皇くくり、えみりお姉ちゃんの気遣い。
グラビアの撮影を終えた私は、撮影スタジオが入っているビルを出て、スタッフの人が用意してくれた送迎車に乗ろうとする。
すると、トレンチコートを着た怪しげな女性が私に話しかけてきた。
「皇くくりさん、こんにちは」
風貌からして、どこかのメディアの記者かしら。
私は最近あくあ様と付き合いだした事から警戒する。
「私はこういう者です」
私はトレンチコートを着た女性から名刺を受け取る。
って、ベリベリのスタッフじゃない! それならそうと最初に言いなさいよ!! 紛らわしいにも程があるわ!
さっきまで身構えていた私は警戒を解くと、ベリベリのスタッフをジト目で見つめる。
「ベリベリのスタッフが私に何の用件があるんでしょうか?」
「実は、雪白えみりさんの提案で我らが白龍アイコ大先生がベリベリのために新しい企画を考えてくれたんですよ」
え? 白龍先生がプロデュースした新しい企画!?
えみりお姉ちゃんの提案という言葉に若干の不安を感じつつも、白龍先生のプロデュースという言葉に私は興味を唆られる。
「それってどういう企画なんですか?」
「よくぞ聞いてくれました!」
スタッフのお姉さんは私にフリップボードを渡す。
えーと、このシールを自分で剥がせって事かな?
私は近くの黒いバンから出てきたお姉さんが肩に担いでいたカメラへと視線を向ける。
「えー、何だろう? それじゃあ、めくりますね」
私はフリップボードに貼られたシールをペロリとめくる。
【白銀アイコ先生and雪白えみりプロデュース、恋愛リアリティ番組、はっじまるよぉ〜!】
えっ? 恋愛リアリティ番組って何ですか!?
私は意味がわからずに口をぽかんと開ける。
その反応を見たトレンチコートのお姉さんがニヤリと笑う。
「というわけで、雪白えみりさんの強い推薦により、皇くくりさんがその参加者の1人として選ばれました!! おめでとうございまーす!」
えみりお姉ちゃんの推薦!? 私は困惑しつつも周囲の状況を確認する。
通りを歩いていた人々は足を止めて、ベリベリの企画に興味深そうな目でこちらを見ていました。
どうしよう。私はまだあくあ様と付き合ってる事を公表していません。
それに加えて幸いにも喫茶店に居た人達は鍛えられた掲示板民達だったのか、掲示板で喫茶店での話を匂わせている書き込みもなかったのを確認しています。
私はまだ付き合い始めたばかりだし、大きな騒ぎになるといけないから結婚に近づいてから公表しようと思ったから、ここでそれを暴露するわけにはいけません。
うう、こんな事ならせめてえみりお姉ちゃんにだけでも付き合ってる事を言っておくべきでした。私は羞恥心から報告を先延ばしにしていた事を悔いる。
「くくり様、すみません! というわけで、確保〜!」
「えっ? えっ!?」
黒いバンから4、5人のお姉さん達が出てくると私を確保して、黒いバンの中に強引に押し込む。
ちょっと! これじゃあ、本当の誘拐みたいじゃない。通報されたらどうするの!?
また、警察の皆さんから紛らわしい事はやめてくださいって注意されますよ!!
「それじゃあ、目的地に着くまで目隠し失礼します」
私はスタッフのお姉さんに手渡されたアイマスクを着ける。
だから、こういうのが外から見られて勘違いされて通報されるんだって!!
