ない! これが揚羽さんかまろんさんなら、俺は躊躇わずに顔から受け止めに行くが、流石に相手が司先生なので普通に腕で抱き止めた。
「司先生、大丈夫ですか?」
「あっ、あっ、ご、ごめんなさい。私、本当にドジで……」
ふぅ、大事に至らなくてよかったぜ。
俺は司先生の体勢を戻してから腕を離す。
「いきなりシェアハウスとか、恋愛リアリティショーとか言われてもびっくりしますよね。司先生、リラックスリラックス」
「あ……ありがとう」
俺の笑顔を見て、司先生は頬をピンク色に染める。
くそぉ、なんでこの世界の歳上はみんな可愛いお姉さんばっかりなんだ。
俺は可愛いお姉さんに弱いんだ!!
「それじゃあ、俺はレイラさん達を呼んできますから」
「う、うん。わかった」
俺は司先生の部屋から離れると、レイラさんの部屋へと移動する。
「レイラさん、いますか?」
「ああ、いるぞ。中に入ってくれ」
え? 入っていいの?
俺はドアのノブに手をかけると、ゆっくりと扉を開ける。
すると、着替え中のレイラさんがチラッとだけ見えた。
「ちょ、レイラさん。着替え中じゃないですか!?」
俺は慌ててドアを閉める。
それなのにレイラさんが扉を開けてこようとしてきた。
「ふふん、どうだ? 私の身体、なかなかいいだろう? 君から言って何点だ?」
「そんなの満点に決まってるでしょ!」
俺は嘘のつけない男、白銀あくあだ。女の子に対してはいつだって本音しか喋らない。
それにしても小雛先輩といい、レイラさんといい、なんでこんなに堂々としているんだろう。
もしや、これが大女優という事なのか! と、俺は変な勘違いをする。
「って、そうじゃなくて、これってありなんですか!?」
「えみりちゃんに確認したら、相手の嫌がる事以外なら何してもオッケーだと言っていたぞ」
なるほど、そこら辺はちゃんと番組に確認とっているのか。
「言っておくが、私だって他の男性ならこんなアピールはしないからな。だって、普通の男性なら私は今頃、警察に通報されて捕まってるだろう。でも、君は違うだろう? 一緒にツーリングした時、あくあ君はいつもピチピチのライダースーツに包まれた私のお尻ばかり見ていたからな。だから、あくあ君ならきっと喜んでくれると思ったんだ。嬉しくなかったか?」
「嬉しいに決まってるでしょ!!」
俺は三度の飯と同じくらい、女の子が好きなんですよ!!
その言葉を聞いたレイラさんはニッと笑うと、俺に近づいてくる。
「そうか、なら、アピール成功というやつだな。あくあ君、私と付き合ってくれたら、私の事を君の好きにしていいんだぞ。どうだ? 他の男性ならともかく、君とっては随分と魅力的な提案だろう?」
「た、確かに……」
俺はゴクリと息を飲む。
「こう見えて私は好きになった相手にとことん尽くすタイプだと思うんだが、どうだろう?」
「ど、どうって……?」
俺は視線を泳がせる。
「ふふ、わかっている癖に。これでも私はトップクラスの女優だ。自分の性格には、はっきり言って自信がないが、見た目だけは自信がある。従順になった私の事を好きにしてみたいと思わないか?」
「思いまぁす! でも、俺は迫られるのも好きなので、このパターンでも一向に……」
って、俺は一体、何を言っているんだ!?
俺が自分自身に翻弄されて困惑していると、ポケットに入れているスマホが鳴る。
その瞬間、バタバタと近づいてくる足音と共に見覚えのある人物がこちらに向かってまっすぐと歩いてきた。
「ちょっと! 何やってんのよ。レイラ!! こいつ的にはオッケーでも、スタジオ的にはアウトでしょーが!!」
「いたっ!」
どこからか出てきた小雛先輩が、半開きになった扉の隙間からレイラさんの頭をピコピコハンマーでぽこんと叩く。
小雛先輩、スタジオにいたんじゃないですか!?