それからどれくらいの時間が経ったのでしょう。
目的地に到着したのか、私は車の外へと雑に放り出された。
「はい! それでは、みなさん。一斉にアイマスクを取ってください!!」
みなさん? どういう事? それにこの声……。
アイマスクを取った私はゆっくりと目を開く。
「えっ? くくりちゃん?」
「その声は……ヒスイちゃん!?」
私はヒスイちゃんと手を取って喜び合う。
何をやるかわかったものじゃないベリベリの企画内で知り合い……ゆ、友人がいるのはやっぱり心強いです。
私はさっきの声の主を確認するために、声がした方へと視線を向ける。
「初めまして、みなさん! 当企画の責任者である雪白えみりです!!」
えみりお姉ちゃんは、私に向かってパチパチとウィンクで合図を送る。
私はえみりお姉ちゃんにあくあ様と付き合っている事を伝えていなかった気まずさもあって、少しだけ俯き気味に斜め下に視線を逸らした。
「それでは皆さん、一番右に居る人物から1人ずつ名前とかサイズとか、自己紹介してください!!」
私とヒスイちゃんの2人は手を取り合ったまま、一番右に視線を向ける。
って、なんで先生がここに居るんですか!?
私は小雛ゆかりさん主催の同じぼっち会に所属している仲間の存在に気がついて目を見開く。
「さ……佐倉けいと、女子大生だ。サイズはえふで、えっ、えっと……司圭という名義を使って趣味で小説を書いてます。白龍先生からの推薦でここにきましゅた」
最後に噛んでしまった司先生は顔を真っ赤にする。
司先生は見た目はクール系で仕事ができそうな感じのお姉さんだけど、実際に話すとそういう感じがありません。私の存在に気がついた司先生は、さっきまで1人で不安だったのか、同じぼっち会に所属している私の顔を見てパァッと表情を明るくする。
私もぼっち経験者だからわかるけど、知り合いがいるとやっぱり安心しますよね。子供の時、パーティーとかで壁と同化していた時に、知り合いのえみりお姉ちゃんを見かけた私も全く同じ顔をしていました。
それはそうと、司先生。司先生の小説は、もう趣味で描くとかいう範囲はもうすでに超えていると思います。
「あ、次は私か。祈ヒスイ、女子高生です。えーと、イーで趣味……じゃないけど、大好きだからアイドルやってます!! なんの企画がよくわかってないけど、天鳥社長からの推薦でここに呼ばれました! 多分、事務所が売り出したいんだと思います!」
最後のコメントに撮影していたスタッフさん達も思わず吹き出してしまう。
ヒスイちゃん。そういうのは表で言っちゃダメだって!!
あくあ様と同じで、ヒスイちゃんはたまに何を言うのか読めない時があります。
カメラがヒスイちゃんから私の方へと向けられる。次は私か……。
「皇くくり、女子高生。胸のサイズ……? 言うわけないでしょ。アイドルグループ、ミルクディッパーのメンバーを務めさせてもらっています。同じ事務所の先輩、雪白えみりさんに推薦されてきましたが、私、誰が相手でも恋人とか作るつもりないんで」
私は至ってクールに、冷えた目でカメラを見つめる。
あくあ様に操を立てた身で、他の男性と恋愛なんかもってのほかです。
でも、カメラが回っている以上、撮影を一旦ストップさせるわけにはいきません。
私は撮影を止めないような流れで、何かある前に恋愛する事自体をキッパリと拒否する。
よく考えた結果、これが一番正解のムーブだと思いました。
「え? これって恋愛企画なの!? こ……困るよ。そんな、男の子の事なんてよくわかってないのに……」
ヒスイちゃんは顔を真っ赤にする。本当に何も聞いてなかったんだね。
それにしても、企画の内容も知らないのに、いくら知り合いとはいえ、黒いバンに乗っちゃうのはダメよ。
私はあくあ様並みに危機感のない友人のヒスイちゃんの事がとても心配になります。
「玖珂レイラ、F、女優! 恋愛初心者ですが、最年長なので頑張ります!! 番組のアドバイザーを務める小雛ゆかりの推薦で来ました!! あくあ君と恋愛ができると聞いてワクワクしています!」
これを見た玖珂理人が泣いて喜びそうね。
パーティーでいつも、妹のレイラは見た目も悪くないし、性格も明るいんだが、活発すぎて男性が萎縮するから結婚できそうにないんだって嘆いていたから。
司先生にヒスイちゃん、私と玖珂レイラ、これで終わりかしら?