俺が口を半開きにして驚いていると、小雛先輩が俺の顔をキッと睨みつける。
「言っておくけど、スタジオではとあちゃんも見てるんだからね! 幸いにもとあちゃんがおトイレに行ってたから、その隙にモニターオフにしたから良かったけど、何やってんのよ、もう!!」
「ああ、そうか。ごめん、それは完全に失念していた」
小雛先輩に止められたレイラさんは慌てて服を着る。
そうか。つまり、俺だけなら問題ないけど、放送するにあたってストッパー役としてとあを起用しているのか。
「一応、迫るのはOKだけど、カメラのあるところでそういうのはNGだから。これはルールとして言っておかなかったこっちに落ち度があるから今回は許すけど、次したらアウトだからね?」
「わかった。次はカメラのついてないところで迫ろう」
レイラさんは俺の顔をじっと見つめると「あと、少しだったろ?」と口パクで呟く。
いえ、少しどころかもう普通に堕ちてましたね。うん……。白銀あくあの防御力のなさを過小評価しないでいただきたい。
小雛先輩は再び俺の顔をキッと睨みつける
「ちなみに、スタジオは隣の家だから。私の電話にはすぐに出ること。いいわね?」
「あっ、はい……」
小雛先輩はそれだけ言うと、ドスドスと足音を立てながら帰っていった。
俺はそれに続いてレイラさんの部屋から出ると、ハーちゃんの部屋に向かう。
「ハーちゃん、ちょっといいかな?」
「はい」
俺は部屋から出てきたハーちゃんを見てほっこりした気持ちになる。
ふぅ、レイラさんみたいな綺麗で肉食的なお姉さんもいいけど、やっぱりハーちゃんは見ているだけで落ち着くなぁ。
俺がそんな事を考えていると、ハーちゃんの表情が少しだけムッとする。
「パパ……ハーのこと、子供だと思ってるでしょ?」
「え?」
いや、そりゃね。だって、実際に子供だし……。
ハーちゃんは俺の反応を見て軽く息を吐くと、俺の顔をまっすぐ見つめる。
「ハー、今日からしばらくパパの事をパパって呼ぶのやめる」
がーん! そ、そんなぁ。
俺が絶望した顔をしていると、ハーちゃんは見覚えのある顔で微笑む。
「そういうわけだから。あくあ、今日から一週間、よろしくね」
「え?」
か……カノンの完コピだと……?
少し幼いが、喋り方、声の間、表情の作り方、仕草、立ち姿、その全てがカノンと重なって見えた。
姉妹で容姿が似てるとかそういう次元じゃない。
俺だって役者の端くれだからわかる。これは小雛先輩以上の完璧コピー能力だ……。
予想を超えてくるハーちゃんの演技力に俺は冷や汗を流しそうになった。
史上最年少の新人賞、助演女優賞ノミネートが囁かれているだけの事はある。
「ふふっ、あくあってば、何、ぼーっとしてるの? ほら、早くいこ。みんなが待ってるよ」
ハーちゃんはカノンと同じように俺の手を取ると、リビングに引っ張って行こうとする。
「ちょ、ハーちゃん、これって……」
「……パ、んんっ、あくあが一番弱い女の子は、私、でしょ?」
あっ、はい……そうですね。
カノンが好きすぎる俺からしたら、ぐうの音も出ないほどの正論だ。
「だから、あくあに私を知ってもらうより前に、まずは私が女の子だって事をあくあに認識させなきゃね。ほら、わかったら、行こ、あくあ。みんながリビングで待ってるよ」
もしかしたら、俺は目覚めさせちゃいけない子を起こしちゃったのかもしれない。
俺は戸惑いつつも、ハーちゃんの押しに負けてリビングに向かった。
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