そう思っていたら、レイラの影から見覚えのある人物が顔を出した。
「ハーミー・スターズ・ゴッシェナイト、中学生です。お胸のサイズは……」
ハーちゃんは自分の胸に両手を当てると、少し顔を赤らめる。
「恥ずかしいので秘密です。アイドルグループ、ミルクディッパーの一員で、テレビ局のオーナーである藤蘭子さんの推薦できました。よろしくお願いします」
ハーちゃんはぺこりと頭を下げる。
さっきまでニヤニヤしていたベリベリのスタッフ達は、上司中の上司である藤蘭子からの推薦だと聞いて一斉にペコペコしだした。あなた達、わかりやすいくらい権力に弱いわね。
「というわけで、ここに居る5人の女性達がこの企画の初期メンバーになります。拍手!!」
手を叩いたえみりお姉ちゃんに合わせて、私たちもまばらな拍手を送る。
「で、えみり君。これは、どういう企画なんだ?」
「玖珂レイラさん、いい質問ですね。そこについては今から説明します! みなさん、まずは後ろを見てください!!」
後ろ? 私達は一斉に後ろを向く。
すると、大きな戸建の家が立っていました。
「えー、みなさんには今からこのシェアハウスで、とある1人の男性と共に1週間の共同生活を送ってもらいます」
男性と一緒に共同生活!? そんなの無理に決まってるじゃない!!
私は自分の体をぎゅっと抱きしめる。この私の体に触れていいのはあくあ様だけです。
ううん、私だけじゃない。他の3人はわからないけど、少なくともあくあ様に気がある素振りを見せているハーだってそう思っているはずだ。
私だけじゃなくて、他に選ばれたメンバー達も共同生活と聞いて戸惑うようなそぶりを見せる。
「みなさん、よく知りもしない男性と一緒にシェアハウスで生活して、恋愛だなんて無理だと思いますよね? 大丈夫です!! それでは紹介しましょう。みなさんが恋愛する男性はこの方です! どうぞ!!」
「えっ? えっ? 何、俺、どこで降ろされたの? ていうか、お姉さん達、絶対にベリベリでしょ!! 俺にはもうわかってるんですから!!」
何も知らされてないであろうあくあ様が、ヘッドフォンと目隠しをつけて黒いバンから降りてくる。
そっか……そうよね。ベリベリの番組だから、普通に考えて恋愛相手となる男性なんてあくあ様1人しかいません。
私だけじゃなくて、その場に居た全員が胸を撫で下ろす。
「うわっ!? えみり? それにみんなも、どうしたのこれ!?」
目隠しとヘッドフォンを外したあくあ様は私たちの顔を見ると口をぽかんと開ける。
本当に何も聞かされてないままここに連れてこられたんだ……。
もう、これって何かの犯罪じゃないの?
「白銀あくあさん。今から貴方はここに居る女性達5人と、シェアハウスで一週間の共同生活を送ってもらいます。その中で彼女達と色んなイベントをこなしつつ、恋を育んでください。そしてこの共同生活の最後に、いいなと想った人が居たら、誰か1人を選んで告白をしてもらいます」
「ええええええええ!? い……いいんですか!?」
あくあ様は私たちの方にもう一度視線を見ると、私を見て気まずそうな顔をした。
はい。あくあ様、私もあくあ様と同じ気持ちです。付き合ってるって言えたら楽だけど、もう番組が始まってしまった以上、私達は付き合っている事を隠しつつ、最後までこの企画をやり切るしかありません。
「それではみなさん、改めて自己紹介をお願いします」
あくあ様が自己紹介した後に、私達も続けてもう一度自己紹介する。
なんか段取り間違ってない? これなら、最初からあくあ様ありで自己紹介したらよかったじゃない。
一通り自己紹介が終わった後、企画の責任者であるえみりお姉ちゃんが再びマイクを握る。
「えー、この企画は、現場でサポートしている私とは別に、スタジオに居るMCの白銀カノンさん、小雛ゆかりさん、猫山とあさん、白龍アイコ先生の4人がこの状況をリアルタイムで観察しています! それではみなさん、私の手に持ってあるカードを見てください」
えみりお姉ちゃんは、肩たたきと書かれた白紙のカードを私達に見せる。
「このカードには、白龍アイコ先生が用意した至極の恋イベントが書かれています。スタジオに居るMC陣はリアルタイムでこちらの状況を確認しつつ、このカードを使って強制的にイベントを起こし、みなさんの恋愛を適切にサポートする事ができるので、MC陣に指名された女性達は素直にその指示に従ってください。ああ、もちろん地上波放送なので、危ないイベントカードは入ってないので安心してくださいね。責任を持って私が内容を確認しましたから」
えみりお姉ちゃんがキリッとした顔をする。
本当かなぁ。むしろ確認した時に、変なカード混ぜたりしてないよね?
私がジト目になると、視線に気がついたえみりお姉ちゃんがだらだらと汗を流す。
怪しい。これがカノンさんの良く言っている普段の行いってやつでしょうか。
「それと、恋愛初心者の女性達は初めての恋に対してとても不安ですよね? そういう時は私か番組プロデューサーに声をかけてください。その時、スタジオに居るMC陣があなたの恋愛相談に対して、的確なアドバイスを送ってくれます。もちろん、私が居る時には、私に相談してくれても構いません。ただし! 基本ルールは設けませんが、何度も何度も相談するのは御法度ですよ。ちゃんと自分自身が恋に悩み、恋と向き合ってください!!」
私達はえみりお姉ちゃんの言葉に頷く。
えみりお姉ちゃん……この企画、後もう少し早くやってよ。
そうしたら私だって企画内であくあ様とお付き合いしてたのに……。
私は絶望的なまでにタイミングの悪い企画に頭を抱えたくなる。
「あの〜、ところで俺が相談したくなった時はどうしたらいいんですか?」
「あ、白銀あくあさんは、専用の小雛ゆかり相談窓口対応の公衆電話がそこに24時間常設してあるので、そちらを使ってご相談してください。スタジオに居る小雛ゆかりさんがトイレ等で出れない時は、猫山とあさん達が代わりに出てくれるはずです」
あくあ様は手を合わせると「とあが出ますように」と何度も拝み倒していました。
小雛ゆかりさん……恋愛の相談相手としては、そんなに悪い人じゃないと思うけど、あくあ様からしたらお姉さん? それともお母さん? みたいな人だから、少し恥ずかしいのかな?
「それでは企画はこの私、雪白えみり。そして、白龍アイコ大・大・大先生プロデュースの恋愛リアリティショー、ずっと前から貴方が好きでした。はっじまるよぉ〜!」
えみりお姉ちゃんの言葉で一旦、撮影がストップする。
チャンスだと想った私は、スマホのアプリを開いてあくあ様に直接メッセージを送った。
【あくあ先輩、この企画の事で相談があるんですけど……】
【ごめん、くくりちゃん。俺もこの企画は知らなかったんだ】
やっぱり、あくあ様もこの企画の事を何も知らなかったんだ。
【あくあ先輩、私も今はまだ準備が整っていないので、付き合っている事を公表したくありません。だから、とりあえず今はこの企画をやり遂げましょう】
【くくりちゃんはそれでいいの? えみりにだけ俺達が付き合ってる事を打ち明けて、どうにかする手もあるけど……】
【いえ、ここで撮影がバラしになったら、私の代わりを見つけるのも大変でしょうし、せっかくの白龍先生プロデュースの企画が飛んだり延長するのは避けたいです。だから、初回の一週間はこのままお互いに素知らぬフリをして乗り切りましょう。えみりお姉ちゃんには、私から後で説明しますから、あくあ先輩を私の事を気にせずに、他の人たちとの恋愛を楽しんでください】
【わかった。でも、なんかあったら俺に直ぐに言ってね。俺が出来る事はするから】
その思いだけで十分です。
私はスマホの画面から視線を逸らすと、目が合ったあくあ様に微笑む。
なんでしょう。みんなに秘密にして、隠れて付き合ってるみたいでドキドキします。
私はスマホをバッグにしまうと、みんなの後に続いてシェアハウスの中に入っていった。
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